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第1話 ルーキーGKの牙

 200✕年、一人の大卒ルーキーGKが5試合無失点を更新していた。彼の名は大神敬助。Jリーグ第7節、相手は強豪鹿取アングラーズ。しかし、相手攻撃陣の猛攻をことごとく弾き返していた。彼の身長は188cm。相手の競り合いにもろともせず、得意の素早いロングスローでカウンターを狙う。ゴール。昨年まで残留争いの渦中にいたジェッツ市葉は、彼と日本代表DF、そして今期から加入した韓国代表ストライカーの活躍で2位にまで登りつめていた。敬助の特徴はなんといっても自ら任せられる自分だけのゾーン。通称「大神ゾーン」。このエリアに入ろうものなら、敵味方関係なく敬助の餌食となった。まるで野生の狼が獲物に食らいつくかのように。

 そして敬助の最大の武器は、ハーフウェイラインを悠々と越えるロングスロー。このロングスローからの鋭いカウンターで、何度もチームを勝利に導いた。第7節の時点で得点17、失点はなんと0。シーズンオフに主力選手が次々と移籍。昨シーズンまでベンチ外だった選手達は躍動し、敬助のロングスローカウンターから次々とゴールを量産していった。右から左から、時にはセンターバックまでオーバーラップし、第7節の時点で得点者は交代選手も含めて15名。黄色い狂犬達の猛攻の狼煙はまだ上がったばかりだ。


「このチームには何が起きているんだ?昨シーズンの主力が抜けたはずなのにこの強さはどこから来ているのか?」


各メディアは困惑していた。敬助の他に今季のジェッツ市葉には、生え抜きのディフェンダー、199×ワールドカップメンバーの中山、同じく生え抜きの須藤、高卒のU20日本代表相澤、そして、財政難のジェッツが2億円を投じ獲得した韓国代表ストライカー、申。計算できる選手といえばこのくらいしか思いつかない。が、彼らの勢いは止まることを知らなかった。


 タイムアップ。4-0。日本代表をずらりと揃える鹿取アングラーズにジェッツ市葉が大金星。得点者は申以外、上記に挙げた選手ではなかった。それほど今のジェッツ市葉は手が付けられない。右サイドの「特攻隊長」藤本、オーバーラップした長身センターバックのミロセビッチ。途中出場の快足スーパーサブ乾。そしてこのチームに闘魂を注入した韓国のエース申。アシストには昨季ベンチ外だった左サイドのドリブラー、ジェッツ生え抜きの酒井、そして敬助だ。4点目の申のゴールは、敬助のペナルティエリア数メートルまで届いたボールをそのまま豪快に決めたものだった。中盤を飛ばしたつまらないプレーかもしれないが、これまでの残留争いから抜け出すには、このようなゴールでも喉から手が出るほど欲しかった。今はとにかく勝ち点が欲しい。美しいサッカーなど勝ち続けてから目指せばいい。泥臭くても、どんなことをしてでもゴールを奪い、勝ち点を積み上げていく。それが今、このチームにおける現状だ。

 

 勝ち点を積み重ねていく内に、知らない間にジェッツ市葉は優勝争いに絡んでいた。終わってみればファーストステージ2位。昨季ギリギリ降格を免れたチームにとって、奇跡としかいいようがなかった。Jリーグ元年からチームに在籍し、日本代表としてワールドカップを戦った中山は思った。「ようやく優勝出来るチームが整った。」年俸を下げられ、他のJチームのオファーを断り続けてもこのチームにこだわった男の胸中には、確かな手応えを感じていた。


 敬助が、初めてJリーグの試合を生観戦したとき、ジェッツ市葉で輝いていた選手こそが中山だった。「この人と同じチームでプレーしたい。」当時東北の田舎に住んでいた敬助にとって、その姿は眩しかった。必ずJリーグでプレーする。そう決意して、敬助の家は父子家庭である。敬助が小学校に入学したばかりの頃、母を病気で亡くした。当時産まれたばかりの年の離れた双子の幼い弟と妹がいるが、父に頼んで学費の高い私立高校、大学へと進み、敬助はユニバーシアード日本代表に選出。ここでの活躍が認められ、憧れのジェッツ市葉に入団した。大学在籍時、ジェッツは最下位争いを繰り広げていたわけだが、そんなことは気にならなかった。


