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第38話 日本のエース 俺の大神ゾーン

家族の為ではなく、ようやく自分の為にサッカーをするようになった龍永が、初めて父のサッカーと向き合います。

 話を少し遡り、ホームのアトレティック・マドレー戦。このチームに今期移籍した日本のエース、工藤が在籍する。いわば


「現日本代表のエース対決」


で盛り上がっていた。この試合から3時間後に日本でE1選手権が始まる。


 この試合から1週間前、バルセロスは相手の偽SB対策に取り組んでいたが、解決の糸口が見つからない。家に帰り、妻と眠っていた龍永の夢の中に、とある人物が現れる。それは今は亡き父、敬助であった。龍永は夢の中で父、敬助がGKを務めるチームと試合していた。敬助は龍永をゴール前で睨みながら何やら誘っている。龍永がバルセロスイレブンとボールを回すが、敬助は微動だにしない。龍永が父の待つゴール前へ侵入しシュートを撃とうとした瞬間、敬助が突然龍永に襲いかかりボールをキャッチ。そして素早く特大ロングスローを投げ、味方がピンチになると同時に突然龍永が目を覚ました。横で寝ていた絵梨香が顔が青ざめた龍永を見て


「どうしたの?あなた。汗びっしょりよ?」


と尋ねると、


「・・・夢の中に親父が出てきて・・・俺のシュート足ごと噛み付くようにキャッチしやがった!」


と絵梨香に渡された水を飲みながら話す。絵梨香は


「それって大神ゾーンじゃないの?あなたのお父さんがアクロポリス五輪でやってたっていうあのプレー。確かにあれは怖いよね。」


と知っている様子。絵梨香もまだ幼かったが覚えていたという。


 それは翌日の練習にも響いていた。あの恐怖感が忘れられず、練習に身が入らない。メッツ監督が


「どうした?!リュウエイ!身体重いぞ!」


と心配するが、


「な、何でもないです。」


と元気が無い様子。気になったメッツ監督が


「後で俺んとこ来い!」


と呼ばれてしまった。


龍永が監督に昨日の夢の事を話す。すると


「・・・確かにありゃ怖かったな。」


と振り返るメッツ監督。アクロポリス五輪準決勝の後半でメッツ監督は敬助と対戦している。メッツ監督から見れば敬助は


「はっきり覚えてるよ。お前の親父さんはスペース作るのに長けてたな。確か「大神ゾーン」って言ってたな。場所は本人か当時の代表しか知らねーだろーけど、自分だけのスペースを作っていて、そのスペースに入れば俺もクリスチャン・ロドリゴも足ごと狩られるかと思ったくらい強烈だったよ。それが守備だけかと思えばとんでもねー。俺達の2失点は彼に攻撃のスペースを突かれたんだ。あん時キーパーなのにオーバーラップしたシュートより、1失点目に俺達のキーパーの頭上超すフィードが鮮烈だったな。キーパー飛び越して5人も詰めてたんだぜ?考えられねーよ。」


龍永はその当時まだ産まれておらず、母も姉も現地で観戦してたので試合を録画していない。丁度JFAユーロの谷津川が今回の試合を視察するという情報をキャッチし、連絡すると


「一応全試合こっちにあるよ。観るなら送るけど。」


と返答され、試合2日目に送られてきた。全部観るのに半日はかかるが、絵梨香に


「準々決勝はPKだから観なくていいんじゃない?初戦のイタリア戦と準決勝のアルゼンチン戦、決勝のポルトガル戦観れば十分だと思うけど。」


と言われ3試合に絞った。龍永が父の試合を観るのは初めてであった。ヨハネスブルグW杯は観たというより訳もわからず応援していただけだった。


龍永は、初めて父のプレーと向き合うことになった。


初戦のイタリア戦。カウンターを食らっているのにゴールラインに立ち尽くし、微動だにしない敬助。イタリア攻撃陣がペナルティエリアに複数入った瞬間。目をカッと開きもの凄い勢いとスピードでボールを奪い、すかさずロングスローを投げる敬助。フリーキックやコーナーキックでも、味方を1人だけ残し、ペナルティーエリアにスペースをごっそり開けながらも楽しそうにニヤリと笑っている敬助だが、まるでそのスペースを自分の庭かの如く駆け抜け次々とセービングしてすかさずロングスローを投げ、カウンターで点を決めていく日本代表。決勝のポルトガル戦を観ている最中、龍永は突然ガバッと立ち上がり、拳を握りしめたまま呟く。


