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第19話 荒野のミキストリ

「完全アウェーだ。だけど、京浜五輪の借りを返す!」


 アウェーサポーターの罵声が早くも日本代表を襲う。


 準々決勝の相手は開催国の1つメキシコ。五輪で日本にメダルを奪われた因縁の相手。しかも今回は自国開催のワールドカップ。完全アウェー、気温38度、乾燥した空気と薄い酸素、高地の慣れない環境と固いピッチ。そして五輪の自国開催で目の前でメダルを取られた因縁の相手。多くの選手達は静かな闘志を燃やしていた。

 

 全てが日本の敵だった。標高の高いメキシコでは、普段の半分の距離でも息が上がる。スプリントの回数が落ちる。パススピードが合わない。ピッチが固く、ボールが跳ねる。足への負担も大きい。メキシコはこの環境に慣れている。日本は、完全にアウェーの空気を吸わされていた。


 五輪でメキシコに勝った世代。その試合を見て育った若い世代。そして、あの時ピッチに立っていた選手達。彼らは皆、メキシコの悔しさを知っていた。メキシコは五輪後、「開催国日本から奪ったメダル」と報道し続けてきた。だからこそ、この試合はただの準々決勝ではない。国と国の因縁が交差する一戦。クロアチア戦の激闘を終えた夜、龍永は1人で映像を見返していた。メキシコの攻撃。メキシコの守備。メキシコのテンション。そして五輪の映像。


「長期に持ち込まれたらこっちが不利だ。かなりタフな試合になる。メキシコは粘り強い。」


この試合から、怪我をしていた影山、立石が復帰する。


 ロッカールームは静かだった。。集中して誰も余計なことを言わない。目だけが鋭く光っている。5年前の悔しさと五輪の因縁。。開催国の圧力。そしてベスト4への渇望。すべてが混ざり合い、選手達の心は静かに燃える溶鉱炉のようだった。あの時の悔しさは、今も選手たちの胸に深く残っている。目の前でメダルを持ち上げられた。

特に試合終了後の工藤の涙。その全てが、忘れられない傷として刻まれていた。そして今回はメキシコの自国開催のW杯。リベンジにはもってこいの舞台。スタジアムは緑・白・赤の大歓声で揺れ、青い僅かな日本サポーターがゴール裏に陣取る。完全アウェーのこの空気、緊張感、ブーイング。全てが日本を飲み込もうとしていた。ロッカールームは異様なほど静かだった。誰も声を荒げない。誰も鼓舞しない。ただ、目だけが鋭く光っている。五輪でメキシコに敗れた選手達は、その時の映像を何度も見返していた。あの悔しさ、あの涙、あの無力感。そして今、彼らはW杯の準々決勝という舞台に立っている。この日ベンチスタートの龍永は1人思う。


「奪われたものを、俺達全員で取り返しに行く。」


先輩達も内に秘めている。


「五輪の続きは、ここで終わらせる。」


 メキシコ側にも因縁がある。今から58年前、この地で日本に五輪銅メダルを献上している。5年前と全く同じシチュエーションだ。だからこそ、W杯で再び日本と当たることは宿命のように感じていた。メキシコは、絶対に負けられない相手として日本を迎え撃つ。龍永は五輪の時はC契約に成り立てのまだ駆け出しの高校生で、ピッチに立てなかった。だが、あの時の先輩たちの涙を見て育った。


「俺たちの世代で、終わらせる。」


それは復讐ではなく、日本サッカーの歴史を前に進めるための戦い。そして、大ブーイングの中試合が始まった。


 序盤からホームのメキシコが猛攻を仕掛ける。日本がボールを持つたびにブーイングが降り注ぐ。日本ディフェンス陣もよく耐えていた。なかなか相手陣内に入り込めない。左右から鋭いカウンターを食らい、日本自慢のプレスがよけられてしまう。


