第26話 70年物の名刀と新たなる戦い
そして日本へ一時帰国。優勝パレードは都心部と大阪の2カ所で行われた。都心部では、父が最後にプレーした後、イタリアから移住した河崎も回った。そこで見かけた友人がいた。
「一緒にサッカーやろうよ」
と声をかけてくれた友達が何人もいた。たけしやみきお、石森コーチ。彼らがいなかったらきっとサッカーをやっていなかったろう。
「お前らが声をかけてくれなかったら、俺、サッカーやってなかったよ。たけしー!みきおー!ありがとう。あの時のこと、絶対忘れねーよ!」
みんなサッカーからは離れているけど、あの時のことは絶対忘れないよと、その多くの友達に感謝を述べた。友人達は誇らしげに笑い、
「お前はすげぇよ」
と肩を叩いた。河崎の恩人や元チームメイトにも挨拶に行った。当時トップチームの監督だった早稲田は、普段は怖いイメージだったが、優勝を決めてからは人目はばからずに大号泣したという。
メディアの対応もこなした。龍永は日本のテレビに出演することは初めてだった。Jリーグデビュー後数試合の途中出場の後、慌ただしく日本を発ったからだ。そこで代表OB達と初めて話すことになり、父とのチームメイト達とも交流が進んだ。
数々の取材をこなしながら、ヨーロッパにいるはずの沖田絵理佳が日本に帰国していた。年上の絵理佳にいつも素っ気ない態度を取る龍永だが、この時は違った。男として一回り成長した龍永に絵理佳は次第に惹かれていくことになる。ワールドカップ後の記者会見で龍永が話していたことを全て受け止め、いつしか龍永の支えになりたいと決めていた。サッカーばかりで恋愛に疎い龍永には、その気持ちが全く理解できずにいたが、後に2人は結婚することになる。
そして数日後、家族3人で父の墓参りをした。龍永は、実に2時間近くも墓の前に座って何かを伝えていた。梅雨空の中、風が吹き、木々が揺れ、鳥の声だけが響く中、龍永は父の墓前に語り続けた。言葉にならない言葉も、涙も、笑いも、全て父に届けた。母と姉は少し離れた場所で、静かにその背中を見守っていた。
このワールドカップで放った数々の龍永のシュートは、70年以上も多くの先人達がガンガン打ち続けた業物の刀が完成した瞬間でもあった。日本代表は、70年もの間、世界の壁に挑み続けてきた。
「世界大戦前、ベルリン五輪スウェーデン戦での勝利」
「戦後、初のワールドカップ予選日韓戦」
「敬助の恩師、ハキム監督が出場した1964京浜五輪」
「銅メダルを獲ったメキシコ五輪」
「日本サッカー冬の時代」
「1985年最もワールドカップに近づいた日のフリーキック」
「Jリーグ開幕」
「ドーハの悲劇」
「マイアミの奇跡」
「ジョホールバルの歓喜」
「初のワールドカップ出場で3戦全敗」
「地元日韓共催でのワールドカップ16強」
「黄金世代の惨敗」
「アフリカ大陸での守護神の死」
「何も出来なかったブラジルでの敗退」
「ロストフの14秒」
「ジャイアントキリングとクロアチア戦のPK敗退」
「何度も何度も届かなかったベスト8の壁」
「世界の強豪に跳ね返され続けた歴史」
そのたびに、日本の選手たちは刀を鍛え、打ち続けてきたてきた。まるで鍛冶場で何度も何度も叩かれ、火にくべられ、折られ、また鍛え直される業物の刀のようだった。アルゼンチンの選手たちが言ったように、あれは比喩ではない。龍永のシュートは、70余年以上の歴史が積み重なって生まれた日本サッカーという刀の完成形だった。日本代表の団結や、先人たちの悔しさが一本の刃となり、アルゼンチンのゴールを切り裂いた。龍永の一撃は、ただの3点目ではない。日本サッカーが世界に認められた瞬間。70年の歴史が報われた瞬間。そしてニホンオオカミの血が世界を制した瞬間。だからこそ、あのシュートは斬撃と呼ばれた。そんな業物の刀一本の為に数え切れないほどの多くの人々が関わっていたことは計り知れないだろう。それは選手や監督を経験したものだけでなく、応援した者、彼らの家族や恩師、、各チームのスタッフ、選手個人のスタッフ、半ばで挫折した者、選手それぞれをケアしてきた者、幼い頃一緒にサッカーに興じた者、そして日本を誇りに思ってきた者全てが鍛冶職人 となり、ガンガンと刀を打ち続け鍛えて上げてきたいた業物であり、聖剣でもあった。そんな多くの思いがこの刀に宿ったのだ。夢を打ち砕かれ、どんなに刃こぼれがしようとその度に、日本は刀を鍛え直した。それが何十年も積み重なり、折れては鍛え直され、また折れては鍛え直され、ついに一本の大業物の刀として完成された。龍永のシュートはただのシュートではない。日本代表を愛する全ての人間の魂が刀に宿り、龍永の足から放たれた。だからアルゼンチンの選手たちは言った。
それは比喩ではない。本当に刀だった。龍永は刀を振るったのではない。日本という国が、龍永を通して刀を振るった。だからこそ、あの瞬間に世界は悟った。
「日本はついに世界の頂点に立つ資格を得た」
