第15話 最前線の壁になれ
「お前のプレスはまだまだ甘い!もっと仕掛けろ!」
オランダ戦後のキャプテン、武藤の発言である。実際にオランダリーグでは上手くいっていた。だが、ここはワールドカップ本番。次元が違う。
試合の翌日、龍永達途中出場組はクールダウンと、鳥かごをしていた。この様子を見ていた武藤が龍永に声をかける。
「もっと前から寄せろ!相手にプレッシャーかけるんだ!」
「もっと身体全体を使え!せっかく恵まれた身体が台無しじゃねーか!」
龍永はこの練習ずっと武藤に言われ続けていた。
練習後、一時休息を取り、ミーティングに入る。チームは次戦、チュニジア戦の為に早めにメキシコ入りするとの事。その夜、龍永は武藤の部屋に呼ばれた。
「お前、俺のことが怖いか?」
龍永は強がる。
「いえ、全然。」
次の相手はアフリカ予選最少失点のチュニジアだ。内田は怪我で2週間出られないらしい。武藤が切り出す。
「恐らく相手はブロックを敷いて固めてくるだろう。お前ならどーする?」
龍永は
「ゴール前で身体張ったり走り回って引っかき回します。俺が出るならポストプレーで味方に点を取って貰います。」
すると武藤は
「それだけか?」
と返す。そして、
「お前、昨日3点も取ったんだぞ?そんな奴がキーパーにまでプレッシャーかけたら堪らないだろ?向こうはボールかっさわれたらとか思うぞ。」
「お前は横から奪うのは上手いんだけど、縦からのデュエルに弱いんだよ。そこなんだよ。相手のディフェンダーやキーパーがボール持ったときにもっと前に仕掛けろよ。別に一番前のお前が交わされたって後ろに10人もいるんだからさ。」
武藤の話は続く。
「お前、次の試合出たら、ゴール前の壁になれ。味方ゴール前じゃねーぞ。相手ゴール前の壁になれ。そんなガタイの奴が前向いて相手のパスブロックしたら、絶対チャンス来るからよ。それやりながらゴール狙え。」
龍永にとってこのプレーのハードルは高かったが、なんとなくのイメージはあった。龍永は武藤に向かって立ち上がった。
「こういうことですかね?」
今現在、龍永と武藤は正面に立ち上がって互いに身体が触れるかどうかの距離。
「1回一歩引いてもう1回寄せてこい。」
今度は重心を低く保ち、武藤の額に1cmつくかの距離で詰め寄る。
「そう。それだ。明日からイメージしてやってみろ。出来ればパスカットも狙ってみるんだ。」
龍永は武藤に礼を言って部屋を去った。次戦のイメージを膨らませながら。
日本代表は次戦の会場、メキシコへ飛んだ。龍永にとっては初めての高地での試合。空気が薄いとは聞いているが、どんなものなのか。
実際は想像以上だった。空気の薄さに加え、意外と暑い。加えて乾燥していた。水を大量に飲んで腹の調子も悪くなる。だが、試合数が増えている為、慣れる時間はまだある。ポジティブに捕らえながら練習に励んだ。相変わらず武藤の怒声が飛ぶ。
「そう。寄せは良くなってきた。あとはカットだ。ボールに身体のどこかぶつけろ!ファールを恐れるな!」
「身体ごとブロックしろ!キーパーに対してもだ!」
「もっと身体を投げ出せ!キーパーのつもりで横にもダイブしてみろ!」
龍永はとにかく食らいついた。文句の1つもなく。ここまで泥臭くボールに人に食らいついたのはオランダリーグでも無かった。そして、「ドイツリーグのデュエル王」と呼ばれていた武藤の指導は、ふとファン・ペルツにしごかれていた日々を思い出すかのように嬉しかった。毎日自分が成長していく。疲労を見せながらも、そのような実感が龍永にはあったのだ。
チュニジア戦の日がやってきた。先発は初戦とほとんど代わらず、内田の代わりに俊足フォワード、本田が起用された。龍永は再びベンチスタート。それでも何故か不満はない。その方が後半もっと全力で動けるからだ。きっとチャンスは来る。そう信じてベンチに控えた。
チュニジア戦キックオフ。立ち上がりから引いて守ってくるチュニジア。前回大会、この戦い方で日本は格下に敗れている。ボール保持はするものの、ゴールまで結び付かない。
疲労の見えた前半終了間際、日本はカウンターを食らう。前線でのドリブル突破を止められた日本は、一旦カットするものの、ロングパスで武藤を越される。アジア杯で日本が敗退したやり方だった。武藤はチームの心臓である。その武藤を避けられた。3バックがゴール前を固めるが、チュニジアのシュートを3バックの阪倉の左脚に当たり、オウンゴール。日本が先制されて終了する。ここで龍永の脳裏に何かがよぎった。
「そうか。そういうことか。」
龍永の頭の中で何かが閃いた。ロッカールームに引き上げると、武藤が開口一番、
「監督、出浦を後半頭から入れてもらえませんか?」
保坂監督は龍永を後半途中から投入するつもりだったが、武藤と龍永、2人の表情を見る。2人共言葉は交わさなくとも何かを考えているようだった。