 そして前半40分、相手コーナーキックから左右に揺さぶられてメキシコのウィング、アルバラドにシュートを撃たれ日本が失点。更に、前半終了間際にカウンターから右サイドを突破され、ゴール前で混戦になり、メキシコのベガスもヘディングにより2点目を食らってしまう。


 ここで前半終了。だが、日本に焦りはなかった。失点は計算外だったが、勝負は後半で修正できると確信していたからだ。龍永を含めたベンチ陣は静かに牙を研いでいた。


 キックオフ直後から、メキシコはまるで嵐のように襲いかかってきた。日本はまるで敵地の渦に飲まれそうだった。メキシコは序盤から日本の弱点を突いてきた。両サイドの裏のスペース、ボランチを避けるようなロングパス、そして落ちていく運動量。日本の自慢のハイプレスが、まるで空を切るように外されていく。ディフェンス陣は必死に耐えていたが、相手の勢いは止まらなかった。完全アウェーの空気が、日本を飲み込もうとしていた。普通なら崩れてもおかしくない展開。だが、日本の選手たちは下を向かなかった。理由は一つ。


「後半で修正できる」


という確信があったから。メキシコの運動量は脅威だが、技術は日本が上。高地の影響に慣れてきて後半に必ず隙が出る。そして日本は後半に強い。ベンチに座る龍永は、静かに目を閉じていた。その姿はまるで牙を研ぐ狼のようだった。


「後半で全部ひっくり返す。 ここからが俺たちの時間だ。3点、いや、もっと取る。」

 

 ニホンオオカミこと大神敬助は常々言っていた。


「あと3点」


と。その狼煙がハーフタイムから始まっていた。保坂監督が動く。後半開始から2枚代える。水野に代えて五十嵐。先発だったフォワード、本田に代えて龍永。カウンターの起点になっていたボランチ封じとして、トップ下に右サイドの越後をスライド。もう1人のトップ下、工藤は攻撃のスイッチ役に当てる。ただの交代ではなく 戦術の再構築 だった。


 そして物語は、ここから一気に反撃の章へ突入する。スコアは0-2。完全アウェーの中、普通なら折れる。だが、日本のロッカールームは静かだった。その静寂を破ったのは、龍永の父、ニホンオオカミが常々言っていた言葉。


「あと3点」だ。それは絶望の中でこそ光る逆転の呪文。いつも龍永が呟くものと全く同じである。選手達はその言葉を胸に刻んでいた。だが、今日の龍永はもっと貪欲だった。


「大量に点を取る。3点だけじゃおさまらねー!」


 今回の龍永の任務は、ただのストライカーではなかった。トップ下と連携し、メキシコのカウンターを潰すこと。メキシコのボランチに自由を与えない。カウンターの起点を消す。奪った瞬間に高い位置で攻撃へ切り替える。つまり龍永は攻撃の起点であり、守備のスイッチでもある二刀流の役割 を与えられた。監督は言い切った。


「奪ったら全員で行く。DFラインも上がれ。点を取りに行くぞ。」


これはリスクの高い戦術。だが、開催国相手に守って勝てる試合ではない。


 後半頭から2枚同時交代。龍永と沈黙のベテラン、五十嵐の2人は今か今かと鋭い眼光でメキシコの選手を睨んでいた。


「もっとゴール(餌)をよこせ。」


と。後半はメキシコボールから。メキシコは前半同様日本の攻撃陣を前へ誘い、釣る。日本は後半立ち上がりから、全員攻撃のスイッチを入れた。日本は点を取るしかない。守っても意味がない。逃げても意味がない。だからこそ、龍永を含めた全員が静かに牙を研いでいた。ここから3点取る。それだけだ。荒野にうごめくミキストリの鎌を、日本の狼が鋭い牙で奪い取ってやろうという形相だ。

 