龍永はオフシーズンを日本で母と過ごした。久しぶりの母の手料理。子供の頃、いつも忙しい中どこか寂しげに作る母のハンバーグとオムライス。今日は笑顔を見せながら作ってくれている。この2品は龍永の勝負飯だった。父の影響で管理栄養士の資格を取った母の手料理はいつも旨い。龍永は母の作るこの料理で育ってきた。こんがり焼いた鶏肉のミンチ、細かく刻んだタマネギ、それをこねて焼いたハンバーグと、疲れを取るために、ケチャップを使わず塩で炒めたガーリックライスが薄ら卵に包まれたオムライス。母はなんだかんだ龍永を言葉に出さずに応援していた。
河崎の街をぶらぶら歩く。たけしもみきおも大学に通っている。グラウンドでは、石森コーチが子供達を指導していた。2人でベンチに座り、話し込む。決勝で履いたコーチと横山監督が勝ってくれたスパイクはそのまま、ワールドカップ決勝まで使用したことを伝えた。石森コーチは、
「お前、プロなんだろう?てっきりスポンサー契約でも結んでいたと思っていたよ。」
すると龍永が
「親父のジャブラニと同じくらい大事な宝物なんです。直して使ってますよ。」
2人で思いふける。
「あの龍永がワールドカップ得点王とはなあ・・・強くなったなあ・・・」
「これからもっと強くなりますよ!俺も、日本代表も!」
そう言って日が暮れていく。
翌日、河崎のクラブハウスで当時のアンダー世代の監督、横山に会った。石森コーチと同じ事を話した。横山は、
「ほんとお前は大した奴だよ。」
と誇らしげに言った。また、ここでたまたま全国から指導者を集め、サッカークリニック開いていた早稲田監督とも話した。
「俺達の世代じゃ考えられなかったよ。ほんとにありがとな。だが、お前はこれから確実に狙われる立場になる。怪我には気をつけろよ。これからはお前が日本代表を率いる立場にあるんだ。お母さんの為にも馬鹿な真似すんなよ。」
と気を引き締めるよう指導された。龍永は
「そうだ。これから敵はガンガン俺を削ってくる筈だ。だけど、全部弾き返してやる!次の大会も絶対勝ちまくるぞ!」
と自らを鼓舞した。
彼らに打ち続けられて業物の刀に育った龍永。これから世界へ羽ばたき、この刀をもっと鋭くする事を固く決心した。
これから日本で自主トレーニングと来シーズンへの調整。ワールドカップを勝ち取ったばかりだが、龍永はもっと大きな物を見据えてわくわくしていた。
一方オフシーズン、現在の所属クラブ、オランダのフェレンフェンは対応に追われていた。ワールドカップ得点王を是非ウチに欲しいと、ビッグクラブがこぞって獲得に乗り出したのだ。イングランドのワンU、ワンC、アーセノル、リバプレト、チェルサー、ドイツのバイエリン、ドルトムミュンスター、レバークーザン、スペインのリアル・マドレー、バルセロス、アトレチク・マドレー、バレンシアーノ、フランスのパリ・サンジェルミ、マルセーヌ、リオン、マナコ・・・、ファン・ペルツ監督も、
「バロンドール獲りたければもっと上のリーグでやれ。」
と背中を押してくれた。龍永の条件は一つだけあった。
「次回の五輪予選から出場OKなクラブ。金はどうでもいい。」
とだけチームに伝えた。すると条件は絞られた。オリンピック委員会が強いイタリアにしよう。シーズンも9月からだから出場しても調整しやすい。オファーがあったのはイタリアビッグ3。それと近年強いナポリ、日本のキーパー佐藤がいるパルム、父が所属していたフィレンターナ、ラディオ、ACローマ等があった。
色々考えてイタリア3強の1つ、名門フベントルスに決めた。五輪予選からの出場可能で、尚且つ同時に日本人を後2名獲得するという。何より、父のイタリア時代の友人でもあったブッフォアゼネラルマネージャーが熱心に誘ってくれた。既にチャンピオンズリーグへの出場権も得ている。こうしてワールドカップから一ヶ月後、フベントルスに移籍した。そこにはワールドカップに選ばれずにいた海外の日本人選手2名と共に。
龍永はワールドカップ後、自分の全てを話した後も「出浦龍永」という登録名で引退までプレーすることを決めている。この名前でワールドカップ優勝と得点王を獲り、何か縁起がいいと気に入っていた。フベントルスに加入した他の日本人選手、1人目はイングランド2部から移籍してきた中盤のユーティリティプレーヤー秋山選手。彼は龍永より1つ上の世代でU20ワールドカップの主将を務めていた男だ。2人目はドイツリーグでプレーするボランチ、熊谷選手。先のベルサイユ五輪の主将でもある。冬のマーケットでは、ワールドカップメンバーの結城選手と田中選手に打診しているという事だ。名門復活の切り札として、今もっとも勢いに乗ってる日本から大量補強をしたフベントルス。近年レベル低下が囁かれているイタリアリーグ。この新たな主戦場で龍永は、己の刀に更に磨きをかけていく事になる。
第二章の完結となります。この話では龍永がこれまで関わった人物に会いに行きますが、日本代表選手達にはそれぞれ多くの人々に支えられ、育てられ、助けられてピッチに立っているという事が見受けられていると思います。その日本中の団結心がこの話の結果に繋がっていき、これから日本代表が強くなるには多くの人々の団結力が必要になると思い、この話を書きました。選手や監督だけでは勝てません。日本中が団結し、応援することが勝ち続ける要素となるのではないでしょうか?




