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第2話 勝利に飢えた狼の群れ

敬助が最も知りたかった事。それは


「このチームは五輪に参加するために出るのか?それとも金メダルを本気で獲るために出るのか?」


それだけだった。敬助は過去、大学時代にユニバーシアード日本代表に出場している。国際試合の実績などどうでもいい。敬助はとにかく優勝、勝ちに飢えていた。その後も何度も打診が来た。すると、五輪代表監督を務める薬師寺が、直接クラブハウスに訪れた。敬助と話がしたいとクラブに許可をもらってやってきた。互いに軽く挨拶を交わし、2人だけの話が行われた。薬師寺は話した。


「今の五輪代表は技術は高いが世界での経験に乏しい。前回大会はタレント揃いだったが、これといって飛び抜けた選手はいない。君のように後方から活力、気合いを注入する選手が是非とも必要なんだ。それに、君のジェッツでのプレーを観て心底思っている。今の五輪代表は、スタイルこそ違えど今のジェッツに似てはいないか?実はもう一人、海外でプレーしている選手に打診をしている。君と彼とでこのチームをまとめて優勝まで導いて欲しい。一緒に協力してはくれないか?」


敬助は少し考えて答えた。


「わかりました。一つだけ注文させて下さい。キャプテンはオーバーエイジではなく、現メンバーから選んで欲しい。僕らは助っ人外国人のような者で、主役は彼らですから。優勝を目指す以上妥協無しでお願いします。」


そう伝えると、互いに立ち上がり、固い握手を交わした。


「どこが相手だろうと必ず金メダルを獲る。徹底的に汚れてやる。」


敬助は腹をくくった。


 家に帰った敬助は妻、京香にこの事を伝えた。京香はユニバーシアード日本代表時代の敬助を知らなかった。手放しで喜んでいた。もうすぐ2歳になる娘、静香と共に。あの日の丸のユニフォームを着て試合を観るのは始めてだという。敬助は、嬉しさよりも覚悟が上回っていた。覚悟、使命、かすかな喜びとほどよい緊張感が敬助の中でうごめいていた。


 次の日、早速敬助は動いた。五輪予選代表を戦っていたチームメイト、相澤と話した。


「予選は観てはいたが、内情がよく分らない。他の代表候補と出来るだけ多く話し合いたいんだ。俺が奢るから皆で飯行けねーか?」


と相澤に頼んでいた。新シーズン開幕までの間、近県のチームの代表候補と食事をしながら交流し、自分の覚悟を伝え、どうやったら優勝出来るかを徹底的に話し合った。時には朝まで、激しい口論になることもあったが、目指すことが共通していたので何の問題もなかった。シーズン開幕後も、それまで会えなかった遠方の代表候補と話をする機会を設けた。それらをセッティングした相澤には感謝していた。現在でいう「チームミーティング」を行い、監督、コーチ、スタッフ等の意見も聞きながら、入念に準備は進んでいた。

 

 さて、もう一人のオーバーエイジは現在、オランダで大活躍していた。彼は前回大会予選で大怪我をしてしまい、五輪本大会を欠場し、満を持しての招集だった。日本サッカー史上「天才」と呼ばれ、199×年に10代でワールドカップに初出場した現日本A代表ミッドフィルダー、司令塔の奥寺である。敬助より年下だったが、敬助は彼に興実津々だった。世界と戦うというのがどういうものか彼だけが唯一知っていたからだ。彼と同じチームで共に過ごした選手達からは、とてもやりやすいとだけ聞かされていた。敬助から観たら、奥寺ほど日本で一番サッカーを楽しんでやっているプレーヤーはいないだろうという印象を受けていた。合流が待ち遠しい。そして最終合宿で全員が合流した。


