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第3話 ニホンオオカミ吠える

「最低3点取るんだ!」


アクロポリス五輪前、敬助はチームメイト全員に言った。2点差というスコアがどれほど危険なものか、リーグ戦で思い知らされていたからである。また、このチームにはそのポテンシャルが大いにあると信頼していた。ディフェンスラインの押し上げ、ダブルボランチのマンマークとカバーリング、両翼の突破力、奥寺のパスセンス、そして個性的かつ貪欲なフォワード陣。彼らのスキル、戦術に問題はない。あとは自信だけだ。それは、勝ってこそ得られるもの。守勢に回らず前に出られれば、つけいる隙は十分ある。世界大会に乏しい自分達にとって、相手は舐めてかかるだろうが、逆に考えて


「何も知らないからこその怖いもの知らずになれる。」


敬助はそう考えていた。


「アグレッシブに何度も仕掛けよう。」

「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。ガンガンシュート撃っていこう。」

「取られたら取り返せ!」

「リスクを考えるな!後ろは任せろ。とにかく前へ行くんだ。」


最終調整の間、敬助の檄が飛んだ。最後の練習が終わったその夜、敬助はチームメイトにこう話した。


「俺達日本人の最大の武器は諦めの悪さだ。戦時中にドイツやイタリアが降伏しても諦めずにガンガン飛行機飛ばして突っ込んで行っただろう?俺達にはその魂が受け継がれてるはずなんだ。ゴールなんか不格好でいい。身体のどこかに当たってライン割っても1点は1点だ。泥臭く最後まで諦めない日本の執念深さを見せてやろうじゃねーか。絶対金メダル取るぞ!泥にまみれた堀り立ての金を持って帰ろうぜ!」


チームは今まさに、一つにまとまっていった。


 アクロポリス五輪開幕。といってもサッカーは開幕前から始まる。初戦のイタリア戦のロッカールームで敬助は話した。


「相手がビッグネームだろうが関係ねー。この大会で優勝すれば俺らがビッグネームだ。強いチームが勝つんじゃねー。勝ち続けたチームが強いんだ。気後れだけはしないようにしよう。」


そして主将の林が


「6試合全部勝つぞ!コンマ1秒たりとも気を抜くな!気合い入れていくぞ!」


と檄を飛ばし、ピッチに向かっていった。


 試合前、高橋ケンペスが、


「入場の時、みんなで手を繋いで入ろう。俺達の結束の証として。」


と提案。合宿中、誰よりも声を出し、鼓舞し続けた男の意見に皆が賛同した。国歌斉唱の時、ベンチメンバーは肩をがっしり組んでいた。


 試合が始まった。立ち上がりからイタリアのペース。オーバーエイジの司令塔、ピルーリから組み立てられる組織的なパス回し、両サイドバックのボネーロとキエリーノが果敢にオーバーラップするが、日本の両サイド、松原と櫛野が対応。すると前半終了間際、日本のコーナーキックがクリアされ、イタリアのカウンター。日本のセンターバックは全員上がっていたため、残っていたのはボランチの林のみ。しかし、フィールド中央にクリアされたボールをキーパーの敬助がオーバーラップし、ワントラップで再び左サイドに散らす。左に残っていた櫛野が切り込みセンタリング。ゴール前で前沢と残っていた日本のセンターバック3人が身体を張る。前沢のポストに反応したのはエースの佐久間。イタリアから先制点を奪った。敬助の檄が飛ぶ。「あと3点だ!」試合はそのままハーフタイムに入る。


 ロッカールームにて、相手のエース、ジラルディーニは町田、司令塔のピルーリは相澤がマンマークに付いており、ほとんど仕事をさせなかった。また、1点先取したとはいえ、相手の守備は強固。仕留めなければ鋭いカウンターが火を吹く。相手ゴール前では身体を張れており、機動力も通用していた。とにかくシュートを狙っていこう。こぼれ球のケアに気をつけよう。相手に取られたら慌てずにボールを切って体制を整えようと確認された。また、相手の両サイドバックが果敢に攻めてくるので裏を狙えると皆で話し合っていた。後半は折を見て俊足の猪狩や突破力のある山口の起用も検討されていた。

 

 後半が始まった。一進一退で続く中後半20分、日本のゴールからやや遠目のフリーキック。センターバック2人もゴール前に張っていたが、相手のクリアで日本がカウンターを食らう。がら空きの日本陣内の広大なスペースをイタリアが襲いかかる。敵陣左サイドからスタートしたイタリアの攻撃。相手は3、4人。この時敬助は、クリアされたと同時に日本ゴール前まで戻って待ち構えていた。日本ゴールライン中央で立ち尽くす敬助。身構えすらしない。味方ディフェンダーが慌てて戻ろうとする。しかし、敬助から


