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第6話 アウトローの挑戦

 アクロポリス五輪が終わり、Jリーグはお祭りモード。自国開催のワールドカップ後の五輪金メダリスト凱旋。だが、市葉ジェッツはその間、敬助、相澤の不在により、そのシーズンは4位に終わる。契約更改時、敬助には海外からのオファーがあった。だが、敬助は断った。


「まだジェッツ優勝してないじゃないですか?どれかタイトル獲るまで残りますよ。」


敬助は来シーズンもジェッツで戦う意志を告げ、契約書にサインした。


 新シーズン、ジェッツ市葉は優勝争いに絡んでいた。チームには敬助の先輩、申や中山、姫野、酒井が移籍。主力が相変わらずごっそり抜けたが、敬助、相澤不在時に昨年のアジアカップに選出された城、U20日本代表期待の若手、金沢と金子、新外国人オーストリア代表ハーツ、超攻撃型リベロのストイチコフが加わり、強化されていた。移籍組に同郷の仲村も加入した。ジェッツは優勝争いに加わりながらも、カップ戦の決勝に進んでいた。相手はガンツ大阪。Jリーグ創設時から未だタイトルのないこの2チームにとって、双方負けられない戦い。敬助がガンツの猛攻を防ぎ、ジェッツが決定機を決められない。延長後半までスコアレスドローのままPK戦にもつれ込んだ。だが、ジェッツの監督ハキムは、PK戦を前にロッカールームに引き上げてしまう。監督は、ユーゴスラビア監督時代、PK戦で苦しい想いをしていた。内戦が始まろうとしている祖国で、キッカーを指名することは残酷だったからだ。外せば命を狙われる。そんな想いをリアルタイムで経験してきた監督に、ジェッツの選手達は皆思っていた。


「全部決めて監督をここに呼び戻そう。」


「俺達を強くしてくれた監督を胴上げするんだ。」


敬助は、五輪の時同様の発言をした。


「誰か一人決めてくれ。後は全員止めてやる。」


すると、チームから別の意見が出た。


「何言ってんすか?全員決めますよ。あんた一人にヒーロー持ってかれてたまるかよ。」


敬助が入団当初の弱小チームがここまで成長していた。敬助の覚悟は余計に固まった。

 

 PK戦が始まった。相手キッカーはPKが得意な日本代表の近藤。ホイッスルが鳴った。近藤は、敬助をチラチラ見ながら、ゆっくり歩くように助走する。敬助は待った。最後の一歩のところでも動かない。シュート!敬助はダイビング。見事に止めた。


 その後、敬助は4人にゴールを許すが、ジェッツも決め続けた。五輪を共に戦ったキャプテン相澤、期待の新鋭U20のドリブラー金子、元U17の10番公文、ジェッツが誇るスーパーサブ乾、そして一足先にA代表に上り詰めた敬助の大学の後輩城。ジェッツはPK戦を全員決め、初優勝!ジェッツ市葉創立以来の初タイトルに、ナショナルスタジアムの黄色いサポーターが喜びを爆発させた。試合中に相手が退場し、PK戦のメンバーから外された、我らが隊長藤本がハキム監督をピッチに戻し、皆で喜びをわかちあった。190cmの巨躯を持つ監督を胴上げしたくてたまらなかった。監督は厳しい表情をしながらも、照れくさい笑みとかすかな涙をこぼしていた。


 ジェッツ市葉初タイトル!12年間苦しみ抜いたこのチームにようやく春が来た瞬間だった。


 その後、ジェッツは優勝争いから後退し、リーグ戦は4位に終わり、優勝はカップ戦の決勝を戦ったガンツ大阪。戦いの幕はこうして下ろされた。


 翌シーズンの契約更改の時、敬助には昨シーズンほどではないものの、海外からのオファーが3チームほどあった。中でも、熱心に誘ってくれたのは、オランダリーグ、ACアルクマ-ル。オランダリーグでは長年中位に甘んじていたが、近年バルセロナの監督をしていた名称ファン・ダール監督の下、上位争いに食い込んでいる。更にアルクマールは未曾有のピンチに陥っていた。登録していたゴールキーパーが全員怪我をしてしまい、いずれも復帰まで時間がかかるため、敬助に白羽の矢が立ったとのことだ。タイトルは獲ったが、


「少し考えさせて欲しい。」


と、敬助は一旦返答を保留した。家に帰り、妻、京香に相談した。


「オランダリーグに挑戦したいんだけどいいかな?」


すると、京香は即答


「行って来なよ。そこで続けられるならあたし達も行くから。」


その頃家では待望の男の子が誕生していた。この子に愛情を注ぐこともなく言って良いのかな?帰ってきたとき父親の顔を覚えていてくれるか?それに妻一人で家事や育児、仕事も持っていたのでやっていけるかな?と、家族のことばかり心配していた。すると京香は


