第49話 スタンドの母とスタジアムに構える父
龍永が生まれ故郷に錦を飾ります
6日後のウズベキスタンまで日本代表は、4バックの最終調整に入り、練習はホームの日本と言えど完全非公開。この試合の次はまたアウェーのウズベキスタン。短期間で対策を立てられるのは目に見えており、何よりこの最終予選で最大のライバルはこのウズベキスタンである。太田監督や選手達は
「4バックはそのままで、相手に応じて攻撃陣のフォーメーションを代える。」
という認識に至っていた。また、龍永は前節で頭部を打って途中交代したため、病院で検査を受け、数日間安静の後、別メニューで調整。本番には間に合わせるつもりである。選手達は終始緊張感の張り詰めた表情で練習を終える。別メニューの龍永も同じであった。
そして迎えたウズベキスタン戦。会場はジェッツ市葉の本拠地、フクシ・デンキ・アリーナである。その玄関口に、かつての名将、ハキム監督と、龍永の父、敬助の銅像があった。それを見た龍永は
(ハキム監督はともかくとして、ウチの親父の銅像なんてあったのかよ?・・・何か複雑だなあ。)
とやりにくい様子。
そして、選手入場時、アンセムの前に前節と同じ「アメイジング・グレイス」を合唱する日本サポーター。
「共にー、歩もー!このとーきーをー!決してー!忘れぬ、おーもーいー!熱きー!血潮をー!持ちたーたかえー、オーオーオー!出浦ー!龍永ー!」
更にジェッツサポーターが
「おかえり!俺達の守護神、大神敬助の息子!我らがニホンオオカミJr!」
ジェッツは現在J2で戦っているが、ここでは私設の龍永サポーターが待ちに待っていた。敬助がジェッツを去ってからもう22年の歳月を迎えており、このピッチを息子の龍永が踏むことを今か今かと待っていたのだ。京香は敬助のジェッツ時代のユニフォームを新たに購入し、スタンドから見守る。
スターティングメンバーは前節と同じ。龍永は無事スタメンに間に合い、左ウィングに入る。
試合は日本ボールから。すると、ウズベキスタンイレブンが誰も仕掛けてこない。完全に自陣に引いている。彼らにとってアウェーの為、引き分けでも構わないが、太田監督が
「前田!遠慮するな!アレを出せ!」
と指示をする。アレとは?
キックオフのボールを持ったボランチ前田は、誰にも繋がず一度溜める。すると、他の5人の攻撃陣が横並びにゴール前へ突っ込んでいく。アレとは、パサディナ五輪で魅せたあのストライカーを前方へ並べるフォーメーション。決勝のスペイン戦で見せたあのフォーメーションだ。ロングフィードが右サイド端の斎藤へ送られる。斎藤は並走する越後へヘッドで落とし、シュート。強烈なシュートはキーパーが触りゴールポストを弾く。
早速迎えたコーナーキック。蹴るのは工藤。龍永はキーパー付近で構えている。他にも斎藤と阪倉がキーパーの辺りでポジションを取ろうとしている。だが、日本の狙いはここではない。工藤の蹴ったボールはファーサイド。前節でも左サイドバックを務めた岡野海へパス。だが、読まれておりウズベキスタンのカウンター。完全に人数が足りていない日本代表。だが、残っていた下川が冷静に対処。カウンターのボールに行きながら、オフサイドトラップを狙っていた。
オフサイドの旗が上がり日本ボール。素早く繋ごうとする下川だったが、相手のシャリモフとポポフに邪魔される。再びゆっくりとパスを回す日本イレブン。ここで工藤が仕掛けると、たちまちボランチのゼインリフとナザコフに囲まれ奪われる。すかさずウズベキスタンのカウンター返し。
「ショートカウンターか?」
と再びピンチの日本。FWのシャリモフが抜け出てシュート。西久保が飛び出し触るが、ボールはゴールに向かって転がっていく。もう1人のFWカシモフが走り込みシュート。誰もが
「やられた!」
と思った瞬間、岡野海が猛スピードでダッシュ。ボールを搔きだし阪倉がクリア。慌ただしい状況にキャプテン工藤が
「ナイスダッシュ!みんな岡野に負けるな!」
