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第21話 移動要塞 真田丸!

 メキシコとの大激戦を制し、選手達は疲弊していた。アメリカに戻った日本代表。上へ勝ち上がるほど強敵が待ち構える。それがワールドカップ。だが、日本代表は決して止まらない。


「絶対に決勝まで行くぞ!」 


何とか声を張り上げ気合いを入れる選手達。


 準決勝、フランス戦。相手は世界最強クラス。個の力、スピード、フィジカル、決定力、層の厚さ、そして勝者のメンタリティどれを取っても世界トップ。だが、日本はもう怯えない。どんな敵だろうと、気持ちだけでは負けない。メキシコ戦の逆転劇は日本の心を完全に変えた。戦術でもなく、精神論でもなく、ただのスローガンでもない。


「3点取って勝つ」


これは日本がこの大会で積み上げてきた現実だった。これまでの試合で日本が上げた数字、総得点26点、総失点8点。攻撃力は抜群に上がった。これは偶然じゃない。日本は3点取れるチームになった。


 そして準決勝の相手が誰であろうとその姿勢は変わらない。これまでで龍永が上げたゴールは13点。試合数が増えたとはいえ、ワールドカップ一大会での通算記録に並んでいた。そしてそれは、フランスの10番エムペバも同じだった。前回大会の準優勝、前々回の優勝を知る世界の顔。彼もまた、今大会で 13点 を挙げていた。世界最強のエース、王者のメンタリティと圧倒的な決定力、そして勝負強さ。互いに得点ランクトップに並んでいる。だがこれはサッカー。個人競技ではない。これまでの得点も全て周りのみんなが助けてくれたから決められたということは、龍永自身が一番良く知っていた。このチームで優勝したい。龍永は心底思っていた。得点ランクトップに並ぶ2人が準決勝でぶつかる。世界中が騒ぎ始めていた。だが龍永はそんなことを気にしていなかった。龍永は誰よりも理解していた。


「自分のゴールは、自分の記録は、自分のハットトリックは全部、仲間が作ってくれたものだ。」


と。チームメイト達の積み重ねがあって、龍永はゴールを決められた。だからこそ、龍永は得点王争いに興味がなかった。龍永は静かに思っていた。このチームで優勝したい。 この仲間と一緒に世界の頂点に立ちたい。といつの間にか日本代表という狼の群れの中で勝利を分かち合う存在になっていた。誰かのために走り、誰かのために戦う。そして誰かのために点を取るその姿勢が、日本代表全体を群れに変えた。前回PK戦で準優勝。前々回は優勝。世界最強クラスのチーム。だが日本はもう怯えない。


「3点取って勝つ」


「気持ちでは負けない」


「この流れは止めない」


 選手も、スタッフも、OBも、ファンも、全員が同じ方向を向いていた。日本は勝ちに行く。フランス戦に当たるまで。


 日本のディフェンスコーチである後藤は、良く日本の戦術を、日本式の漢字に置き換えるのが好きだった。「侍ディフェンス」「鬼プレス」等。そのコーチがメキシコ戦後にチームに言った。お前らの攻撃はまるで「真田丸」だと。プレスで相手陣に封じ込め、ヒット&アウェイを繰り返す日本最強の砦のようだと。そこでチーム内で話し合った。3枚のディフェンダーもそこに加わって攻撃を強固に出来ないかと。フランス相手に現代の真田丸を展開してみたいと。選手たちは一瞬きょとんとした。そこでキャプテンを務めていたボランチ武藤が提案した。


「自分に偽CBをやらせてくれ。基本は従来通り3-4-2-1で行くが、ディフェンダー3人とボランチ2人が必要に応じて入れ替わる形で行かないか?」


と。キャプテンは一対一の守備に絶対的な自信を持っていた。彼はドイツ時代は「デュエル王」と呼ばれ恐れられている。後藤コーチは続けた。


「相手を陣内に封じ込め、 ヒット&アウェイで攻め続ける。 あれは日本最強の砦だ。」


その言葉に、チーム全員の目の色が変わった。


メキシコ戦の後、選手たちは自然と集まり、話し始めた。


「3バックも攻撃に加われるんじゃないか?」


「中盤で面を作れば、もっと封じ込められる」


「フランス相手にこそ、真田丸を展開したい」


そして、その議論の中心にいたのがキャプテン武藤だった。選手たちは息を呑んだ。だが、彼にはその資格があった。対人勝率リーグ1位、空中戦の強さ、ボール奪取のタイミング、1対1での絶対的な自信、そして、守備から攻撃へ切り替える判断力。相手が誰であろうと、彼は一歩も引かない武士だった。武藤は続けた。つまり、守る時は 4バックにも5バックにもなる。攻める時は ボランチが下がって センターバック化 し、3バックが前に出て、アンカーとセンターハーフ2人の陣形を作り、中盤の制圧に参加 、真田丸の城壁を作る。2-3-4-1のフォーメーションに変化し、中盤3人が高い位置で強引にでも相手陣内に封じ込め、前線5人がゴールを狙う。前線はいわば弓矢や火縄銃になる。前から横から真上からシュートを射撃するスナイパーになる。これこそが、現代版・真田丸 の構想だった。フランスは世界最強クラス。普通に守って勝てる相手ではない。だからこそ、武藤と後藤の提案はチームにとって革命だった。日本は、フランスを迎え撃つ攻撃的な砦を作り始めた。戦術の話を聞きながら、龍永は心の中で呟いていた。


「これ、面白そうだな。」


13ゴールという記録よりも、得点王争いよりも、フランス10番エムペバとの対決よりも、このチームで世界を獲ること。それだけが龍永の願いだったフランスは強い。世界最強クラスだ。他にもバロンドールを取ったデンベロ等タレントの宝庫だ。だが日本は、ただ守るのではなく、攻めながら守る砦を作る道 を選んだ。武藤の提案は、チーム全員の心に火をつけた。


