第42話 札束を喰うラクダ
龍永がA代表として初めて最終予選に参加します
ワールドカップ最終予選を前に、龍永は一時帰郷し、母、京香を訪ねる。
「母さん。父ちゃんのプレー集って持ってるかな?」
京香は
「ちょっと待ってて。今持ってくるから。」
と外へ出る。すると、埃の被った段ボールいっぱいのDVDを抱えて持ってきた。
「もう20年以上前のものだけど・・・あたしはほとんど観てないから全部あげるわよ。古いから映らなかったらごめんね。」
と一度実家のプレーヤーで再生して、無事だったので空輸でスペインへ送った。このアウェー2連戦が終わったら少しずつ見返すつもりである。その日は母と2人で母の手料理を食べ、久しぶりの母子水入らずの時間を過ごした。自分の部屋で眠る龍永を見て母は
「この子、敬助君に似てるけど、結局子供っぽさは抜けてないわね。」
と安心した様子で微笑んでいた。
次の日から3日間、検見川での練習を終えて、アウェー・サウジアラビアのジッダへ向かう。龍永にとっては初の最終予選。越後や三浦等のベテランから
「はっきりいって本戦よりきついぞ。特に審判。中東の笛って奴だ。アンダーカテゴリーとは全然違う。」
と聞かされていた。
こうして迎えたサウジアラビア戦。スタメンはベテラン勢で埋まった。
GK佐藤、DF鳥海、阪倉、池田、ボランチに岡野海と田嶋、右に越後、左に三浦、トップ下に工藤、2トップに内田と龍永が入った。いよいよ始まる最終予選。乾いた環境は五輪予選で経験済みだが・・・
日本ボールで試合開始。バルセロス同様小さなトライアングルを形成し、サウジゴールに迫っていくが、龍永にボールが渡ると、相手DF2人が激しく当たりに来る。すかさず交わそうとする龍永の背後から思いっきりタックルをかまされ、倒される。龍永が珍しく
「おい!今のファールだろ?」
とレフェリーにアピールするも、既に試合は再開され、あっという間に日本ゴール前までボールを運ばれていた。だが、今の日本DF陣は鉄壁である。阪倉も池田も鳥海も侵入を許さない。弾き返したボールを田嶋が拾い繋いでいく。前回大会落選の田嶋にとって、この大会が最後である。田嶋から越後へ、越後から工藤、三浦と経由して、得意のドリブルで中へ切り込んでいく三浦。サウジDFを十分引きつけてセンタリング。このボールを龍永がダイレクトシュートを炸裂するが、サウジのゴールバーに当たってラインを割る。このシュートにはサウジのGKが触っていたがゴールキックの判定。再びサウジボールになる。
だが、サウジの攻撃を再び防いだ日本DF陣。今度は左の三浦へパス。三浦は上がってきた岡野海とのワンツーで抜け出そうとするが、またもやサウジDF3人に脚を削られる。しばらく倒れる三浦。VALでは、明らかにサウジDFが足裏で三浦の脚を蹴っていたがノーファール。日本イレブンが
「あれがファールじゃなくて何がファールなんだよ!」
と猛抗議するが聞き入れられない。早いリスタートからサウジが一気にゴール前へ詰め寄る。今度はキーパー佐藤がキャッチ。センターサークル付近を走る龍永へすかさずロングフィードを送る。サウジDFは前に3人いるが、ここでオフサイドの笛が鳴る。どう見ても龍永の前に相手DFが3人もいた。オフサイドラインの1mも手前である。龍永がレフェリーに詰め寄り
「あれのどこがオフサイドなんだよ?!」
と抗議すると、レフェリーは龍永にイエローカードを提示する。審判への抗議でカードを貰うのは初めてだった。普段は「あと3点」という言葉以外冷静沈着な龍永だったが、この日は感情的になってしまう。
更に前半終了間際、工藤のドリブルから絶妙なパスがペナルティーエリア内にいた龍永に通る。だが、サウジDFは3人がかりで龍永のユニフォームを引っ張るも、龍永が強引にシュート。ゴールが決まるもその前に前半終了のホイッスルが吹かれる。またもレフェリーに対し