「下がるな!そこで待ってろ!」


と指示が飛ぶ。咄嗟に反応した同じジェッツでやっている相澤が


「センターライン辺りで止まれ!カウンター返しの準備だ。ガミさんが取ったら来るぞ。身構えろ!」


と指示を出した。あの目はマジで取る。クラブでチームメイトの相澤には直感で理解していた。イタリアの右サイドからのドリブルに敬助は微動だにしない。日本ゴールラインに立っている。右サイドのピンツィーニが日本ゴール深くまでドリブル、ペナルティエリア深くでマイナスのパスをジラルディーニに送るため、ボールを離した瞬間、両眼をカッと開いた敬助が猛ダッシュで滑り込みながら右手でボールを収め、次の瞬間スッと起き上がり、超ロングスローで中央の奥寺へパス。奥寺からダイレクトで交代出場の俊足、猪狩へ。猪狩がイタリアゴール前まで切り込む。スピードに乗った猪狩に相手ディフェンダーは翻弄される。猪狩がそのまま持ち込んでシュート。ボールはクロスバーを叩くが、長身の前沢が押し込んだ。敬助は前沢のゴールより、前に残って身体を張ったディフェンダーの町田と高橋ケンペスを褒めた。


「良くあそこで待っててくれたな。お前らのおかげだ。」


「あと2点取ろう。高橋、そろそろあれ使ってみろよ。」


敬助は彼に止めを託した。中継のリプレイ画像の敬助のプレーは、居合いのように鋭く、獣が襲いかかるかのようにキャッチして起き上がり、前線へ大きく投げる一連の流れはとても美しかったという。実況席でアナウンサーは


「日本の狼が牙を剥いた!」


と絶叫していた。「ニホンオオカミ」誕生の瞬間である。


 イタリアのリスタート前、日本ベンチが動く。エースの佐久間と左サイドの櫛野に代わり、ドリブラーの高橋達と突破力のある山口を同時投入。この起用が見事に当たった。中盤で相澤がパスカット。奥寺に繋ぎ、ヒールで真横の高橋達へパス。ペナルティエリアに侵入した高橋達は、真横にドリブルで切り崩していく。一旦右サイドの猪狩へパス。センタリングを逆サイドの山口がダイビングヘッド。3点目を奪う。


 そして後半終了間際、左サイドの山口が運んでいるときに敬助と高橋ケンペスは瞬時にアイコンタクトを交わし、するすると上がっていった。山口がボックス内で潰されるが、前線の前沢が拾い後方の奥寺へ落とすが、この時背後から猛スピードでオーバーラップを敢行した高橋ケンペスに置くようなパス。勢いに乗った高橋ケンペスのミドルシュートがイタリアゴール左隅に炸裂。ゴールした直後にタイムアップ。4-0。日本は最高のスタートを切った。

 

 試合後、日本代表が一斉に飛び出し、歓喜しようとしたその瞬間、敬助はそれを制止した。


「まだ1試合勝っただけだ。まだ5試合ある。気を引き締めろ!」


敬助は参加するために来たのではない。金メダルを獲るために来たのだ。だが、強豪イタリアを相手に4得点、0失点は自信に繋がったと、その自信が間違った方向に行かないように細心の注意を払おうと考えていた。次の日にまだ浮かれてるようだったら容赦なくしばく。そういう覚悟だった。インタビューで敬助は答えた


「俺達はマジで金メダル狙ってます。ダメなプレーがあったら今のうちに容赦なく言って下さい。」


と。その眼光はインタビュアーや視聴者を凍り付かせるほどの迫力だった。そんなの無理だと笑っている者も多いだろう?笑いたければ笑え、だが、最後に勝つのは俺達だ。そんなオーラが敬助から放たれていた。2点目に繋がった敬助のゴールラインでの溜めについても聞かれた。


「ハラハラさせてしまったら申し訳ないが、あれが僕の真骨頂。僕のゾーンはリーグ、合宿中にドンドン広がってますが、あれもあれで僕の一つのオプションです。位置的にも飛び出すより、相手を自分のやりやすいゾーンに誘い込むやり方が最善と思い張ってました。チームのみんなが僕を信じてくれて良かったと思います。」


