第5話 谷間に隠れたゴールドラッシュ
「さあ、ゴールドラッシュの始まりだ!」
「谷間の世代」と呼ばれた五輪代表チームはいざ、決勝の舞台に赴いた。彼らだけではない。前回大会予選で靱帯を損傷し、本大会に間に合わなかった奥寺、ゴールデンエイジとしても準決勝でイエローカードを貰ってしまい、決勝に出れず、無念のシルバーメダルに終わってしまった彼にとっては雪辱戦であった。
「本物の金を獲ろう。これからの日本代表は奥寺の世代と俺達で戦うんだ。」
選手達の覚悟は決まった。ベンチメンバーもきちんとバックアップする姿勢を固めていた。怪我で試合に出られなくても、声を張ったコーチングは出来る。俺達はボロボロだが、金メダルを獲るという獣の眼光を全員が持っていた。
選手がピッチに入場した。高橋ケンペスの提案通り手を繋ぎながら。キャプテンの林、ディフェンスの高橋ケンペス、廣山、町田、若手の平田、サイドの羽生、山口、相澤、前沢、敬助、最後尾に奥寺。国歌斉唱。全員が無心を貫く。
試合開始のホイッスルが鳴る。クリスチャン・ロドリゴの個人技が冴え渡り、左サイドが突破されていく。山口だけでは歯が立たず、奥寺がフォローに入る。それでも突破を許すが、一対一に滅法強い敬助は再三止めた。その内ロドリゴはパスを織り交ぜた。ドリブル、多種多様なフェイント、ノールックからのパスに日本の高橋ケンペス、廣山、町田は何度もブロック。次第にポルトガル攻撃陣は枠を外すことが増えていった。
そして前半終了間際、日本のカウンター発動。クリアボールに林が即座に反応。ロングフィードで前線に残っていた前沢へパス。前沢は長身だがドリブルも上手い。キープしながら2人のボランチ、メレスとフレショットを交わし、前線で構えていた長身の平田へパス。ディフェンダー3人に挟まり、フォローもないまま強引にヘディングシュート。しかし、キーパーのブルノスがファインセーブ。そこに走り込んでいたのはボランチの林だった。チームの誰よりも動き、黒子役に徹してきたこのキャプテンが、長い距離を走って詰めていたのだ。先制ゴール!普段は温和でみんなの話を聞き役に徹する優しきキャプテンが雄叫びを上げた。そして林は言った。
「あと3点取るぞ!」
ここで前半終了。最後の45分間が始まる。
ロッカールームに引き上げた選手達から様々な意見が飛んだ。
「マンマークは正直厳しい。ゴール前でブロック作らないか?」
「サイドから再三やられている。こっちのサイドが生かし切れていない。」
「あのフォワードは足にきてるぞ。」
「キーパーが取った後、もっと全力で押し上げよう。上がり切れてないから間延びしている。」
ディフェンスの修正、サイドのケア、味方ゴール前での勝負、そして最後まで走りきる姿勢。それらを修正し、薬師寺監督は交代カードを一枚切る。左サイドの山口に代えて、フォワードの高橋達。3トップで前沢は右ウィングへ入り、中盤はトップ下の奥寺、ボランチの相澤、林はそのままで、ボランチはサイドのケアを忘れないよう伝えた。更に、マンマークは捨て、3バックとボランチが臨機応変にブロックを敷く。弱者の戦術だが、怪我人続出のメンバーに後がない。敬助もリスクを冒せずもどかしい思いだった。
「自分が前で勝負しなければ。前半の防戦の責任は全て俺にある。」
と思っていた。そこで敬助はある秘策を思いつく。それは、ジェッツで遊びでやっていたプレーだが、奇襲するにはこれがいい。敬助は、相手の足下のボールを奪ったときがチャンスだと内に秘め、後半へ向った。
運命の後半が始まった。1-0で勝っているが、相変わらず攻めに来るポルトガル。
後半9分、日本にとって最大のピンチが訪れた。ディフェンダーのクリアミスが味方ゴール中央手前に転がっていった。敬助と抜け出したクリスチャン・ロドリゴとの一対一。敬助は両腕でがっしり掴み、低い姿勢のまま誰もいないところでボールを地面に付き前転。その反動を利用してのローリングスロー。ボールはゴール手前に走っていた高橋達へ通る。得意のドリブルで切り込み、一旦奥寺へ預け、ダイレクトで平田にグラウンダーのパス。ディフェンダーを2人背負いながらシュート。これがゴールとなり、2点目を奪った。このプレーで平田は膝を削られ途中交代。代わってまだ負傷の癒えていないエースの佐久間が投入される。
