第20話 八咫烏が飛んで行く
メキシコボールで試合再開。メキシコは丁寧にボールを回すが、そこにはメキシコの怯えが見えていた。後半13分、日本は強気のプレスから相手のミスを誘発。メキシコのボランチが焦って横パスをミス。日本のボランチ武藤が高い位置でボールを奪う。日本のショートカウンター発動。工藤と越後でパスを繋ぎ、その間龍永はゴール前で身体を張る。身体と両腕、両足を上手く使う。相手陣内はブロックを形成されていたが、日本攻撃陣が怒濤のミドルシュートを3連発。ボランチ影山が、工藤が、越後がシュートを放つも相手ディフェンダーにブロックされる。相手は完全に中央に気を取られていた。3本目のシュートが弾かれた際に、迷わず判断した。
「左だ!」
武藤が左サイドへ展開。左サイド三浦からドリブルでペナルティエリアへ侵入。そのまま持ち込みシュート。ボールは相手ディフェンダーにあたり逆転となる。3-2。観客席からもざわめきが起きる。メキシコは完全に混乱し、スタジアムの空気は一変した。メキシコの選手たちの顔から血の気が引いた。
日本の怒涛の反撃は、まだ終わらない。日本は逆転に成功する。そして、メキシコにとってニホンオオカミの恐怖はここから始まる。まるでコヨーテが狼に狩られるかのように。逆転した瞬間、試合の空気は完全に反転した。そしてメキシコにとっては、ここからが本当の悪夢の始まりだった。日本の選手たちの目は、完全に獲物を捉えた捕食者のそれだった。同点後の日本はただ攻めているのではない。獲物を追い詰める狩りの動きだった。
メキシコは逃げ場を失っていった。メキシコのスピードも、メキシコのテクニックも、日本の牙の前では意味をなさなかった。逃げれば追われ、パスを出せば読まれる。走ればことごとく潰され、止まれば奪われる。だが、まだ龍永はまだ点を取っていない。執拗に追い回す龍永がいるだけでメキシコディフェンダーは後退し続けた。龍永はまるで、群れを率いる若き狼のようだった。そしてメキシコは気づく。
「このままでは狩られる。喰われる。」
同点に追いついた日本は、勢いを止める気などなかった。
メキシコボールで再開。メキシコがボールを下げるやいなや、日本攻撃陣が全てのパスコースを消していた。カウンターを仕掛けるも、日本のディフェンス陣には微塵の隙もなく。そんなとき、龍永が襲いかかった。その間僅か8秒。開幕戦、オランダ戦と同じようにボールをかっさらっていった。相手ディフェンダーが2人止めに入ったが、フォローに入った工藤との華麗なワンツーで抜き去る。スタジアムが悲鳴のようなどよめきに包まれる。相手キーパーとの一対一。思い切り振り抜いたシュートは、相手キーパーマラニョンの手を弾き、ゴールに豪快に突き刺さる。後半14分、日本4点目。スタジアムが静まり返る。龍永は喜ばない。龍永は
「あと3点」
と呟き、自らボールをセンターサークルに置いた。
まだ狼の狩りは続く。後半開始わずか15分で4点を奪った。メキシコも黙っておらず、交代カードを切った。だが日本も同時に3人入れた。立石に代え野々村。阪倉を中央にずらす。更に越後と影山を下げ、中西と本来センターバックの鳥海を投入。中盤のアンカーに武藤を残して横並びに4人置いた。更に今日の試合絶好調の工藤を龍永と並ばせ2トップを敷く。3-1-4-2のシステムに変更された。メキシコは、スピードタイプの選手を2人、フォワードを1人。カウンターとパワープレーで勝負に出た。
4-2。日本が逆転した瞬間、メキシコのベンチは騒然となった。カウンターとパワープレーの両方で日本を破壊しに来た。これは開催国の意地そのものだった。日本も迷わなかった。一方日本は、カウンターに強い野々村を投入し、クロアチア戦の中盤を再現。鳥海はセンターハーフ兼ボランチ兼右サイドで高さを活かしつつ、カウンター封じという多機能で起用。更に工藤に龍永のサポートを指示。状況に応じて、鳥海と工藤はポジションチェンジする。つまり日本は
「攻撃しながら守る」
「守りながら攻撃する」
という、極めて攻撃的な狩りの布陣に変貌した。これはもう、戦術の殴り合い だった。龍永は逆転弾を決めた後も、喜びを見せず、ただ呟いた。
「あと3点。」
の言葉は、メキシコにとって宣戦布告だった。日本は止まらない。日本は攻め続ける。日本は獲物を逃がさない。まるでコヨーテが、本物の狼に追い詰められていくように。
メキシコはここから、本当の悪夢を見ることになる。メキシコは再び猛攻を仕掛けた。キックオフ直後、後ろへ下げず、交代で入ったウェルターへすかさずロングパスを送る。だが、日本ディフェンス陣も簡単に中には入れない。日本の防戦になり、ゴール前で混戦が続いた。前半と同じ展開だ。だが、ここで日本ディフェンダーが魅せる。相手のセンタリングに交代で入ったウェルターがヘディングシュート。これを池田が弾く。そのこぼれ球を後ろから走ってきたメキシコの左ウィング、ヒメナスがワントラップシュート。完璧なシュートだったが、日本のゴールキーパー佐藤がビッグセーブ。キャッチしたと同時に大きくロングフィード。このキャッチが全てだった。スタジアムが凍りつく。キーパー佐藤は迷わなかった。日本のカウンターだ。
