第31話 1億2千万のオオニホンオオカミ
パサディナ五輪決勝スペイン戦前夜。選手達は疲労を取るべく束の間の休息を取っていた。尾崎、北爪、そして正ゴールキーパーの堀川が怪我で出られないが、益山がハーフタイムなら出られると報告があった。この大会は龍永の悲願だった。父を超えるための最大の試練だったのだ。むしろワールドカップよりもハードルが高いと初めてチームメイトに吐露した。すると下川が
「今更何言ってんだ?俺らがいるだろ。このメンバーで次のワールドカップに行くんだ。金メダル引っさげてな。」
と告げる。斎藤や椎原も
「お前ばっかヒーローにされてたまっかよ。俺はお前を超えるためにこのチームに参加したんだ。」
「次のワールドカップのエースは俺だからな。踏ん反りかえってんじゃねーぞ。」
と口にした。龍永はこのチームメイトの負けず嫌いさが大好きだった。
「俺はこいつらと同じ世代で良かった。世界取りてーって連中がこんなにいるんだもんな。」
と久しぶりに仲間に笑顔を見せた。
最終ミーティングが始まる。スタメンはキーパー戸島、ディフェンダーに右から鈴木仁弧、下川、染谷、小林、ダブルボランチに米倉と仲村。前線右から篠原、阿部、川渕、1トップに斎藤という布陣。まだ右膝の怪我が癒えていない龍永はベンチから。また、椎原も怪我を抱えてハーフタイムのみの出場が限られていた。後半は太田監督に秘策があるらしい。ここでは話さないが・・・
そして決勝の舞台が整った。満員のローズボウル。日本サポーターは選手入場の際に
「あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!」
とコールを送る。この大会ですっかり定着した龍永の口癖が今や日本中を巻き込んだ。この試合には龍永の母、京香と姉の静香、主治医で夫の淀川も駆けつけた。選手入場の際に龍永がいない。龍永がベンチに座っているのを確認すると、心配する京香は
「あの子大丈夫かな?」
と不安になる。この日の京香は亡き夫、敬助が取ったアクロポリス五輪の金メダルを首にかけていた。
決勝のホイッスルが鳴る。泣いても笑ってもあと90分。立ち上がりスペイン得意のティキタカが冴える。開始僅か4分にラウールのシュートはキーパー戸島がセーブ。コーナーキックを下川が弾く。米倉が上がりだした仲村へ繋ぎ、丁寧にトップ下の阿部へ繋ぎ、右サイドバックの鈴木仁弧へパス。篠原とのコンビで抜けた鈴木仁弧にバレロンの激しいタックル。
日本は早いリスタートから今度は篠原が仕掛ける。アランサバルに阻まれるが、こぼれ球を拾った仲村がロングシュート。ボールは枠の上へ飛ぶ。スペインがキーパー、カニサレスから繋ぐ。エンリケに渡った途端再びティキタカ発動。米倉がスライディングで止めるもメンディエタに拾われセンタリングを許す。これをキーパー戸島がキャッチ。すかさずパントキックで前方の斎藤へロングパス。アルコルタがヘッドで跳ね返したボールを仲村がトラップ。ここから日本が畳みかける。次々とオーバーラップし、スペイン陣内に侵入。スペインは斎藤にアルコルタ、篠原にアランサバル、阿部にセラデス、川渕にフェレールがマンマークに付く。ドイツ戦での日本を研究していたようだ。仲村はオーバーラップした左サイドバック、小林を選択。小林は左サイド、川渕とスイッチしてそのままシュート。キーパー、カニサレスがセーブし、弾いたボールをディフェンダー、イエロが前線に繋ごうとボールをボックス外手前にいたバレロンに出したその時、ボックス内にいた長身の斎藤が無理矢理ブロック。自分でボールを真下へ落とし、慌てたイエロと接触し、PKを得る。キッカーは斎藤。相手キーパーのカニサレスはPKに滅法強い。斎藤が蹴ったと同時にカニサレスが反応し止められるが、斎藤はそれでも前を見ていた。そのボールを追いかけ自力で押し込む。前半13分に1-0と先制に成功する。日本サポーターの
「あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!」
コールが止まらない。斎藤はこのゴールで得点ランク1位タイに上り詰めた。