「わかった。本田に代えて出浦。行け。他はそのまま待て。あの守備を崩すには2枚1度は早すぎる。それとここはボールが伸びやすい。武藤や影山も越されてしまうだろう。だが3バックは敢えて前に出ろ。キーパー、後ろ任せたぞ。」
キーパー佐藤は頷く。
「よし、ハイプレスでドンドン前に仕掛けろ。必ず隙が生まれるはずだ。」
そして、武藤が龍永に話す。
「練習通りにやればいい。出来るよな。」
龍永は悟っていた。武藤は最初からこういう展開になることを予測していたんだと。
龍永の考えは今、まとまった。
「武藤さん。あんたのとこにボール行かせませんから。別の意味で。」
武藤の顔が一瞬緩んだ。
後半が始まった。立ち上がりからゆっくりボールを回すチュニジアイレブンに日本が前掛かりでハイプレスを敢行した。思わずキーパーまで戻すチュニジアに、龍永の巨体が襲いかかる。慌ててディフェンスに返すキーパー。追い回す龍永。逆サイドに振るが、龍永はいつでもキーパーと最終ラインのディフェンダーに噛み付く準備をしていた。最前線のストッパーいや、マンマークするエースキラーのように。チュニジアはボールを回すが、日本の守備陣形は整っている為突破出来ない。
フィールド中央で両チーム固まっている状態の中、チュニジアがキーパーに大きく低いボールを戻したその時だった。龍永が長い距離を走りキーパーへ襲いかかる。キーパーは大きくクリアしようとするが、龍永が横っ飛びでブロックした。ファールはない。そのこぼれ球を他の日本攻撃陣が一斉に襲いかかる。このボールを工藤が拾って冷静にゴールへ流し込む。後半9分1-1。龍永が相手キーパーの壁となり、後ろにいた日本のスナイパー達が一斉射撃する。この作戦は的中した。武藤と龍永が互いに親指を立てる。そして龍永は鋭い眼光でチュニジアイレブンを睨みつけ、こう言った。
「もっと点取るぞ。覚悟しろテメーら。」
試合が再開される。またも執拗に追いかける龍永。そして押し寄せてくる日本代表。次第に引いていくチュニジアイレブン。そして武藤がチュニジアからボールを奪う。高い位置だ。トップ下の水野からゴール前の龍永へ、ここには相手ディフェンダー2人とキーパーに左右に挟まれるが、龍永が両腕を使ってディフェンダー2人を押さえつけながら、キーパーがキャッチするより前で後ろへ戻す。ここに走り込んでいた水野がシュート。これが決まり日本逆転。後半13分の出来事だった。そして自らボールを拾いセットする龍永。
「あと3点。あと3点・・・」
とつぶやいている。逆転したのに満足しない龍永。何故ならまだ自分がゴールを決めていない。ストライカーとはそういうものだ。ここで日本ベンチが動く。左の三浦に代わり中西、トップ下の水野に代えて五十嵐が投入される。五十嵐はそのままトップ下に入る。
再び再開。もはやチュニジアは八方塞がりだ。先ほど交代した2人のフォワードが全く触れない。武藤と影山が全部カットする。そして、その2人を追い越すように3バックが上がっていく。チュニジアはパニックに陥っていた。右サイドを突破した越後がシュート。キーパーが弾いたところを龍永が身体ごとゴールに突っ込んだ。3-1。ネットに絡まる龍永をみんなで救出。相変わらず
「あと3点・・・」
と呟く龍永。後半22分。今の日本なら取れる点数だ。
再開しても日本は止まらない。後半30分、今度は池田のロングフィードをボックス手前で龍永がヘッドで左へ流す。中西からの折り返しを、ディフェンダーの阪倉がオーバーラップしてヘディングシュート。4-1。阪倉は勇気あるオーバーラップでゴールを奪い、オウンゴールをチャラにした。ここで日本は最後の交代カード。武藤に変えて岡野、工藤に代えて杉山が投入される。キャプテンマークは立石が付ける。あくまで攻勢にこだわる采配だ。
そして後半39分。代わって入った岡野が敵陣中央でカット。フェイクを入れてそのままミドルシュートを撃つが、相手左ゴールポストに直撃。そのボールをこれまた代わって入った右サイドの鬼、杉山がシュート。これもブロックされる。だがボールは日本が囲んで奪う。ベンチで
「出浦!囲め!」
と武藤が檄を飛ばす。龍永、五十嵐、越後の3人で囲み、ゴール側の龍永が奪う。そして走り込んできた影山がシュート。これをクリアしようとしたチュニジアディフェンダーに、龍永が反転して襲いかかる。クリアボールを龍永が腰を落とし、身体ごとブロックして納め、飛びかかるキーパーの目の前で後方に右ヒールでしなやかにシザース。5-1。。後半も終わりを迎えていた。結局その後はゴールを奪えずタイムアップ。日本は2戦連勝でグループステージ突破を確実にした。龍永はハットトリックこそならなかったが、2試合連続ゴールを決めた。
ロッカールームに引き上げる。すると、武藤が一言。
「なかなかだったな。でもまだ格下相手だ。アメリカ戻ったらまたしごいてやる。今日の疲れを抜いてまた挑んでこい。世界一のストライカーにはまだまだ遠いぞ。」
そう言って龍永に水を差し出す。何でもお見通しのキャプテンに。龍永はこの大会ずっと食らいつこうと決めた。