「・・・これだ!俺の大神ゾーン!」


龍永は何かを悟ったかのようだった。傍らで見ていた絵梨香が


「何か思いついたの?」


と尋ねると、


「そうか!そうだったんだ!次の試合絶対勝つぞ!」


と意気込んでいた。


 こうして迎えたアトレティック・マドレー戦。だが、ウォーミングアップ中にCFのハーラルトが怪我をして、急遽龍永がCFを任されることになった。入場行進の前、隣には日本のエース、工藤がいる。その工藤が


「おい、龍永。この試合でどっちが日本のエースかはっきりさせよーじゃねーか。」


と話す。龍永が


「へへへ。なら覚悟してくださいよ工藤さん。今日の俺は一味違いますから。」


と何か狙っているようだった。


 アトレティック・マドレーボールでキックオフ。龍永はいつもならアグレッシブにハイプレスをかけてくるのだが・・・


龍永はハイプレスをかけてこない。ゆっくりとボールを回すアトレティック・マドレーイレブン。DFのヒメナス、ルジェリ、グリマードと回していく。その隙に龍永を始めじりじりラインを上げていくバルセロスイレブン。静観するメッツ監督。キーパーのムッツォまでボールを戻すと龍永が突然そのムッツォと絶妙な間合いを取った。ムッツォは何やら龍永からただならぬ殺気を感じ、サイドのモレーノへ散らそうとするが・・・


ここで龍永の目がカッと開き、その早いパスを強奪。オーバーラップしていた左サイドバック、クライファーツへトラップパス。クライファーツが冷静に押し込みバルセロス先制。開始12分でのゴールだった。相手キーパームッツォが


「おい、今日のあいつ今までと違うぞ。工藤、何かわからねーのか?」


と質問するが、工藤はまだ気付いていない。前半終了間際、アトレティック・マドレーに1点返され同点とされ、前半は終了する。


ロッカールームでメッツ監督が


「リュウエイ。何でハイプレス仕掛けねーんだ?」


と尋ねると、


「俺、もう少しで開眼しそーなんすよ。後半俺の大神ゾーンやりますよ!」


と明るく返す。ズダンやオルモスが


「どーいう事だよ?」


と龍永に聞くと


「オメーらは今まで通りでいいんだよ。俺と相手DFの駆け引きの問題だからよ。出来ればゴール前で俺の前のスペース開けといてくれよ。3点取って来るから。」


とあっけらかんと話す。


後半ペドリーニョに代わりシメオニが投入される。彼もまた、相手監督に父、更にマッチアップに弟がいる。親子3人が試合に出た状況になる。興奮するシメオニに龍永が


「1点取らせてやんよ。だからこう動いてくれ。」


と耳打ちする。


後半が始まった。アトレティック・マドレーがボールを回していく。セルローズから工藤へボールが渡ると、工藤はドリブルで仕掛け、クライファーツ、クバルシュ、ファン・ボムメルを次々と交わし、フォローに入ったズダンの股を狙いシュート。ゴール右隅に決められ逆転される。龍永は


「とっととボール持ってこい!直ぐ取り返してやんよ!」


と声をかける。今のプレーで相手の偽SBの様子を観察していた。メッツ監督に


「こっから3点いきますよ。」


とサインを出した。メッツ監督は


「やってみろ。今日のゲームはお前に任せた!」


と檄を飛ばす。


バルセロスボールで試合再開。相変わらず中盤は固く、ティキタカのスピードが冴えないが、ゴール前で龍永が突如ティキタカを止めると、相手キーパー、ムッツォを睨んだ。大勢で龍永を取り囲むアトレティック・マドレーイレブン。バエーニャ、コクー、ルジェリがプレスをかけると、左右両ウィングのジャマールとシメオニが裏で大きくスイッチし、交錯する。慌てた後方のヒメナスとグリマードがゴール前を固めるが、龍永は左から右に流れたシメオニに空いた右サイドに大きくパス。リターンをセンターハーフのテュランがシュート。同点に追いつく。ムッツォが