試合再開直後、ポルトガルは前に出る。クリスチャン・ロドリゴから左のリベリオへサイドチェンジ。すると、追いついたのはこの決勝で起用された羽生がカット。司令塔やボランチで起用されるクレバーな若手は、冷静にボールを運ぶ。右にポジションをずらした前沢と共にじっくり上がっていく。左サイドのリベリオ、後ろのセルヒオ、更にセンターバックのメオラを引きつけて中央へセンタリング。そこに飛び込んできたのはオーバーラップしたセンターバックの廣山。廣山のヘディングシュートがポストを叩き、大きくエリア外に高く弾かれる。だが、そこに待っていたのは同じくオーバーラップしていた高橋ケンペス。ヘッドで一旦手前の奥寺へ渡し、着地したのを確認したのと同時にリターンパスからのダイレクトシュート。火を吹くような強烈なミドルがポルトガルキーパーが上に伸ばした手に当たり、ゴールバーに一度当たりながらゴールライン下に落ちた。ポルトガルディフェンダーが掻き出すも、身体ごとゴールに吸い込まれていった。3-0。誰もが走りきり、躍動したゴールだった。残り時間はまだ25分ある。もっと点を取って勝とうと、日本イレブンは燃えていた。
ポルトガルベンチも動き出した。フォワードを1人増やし、日本と同じ3-5-2のシステムになった。中央のディアーナからクリスチャン・ロドリゴへ、右サイドで仕掛けるが、日本は廣山、相澤、高橋ケンペスが付いていた。だが、3人を抜き去り右サイドを突破。しかしそこには敬助が待っていた。抜けたと同時にペナルティエリア外へ飛び出していた。敬助が右トラップしてからの大きなロングフィード。右サイドの羽生へ渡る。先程と同じシーンだが、相手が最終ラインを減らしたためスペースがある。自らドリブルで切り込む。ボックス内で1人来たが、お構いなしにドリブル敢行。ユニフォームを引っ張られるが強引に進む。そこにセンターバックのメオラが羽生の足首を削る。PKを獲得し、メオラにイエローカードが出される。羽生はうずくまって立てない。ここで最後の交代カード、彼もまた前の試合で負傷した猪狩を投入。
後半33分、PKのキッカーは司令塔の奥寺を出した。ペナルティスポットにボールを置く。その時、ポルトガルペナルティエリア外には、敬助を除いた全員が鋭い眼光でセカンドボールを狙う準備を整える。ポルトガルのキーパーは平静を装っているが、この20個の眼光が気が気でならなかった。更に、前線に残っているポルトガル攻撃陣も同様だった。敢えてゴールライン深くに陣取る敬助のただならぬオーラに畏怖を感じていた。奥寺が蹴る。すると相手キーパーがファインセーブしたが・・・・・
そこにはなんと日本代表総勢10人がポルトガルゴールを急襲した。ゴールはポルトガルゴールに突き刺さった。決めたのはエースの佐久間。怪我を押して出場した日本のストライカーが、相手のゴールネットにしがみつき、雄叫びを上げた。4-0。試合は残り15分ほど。だが、日本はまだ攻撃の手を緩めようとする者は誰一人いなかった。群れを成した日本の狼たちがよだれを垂らしながらゴールという名の獲物に食らいつこうとしていた。
後半も残りわずか、ポルトガルは攻勢に出る。そこに立ちはだかったのは敬助。左右の侵入を牙で噛み付くかのようにかっさらい、空中戦を鋭い爪で払いのける。相手フォワード3人と競り合い、ボールを得意のロングスローで投げる。地面に伏した3人のフォワードを見下ろすその姿は野獣そのもの。彼らは口を揃えて言った。
「ニホンオオカミだ・・・」
そして長いホイッスルが鳴り、試合終了。日本サッカー史上初の優勝!金メダル獲得!日本列島は大いに湧いた。ベンチからは監督、コーチ陣が駆け回った。その後ろで、松葉杖やギブス、フェイスガードをした、今日の試合に出られなかった者、試合中に負傷交代した者が、走り回れずにいた。彼らがいなかったら優勝出来なかったろう。そう思った敬助は、負傷者を肩車して連れ回った。それを見たコーチ陣が我に返り、それぞれ肩車して回った。そして薬師寺監督を胴上げした。
選手達は皆泣いていた。「谷間の世代」と言われ、周りから常に比較対象にされていた。そんな俺達が優勝した。金メダルを獲った。もうこの呪縛から解放されるだろう。様々な想いが交錯していた。程なくインタビューと表彰式が執り行われた。まずキャプテンの林。彼はアンダー世代に選ばれておらず、今大会が初だった。次に高橋ケンペス。ブラジルから帰化した彼もまた初である。次いで相澤。彼はいつも一世代上の代表候補に選ばれており、この世代に合流したのは後だった。エースの佐久間。彼は先のU20では控えメンバーで出場機会が少なかった。そのU20で苦渋を飲んだ町田、廣山、猪狩、櫛野、前沢、山口、その次世代のキャプテン菅野、川上、プロになって頭角を現した松原、高橋達、羽生、次回の五輪のエースとなる男、平田、そして前回大会の雪辱を果たしたオーバーエイジの奥寺、最後にキーパーを務めた敬助が金メダルを首にかけた。壇上に選手全員が並び、高橋ケンペスが提案したいつもの手つなぎをしながら一斉に両手を高く上げた。