「あなたの今の目標は何?ワールドカップに出ることじゃないの?だったら行っといでよ。子供達はあたしがきちんと育てるから。」


その妻の言葉で迷いは捨てた。翌日、クラブハウスを訪れる。


「オランダへ行きます。ジェッツでの5年間本当に感謝しかありません。あとのことはよろしくお願いします。」


先方のチーム事情から、すぐにでも合流して欲しいと、3日後に出発した。

空港でジェッツサポーターが押し寄せ、別れを告げた。


「ジェッツのみんな、ありがとう。次は代表に選ばれて戻ってくる。」


敬助はそう言い残して日本を発った。


 オランダリーグACアルクマール。名称ファン・ダールの元、現在リーグ4位。ついさっきまでのジェッツと同じ立ち位置だ。クラブハウスに顔を出すと、すぐさま練習に合流するよう言われ、自己紹介もなく、慌ただしく練習に参加した。言葉はオランダ語を空港内でちょっとだけかじり、ほぼ英語で指示を出した。今出てるゴールキーパーは、アンダーチームから繰り上げで来た若手達だった。ジェッツと同じように「大神ゾーン」を敷き、ゴールを守る。ペナルティエリア内のボールは何人たりとも俺が獲る。味方が上がってカウンターを食らえば、オーバーラップし、カバーリングに務める。やってることに変わりはなかった。練習は2時間ほどで終わり、クラブハウスに戻って本契約、撮影、インタビューなど、初日から目の回るようなスケジュール。全てが終わったのは夜。住むところは当分の間は寮生活。帰ろうとすると、チームのメンバー数名が敬助に声をかけた。


「よお、ニホンオオカミ。アルクマールへようこそ。歓迎会するから来いよ。」


声をかけたのは、アルクマールキャプテン、ランダート。彼に付いていき、待っていたのはさっきまで練習していた選手達。彼らも敬助と同じように今シーズン加入した選手達だった。ディフェンダーのオムダル、マテイセン、アリエンス、フラム、デクロル、中盤のボスニア代表マールティング、ベルギー代表マルティンス、デンベロ、オランダ代表デゼーブ、レイス、シュバールツ、オフェルマルス、グルジア(現ジョージア)代表ストライカーアルバレーゼ。面識はなかったが、いずれもA代表のそうそうたるメンバー。彼らは先の五輪を見ており、敬助の事に興実津々だった。敬助の守備範囲の広さ、反射神経、ロングスロー、そして「大神ゾーン」。彼らは敬助の片言の英語に戸惑いながら、真剣に聞いてくれた。ランダートは言った。


「はっきりいってオランダは甘くない。だが、お前の大神ゾーンは俺らのサッカーにあってると思う。今季は降格圏まで落ちないと思うから、一年試してみな。みんな協力するから。」


その言葉をきっかけに敬助は初日で打ち解けた。因みに、デゼーブ、マテイセン、シュバールツの3人は、後にワールドカップで相まみえ、敬助の歴史的瞬間をピッチで見届ける事になる。


 年が明け、オランダリーグは再開した。敬助のプレーはトータルフットボールに良く合っていた。マールティング、レイスのサイド突破、強固なディフェンスと敬助のロングスロー、リスタートからマルティンスが組み立て、オフェルマルスやアルバレーゼが決める。終わってみれば、2位でフィニッシュ。UEFAカップも経験し、敬助の海外移籍は大成功を収めた。


 シーズンオフに一時帰国。敬助は日本代表に初選出されていた。が、ここで敬助は悪夢を見る。代表監督のジーニョ、日本代表の絶対的エース佐々木と衝突してしまう。五輪から旧知の奥寺や、後に予選を共に戦うディフェンダーの日高、佐々木と折り合いが悪いベテランの関塚等が場を納めるが、敬助は自ら代表を降りた。自分がいることでメンバーがまとまらないと判断したためだった。真っ先に世界に出て結果を残した佐々木の言い分もわかる。だが、全てが全てその通りに行くわけがない。サッカーは11人でやるものだということを彼はあまり気づいてなさそうだ。彼だけが一人歩きしていた。奥寺達黄金世代や、我ら金メダルを獲った新黄金世代の面々も彼のレベルに食らいつこうとしていたが、チームはバラバラ。王様が5,6人もいる状態でまともなサッカーが出来るか。ジーニョ監督にも直談判したが、これまでこのやり方で勝ってきたんだと聞く耳も持たない。敬助は


「ダメだ、話にならん。辞めるわ。」


と代表をあとにした。


 一年ぶりに家に帰った。妻や大きくなった娘、歩けるようになった息子が出迎えてくれた。だが、部屋には何も置かれていない。妻に尋ねると、


「来年からあたしたちもオランダに行くわよ。いいでしょ?」


と言った。喜ばしい限りだ。ちょうど契約後に家をあてがわれていた。また家族みんなで暮らせる。代表よりそっちが嬉しくてたまらなかった。息子は前期のカップ戦グループステージの最中に産まれた。それが今では自分で歩いている。子供の成長は早いなあと敬助は思っていた。家族揃って初めての海外生活。敬助は期待を膨らませていた。


「今度は赤いユニフォームで応援して貰おう。」


オランダに着いた敬助は、家族にチームのユニフォームをプレゼントした。街を案内し、チームメイトに紹介した。


 オランダでの2シーズン目がスタートした。敬助の「大神ゾーン」は相手の脅威に晒されている。列強のストライカー達が、敬助の鋭利な爪と牙、野生の闘争本能に狩られていた。ファン・ダールのバルサ仕込みの戦術も冴え渡り、チームは最終節で首位へと躍進。最終節は残留争いのエクセル。優勝は決まったかに思われた。が、この試合で敬助は痛恨のミスをしてしまう。ペナルティエリア外で相手選手を倒し、レッドカードを提示され、退場してしまったのだ。チームは敗戦。順位も3位に転落。敬助はロッカールームで1人、


「これじゃあジェッツの時と同じじゃねーか!」


更に悲劇は続いた。敬助が辞退した日本代表がワールドカップで惨敗。敬助にとっても、日本代表にとっても受難の時期だった。

 

日本のサッカーは、新たな変革期を迎えようとしていた。



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