第37話 完膚なきまで!
今回は龍永達ワールドカップ優勝メンバーのいなくなった日本代表です。
チャンピオンズリーグ、リーグ戦とも好調のバルセロス。国内では首位、チャンピオンズリーグは1試合こなしている龍永に、日本代表の太田監督から連絡が入る。
「龍永。次の代表ウィークなんだが、お前は呼ばないことにする。お前だけじゃない。工藤と佐藤、中西、田中、岡野海も呼ばないつもりだ。その代わり、特にお前はバルセロスでティキタカを磨いていてくれないか?あれを若手の教材にしたい。」
龍永は
「なら俺も帯同しますよ。別に選ばれなくても練習くらい付き合いますよ。」
と返答するが、太田監督が
「それはありがたいけど、お前には一旦離れて客観的にこのチームを観て欲しいんだ。今回外す上記のメンバーにも伝えたが、このチームを外から観た感想を直接でもレポートでも伝えて欲しいんだ。なるべく正直にな。ちゃんと三浦や越後、阪倉は残すから、それも含めて監督になった気分で観ててくれ。」
龍永は
(何かこの台詞前にも聞いたような・・・)
と思いつつ
「解りました。1つだけいいですか?選ばれた面子、特に若手に伝えてください。弱かろーが完膚なきまで叩き潰す。相手が下手くそだとか思ったら上に行けないぞって。」
太田監督は
「それ、さっき工藤にも言われたよ。わかってるよ。心配すんな。」
と電話を切った。
今回の2次予選、ニューフェイスが数名いる。龍永も含めて太田監督が外したのは当確の選手達だ。五輪を共に戦った鈴木仁弧や小林、ベルサイユ五輪世代のボランチ井出、中盤の小兵、水本、長身CBチェイス・ラム(ザルツブルゲン)、同じく長身SB栗原(AS京浜)、そして最年少の市原(AS京浜)が入った。更にコーチ陣も一新されていた。父、敬助とポジションを争った日本の守護神清雲、モスクワワールドカップまで代表を務めたDF鷲田(元サザンプトン)、MF細川(元ドルトミュンスター)、SB坂本(元マルセーヌ)、FW奥山(元レストル)、そしてヘッドコーチに敬助の後輩佐久間が入閣した。羽生以外のコーチは丸ごと入れ替わった。龍永が思うに太田監督は
(きっと内部的にも代わった日本を観ればいいのだろう。)
と思い、他のチームメイトが代表活動中も敢えてバルセロスに残り練習しながら終わってから日本代表を分析すると言う2週間を送る。
2次ラウンド。初戦はホームの北朝鮮戦。試合前、画面を観ながら龍永はふと思い出した。太田監督から言われた
(監督になった気分で観ててくれ。)
(そういえば初代表で怪我した時に武藤さんや水野さんに言われたなあ・・・あれからもう3年になるのか・・・2人共引退しちゃったし・・・早いなあ。)
と思い返す。サッカージャーナリストの妻、絵梨香は敢えて取材に行かず、龍永の傍らで一緒に観ている。現在妻の身体に子供が出来ており、もうすぐ産まれるからだ。そんな頼もしいブレインの妻と一緒に自チームを分析するなんてと思いながら試合が始まる。前回15点も取った相手だからとスタメンは丸ごと入れ替えられてた。
GK23番西久保、DFは4人。右から2番栗原、5番蓑口、22番チェイス・ラム、3番鈴木仁弧。ダブルボランチに8番前田と6番井出、右ウィングに24番阿部、左に11番桑原、トップ下に15番水本、CFは9番斎藤が入る。
控えGK1番宮澤、12番戸島、DF3番石井、4番阪倉、13番小林、25番北爪。MF7番三浦、10番越後、14番河津、16番安里、28番佐々木、30番新明。ボランチ17番村井、19番大塚、26番市原、29番山岸。FW18番小森、20番中牧、21番京谷、27番式田。
前回より多く選ばれていたが、予選終了後直ぐにE1選手兼があり、その際越後、三浦、阪倉の3名はチームを離れ、経験値の薄いメンバーで臨むと言う。龍永は試合前、斎藤や阿部と話していたが、目指しているのは龍永のいるバルセロスのようなポゼッションサッカーだと話す。その為には龍永に一刻も早くティキタカを覚えて代表に還元して欲しいというのが太田監督の考えだということも伝わった。
北朝鮮戦のホイッスルが吹かれた。前田を中心にボールを回し、北朝鮮にボールに触れさせない。開始早々に斎藤のゴール。斎藤も龍永と同じポジションの為負けられない。阿部も始めからハットトリックを狙っていた。ベルサイユ五輪組とパサディナ五輪組の融合。更に様々な想いでここに来た新戦力。スペインリーグから帰還した村井や、入れ替わりで海外挑戦する若手、国内組や海外の下部リーグ所属の選手をベテラン三浦、越後、阪倉がまとめる。前半終了する頃には6-0とリードしていた。龍永は