 五輪代表が発表された。キーパーにオーバーエイジの敬助(ジェッツ市葉)、後の日本の守護神川上(大谷アルディージョ)、ディフェンダーにブラジルからの帰化選手、後方からのオーバーラップが代名詞の「闘魂」高橋ケンペス(浦戸レンジャーズ)、敬助の大学の後輩で、クレバーなセンターバック「ヒットマン」廣山(横塚マリンズ)、高校生からJデビューした「フィジカルモンスター」町田(AS京浜)、敬助の同郷でボランチと兼務の「ガッツマン」菅野(コンスターレ札堀)、両サイドの職人「香車」櫛野(サンフライジェ広永)、中盤にチームメイトの「心臓」相澤(ジェッツ市葉)、予選でキャプテンを務めた「ダイナモ」林(浦戸レンジャーズ)、右サイドの快足スター「韋駄天」猪狩(横塚マリンズ)、後のワールドカップでキャプテンを務める事になる「日本の重鎮」羽生(浦戸レンジャーズ)、ドリブルと突破力が持ち味の「ダブルバレット」松浦(京極サンバ)と山口(コンスターレ札堀)、そしてオーバーエイジの「天才」奥寺(ファイアノ-ルト)、フォワードにエースの「点取り屋」佐久間(セレソン摂津)、高さとキープが光る「万能ストライカー」前沢(ジュローム磐高)、変幻自在のドリブラー「テクニシャン」高橋達(浦戸レンジャーズ)、現役高校生の長身フォワード「怪物」平田(國間高校)。陣容は整った。本番まであと一ヶ月。チームは最終調整に入った。


 本大会に向けて合宿が始まった。敬助はこのチームのあることに注目していた。それは、センターバックの中央に位置するケンペスのドリブルでのオーバーラップだ。彼は最後尾からドリブルで運んでいく。前線にタレントが豊富にいるにも関わらずに、だ。敬助は彼のことを「ケンペス」とは呼ばず、「高橋」と呼んでいた、このチームにはもう一人、「高橋」はいたが、彼は下の名前で呼び、敢えて「高橋」と呼んでいた。ケンペスは言った。


「何で俺、高橋なんですか?ケンペスでいいですよ。高橋はもう一人いるじゃないですか?」


「お前、日本人になったんだろ?だったら高橋でいいじゃねーか。」


敬助に悪気はなく、親しみを込めてそう呼び続けた。彼は絶対にこれからの日本代表に必要だ。ブラジルなんかに渡したくない。そう思っての事だった。実際に予選では彼のぐいぐい攻めに行く魂のこもったプレーこそが予選突破に繋がったのだから。また、こうも思っていた。センターフォワードでも行けるんじゃないか?あの性格はどう見てもフォワード向きだなと。彼のゴールを狙う執念はディフェンダーにしておくのがもったいないくらいだと。敬助はディフェンダー陣を集めて提案する。


「高橋のオーバーラップをもっと効果的に活かしたい。自陣からドリブルで持って行くのは如何にもで、効率が悪くないか?前線にはドリブルが上手い連中がごっそりいるんだから、ドリブルで後ろから運ぶより、相手にバレないようにそーっと上がって外からゴールを狙う方が、キーパーの俺でも対処しづらいと思うんだがなあ。」


これは敬助の経験からきていた意見だった。ペナルティエリア内全域を使う「大神ゾーン」より、外から飛び込んでくる後方からの攻め上がりにやられ、失点してしまっていたからである。何よりオーバーラップしてくる選手へのマークほど受け渡しづらい。高橋ケンペスの攻撃力を活かすには、オフ・ザ・ボールでの動きが鍵になる。練習で実践してみた。


 高橋ケンペスのドリブルからのシュート、パスはディフェンダー陣がほとんど止めていた。しかし、セットプレーや、味方から受けたボールをパス、シュートとなると、ゴール前が引きずられ手こずっていた。練習後、敬助は全員にあるプレゼントを渡した。スポーツチャンバラの棒である。


「大会までにこれを使って俺から一本取ってみろ。誰にもばれないように。それが出来たら本番でゴール奪えると思うぞ。」


フォワード陣も参加した。ゴールに対する駆け引きを養うためにこぞって参加した。標的はずばり敬助。年下が自分に臆することなく襲いかかる。一見ふざけているようにも見えるが、チームメイトとのコミュニケーションも兼ねて行われた。