スペインボールで試合再開。一旦ボランチのバレロンに預け落ち着かせるが、眼を血走らせた斎藤、阿部、仲村が急襲。しかしバレロンはニヤリと笑い、空いたスペースにいたエンリケへパス。米倉がそのスペースを埋めていたが、インステップで浮かせたボールが前線のモリエンテスへ渡る。日本ゴール前は両サイドを絞りブロックを作る。一旦左サイドに展開したボールをゲレーロがセンタリング。モリエンテスと下川が競るが、モリエンテスはヘッドで逆サイドへ流す。右から飛び込んで来たメンディエタがシュート。小林がスライディングで止めるが、更に右からマークを外したフェレールがシュート。今度はキーパー、戸島が大きくパンチングし、ボックス外へ出すが、そのボールをバレロンが三度ミドルシュート。これが決まり1-1の同点にされる。前半19分の出来事だった。
日本ベンチから龍永が
「あと3点!いや、1人あと3点だ!」
と檄が飛ぶ。それほど強力な相手なのだ。日本は果敢に攻めるも得点に繋がらない。ディフェンダーがオーバーラップするが、スペイン陣営は相当研究したようだ。
後ろに残る仲村に集中砲火を浴びせる。仲村をピッチ全域に走らせた。たまらず下川、染谷が後ろに戻る。
すると前半38分。左サイドを走るラウールから中央のゲレーロへボールが渡る。染谷が行くが、仲村の運動量が落ちており、後ろから米倉がファールしてしまう。このファールで米倉がレッドカードで一発退場。場内に不穏な空気が流れる。スペインがボックスやや右からのフリーキック。キッカーはバレロン。バレロンが蹴ったボールはなんと日本の壁の目の前。その壁の前をラウールが横切る。その間見えなくなったボールを同じく構えていたゲレーロがシュート。ボールは壁の下をすり抜けるが、戸島が反応し弾く。そこに詰めていたのはディフェンダーのイエロ。1-2とされ前半を終える。
日本サポーターは沈黙してしまった。京香はこの雰囲気を知っている。アフリカで行われたワールドカップオランダ戦。敬助がポストに頭を打った直後の時と同じ感覚だった。もしこの試合龍永が出たらどうしようと不安になっていた。
一方その頃日本ベンチでは、
「少し予定が狂ったが仕方ない。早いが「あれ」出すぞ。」
と太田監督が話す。選手全員が納得していた。
後半開始早々日本は3人のメンバーチェンジ。篠原に代わり西脇、川渕に代わり椎原、そして染谷に代わり龍永が入った。1人少ないが、3-1-4-1の布陣である。敢えてセンターバックの染谷を外し、サイドバックの鈴木仁弧、小林を残す。仲村がアンカーとなり、右から西脇、龍永、阿部、椎原が並び、1トップは斎藤を残す。前は阿部以外全員ストライカーだ。太田監督最後のジョーカーをこの試合で使った。「あと3点」取る日本代表の構えだ。交代前に龍永が日本サポーターを煽る。
「あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!」
「あ?聞こえねーぞ!お前ら日本人だろ?もっと声出せ!マジで3点取って金メダル取ってやるよ!」
と。その背中は
「こいつが出たら絶対やってくれる。」
という頼もしい後ろ姿だった。
後半が始まる。日本ボールから試合再開。仲村へボールを預け、全員が前に出る。後半開始前、仲村は覚悟を決めていた。
「龍永、俺の顔面に一発入れてくれ。気合い入れてー。」
龍永は仲村の顔面にビンタをお見舞いした。龍永も
「俺にも入れろ。」
と仲村のビンタを食らった。仲村はすっきりしていた。バレロンやラウール、ゲレーロが仲村を襲うが、3人をひょいひょい交わす。そしてなんとフィールド中央からロングシュート。ボールはゴールバーを思い切り叩くが、跳ね返りを阿部が走り込んでダイレクトボレーシュート。開始5分に同点とする。
息を吹き返した日本。スペインは直ぐさま攻勢に出るが、4人のストライカー達、4匹の飢えた狂暴な狼達が激しくタックルをかます。スペインの闘牛達が侍というマタドールに次々と刃を向けられる。
左サイドの椎原がメンディエタから強引に奪った後半19分。オーバーラップした右センターバックに入った鈴木仁弧がオーバーラップし、すかさず縦に走る西脇へパス。西脇が突破を図るが、スペインのアランサバルに止められるが、直後にその西脇、鈴木仁弧、仲村が3人がかりで奪い返し、鈴木仁弧が中へ切り込みそのままシュート。ボールはキーパー、カニサレスが触り、逆サイドのポストに当たる。高く上がったボールをオーバーラップした下川がヘディングシュート。これも相手ディフェンダー、イエロが身体を投げ出し、ヘッドでクリアするが、そこに待ち構えていた龍永がバイシクルシュート。そのままゴールに吸い込まれる。このゴールの形は、ワールドカップ、フランス戦とほとんど同じだった。龍永のシュートがジャンピングヘッドのブロックからバイシクルシュートに代わっただけである。3-2と逆転に成功した。日本陣営から
「あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!」
と止まらない。龍永がスペイン語で
「i Dadme mas de vuestra carne de vacuno!(もっとオメ-らの牛肉食わせろ)」
と言い放つ。
この言葉にスペインイレブンがカチンときた。この後スペインベンチも動く。エンリケに代えてサリナス、アランサバルに代えてゴイコチェア、セラデスに代えてベギリスタインと、日本と同じ3-1-4-2の布陣を取った。バレロンをアンカーに右からメンディエタ、ベギリスタイン、ゲレーロ、ラウールを配置し、2トップに長身のモリエンテスとサリナスを入れたパワープレーとも取れる布陣にチェンジした。日本も阿部に代え、怪我の癒えていない益山を投入。両者勝負に出た。この先に出た物は紛れもなく「団結力」だった。
スペインの内情はカタルーニャやバスク等、独立志向の傾向がある。対し日本は、今でも震災等の自然災害に悩まされながらも、一国の団結力で支えた文化がある。この試合の間でそれがはっきりした。スペインはぶっつけ本番の状態でこのフォーメーションに臨んだ。慣れない布陣で自慢のティキタカが乱れ、互いのミスを指摘しまとまりがなくなっていった。対して日本は、疲れの色が濃い仲村を、怪我の癒えてない龍永や益山のカバーを、そして退場になってしまった米倉の分までよく動き、カバーし合った。日本の新しい城壁がここに出来上がった。
そして後半42分。仲村が最後の力を振り絞りボールを奪う。側にいた龍永が拾い左サイドの益山へパス。トップ下へ移った椎原がフォローに入りセンタリング。これをオーバーラップした下川がヘディングシュート。アルコルタがブロックしたボールを斎藤がすかさずシュート。これもキーパーカニサレスが弾き、今度は左から益山がダイビングヘッド。これもイエロが脚を伸ばし触る。更に詰めていた椎原が押し込もうとするが、フェレールが身体を投げ出しブロック。そしてボックス外にいた龍永が強烈なミドルシュート。今度はバレロンとベギリスタイン、ゴイコチェアの3人でブロックするが、3人は吹っ飛び手前にルーズに上がる。このボールを右サイドの西脇が飛び込みジャンピングボレーシュート。これがふわりと浮き、キーパー、カニサレスの指をかすめ、ゴールに吸い込まれていった。4-2。このゴールの7分後にホイッスルが吹かれ、試合終了。4-2。日本サッカー24年ぶり2回目の優勝!金メダル獲得!日本列島が再び大いに湧き上がった。
試合後、スペインの監督デルボスケは
「あの後半最後の波状攻撃は何だったんだ・・・?まるで「ニホンオオカミJr」達が我々の貯蔵庫の肉を全部食いあさるような暴れっぷり・・・スペインディフェンダー陣のクリアやブロック、セービングなんて彼ら「ニホンオオカミJr」達にとって野菜のようなもんだと言わんばかりだ・・・マタドールのマントが侍の日本刀に斬り裂かれた気分だ。」
とコメントした。
そして、金メダル授与。龍永にとってワールドカップに次いで2度目の金のメダル。何よりも眩しい輝きと、首に答える重さ。ニホンオオカミJrへ覚醒した18匹の狼が純金の首輪を手に入れた。龍永達は取るべくして取った。これが俺達ニホンオオカミJrの勲章だ!と誇らしげに語った。
次にベストイレブンの発表。キーパー堀川、ディフェンダー下川、ボランチ仲村、右サイド阿部、フォワードは何と斎藤と龍永が選ばれた。大会MVPは龍永が選出された。同じ日本の仲村と僅差だったという。更に今大会のサッカーは男女共のアベック優勝だった。そして得点王は龍永が取ったが、2位タイにエースの斉藤。更に4位には何と、日本の選手4人が名を連ねた。阿部、椎原、西脇、川渕が大会を通して「3点」取っていたのである。
インタビューが始まった。龍永は父、敬助とは違い素直に喜びを爆発させていた。ワールドカップの時は少ししんみりしていたが、これが23歳の青年の本当の姿だと言わんばかりに。キャプテンの龍永がコメントする。