「ここまでは問題ないけど・・・斎藤が抜けたら高さが足りねーな。ベンチは裏抜けタイプばっかだし・・・」
と心配していたが、隣で絵梨香が
「・・・多分なんだけど、今回の日本代表は高さで勝負しないと思うわ。監督が言ってたじゃない。バルセロスのサッカーがモデルだって。・・・てことは多分後半はグラウンダーのパスが多いんじゃないかしら?」
妻の推測は完全に当たっていた。後半は前田を起点に低い弾道の小さく細かいトライアングルパスを多用し、ヘディングをするのはDF陣だけであった。更にバルセロスの大きなトライアングルを形成しようと何度も挑戦していた。結果は9-0。後半の得点こそ少なかったが意図は見えてきた。
続くインド戦もメンバーを総取っかえしても同じサッカーを展開。この日はスペイン帰りの村井が起点となり、6-0の大勝。次戦を待たずとも最終予選進出が確定した。
そして最終節モンゴル戦。三浦、越後、阪倉が1試合予定より早くチームに戻り、またもやメンバーを代えて臨んだが、4-1の勝利。龍永は最後の1失点がどうにも引っかかっていた。相手の監督は龍永の恩師横山監督。この試合を持って退任が決まっていたが、後半開始早々に1点を決められた。日本はその時点で2点リードしていたが、一時2-1にされあわよくば敗戦もおかしくなかった。この時発破をかけたのが阿部や斎藤達パサディナ五輪組であった。阿部が
「これじゃ示しつかねーぞ?」
と言い放ち、斎藤も
「ニホンオオカミJrに笑われんぞ!」
と檄を飛ばし、何とか2点加点したのだが、阿部達パサディナ五輪組は
「くそ!3点取れなかった!」
と怒りも交えて悔しがったと言う。更にDF陣に
「プレスが甘いぞ!FWの龍永がDFやった方がマシじゃねーのか?」
太田監督も
「最終戦の1失点が響いた。もし本番だったらとんでもない。」
と危機感を持っていた。そして
「チームミーティングとか開かないのか?そんなんじゃベテランや龍永達にいつまでも追いつけないぞ!代表を甘く見るなよ。あいつらはサッカーの話しかしないくらい張り詰めてたぞ!俺達はディフェンディングチャンピオンなんだぞ!これから始まるE1選手権は完膚なきまで叩き潰そう!韓国だろーが中国だろーが全勝、そして大勝、無失点だ!」
と場を締めた。
次の日から早速チームミーティングが始まった。毎日3回はやっていたと斎藤から後で伝わった。ミーティングでは龍永のいるバルセロスの試合。または前回のワールドカップの試合を観ながら意見を出し合っていたという。あの時ワールドカップで優勝したメンバーは誰一人いない。だからこそ太田監督は龍永や工藤を外した。特に龍永達の上の世代、ベルサイユ五輪世代は
「今までやってこなかったのがもったいなく思う。」
と言うほど激しく口論していたそうだ。
こうして全くメンバーが異なるE1選手権だが、龍永もスペインから工藤と一緒に観ていた。2人は先程敵同士で試合を終えたばかりである。その試合は韓国戦。何と6-0で完勝。ポゼッションもほぼ日本が握っており、「永遠の格下」と見下されていた日本が今や全く寄せ付けない程強くなっていた。だが龍永や工藤はまだ煮え切らないでいた。
「こいつらまだ解ってねー。最終予選は甘くない。」
と工藤がこぼし、龍永も
「もっと点取れたはずだ。FW陣がごっそりいるのに俺や内田さんを脅かす程に達してねー。」
と不満を述べていた。
続く中国戦は8-0。香港戦は10-0と圧勝したものの、龍永は
「ただの結果論だ。格下相手なのに大きなトライアングルが全然出来てねー。俺が合流したらやっぱりきちんと伝えなきゃ。」
と厳しい評価を下した。バルセロスではワールドカップの日本代表が土壇場で編み出した戦術をシーズン序盤でこなしていたからだ。
後日、龍永や工藤は話すと長くなるので、JFAユーロの谷津川にレポートを提出した。テーマは2人共
「世界中の強豪達を完膚なきまで叩きのめすポゼッションサッカー」
であった。
メッツ監督はシーズン序盤でパサディナ五輪の「並びストライカー」や「真田丸」を採用してきました。だからこその龍永や工藤の不満を書きました。彼らは決して代表メンバーを「下手くそ」とは思っていません。特に龍永はワールドカップ期間中に伸びていったからです。龍永はそれを代表選手達に対し信じています。