と檄を飛ばし、龍永が
「点ならなんぼでも取ってやる!急がなくていいからマイペースでいこう!」
と鼓舞する。日本は再びフィードで好機をうかがうが、今度は5人にマークが付いて剥がれない。
(今度は5バックのマンマークか?俺達のやり方とことん研究してやがる。)
このマンマークとショートカウンターに手を焼き、前半はスコアレスドローで終わる。
ロッカールームで工藤が
「あのショートカウンターを封じるには・・・あれは俺達が6年前にやった戦法だ。あの時俺達はどういう練習してたか思いだそう。それと、その直後のアジアカップも。イラン戦はそれでやられたろ?」
阪倉が当時を振り返り
「今回はターゲットが3枚いるからな。とすると・・・」
越後が
「俺と工藤が何とかする。だから内田と斎藤、龍永。高い位置でボール収めてくれ。」
と注文する。龍永は別の事を感じ取っており
「・・・あの、口に出していいかわからないんですけど、ウズベキスタンって俺達の戦術コピーしてないすか?」
と話すと、太田監督が
「そういう事だ。俺達日本だってあれこれ模倣してたろ?今の今までな。」
「俺達はディフェンディングチャンピオンなんだぞ。ウズベキスタンだけじゃない。世界中の弱小国がこぞって見てるんだ。真似されて当然だ。だが、天狗にだけはなるなよ。そういう相手に対して手抜きせず、徹底的に叩き潰すんだ。」
一同
「だったらそれ以上のモンを完膚無きまで見せるまでだろ?相手のリスペクトに対する礼儀を見せよう。オリジナルがコピーに負けちゃ絶対ダメだ。」
と覚悟を決めた。太田監督が
「龍永、お前後半は右サイドだ。三浦、後半のっけから出すぞ。田嶋、お前はいつでも出れるように今すぐアップしとけ。」
後半を迎える。日本代表の戦術が、強者の戦い方として初めて他のチームに真似されてる自覚を持ち、一同内心嬉しくもあり、腹も立っていた。
(俺達も今までドイツやスペインなんかにムカつかれてたんだろーな。だけど、日本のサッカーはまだ未完成なんだ。気を引き締めて行こう。)
ウズベキスタンボールから。内田、三浦、龍永の3人がハイプレスを仕掛けるが、ウズベキスタンは丁寧にボールを回していく。ボランチのゼインリフに渡った瞬間、4人のFW が上がって行く。戻ろうとするオフェンス陣に下川が
「下がるな!待ってろって言ったろ?!」
下川の怒号で龍永や他の4人も前線に残る。ただ待っているのではない。オフェンス陣は空いたスペースにいつでも走る動きをしていた。CB中央の下川がじっくりラインをコントロールしながら間合いを保つ。すると下川が
「ここだ!」
と言わんばかりにボールをかっさらい、そのまま加速をつけたドリブルでオーバーラップする。左サイドバックの岡野海がボランチの位置に戻り、左サイドに前田がスイッチ。DF同士でポジションチェンジすると、俊足の岡野海がボランチの位置から猛ダッシュ。ゴール前まで辿り着くと、そこにはオフェンス陣5人が相手DFを一瞬押さえ込むのを確認して迷わずシュート。ようやく先制点が決まる。
龍永は
「今の下川の動きと判断力、親父に似てるなあ。」
と感心する。そんな時だった。龍永の心に、脳裏に
(どーした?龍永。オメーの力はそんなもんか?)
龍永はちらっとスタジアム前にある敬助の銅像の方を見る。
(・・・今の確かに親父の声だったよな?まさかな?)
と思いながらプレー再開。三浦が入ったことにより、左の攻撃は変幻自在。三浦や工藤がポジションチェンジしながら切り込んでいく。ゴール前で工藤からのリターンパスを三浦がキーパーと1対1。リフティングをしながら交わしてシュート。2点目が決まる。だが、
(おい!ニホンオオカミJr!オメーの力はその程度っつってんだろ?)
と再び銅像の方から龍永だけに声が聞こえる。
(何なんだ?このスタジアムは?あの銅像は呪いか?)
(わかったよ。母ちゃんも来てるからな。今のニホンオオカミJrの力見せてやんよ!)