「今日、この時のために今まで頑張ってきました。このチームにはニホンオオカミJrがこの18名だけじゃなく大勢います。ニホンオオカミはこれから日本中で繁殖すると思います。それはサッカーだけに限らず、どの競技でも、どの分野でも増え続けると思います。勝つっていうことを目指し貪欲に頑張って結果を残せるのなら、それは全員ニホンオオカミだと思います。僕達は、先のワールドカップも含めて「日本」という国のために戦ってきました。この五輪に参加している他の競技の選手達もそうだと思います。何故なら僕達は日本人であり、日本代表だからです。日本の皆さん。これからはサッカーだけじゃなく、日本を応援して下さい。僕らもこの後、他の競技で戦う日本を応援しに行くんで。どうかお願いします。皆で日の丸背負った全ての日本代表を応援しましょう!」
この龍永のコメントに日本中がグサッときた。日本は特殊な国だ。サッカーが好きだから、野球が好きだから、バスケが好きだから、陸上が好きだからと「競技」を応援して「日本」を応援しない不思議な国だ。この龍永の言葉に日本中が考えさせられた。日本の金メダリストがここまでコメントするのは例外だった。1億2千万人の日本人がこの日から全ての日本代表を応援するニホンオオカミに変貌を遂げた。
後日談だが、龍永の「あと3点!」コールは、翌日の野球決勝日本対アメリカ戦でも行われていた。選手が打席に立つと「あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!あと3点!」とコールが湧いた。選手達は、「ホームランじゃなくてヒット打ちまくろう。」と肩の力が抜けたとコメントする。そして野球日本代表は優勝し、金メダルを取った。今回のパサディナ五輪で、金メダルの獲得数は史上最高を誇った。中でも団体競技の獲得が多かったのである。
ロッカールームではようやく選手全員に笑顔が見られた。もちろん興奮していたが、ニホンオオカミJr達は既に次の獲物に照準を合わせていた。地中海ワールドカップである。金メダルを取った喜びより、もっと大物の獲物が食いたいと口々に語っていた。
宿舎へ帰ると、皆興奮して起きていた。あのワールドカップの時と同じだった。あん時は先輩達に親父の話をしたなあと思いながら、今目の前にいるこいつらと次のワールドカップを戦いてーなーと思っていた。あの終盤のプレーは本当に最高だった。また決勝であんな怒濤の波状攻撃やってみてーなーとみんな話していた。
この大会は怪我人が多くスクランブル状態だった。
(自分も怪我をして後半戦フルに出場出来なかったなあ。斎藤や下川はフルに出てたのに俺ってまだダセーな。)
と思っていた。
(親父が金メダル獲った時、俺はまだ母ちゃんの腹ん中にいたんだったよなあ。でもこうして自力で取れたからいいや。)
と皆の話を聞きながら龍永は思った。
翌日、優勝パーティーが開かれた。JFAや、選手達の家族も来ている。龍永は、もう27歳になる姉、静香に
「ほっぺにキスさせなさいよ。パパはさせてくれたよ。」
と冗談を言う。するとビールを飲んで酔っ払った斎藤と下川に
「やってやれよ。お前のねーちゃんだろ。」
といじられていた。
「こっちくんじゃねーよ!いい歳こいて!目の前にオメ-の旦那見てるじゃねーか!」
と逃げ回っていた。龍永がこんな馬鹿出来たのは恐らく初めてだっただろう。ようやく普通の青年に戻ったようだった。
そして、首に金メダルを掛けた京香が現れた。その金メダルは24年前に父、敬助が獲った物だった。母の京香に
「ありがとう。母ちゃんがいなかったらこんな気分味わえなかったよ。」
母もやっと嬉し泣きをしてくれた。この台詞は父、敬助と全く似た言葉だった。この母に自分はどれだけ心配させたのだろう。京香は敬助の貰った金メダルを息子の龍永にかけてあげた。24年前のあの時、母の身体に宿していた息子の龍永がこうして親子2代で金メダルを獲り、そしてワールドカップまで獲ったのだから。次は再びワールドカップで勇姿を見せてやろうと龍永は固く誓った。
龍永や敬助が「あと3点」にこだわっているのは、日本代表は2点は取れてもその先に止めをさせずに敗退することが多いからです。彼らが3点取ればいいということではなく、日本代表全員で3点取ってもらいたいと願いを込めて書いています。




