第12話 お前をアキレスに変えてやる
龍永初の海外挑戦が始まった。移籍先はオランダリーグ、フェレンフェン。00年代にオランダの名ストライカーを輩出したが、その後は低迷。昨季就任したファン・ペルツ監督の下、強化、育成に取り組んでいた。
龍永はU20アジアカップを終えたばかり、何の準備も出来なかった。辛うじて英語だけは話せたことが救いだった。持ち物は、石森コーチと横山監督からプレゼントされたスパイク、父が最後に持っていたボール「ジャブラニ」、そして、プロ契約前に姉から託された父の黒い代表ユニフォーム、他には着替え一式くらいだけ。それだけ慌ただしく日本から出た。クラブ側に挨拶に行った。先のU20でのプレーを評価してくれていたようだ。契約書にサイン。メディカルチェック、選手写真、サッカー以外でもやることがいっぱいで、その日の最後に背番号を選んだ。「21」が空いていたので、それを選んだ。丸一日が終わり、寮に案内され、泥のように眠った。
次の日、全体練習の参加が許可された。監督は、昨季から指揮を執る元オランダ代表フォワード、ファン・ペルツ。
(え?ファン・ペルツ?何か聞き覚えがあるな?)
龍永の頭が一瞬何かよぎったが今日から海外挑戦だ。頑張ろう。初日から猛烈にアピールした。オランダのサッカーはやりやすい。
(確かに身体はみんな強くてでかいけど、こっちも負けてねーぞ。)
とハイプレスをかける。シュートも意外と決まってしまう。何か不気味なほどに。こういうときこそ怪我に繋がるんだ。一日一日練習から全力でやろう。龍永ががむしゃらにボールを追い回す。オランダ特有のサイド攻撃や流動的な中盤が冴え渡る。楽しいなあ。龍永は初日から充実感に満ちていた。そんな龍永を、監督は練習中に険しい顔でチラチラ見てる。初日だから俺の動きを確認してるんだろうと、とくに気にも止めないまま練習は終了した。
たった2時間の練習で龍永は物足りない。出来ればピッチに残って練習したいと監督やコーチに頼んでいた。コーチが
「しょうがねーなー。ほんとお前ら日本人は練習好きだよなー。」
と、ピッチの開放を許してくれた。
龍永は一人残ってシュート練習をしていた。いろんな距離から、いろんな角度から、いろんな高さから。ディフェンダーの代わりに障害物を置きながら。合間にドリブルやインターバル走。ほんとに日が暮れるまでやっていた。その間監督は、それをぴくりともせずにじっと見ていた。怖い顔をしたままただただ無言で見ていた。そろそろ切り上げようと道具を片付け終わったその時、初めて監督に声をかけられた。
「これから時間あるか?」
龍永は
「構いませんよ。」
と答え、シャワーを浴び、着替えを済ませて監督が待つクラブハウスの一室に呼び出された。監督が俺のことをどういった理由で、どのような起用を考えているのか知りたかった。監督は、何もない夜空を遠くを見つめるようにじっと眺めていた。監督が口を開いた。
「俺のことは覚えているか?」
「はい、アーセノルやワンUで活躍されていた選手ですよね。観てましたよ。」
「そうじゃない。俺は・・・」
監督の口がどもった。
「俺は、お前の父親とワールドカップの試合中に交錯したあの時の選手だ。」
龍永は何も話さない。
「どうした?何もないのか?今、親父の敵が目の前にいるんだぞ?お前はこれからそいつにフットボールを教わるんだぞ?」
龍永がにっこり笑って口を開いた。
「これからよろしくお願いします。オランダのサッカーって流動的で楽しいですね。それより監督。俺をどんな役割で使うつもりなんですか?センター?サイド?攻撃ならどこでも自信ありますよ。」
間を置いて、鋭い眼光で龍永を睨み、監督は答えた。
「お前を超一流の無敵のストライカーに育てる。俺はこれからお前を無敵のアキレスに変えてやる!着いてこれるか?」
龍永の顔から満面の笑みがこぼれた。
「ほんとっすか?マジで?よっしゃー!バシバシ鍛えて下さい。よろしくお願いします!」
すると、監督が険しい顔つきで龍永の胸ぐらを掴み、こう言った。
「いいか?今度はお前がキラーになるかもしれないんだぞ?わかってんだろうな?」
龍永は軽く答えた。
「親父の事っすか?ないないないない。ありゃ事故っすよ。それに監督、フォワードってそういうもんじゃないっすかね?」
笑顔から顔つきをギラりと変えた龍永が