龍永がセンターライン付近でヘッドで前へ流す。交代で入った中西が走り込み独走。メキシコディフェンダーが何とか戻り、完全に日本のチャンス。だがメキシコDFが最後の力で追いつき、背後から必死のタックル。倒された。笛が鳴る。メキシコが必死の形相でファールし、日本のフリーキックになる。メキシコの選手たちは顔を見合わせる。日本の猛攻は続く。
そう、止まらない。狼の群れは、獲物を逃がさない。後半26分。メキシコはまだ息をしていた。そんな中で得た、日本の直接フリーキック。位置はペナルティエリア中央から2m離れたほぼど真ん中。メキシコは壁を作る。フリーキッカーは2人構え、日本はオフサイドラインギリギリの位置で横並びに5人が横幅を狭くして構える。味方ディフェンダーも壁の裏を狙う位置におり、キーパーとディフェンダー野々村一人残して全員上がっている。
キッカーは一番左にいた中西にパス。そこでフリーキッカーを務めた工藤にすかさずリターンパス。メキシコの壁が横にわずかに崩れていた。その壁の隙間に龍永がオフサイドラインギリギリに位置して壁の後ろを真横に横切りパスを受けた。まるで忍者の素走りのように。日本攻撃陣はメキシコのディフェンス陣全員の動きを身体で封じていた。リターンパスを受けた工藤は龍永にグラウンダーの優しいスルーパス。そのボールを龍永がゴール左隅にインサイドキックで冷静に流し込む。とても美しい連携にスタジアムが静まりかえった。スコアは5-2。残り時間はあと20分あまりだった。メキシコは理解できなかった。だが、これこそが 狼の狩りの形だった。また龍永はボールを拾い、センターサークルへ置く。そして静かに呟く。
「あと3点。」
メキシコは理解した。
「まだ狩りは終わっていない……。」
残り時間はあとわずか。メキシコは再びパワープレイに出る。だがそんなものは今の日本に通用しない。ボランチ武藤が難なくカットし、右サイドの五十嵐へ振る。メキシコも必死の形相で奪いに来るが、日本は落ち着いてポゼッションサッカーを展開。パス回しをしながら隙をうかがう。
後半ロスタイム、龍永がペナルティエリア左隅でパスを前を向いて受けた。ゴールが見えたのでシュートを撃とうとしたその時だった。相手DFバスケツが右からチャージをして、シュートフォームがずれた。軸足の右足が、はがれた芝にアウトサイドに食い込んでしまった。更に、シュートはボールの端を擦るようなミートをしていた。そこで奇跡が起きた。ボールはありえない回転を生んだ。そのシュートは鋭くドライブがかかり、伸びるように飛び急激に落ち、ゴール左へ飛んだ相手ゴール左隅に吸い込まれていった。かの有名な日本の伝説的フリーキッカー、新村しか蹴れないシュートを流れの中で決めたのだ。6点目かつ、今大会3度目のハットトリックの瞬間だった。その3分後にホイッスルが鳴り、日本が準決勝進出。前代未聞の逆転劇に、世界中が震え上がった。6-2。観客は沈黙した。メキシコのゴールキーパーは立ち尽くした。そして、日本のベンチは凍りついた。実況は声を失った。
「チャンピオンズリーグの新村だ・・・」
その弾道はまるで日本サッカーの象徴「八咫烏」が飛んで行くように美しかった。
アステカのケツァルコアトルがうなだれていった。
試合終了のホイッスルにメキシコ国民は絶句し、固まっていた。日本、準決勝進出。0-2からの前代未聞の6-2逆転劇。世界中のメディアが震えた。スタジアムは静まり返り、日本の選手たちは抱き合い、龍永は空を見上げた。
(母さん・・・)
日本の戦いは止まらない。上手くいってるからこそ、この流れは止めてはいけない。選手だけでなく、スタッフ、OB,日本のサッカーファンがそう思っていた。準決勝の相手は前回PK戦で準優勝、前々回優勝のフランスだ。もはやどんな敵だろうと気持ちだけでは負けない。3点取って勝つ。それだけ共通していた。全員が獣の目をしている。日本は今、歴代最強の群れになっていた。
一方。日本では母と姉が準々決勝メキシコ戦をテレビ観戦していた。メキシコ戦でハットトリックを決めた弟を観て姉は興奮した。そして約束を決行する。
「母をワールドカップに連れて行く」
と。チケットは手元に渡されていたが、肝心の母が行く気にならない。メキシコ戦後、歴代の日本代表が手続きをこっそり済ませ、姉は母を説得した。
「あの子はもう強くなったんだよ。観に行こうよ。今行かなきゃ絶対後悔するよ。お父さんが命をかけて闘ったワールドカップにあの子は挑んでいるんだから。今のあの子にはお母さんの応援が必要だと思うの。一緒に行こう。お父さんより強くなったあの子を見届けようよ。」
それでも沈黙する母に、
「だったら俺達が引きずってでも連れて行く!」
と元日本代表のメンバーがぞろぞろと訪ねてくる。
「あんたの息子が、あんなに苦しい顔して頑張ってんだ!小さいときから誰にも何も言わずにたった1人で戦ってきたんですよ!今こそあなたの力が必要なんだ!母親なら立って下さいよ!苦しいのはあんたも俺達も同じなんですよ!」
そして遅れて別の人物が訪ねてきた。ファン・ペルツ監督だ。奥寺達に頼み来日していた。
「私からもお願いします。どうかあいつを助けてあげて下さい。この通り!お願いします!」
監督は深々と頭を下げ懇願した。
「・・・わかりました。」
母はようやく龍永の応援に向かった。ここにいる日本の猛者達と共に。