 また敬助は、ロングスローへのこだわりを選手に伝えていた。取ったらすぐ投げる。出来るだけ素早く。ボールを止めると流れも止まってしまうため、とにかく自分がボールを取ったら速攻への切り替え。相手にとってそれは厄介な事だという事をJリーグで経験していた。


「カウンター食らったら全部俺に任せろ。全部止めてお前らに渡してやる。安直にバタバタ戻るよりいいだろ。とにかく攻めよう。失点は全部俺の責任でいいから。」


「それと今から日本語以外禁止にしよう。相手は日本語知らないだろう?プレーで及ばないなら、よそにバレない言葉を有効に使おう。とにかく相手を混乱させるんだ。」


 A代表で採用されていたオフサイドトラップも戦術から除外していた。プレーが止まると流れも止まる。素早い速攻が大事だと考えていたからだ。それに、ディフェンダー陣にあくまで前を向いてプレーしてもらいたい。 更に敬助はこの合宿で、Jリーグで培ってきたペナルティーエリアを飛び出した、広範囲のカバーリングに磨きをかけていた。このプレーが味方の攻めに繋がるならどこまでも走ってやる。失点だって絶対に許さない。敬助の守備範囲は、大胆にもハーフウェイライン手前まで及んだ。そしてがら空きになったゴールにシュートを撃たれると、ダッシュで戻った。敬助の俊足に「韋駄天」の異名を持つ猪狩が「俺より早いんじゃねーか?」と思うほどに。だが、薬師寺監督は、いざというときの為のオフサイドトラップ要因を決めていた。敬助の大学の後輩でもあった廣山にその役目を託した。クレバーなヒットマン且つ、敬助の信頼が厚い彼なら適任だろう。とにかく最終ラインは前に、廣山の判断でトラップを調整していこうと話は進んだ。


 敬助の守備範囲の広さは驚異的だった。キープ力にも優れ、奪いに来た相手を2,3人剥がす程に。トラップも正確且つ、奪ったら冷静にパスをつないだ。そして、時折見せる敬助のオーバーハンドからのパントボレー。飛距離は相手ゴール前まで届き、バックスピン、トップスピンを織り交ぜていた。ただし、このキックは大会で一度、よっぽどの局面まで温存したい。あくまでロングスローにこだわりたいと敬助は伝えていた。


 充実した合宿はもうすぐ終わろうとしていた。日本の初戦はカテナチオのイタリア、同グループにはパラグアイ、ガーナと続く。相手のビデオを観ながら、敬助は選手達に話す。


「びびってんじゃねーぞ。こいつらに全部勝つんだ。相手だって俺らと同じ人間なんだ。宇宙人じゃねー。実際奥寺は通用してんだから。相手の上手さや凄さより、弱点や崩しを見つけようじゃねーか。俺達だったら絶対出来るよ。自信持とう。」


 全員がモニターを見つめ、チーム、選手のあら探しを行った。何度も何度も。相手がビッグネームだろうと関係ない。必ず弱点はあるはずだ。ここで活躍したのは、海外でプレーしている奥寺だった。彼はリーダーでもありポジティブ思考だ。何より世界大会の経験が豊富で、選手も敬助も彼に意見を聞きまくっていた。この軍師がチームにいることはとても大きかった。何より、海外に出てもサッカーを誰よりも楽しんでいる。更に彼は周囲を巻き込むカリスマ性を持つ心強い味方だった。次第に選手間で意見が飛び交い、相手の特徴が剥がされていく。その中で数名の選手が口にした。


「相手は俺達を舐めている。一番のつけいる隙はそこだろうな。」


合宿が進むにつれて、サッカーの話以外誰もしなくなった。みんな勝ちに飢えていたからだ。そして、勝つことでサッカーがより楽しくなるだろうと考えていたのだ。


 勝利に飢えた戦う集団が出来上がった。チームは一路、五輪の聖地・アクロポリスへ向かう。


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