「飢えた獣になりきれなきゃゴールなんて奪えませんよ。」
そして監督を更に鋭い眼光で睨み返し、真剣な表情で言い放った。
「覚悟なんてとっくに出来てますよ。サッカー始めたガキの頃からずっとね。俺は!日本代表をワールドカップで優勝させるためにここに来たんだ!そのためだったら何だってしますよ。ワールドカップが火の中にあろーが、ライオンの檻の中にあろーが俺は獲りに行きますよ。俺にとってワールドカップはそんな存在です!」
龍永のその鋭い眼光に監督は懐かしさを覚えた。そして、こいつは本物のストライカーになれると確信した。
「よし、明日から本格的に練習だ!しっかり準備しておけ!」
「はい!」
こうして世代を超えた最強タッグが誕生した。
まず、監督が教えたのは「手の使い方」だ。
「いいか?相手が寄せてきたら、手を上手く使うんだ。手でボールを触るって意味じゃないぞ。両腕を駆使して、上手く相手をブロックするんだ。それと、背中と腰に気をつけろよ。踏み潰されたら歩けなくなるぞ。」
「もっと高く腕を上げろ!相手の喉に押し当てるくらいに!」
「背後に乗っかられたら、腕でブロックしながらドリブルしろ!相手の体重がお前の推進力を生む。最低100kgのバーベルを背中で背負っているイメージだ!」
「キーパーと競っている時は手は下で使え!ファール獲られるぞ!」
「手の向きが違う!掌を後ろに向けろ!」
「空中戦では脇を使え、相手の肩にバレないように乗っかれ!」
次は「シュート」
「もっと振り足を素早く!打ったとき振り抜きすぎるとふかすぞ!」
「もっとゴール前で動き回れ!一旦消えろ!自分だけのゾーンを作れ!」
「ダイレクトに持って行くなら軸足に気をつけろ!怪我するぞ!今度は両足とも浮かせて打ってみろ。」
「混戦になったら一旦ボックスから出ろ。もっと賢く、そしてもっとずる賢くだ!外からゴールに飛び込め!」
「遠いと思ったらスライディングしてでも食らいつけ!お前は足が速いんだから出来るだろ!」
「止まってるボールなんかただの餌だ!誰でも蹴れる。お前はストライカーなら生きて動いている獣のボールが獲物なんだ!」
「おい、そんなへなちょこシュート、お前の親父さんなら簡単に足ごと獲られるぞ!」
そして「ポストプレー」
「どんなに正確でも、ゴール前でトラップするな!餌食にされるぞ!周りをよく見てダイレクトで蹴れ!」
「もっと身体を張れ!さっき両腕を使えと教えたばかりだぞ!」
「そうだ!相手の裏をかいたいいパスだ。今度は真横に出してみろ!最前線の司令塔はお前だと思え!」
「首の振りが甘い!お前は真っ直ぐにしかヘディング出来ないのか!?」
「触るだけなら胸でだっていいんだぞ。もっと全身を駆使しろ!」
「お前はアウトサイドキックが上手いんだからもっと多用してみろ!味方すら欺く気持ちでやれ!」
更に監督が現役時代やってた「サイド攻撃」
「もっとタッチを細かく!多く!相手の全身を見て抜き去れ!」
「ドリブルで交わした後のことを考えろ!問題なのはドリブルで抜いた後だ!」
「左足ばかりに頼るな!全身を使って抜け!」
「脚が長いんだから、時には大きくスライドしてみろ!相手はびびるぞ!」
「ドリブルばかりじゃ相手に読まれるぞ!もっと周りの味方を探してワンツーを織り交ぜろ!」
「確かに毎度のように突っ込んでったら相手も嫌だろう?だがな、ただ仕掛けるだけじゃ猪と同じだ!大砲とGPSを兼ね備えた小回りの利く重戦車になれ!」
「サイドバックの追い越しの邪魔をするな!今度はお前が動くんだ!オフ・ザ・ボールをよく考えろ!」
毎日のように龍永に厳しい指導が飛んだ。だが、龍永は言われる度に笑っていた。嬉しかった。世界最高峰のフォワードが、俺のためにほぼマンツーマンで指導してくれている。そして練習でも一切手を抜くことなく激しく当たりに来てくれるキャプテン。中盤でゲームを組み立て、高速のパス回しに参加させてくれる自分の新しい仲間達を得て、龍永はサッカー人生最高の時間を過ごしていた。
そして年が明け、ウィンターブレークが終わり、オランダリーグが再開される。フェレンフェンのホーム、アーベ・レンストラン・スタディオン。相手はオランダ3強の一角、ファイアノールト。その中には日本のエースストライカー、内田の姿がある。龍永の目つきが日本にいたときと明らかに変わっていた。その人格はまさに、「飢えた獣」として今にもファイアノールトゴールに飛びかかろうとしていた。