とコメントした。


「下がるな!そこで待ってろ!」


日本の狼がピッチで吠えたその時、日本イレブンは全員狼の群れに変貌した。たった一言の檄、守護神の「絶対止める!」と言わんばかりの気迫が追加点に結び付いたのだ。事実、ピッチにいた日本の選手数名が、その気迫に反応し、


「絶対止めて自分の所に来る。」


と確信し、前線で身構えていた。ゴールを奪う狼がイタリアの広大に空いたスペースという名の荒野へ走り出すために。  


 日本の次戦の相手は南米の雄パラグアイ。あのブラジルを押しのけての出場。弱いわけがない。日本のようにタレントはいないが、機動力を活かしたプレーは日本と同じタイプだった。互いに堅い守りで前半はスコアレスドロー。勝負は後半に持ち越された。


 後半立ち上がり、右サイドの松原の突破からシュート。相手ディフェンダーにブロックされるが、すかさずボランチの相澤がボックス右手前でフォロー。一旦サイドチェンジし、左サイドの櫛野がすかさずセンタリング。前沢のヘディングを佐久間が押し込んで先制。


 後半22分、相手ボックス内手前で櫛野がファールを受け、直接フリーキック。これを奥寺が直接ドライブのかかったシュートを放ち追加点。櫛野はそのまま怪我で高橋達と交代し、3トップの布陣を敷く。


 すると後半38分、パラグアイのカウンターが火を吹く。パラグアイのエース、サタンクルスへのパスを、手前で高橋ケンペスがヘディングでカット。すかさず林が拾い前線へパス、奥寺が受けるやいなや、大きくスライドしたクライフターンで一気に2人交わし、右サイドにポジションチェンジした佐久間へパス。佐久間がアーリークロスを逆サイドへ展開すると、高橋達がダイレクトボレーで3点目を奪う。


 後がないパラグアイはパワープレーを敢行。エースのサタンクルス、オーバーエイジのカルデロのボールは敬助が全て制す。後ろから同じくオーバーエイジ、ボランチのエンシーサや左サイドのターレス、クリストルドのミドルシュートも味方ディフェンダーがことごとくブロック。敬助のロングスローから何度かチャンスを作るが決めきれず、3-0で勝利。3点取ったが、それ以降は決定機を決めきれず、課題が残る試合となった。


 グループリーグ最終節は、圧倒的な身体能力のガーナ。日本はメンバーを入れ替えた。3バックの右に町田に代わりマンマークに定評のある菅野、ボランチに相澤に代わり司令塔タイプの羽生、この2名はこれまで警告を受けた交代、左サイドに前節で怪我した櫛野に代わり山口、そして2トップは高橋達と現役高校生の平田が入った。


 序盤からフィジカルにものを言わせたガーナが押すが、ここで最も活躍したのが菅野。U20代表キャプテン、極めて真面目で粘りと根性があり、折を見ては高橋ケンペス顔負けのオーバーラップを敢行。オフ・ザ・ボールの飛び出しは、高橋ケンペスより精度が高かった。


 前半11分、その菅野が決めた。ガーナ代表ボランチ、イタリアでプレーするアッピアンの捌きから、右サイドバックのペイントクールの折り返しに合わせようとしたギアロとの競り合いに敬助が制す。素早く放たれたロングスローは、先ほどゴール前にいた菅野へ渡る。その時点で菅野は「行ける。」と予感し、ガーナ陣内に猛ダッシュしていた。羽生、山口と繋ぎ、山口が奥寺とのワンツーで抜け出す。長身フォワード、平田にはマークが2人付いていたが、ヘッドで折り返す。そこに待っていたのがディフェンダー起用の菅野。インサイドキックで丁寧に押し込み先制。


 更に前半19分、ガーナのカウンター。しかし敬助が自陣中央まで上がり、トラップしてからロングフィード。「一旦止まれ!」と敬助から指示が飛ぶ。そのボールにはバックスピンがかかっていた。全員が立ち止まり、拾ったのは羽生。再びガーナディフェンダーの裏に縦パス。鋭いキラーパスに反応したのは初先発の平田。キーパーとの一対一に負けるが、フォローに上がってきた羽生が身体ごとゴールに入り、追加点。


 更に後半34分、畳みかける。後半から入った猪狩が右サイドからドリブル。ペナルティエリアに侵入し、相手ディフェンダー3人の間をすり抜け、ゴール右隅に決まる。後半の猛攻を耐え抜き、グループステージを首位通過した。


決勝トーナメント準々決勝は、同じアジアの宿敵、韓国である。


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