「自分がこのチームのゴールを守るんだ。」


そう決意して入団に踏み切った。同時に韓国代表としてワールドカップを戦ったエース、申も入団した。迷いなど微塵もなく。 

 

 初練習後、新加入の申は苛立っていた。「何で下位に沈んでいたチームがもっと練習しないんだ?」そう言って若手選手を呼び戻し、練習に誘った。敬助は


「面白そうだ。韓国のストライカーが誘ってくれている。レギュラーを獲るためにはこの人のシュートを全部止めれるようになろう。」


来る日も来る日も申のシュート練習に参加した。今まで味わったことのない強烈なシュートを何本も受けた。大学時代に身につけたペナルティエリア全域を使った自分だけのゾーン「大神ゾーン」を織り交ぜると、申は


「いい飛び出しだ。だが、味方ディフェンダーを頼るともっと伸びるぞ。」


と助言を貰ってからは、驚くほどプレーの幅が広がっていったのを実感した。そして自信のあるロングスローを見せたとき、


「そのスローからカウンターが狙えるぞ。俺によこせば全部決めてやる。周りを見ながら出来るだけ素早く投げろ。」


このとき交わした言葉が今季の躍進に繋がったと敬助は感じていた。


「俺も下手くそな一人だ。もっと練習して強くなろう。」


ルーキーイヤーの敬助は、居残り練習しながらJリーグの他試合を観て、自分なりに分析しては、監督や先輩達に話や助言を聞く毎日を送っていた。また、海外の試合も観ていた。お気に入りはパラグアイ代表キーパー、ジルベール、そして敬助とさほど歳の変わらないイタリア代表キーパー、ヴァルフォン。


「世界って広いなあ。俺も必ずああいうキーパーになるんだ。」


そういう決意を持って練習に励んだ。


 そして開幕戦、敬助はスタメンに抜擢された。相手は強豪ジュロ-ム磐高。相手にとって不足はない。思い切ってやろう。そう決意しピッチに立った。初めて貰った背番号「21」を背に。

 

 試合が始まった。ジェッツ市葉は防戦一方だった。だが敬助は楽しかった。ピンチになればなるほどに。敬助が愛聴しているジャパニーズロック「GWD」のチャントのリズムでジュロ-ム磐高の攻撃を全て阻んだ。強度の高い申の攻撃に比べたらたやすかった。味方ディフェンダーもよく助けてくれている。敬助のチャント「GWD」が響く。


「守れー!防げー!止めろー!敬助ー!」

「守れー!防げー!止めろー!敬助ー!」


スコアレスドローで迎えた後半に、ジェッツの怒濤の反撃が発動される。敬助の大きなロングスローからカウンターで3得点。開幕戦を白星で飾った。


 ジェッツの勢いは止まらず、第10節まで敬助はクリーンシート。そしてJリーグ創設以来の単独首位に躍り出た。しかしシーズン後半戦。相手に研究されて、次第に順位を落とす。敬助も失点を重ね、ファーストステージ2位でフィニッシュする。申のマークが激しくなり、攻撃に覇気がなくなってしまった。しかし敬助は、失点こそ許したものの、負け試合は1失点に抑え、最少失点にとどめていた。ルーキーイヤーとしては上々だが、敬助は満足していなかった。


「もっとやれる。」


あくまで勝ちにこだわるジェッツの守護神となった敬助は、セカンドステージに向けて準備を進めた。


 セカンドステージが開幕するまで、A代表の試合が組み込まれ、シーズンは中断した。いつものように申と居残り練習をしていた敬助。すると練習後、女性サポーター数名が色紙を持って寄ってきた。


「サインして下さい。」

 

 やっぱり申さんは凄いな。と敬助は思っていたが、その中の一人が


「大神選手、サインして下さい。」


と、敬助に近寄ってきた。サインなど考えてもいなかった敬助が、申に教わりながらサインを書き、手渡した。彼女の名前は出浦 京香。千葉県内の大学生でジェッツ市葉のサポーターだった友人数名に誘われて練習を観に来ていた。この二人の出会いが、後に日本サッカー界を大きく揺るがすことになる。


