第48話 ボルネオのセレソン
日本代表に転機が訪れます
インドネシア戦前、龍永は太田監督に直訴した。
「監督。突然のことですが、やっぱり4バックに戻したいんです。サイドの負担がでかいし持ち味が殺される。」
太田監督が
「それは俺も考えてる。でもな、左サイドバックにいい人材がいないんだ。小林も仁弧もまだ途上段階でな。いい中堅も見当たらないし・・・」
その旨をグループミーティングでチームメイトにも伝える。
「うーん・・・。流石に秋葉さんレベルの選手いたはいたんだけど、怪我に泣かされてるよなあ。小林と仁弧を鍛えるしか・・・」
そんな時、2人の選手が名乗りを上げる。岡野海と怪我から復帰した青木だ。岡野海は推進力と縦への突破、ボール奪取能力もある。そして青木もベルサイユ五輪で一時的にサイドバックをやっており、特に違和感はないと話す。だが
「ボランチの枚数足りなくなるだろ?」
2人ともボランチである。残るのは田嶋と前田。そしてトップ下もこなせる岡野航と3人だけになってしまう。
「龍永のバルセロスみてーにアンカー置いてセンターハーフ2人ってのもありだけどな。そうなると工藤と越後が入ると思うんだけど、今度はウィングが足りん。三浦か中西どっちかはジョーカーで取っておきたいんだよなあ。」
龍永が
「別に俺ウィングでもいいっすよ。真ん中内田さんいるし。」
「じゃあ右は?五十嵐さんいねーんだぞ?あんくらい爆発力ねーと・・・」
「じゃあ俺右やりますよ。左は三浦さんか中西さんで。」
阿部と斎藤が
「おい!俺達忘れてねーか?」
「サイドに長身2人ってのも五輪でやったろ?」
太田監督はこの様子を遠くで見ていた。選手達がいい意味で変わろうとしている。2分けしたチームに最早試している余裕もない。太田監督は、キャプテン工藤がまとめた意見を聞き、急遽Jリーグのチーム、河崎、AS京浜に練習試合の要請をした。フルメンバーじゃなくて構わないので新戦術の確認をしたい。まだシーズン中なのであくまで調整でとの事で了承をもらった。この2試合は完全非公開だった。だが、河崎、AS京浜共怪我人も出ず、ただ・・・
「日本代表はとんでもねーこと考えてる。」
「あれでもまだ1勝も出来てないのか・・・」
とだけコメントした。
迎えたホーム、インドネシア戦。ナショナルスタジアムは超満員。龍永にとって日本でのホームは初めてでびっくりしたが、今回は京香、静香、ピッチサイドに絵梨香も来ている。アップ中に日本サポーターがあのワールドカップ決勝後に歌った「アメイジング・グレイス」を合唱する。
「共にー、歩もー!このとーきーをー!決してー!忘れぬ、おーもーいー!熱きー!血潮をー!持ちたーたかえー、オーオーオー!出浦ー!龍永ー!」
太鼓のリズムに合わせ、超満員のナショナルスタジアムで日本サポーターが次々と跳ねる。
「共にー、歩もー!このとーきーをー!決してー!忘れぬ、おーもーいー!熱きー!血潮をー!持ちたーたかえー、オーオーオー!ニホンオー!オカーミー!」
「共にー、歩もー!このとーきーをー!決してー!忘れぬ、おーもーいー!熱きー!血潮をー!持ちたーたかえー、オーオーオー!サムライー!ブールー!」
今回は日本イレブン全員に対して歌う日本サポーター。そして、スターティングメンバーを観て日本サポーターも相手も驚愕する。出場停止はキーパー佐藤と中西。未だ故障の癒えていない鳥海。
GK西久保、DF右から阪倉、下川、池田、岡野海、アンカーに前田、センターハーフに工藤と越後、3トップ右から斎藤、内田、出浦
ベンチにGK戸島、宮澤、DF杉山、北爪、チェイス・ラム、田中、MF田嶋、青木、岡野航、阿部、三浦、桑原、結城、FW椎原、京谷
普段ボランチの岡野海が左サイドバックに入り、アンカーの前田と中央に絞った工藤と越後。更にはウィングに長身の斎藤と龍永が入る新システムに動揺した。
「岡野がサイドバック?もったいねーだろ?」
「ウィング2人が中?中盤大丈夫か?」
「何で長身2人がウィングなんだ?出浦はバルセロスでやってるとして斎藤はやってないんじゃないか?」
混乱の中試合は始まる。インドネシアはスペインやオランダから帰化した選手ばかり。通称「ボルネオのセレソン」と呼ばれ、監督は龍永のチームメイト、クライファーツの父である。立ち上がり早々FWのピチライが意表を突くドリブル。しかし、工藤と越後、前田が囲むが、右サイドバックのウォルシュにパス。このボールを岡野海が素早い出足でカット。そのままドリブルでカウンター返し。龍永がDFを釣りスペースを作る。素早い切り替えから工藤がフォローに入りワンツーでそのままセンタリング。ファーに構えていたのは長身の斎藤。この時ゴール前にいた内田と龍永は相手DFを身体でブロック。ヘッドで撃つと思いきや斎藤は胸で完璧なトラップで収め、冷静にシュート。先制点に日本サポーターは大興奮。
「スゲー!岡野ってサイドもいけるじゃん!」
「そうか!長身をファーに構えさせたのか!」
「中盤の3人もプレス激しかったぞ!」