「あと3点取ってやる!早くボールくれ!」
と声を出す。
立て続けに2点取られたウズベキスタンは混乱している。リスタートのボールはCBガザロフまで戻り丁寧に回しているが、太田監督が
「今だ!全員押し上げろ!」
との合図でDFラインから一気に加速。オフサイドラインにウズベキスタンの攻撃陣が付いていけず置き去りになり、パスコースを無くしたウズベキスタンから下がってきた龍永がカット。右サイドに大きく開いた越後へパス。後方から右ウィングにポジションチェンジした越後がぐんぐん加速し、相手ペナルティエリア前に辿り着き、得意のシュートと見せかけてキックフェイント。後方から上がってきた龍永がシュートしようとするが、相手DFが3人ブロックにかかると、左足ですかさずトラップ。このトラップで完全に置き去りにされたウズベキスタン。龍永は右に僅かに流れたボールをシュート。鋭くカーブのかかったシュートがゴールに突き刺さる。父の元ホームスタジアムでのゴールにスタンドは大熱狂!この試合を観に敬助が愛したジェッツ市葉のサポーター達が、息子の龍永に対してチャントのオンパレード
「ゆーめーを乗せてー!日本で歌うー!いつどんなときで!も!こーこーにいるさ!」
「オーオー!サムライジャーパーン!あーつい気持ちを、見ーせーてーた!た!か!え!オーオー!出浦龍ー永ー!とーもに勝利を!つーかーもーぜー!」
「ヤーヤーヤヤー!さあ行ーけ龍永ー!奴ーらーのゴール揺らーせえ!勝利つかーもーおおー!」
スタンドに来ている京香は
「懐かしい・・・みんな龍永と敬助君を応援してくれてる・・・」
と涙しながら、サポーターから拡声器を借り大絶叫で
「龍永!ハットトリック決めなさい!決めなきゃお母さん許さないからねー!」
と声を思い切り張り上げて叫ぶ。龍永は照れて頭を搔きながら
(母ちゃん、ったくガキじゃねーんだから・・・こっぱずかしいなあ。言われなくてもやるよ。)
と指を3本立てて位置に戻る。ここで選手交代。田嶋と青木、中西が入る。龍永はCFにポジションをずらし、右ウィングに工藤が移る。青木はインドネシア戦同様左サイドバック、田嶋はボランチに入ると、いきなりその田嶋がカット。ボランチ自らの特攻にウズベキスタンは困惑する。更にオーバーラップした青木へパス。ここで青木のフベントルスでやっているワイバーン発動。左にいる三浦と中西の強力ドリブラーを囮にして、右サイドに移った工藤へパス。本来のポジションに戻った工藤は細かいタッチのドリブルで一気にゴール前へ、そして工藤の十八番、股抜きパスで中央に走り込んだ三浦へパスすると、今度は三浦が縦へチョンとこれまた股抜きパス。このボールを龍永が
「ここだ!」
と言わんばかりにキーパーの股間に冷静に転がしゴール。工藤、三浦、そして龍永の3連続股抜きゴールにまたまた大熱狂。
「オーオカミのじょーねーつー!見ーせーてやろーぜー!俺たーちのいでーうら、誰も止ーめーらーれーなーい!」
「俺!達の誇り!出!浦龍永!何も恐れーずに!共に!たたーかーおー!」
4-0。更に後半終了間際、左サイド中西得意の強烈な弾丸シュートに龍永が軽くトラップパスのボールをウズベキスタンゴールに置くようなシュート。太田監督が
「バルセロスのあのタッチをここで見せたか・・・」
と脱帽し、トレードマークのキャップ帽を振り回す。
ここで試合終了。ホーム2連戦を連勝で終え、何とか望みを繋いだ日本。次戦はこの相手をアウェーで戦う事になる。
試合後のインタビューで龍永はハットトリックの事を尋ねられ
「・・・何か、今日は母が久しぶりにこのフクアリに来てくれたのですが、このスタジアムの前に父がデン!と構えてて・・・絶対失敗しちゃいけないって気が引き締まって・・・それと、今日のチャントは何処か懐かしい気がして・・・」
まだ産まれたばかりの頃、龍永は今日のこのチャントを腹の中から聞いてきたのである。父は直ぐ海外に行ってしまったが、何故か身に染みていたようだった。この試合に限っては、スタンドで応援する母と、スタジアムの前で睨みを利かせていた父の銅像が力を貸してくれたような試合であった。
ジェフ千葉のチャントをアレンジして使っています