そして、金メダル授与。初めて見る純金のメダル。ずしりと重く、そして何よりも眩しい輝き。みんながその財宝を首にかけ、大事に触っていた。本当に獲ったんだなという想いが一人一人の脳裏をよぎった。
次にベストイレブンの発表。大会MVPはキーパーの敬助が選出された。6試合無失点、全試合クリーンシートの文句なしの選出だったが、敬助は、
「オーバーエイジの俺が貰っていいのか?」
と誇示していたが、チームメイト達が言った。
「あんたのおかげで金メダルが取れた。俺達からのお礼の印として貰って下さいよ。」
インタビューが始まった。それぞれが喜びを爆発させていた。だが一人、敬助だけは違った。ミッションを一つクリアし、ほっとした様子だった。敬助はインタビューでこう答えている。
「彼らを二度と谷間の世代と呼ばないで下さい。彼らは今日、純金を堀り当てた。谷の奥深くに隠れ、泥にまみれた堀り立ての純金です。彼らこそ真の黄金世代ではないでしょうか?僕達は苦労してやっと谷底で金を見つけた。金はまだいっぱい残っているはず。僕達のゴールドラッシュはまだ始まったばかりです。先に金を見つけた先輩達と共に、これからワールドカップという金の延べ棒をみんなで取りに行きたいと思います。」
そして最後に
「国に帰ったらハキム監督のきつい言葉が待ってると思います。今回のプレーは自分にとってかなり邪道でした。もっと頼れる守護神となって、今度はクラブの優勝目指して頑張りたいと思います。応援ありがとうございました。」
と締めくくった。
ロッカールームでは皆が大興奮。ウォーターシャワーが宙を舞っていた。敬助は、
「ジェッツで優勝したらこんなことが出来るんだろうなあ。」
と思いにふけっていた。高橋ケンペスが敬助に
「優勝したんですよ。一緒に喜びましょうよ!」
と誘ってくれた。そうだな。お前こそ日本人になってくれてありがとうな。と思いながら参加した。彼らの中のほとんどが、後に敬助と共にワールドカップを目指して戦うことになる。
試合後、ドーピング検査の為、敬助と相澤が残された。2人でスコアボードを見ながら思いふけっていた。
「終わったんだなあ。」
「次は必ずジェッツで優勝しよう。」と。
宿舎へ帰ると、各メディアの取材陣がごった返していた。怪我人もおり、選手も疲弊しているので今日は休ませてあげるようにとスタッフが対応していた。選手は宿舎に帰ると食事も摂らず、シャワーをさっと済ませ、泥のように眠った。全員金メダルを首に下げ、子供の様な満面の笑みを浮かべながら。
次の日の朝から、テレビ番組の出演が控えていた。敬助はこれまで、地元の市葉テレビでしかトークをしたことがなく、緊張していた。あれこれ質問や裏話が飛ぶ。高橋ケンペスは、「ガミさんだけ僕の事を高橋って呼ぶんですよー。」スタジオは笑いに包まれ、緊張がほぐれた。それぞれの大会MVPをフリップに書くコーナーがあった。大概は自分や奥寺、佐久間を選んだが、敬助は林を選んだ。キャプテンでもあり、どんなときでもよく走り、ピッチを縦横無尽に駆け上がり、オーバーラップしたディフェンス陣のカバーリングに徹する彼の献身的なプレーに敬助は賛辞を送った。
内心は全員選びたかった。このチームに入って良かった。このチームで優勝出来て良かった。敬助は心からそう思っていた。
その後、優勝パーティーが開かれた。JFAのお偉いさんや、選手達の家族も来ている。敬助は、もうすぐ3歳になる娘、静香を抱えていた。
「父ちゃん優勝したぞー。」
すると、静香は敬助の頬にキスをする。
「パパ、大好き。」
とつぶやきながら。静香の首に金メダルを掛け、妻の京香に
「ありがとう。君がいなかったらこんな気分味わえなかったよ。」
妻も嬉し泣きをしてくれた。この妻に自分はどれだけ助けられたのだろう。娘を抱えながら、妻の肩を抱きしめた。この時、妻の身体にはもう一人、子供を宿していた。次はこの子にワールドカップの勇姿を見せてやろうと敬助は固く誓った。