「フランス相手に、現代の真田丸を展開しよう。」


その言葉に、誰も反対しなかった。

 

 武藤は古典的なリベロを意識していた。つまり、攻撃時には、1-3-3-3という現代サッカーとは程遠い、まさに保坂監督や現コーチ陣が学生時代に採用していたフォーメーションだ。だが、違いがある。ハイプレス、ゾーンディフェンスの意識はこれまで通りにキャプテンが意識していたのは、攻撃時には最終ラインから前へ出て組み立てる、守備時には最後尾で全体を統率する、必要なら中盤や前線にも顔を出す。まさに、90年代の名リベロたちが持っていた自由と責任の両立。だが武藤は、それを現代風にアップデートしようとしていた。だが、武藤はただ懐かしんでいるわけではなかった。武藤は言った。


「形は古くても、 ハイプレスとゾーンの意識は これまで通りで行く。」


つまり、前線4枚がフランスのCBにプレッシャーをかける、中盤3枚が面でフランスの1中盤を封じる、そして3バックが前に出て中盤を圧縮する、最後尾で武藤が最後尾で全体を統率する。武藤の偽CB案は、この真田丸を更に強固にするためのものだった。武藤が最終ラインに入ることで、日本は最後の砦を手に入れた。さらに日本のキーパー佐藤が発言する。


「後ろのカバーは自分もやる。任せろ。」


と。その時、フォワードコーチに入っていた前沢が、アクロポリス五輪初戦のイタリア戦のあるプレーを思い出していた。


「下がるな!そこで待ってろ!」


「そういえばあの人も言ってたなあ・・・」


キャプテンの偽CB案が出たあと、チームは静かにその意味を噛みしめていた。佐藤の言葉は、ただの意気込みではなかった。最終ラインの統率、裏のケア、ビルドアップの起点、そして、最後の砦としての覚悟。ゴールキーパーがここまで言い切るのは、このチームが本気で世界を獲りに行くと理解しているからだ。日本は、フランスを迎え撃つ砦を完成させようとしていた。更に、メキシコ戦でのカウンター対策として、上へのロングフィードをブロックし、攻撃に展開することも付け足された。ゴールされるより、ゴールを奪うこと。そのことに関して今の日本代表は楽しみを覚えていたのだ。メキシコ戦の後半、日本は何度もロングフィードからのカウンターを受けた。フランスも同じ武器を持っている。むしろ、メキシコよりも精度が高い。だからこそ、日本は真田丸にもう一つの要素を加えた。


「上へのロングフィードをブロックし、そのまま攻撃へ転じる。」


これはただの守備ではない。奪った瞬間に刺すという、日本が今大会で磨き続けてきた武器そのものだった。この言葉は、今の日本代表の哲学になっていた。守るために守るのではなく、奪うために守る、奪ったらすぐ刺す。このメンタリティは、日本代表の歴史の中でも異例だ。だが、メキシコ戦の大逆転を経験した選手たちは、その快感を知ってしまった。


「守るより、奪い返して点を取る方が楽しい。」


誰もがそう感じていた。そして、監督は今までベンチを温めていた5大会連続で選ばれていた秋葉をこの試合で起用することを示唆した。彼は両サイドバックをこなすが、学生時代はボランチだった。満を持しての起用。先発ではないが、拮抗した試合に彼の経験がここで活きると判断したのだ。国際大会の修羅場を知り尽くした男、そして誰よりも日本代表を愛する選手。彼の存在は、チームにとって精神的支柱そのものだった。監督は迷っていなかった。。


「拮抗した試合になる。 その時、経験が試合を決める。」


試合が動かない時間帯に、彼の経験が必要になる。試合の流れを読む力、相手の嫌がる位置取り、守備のスイッチを入れる声、味方を落ち着かせる存在感。若い選手にはない重みが、フランス戦では武器になる。監督はそれを分かっていた。


「真田丸を、より強固にするために必要なピースだ。」


龍永をはじめとする若手は、その決断を聞いて静かに頷いた。そして龍永は心の中で思った。


「このチームは、まだ強くなれる。」


日本は、歴代最強の群れになりつつあった。


 秋葉は、かつて父、敬助が最後にプレーしたあのワールドカップの時にピッチにいた選手だった。父の死の瞬間を一番近くで見ていた男だ。彼はその試合で左サイドバックで出場していた。父が左ゴールポストに頭部を撃つ瞬間をまさに見ていた。その選手と同じピッチに立つ運命にあるとは。だが龍永はまだニホンオオカミの息子だということを誰にも話していない。当然彼も気づいていない。今は「出浦龍永」なのだから。因みに出浦家は、真田忍軍の頭領の末裔なのだから、「真田丸」とは偶然にも程がある。監督が起用を示唆した秋葉。5大会連続で選ばれ続けた、日本サッカー界の生きる歴史。だが彼には、誰にも語られない重い記憶があった。彼は語らない。誰にも話さない。だが、あの瞬間は秋葉の中でずっと生きていた。秋葉はその後も代表に選ばれ続けてきた。だが彼は知らない。出浦龍永があの大神敬助の息子であることを。彼が「ニホンオオカミの息子」だとは、誰も気づいていない。もちろん、父の死を最も近くで見た秋葉も。だが運命は、彼らを同じピッチに立たせようとしている。16年前の全てが一本の線で繋がり始めていた。まるで、歴史そのものが日本代表を後押ししているかのように。龍永は静かに準備をしている。運命は確実にフランス戦へ向けて収束している。


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