「こいつらシャツ引っ張ってんだろ!」
と猛抗議するも、工藤や越後に止められる龍永。後味悪くロッカールームへ引き上げる。ロッカールームで太田監督が開口一番
「おい!お前ら!これが最終予選なんだぞ!相手はワールドカップに行きたくて死に物狂いでかかってくるんだ!ましてや俺達はディフェンディングチャンピオンなんだ!荒っぽく来られるのは当たり前なんだぞ!龍永!お前エースだろ!甘ったれんな!お前を潰そうなんて奴らはごまんといるんだぞ!」
と活を入れる。龍永以外のベテランも動揺していたからだ。前回なら秋葉や武藤が収めるが今はもういない。ここにいる自分達で解決するしかない。あやふやのまま後半戦が始まる。
サウジボールでキックオフ。いつにも増してハイプレスをかける龍永と日本の攻撃陣。身体に触れてもいないのに倒れるサウジイレブン。龍永以外の選手達にもイエローカードが出される。そんな中、この試合のレフェリーがサウジイレブンやサウジベンチに日本の選手をじろじろ見ながら話し込んでおり、スタンドの方にも目線をやっていた。その先にいるのはサウジの高官達。龍永は
「あいつらグルかよ!」
と察していた。再びボールを奪った岡野海が今度は自分で仕掛ける。俊足の岡野海を止めようとサウジDF陣がまたもやシャツを引っ張り、岡野海のユニフォームがびりびりに破かれていたがお構いなしにシュート。ボールはキーパーに弾かれたが、龍永が冷静に詰めてプッシュ。
「今度こそゴールだ!」
と確信する龍永だったが、これもノーゴール。ゴール前で身体を張っていた工藤にイエローカード。ここで龍永、工藤、越後が交代させられる。龍永はユニフォームを脱ぎベンチに叩き付ける。更にユニフォームを引き裂かれた岡野海が交換するようレフェリーに言い渡された。その間にサウジボールのゴールキックが始まる。
「何なんだよ?今日の審判は!ジャッジ偏りすぎにも程があるぞ!」
と龍永がキレる。まだ岡野海のフィールドインが許されないまま日本のピンチになり、代わって入ったばかりの中西のチャージにレッドカードが提示される。明らかに荒れた試合。これがディフェンディングチャンピオンの力か?と疑問を持つ味方サポーターも苛立っていた。
後半代わって入った斎藤や杉山が何度も惜しいシュートを放ち、日本DF陣も奮闘するが、ここでタイムアップ。0-0の引き分けで試合が終わる。龍永が代表入りしてスコアレスドローになった試合は今日が初めてだった。決して消極的になったわけではない。むしろアグレッシブにいった試合でレフェリーにことごとく試合を破壊されてしまったような内容だった。
試合終了後、太田監督がレフェリーと軽く握手するが険しい表情だった。その後にサウジ監督と結構長く話し込んでおり、貴賓席にいた「誰か」を見上げニヤニヤ笑っていた。ファールを犯したサウジの選手達は何食わぬ顔で日本の選手達に握手もせず去って行った。まるで札束をむしゃむしゃと喰うラクダのような無機質な顔に龍永ははらわたが煮えくり返っていた。せっかく開眼した新大神ゾーンも使えないまま不完全燃焼に終わってしまった。
試合後のロッカールームは沈黙していた。引き分けたのにまるで負けたかのような重い空気。互いのミスを責めようともせずただ黙々としていた。太田監督が
「アウェーだからとか不正なジャッジとか考えるなよ。俺達は完膚なきまで叩き潰す事に失敗した。俺も実力不足だった。次の試合は中国だ。この試合以上に荒っぽく削ってくるだろう。だが、それに打ちのめされたんじゃディフェンディングチャンピオンだろーが本戦に行けない事を忘れるな!あくまで実力で完膚なきまで叩き潰すんだ!」
この試合でDFの鳥海、左の三浦が怪我をして次戦は起用できなくなってしまった。この試合から日本代表の悪夢が始まる事になる。
何もかも上手くいきすぎていた龍永に中東の笛が襲いかかりました。
龍永も完全無欠ではないということです。