 セカンドステージ開幕。ジェッツ市葉の快進撃は続いた。結果は4位。前半戦で相手に研究されていたが、昨季まで残留争いをしていたチームにとっては飛躍のシーズンとなった。


 そしてオフシーズン。敬助は初めてサインを書いた彼女と結婚することとなる。翌年に長女・静香、そして4年後に長男・龍永が誕生する。この家族が、後に始まるストーリーの主要人物になることと知らずに。因みに長男の名前は、申と中山から一文字ずつ拝借して「龍永」と命名された。 

 

 翌シーズンは7位。昨シーズンと比べて順位が落ちてしまった。そこでジェッツのフロントが動いた。旧ユーゴスラビア代表監督ハキムを招聘。新加入選手は若手だけだったが、このシーズンはジェッツや敬助にさらなる飛躍をもたらすこととなる。 練習は過酷を極めた。誰一人として休むことなく走り続けた。多色のビブスに多くの制限。更に自分達で考えるサッカーに選手達は戸惑いながらも食らいついた。


「また残留争いはしたくない。弱いあの時に戻るのは2度とごめんだ。」


そう言い聞かせて練習した。キーパーである敬助すらも走った。その練習の中で敬助はあることを考えていた。


「俺がリベロになればいいんじゃねーか?」


敬助は身長188cmだが足も速い。100m10秒台、ドリブルやキープ、トラップもそこそこ自信があった。監督にその旨を伝えてみた。


「試合のタイミングをみて自分に攻撃の際、センターバックのカバーにいってもいいですか?もちろんリスクは考えるし、本当に局面の段階で構いませんから。」


翌日の練習試合前に監督は言った。


「この試合でやってみろ。無理ならこの話はなしだ。」


大学生との練習試合、ディフェンダーが攻撃に上がった際に実行してみた。たった3回だったが手応えはあった。1回目は上がってトラップし、そのままロングフィード。2回目は一度キープ、3回目は大胆に2人ドリブルでかわし味方へショートパス。

すると監督から


「まあいいだろう。だがこれを使うのはよっぽどの時だけだぞ。お前はキーパーなんだからゴールを守ることが最優先だ。それを忘れるな。」


監督に初めて褒められた。いつも厳格、強面、更に自分より背の高い近寄りがたい監督から初めて自分の意見が通った。

 

 プロになって3シーズン目が始まった。チームはびっくりするほどよく走り、得点を重ねていった。ルーキーイヤーの時とは比べものにならないほどだ。新戦力も台頭し、チームは連勝を重ねていく。連続とはいかないものの、クリーンシートを何度も達成した。このチームは3バックだが、彼らも折見てオーバーラップする。足下のプレーに難があるにもかかわらずにだ。相手は後ろから、両サイドから、どこからくるか解らない飛び出しに苦戦していた。何より、走行距離に関しては全チーム中一番走っている、走れていると自他共に認めていた。そして敬助の最終ラインまでの上がりも効いていた。守備範囲が飛躍的に広がっていた。ハーフコートを使った練習がキーパーにも効いていたのだ。チームは優勝争いに再び参戦した。最終節前まで首位。残留争いを繰り広げていた財政難のジェッツ市葉の手に、優勝があと一歩で届こうとしていた。


 最終節、ホームの浦戸レンジャーズ戦。選手は浮き足立っていた。そして、他愛のないゴールで先制を許してしまう。敬助もいつになく様子がおかしかった。いつものサッカーが出来ていない。身体が重い。いつものアグレッシブな飛び出しはなりを潜め、再び失点。1点返したものの、結果は敗戦。同時に首位が入れ替わり優勝を逃した。


「くそ!あと一歩だったのに!」


悔しさを隠しきれず、そのままセカンドステージに突入。結果は2位。再び優勝を逃した。


 オフシーズンの契約後、敬助にある一報が届く。


「来年の五輪本大会にオーバーエイジとして出て欲しい。」


この知らせに敬助は即答出来なかった。優勝を2度も逃したからだ。


「返事は待って欲しい。それと聞きたいことがあります。」


スタッフにそう伝え、敬助は練習に戻った。来シーズンの準備に向けて。



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