「今の感覚は一体何だったんだ?」


と疑問に思う。


再びアトレティック・マドレーボールで試合再開。今度は龍永がハイプレスを仕掛けるが、以前の迫力がない。いつもはがむしゃらに強引に奪いに来る龍永だったが、この日の龍永はまるで最前列にいるクレバーなボランチの様な動きだった。無駄に走らず、抑えどころであっさり奪う。龍永にとっては簡単に奪っている訳ではなく、


「ここで奪う!」


と決め所を狙っているかの様だった。バエーニャからボールを奪った龍永に工藤が付く。日本のエース対決だ。龍永がパスをしようとするが、工藤はコースを全部切っている。それならばドリブルと仕掛けようとするも、工藤はその隙すら見せず龍永に激しく当たってくる。互いに


(日本のエースの座は譲らねー!)


と言わんばかりの激しい攻防。両軍2人のフォローに入るが、相当狭いスペースに密集していた。龍永はこれを待っていた。この密集に参加していない2人のバルセロスの選手、ジャマールとシメオニが両サイドに開いている。右のジャマールにロビングのパスを送るとジャマールはワンタッチで中央へ走り込むシメオニにパス。ここでシメオニに渡ったと同時に弟、フリアン・シメオニが兄、ジュゼッペに襲いかかる。するとシメオニが縦にインサイドキックで流す。するとジャマールがもの凄い勢いでカットイン。シュートするが、キーパー、ムッツォがファインセーブ。こぼれ球をグリマードが中央のバエーニャへ繋ぐが、これを狙っていた龍永がカット。工藤が密着マークして強引に奪おうとしたが龍永は立ち止まり、工藤は置いてかれてしまう。再びムッツォを睨み付けた龍永は、ペナルティーエリア内へワンタッチで侵入しそのままシュート。ボールは相手ゴール左隅のポストへ当たった後ゴールへ吸い込まれた。龍永は思わず


「・・・出来たぞ!俺の大神ゾーン!」


とガッツポーズをし、雄叫びを上げ逆転に成功した。


その後、選手交代。ジャマールに代わりウェア、テュランに代わりキエリーザが入る。メッツ監督は龍永の考えを理解していた。今の龍永にとってスペースを活かす2人の起用はズバリ当たった。


後半40分、オルモスから右サイドのウェアへパスが通り龍永へセンタリング。龍永は再び足を止め、ゴール前で溜める。三度ムッツォを睨み付けながら左から走り込んだキエリーザへ反対の右側へパス。このパスを並走するようにキエリーザが追いつきシュート。4-2と突き放し試合は終わった。


試合後に工藤が


「今日のお前はどーしたんだ?ガツガツ来ると思ってたのによ。」


と不思議に思い尋ねると、龍永が


「俺の大神ゾーンが完成したんすよ!次の代表に持って行くんで一緒にやりましょうよ!」


と楽しげに話していた。ニホンオオカミの遺伝子は、確かに息子の龍永に受け継がれた試合であった。



 敬助の「大神ゾーン」は、相手オフェンス陣を自分のテリトリーに誘い込む一撃必殺の代物だったが、龍永の「大神ゾーン」は、相手のGKを始めとしたDF陣を自分のテリトリーに誘い込む変幻自在の代物であった。龍永がボールを止めたのは、そんな自分のテリトリーを作り出すための「溜め」であり、相手GKを睨み付け、絶妙な間合いを作るための「駆け引き」だったのである。この2段構えの「新大神ゾーン」の話をしながら、試合後に工藤を自宅に招き、一緒に自分達のいないE1選手権を戦う日本代表を2人で分析したのであった。話が熱を帯びすぎて、工藤が首都マドレーに帰ったのは翌朝の事であった。




キーパーの敬助と違い、狭く限られたスペースを上手く使いこなすようになった龍永ですが、これからこの「新大神ゾーン」を龍永なりに進歩させていきますが、これには多くの人物が関わっていきます。これから父、敬助と接点のあった人物達が息子の龍永と接触していきます。

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