このシステムにはカラクリがある。実は龍永と斎藤はダミーのウィング。2人共特に前線にこだわらずセンターハーフもボランチも出来る。本当のウィングは中央の越後と工藤である。更に左サイドバックで先発の岡野海は自らミーティングで
「やってみよう。俺も勝つ為にポジションにこだわらない。いざとなったら今回は弟もボランチ出来るし。」
と乗り気であった。これにより、龍永のバルセロスでのフォーメーション通りになった。越後と工藤はバルセロスのオルモスとテュラン、シメオニといった「ウィング的なセンターハーフ」に化けようとしていた。
そしてベテランの三浦や意外性の椎原がベンチに控える。
開始早々日本が先制。インドネシアボールで試合再開。インドネシアもここは手堅く一旦後ろへ下げ、前線3人とセンターハーフ2人で潰しにかかる。難なくカットした日本。ボールは越後がキープ。左サイドへ流す。だがここに龍永はいない。工藤が龍永とポジションチェンジして左サイドをぐんぐん進み、そのままシュート。早くも2点目を決める。ここから日本のゴールラッシュが始まる。
前半20分。今度は斎藤と越後がスイッチ。越後のシュートがキーパーの手を弾き飛ばし3点目、更に32分、今度はサイドの龍永と斎藤がクロスしスイッチ。ターゲットが入れ替わる事態にインドネシアは混乱。左サイドバックに入った岡野海が再びセンタリング。これを龍永が鮮やかなダイレクトボレーで4点目を決める。
後半、絶好調だった岡野海に代わり青木が左サイドバックに入る。右サイドバックに長身の田中。サイドバックを2人入れ替えた。
その代わって入った青木も元は攻撃的な選手。フベントルス仕込みの超攻撃的なオーバーラップで龍永、工藤と崩しサイドから速いセンタリング。これを内田が決めて5-0。更に今度は右サイドバックに入った田中と斎藤がポジションチェンジ。田中が中へ入り、斎藤がドリブル。越後へ戻したボールはダイレクトで龍永へ渡りそのままシュート。キーパーのカルチコが弾き、フブナーがクリアするも、斎藤がペナルティエリア外でブロック。ゴール前へ戻すと、上がってきたアンカーの前田が左へ横パス。これを左サイドバックの青木がシュート。6点目はフベントルス仕込みのワイバーンが火を吹いた。
これ以上点をやれないインドネシアは、トラップ際の龍永を狙いタックル。派手に吹っ飛び頭から墜落した龍永にスタンドがざわつく。
「龍永ー!」
母の京香の悲鳴が飛ぶ。しかし
(・・・死んでねーよ。母ちゃん。こんなモンに負けるかよ!今からいいもん見せてやっからよ。よーく見てろよ!)
起き上がった龍永はもう一度
「俺によこせ!」
と叫ぶ。かなり中央の深いスペースを狙っている龍永の眼力を見て、工藤が背後から低くて速いグラウンダーのキラーパスを出すと、このボールに龍永が反応。マークにきたアイボーイに対し後ろ足でインサイドキック。ボールはアイボーイの背後を通り、反対側を巻くように交わす。ついこないだアジャックス戦で魅せたあのフェイントである。その時
(見えた!)
強固なディフェンスラインを背後に龍永はゴールまでの道筋を完璧に捕らえていた。迷わず左脚一閃。
《ガン!カーン!ドン!・・・シュルルルル・・・》
ボールはゴールポスト内側に当たった後、ゴールバーに当たり、ゴールの中で強力なスピンがかかったまま地面に回転している。
「何なんだ?今のは?」
「あのフェイント凄くないか?」
「なんちゅーシュート撃ちやがったんだ?あいつ!」
龍永の7点目のゴールは普段チャンピオンズリーグを観てない者達にとっては異次元だった。更にあの鋭い回転のかかったシュートにインドネシアDF陣は一歩も動けずにしばらく沈黙した。だが、ゴールの後レフェリーに
「君。脳震盪かもしれないから交代しなさい。」
と宣告される。確かに頭を打ったので阿部と交代。そして、斎藤も三浦と交代。オプション2である。それぞれ左右両サイドに入り内田を残す。そして早速三浦が得意のドリブルで切れ込み、工藤とのワンツーで崩し、内田に合わせ8点目。更に後半終了間際、その内田と交代した椎原が決め9-0。スペインやオランダからやってきた「ボルネオのセレソン」は完全に撃沈した。
日本でのゲームで初めての勝利者インタビューで龍永は
「個人的にはまだまだです。ハットトリック出来たはずなので・・・」
と謙虚に振る舞ったが、インドネシアイレブンは激怒。しかし龍永は彼らに
「この予選で小細工なしに真っ向からぶつかってきたのあんたらが初めてだよ。これでも俺達はインドネシアを高く買ってるんだぜ?2位まで本戦出場出来るんだから一緒にワールドカップ行こーぜ!」
と賛辞を送る。この言葉にインドネシアは火が付き、怒濤の勢いでこの最終予選を引っかき回す事になる。
龍永が言った「まだまだ」とは、新大神ゾーンの事である。未だ360°の視野に達していない事がまだまだという事だった。この予選中には辿り着きたいと今も牙を研いでいた。
4半世紀前は日本の左サイドバックが余りすぎていたのを思い出しました。あの頃は逆に右サイドが人材難でした