 後半、日本の反撃が始まる。後半龍永がピッチに送り込まれる瞬間反撃の狼煙が上がった。前半、日本のプレスは外され続けた。だが後半は違う。俊足ウイング五十嵐がメキシコの左サイドバック、ガザルドを押し下げる。工藤がメキシコのボランチ、ロサーニョに張り付き、前を向かせない。日本の修正がハマり始める。これにより、メキシコのカウンターの起点が完全に消える。つまり、メキシコの心臓を止める作戦だった。


 後半、日本は反撃する。その確信が選手全員の胸にあった。工藤と連携し、カウンターを潰す。更に奪ったら高い位置から攻撃を仕掛け、ディフェンスラインも攻撃参加するという作戦だった。相手のホーム。日本は点を取る。失うものは何もないのだから。日本は激しいハイプレスをかけ、相手にプレッシャーをかける。龍永は、まるで獲物を狙う狼のように前線からがむしゃらに食らいついていた。目は鋭く、呼吸は落ち着き、心は燃えている。


「テメーのボールよこせ!肉喰わせろ!」


と。 後半4分、相手のカウンターが発動。ここでカウンターを封じたのは、作戦通りの攻撃陣ではなく、日本の勇気ある3バック中央、この試合復帰した立石がボールを前に出てカット。メキシコの縦パスの癖を読んでいた。スタジアムが一瞬静まり返った。奪った瞬間、日本は迷わなかった。そこからの日本のカウンター返し。ボールは丁寧に右サイドへ繋がる。五十嵐がスピードで右サイドを切り裂き、メキシコの左サイド、ガザルドとヒメナスは完全に置き去り。ボックス内の越後へパス。越後はワントラップして冷静にシュート一閃。ゴール左に突き刺さり、1点を返す。1-2。反撃の狼煙があがった。立石のズバッと前に出たインターセプトにチーム全員が賛辞を送った。

 

 日本、1点を返す。1-2。龍永はボールを拾い、仲間に向かって叫ぶ。


「あと3点だ!」


日本の反撃は、ここから本格的に始まる。後半立ち上がりでのゴールにメキシコは混乱した。そしてこの後、メキシコは悪夢を見ることになる。日本の怒濤のゴールラッシュが始まったのだ。


「この試合、もっと点取れるぞ!」


後半開始直後の失点。これはメキシコにとって想定外だった。モンテレーのスタジアムは勝利ムードだったが、その空気がたった1点で一気に崩れた。メキシコの選手たちは互いに叫び合い、指示が乱れ、ラインがバラバラになり始める。そしてここからメキシコは 悪夢を見ることになる。後半の日本は、まるで別のチームだった。ハイプレスの強度が倍増。特に龍永と工藤の連携はカウンターを完全に封じ込めた。三浦と五十嵐が高い位置を取り、サイドを制圧。武藤と影山の両ボランチが前へ出てセカンドボールを回収。メキシコは完全に押し込まれ、前半の勢いは跡形もなく消えた。スタジアムの空気が変わる。


「・・・日本が変わった。」


「プレスが外れない。」


「メキシコが押されている?」


観客のざわめきが広がる。1点目の直後。日本はさらにギアを上げた。後半9分、龍永が前線でボールを奪う。そのこぼれたボールを工藤が即座に縦パス。五十嵐と越後が右サイドを再び突破し、今度は越後が中央へ流れた五十嵐に高速クロス。メキシコDFは完全に遅れた。中央へ走り込んだ五十嵐が彼は迷わず右足を振り抜く。


「ズドンッ。」


重いシュートがゴール右隅へ突き刺さる。2-2。日本、同点。メキシコの選手たちは顔を見合わせ、何が起きているのか理解できていなかった。龍永はボールを抱えながら、静かに呟く。


「あと3点だ。」


日本の選手たちは、その言葉の意味を知っていた。まだ走れる。まだ戦える。まだ勝てる日本の反撃は、まだ始まったばかりだった。


この話から2話完結になります。

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