「早く檻から出せ。獲物を喰わせろ!」
と言わんばかりに。
試合が始まった。その「飢えた獣」は序盤からハイプレスをかけ、ボールを追い回す。ファイアノールト陣営は
「何だこのクレイジーな小僧は?試合前にヤクでも喰ってきたか?」
と思わせるような迫力だった。両眼は充血し、血に飢えて走り回っている獣になりたての若造。だがな坊や、ここは人間の、紳士のいる場所だよ?とすかした態度の相手に容赦なく襲いかかる。左半身から身体を強引に入れ、相手からボールを奪う。相手はファールをアピールするが、龍永は既にドリブルを開始し止まらない。レフェリーの笛も鳴らない。そのまま続行されたと思ったら、龍永は既に相手ゴール前にたどり着き、シュートを決めていた。開始たった1分30秒。日本の若き狼が雄叫びを上げた。
「あと3点だ!」
欲張りな狼に変貌した龍永に、スタジアム全体が固唾を飲んだ。
ファイアノールトが試合を再開する。今度は獣と化した龍永に狩られたくないという恐怖に陥った相手はパスを回す。センターフォワードなのにお構いなしにボールを追い回す龍永。ここでフェレンフェンの中盤がボールを捕らえる。お前らのボールは死んでいる。俺らのエースに渡せば生きたボールがお前らのゴールを食い尽くすことになる。中盤のシューマンスがボールを回す。ブラッツウェルスから左サイドのケーレルトフへ、ここでサイドチェンジ、右サイド奥に走り込むのはサイドバックのアーレと龍永。ここで龍永は、トラップするとみせかけてスルーし、アーレにボールを託す。龍永は練習通り、「小回りの利く重戦車」となり、変則的な走りで相手ゴール前に走り込む。アーレからのニアへのグラウンダーのセンタリング。ニアでボールを受けようとする龍永がダイレクトで逆サイドにヒールパス。これを走り込んだカールスバーグが決めて2-0。
今日のフェレンフェンは止まらない。水を得た魚のように動き回る龍永。躍動するフェレンフェンイレブン。またもや強引にボールを奪い取る龍永にイエローカードが出される。それでも止まらない。今度は中盤の司令塔、オルセンがボールを奪う。うちの若大将に負けてられん。といったところか。すかさず左のケーレルトフへ繋ぐ。そのままドリブルを仕掛け、後方からセンタリング。そこには龍永が高くジャンプしていた。ディフェンダーが2人競り合うが、何と龍永がスーパーゴールを決める。左からのセンタリング、ニアは空いてない、背後から2人のディフェンダー、それよりも高く跳び、なんと身体を左側へ、ゴールと反対側に全身をねじり、首を上手く使って相手ファーサイドにヘディングシュート。「空中版クライフターン」といったところか?
前半20分で3-0。どんどん点差が開いていく。そして前半終了間際、フェレンフェンのフリーキック。直接狙わず、ボックス左サイドから、真横にショートパス。そのボールをキャプテン、ファン・ベルグがシュート体勢に入るが、そこに壁の背後から隠れるように現れた龍永が一旦ボールを受け、さらに後方からオーバーラップしてきたキルステンへ蹴りやすい優しいパス。これをキルステンがゴール左隅に決めて4-0で前半は終了する。
ファイアノールト陣営にとっての悪夢の45分間がひとまず終わった。だが後半は、日本から来た新たな狼にさらなる地獄を見せられることになる。
後半開始と同時に龍永はゴールに一直線に走って行った。ファイアノールト陣営は
「だから何なんだよ?こいつ。意味わかんねー。」
と言い放つ。龍永の走りに気を取られていたファイアノールトは、他の選手達があっという間にゴール前までパスを回していたことに気付いていなかった。
「あれ?あいつどこ行った?」
一人のディフェンダーがつぶやくと、キーパーから
「お前の足下、真後ろだ!」
とコーチングがかかる。気付いたらもういない。どフリーでボールを受けた龍永がゴール。オランダデビュー戦でハットトリックをお見舞いした。後半開始早々5-0。
更に10分後、ゴール前を固めるファイアノールト、センタリングを龍永がジャンプ。ゴールを背にして今度は右へバックヘッド。これはポストに当たったが、龍永は味方が詰めているのを見越して放っていた。このボールをケーレルトフが詰めて6-0。
そして後半38分、左からゴール前の龍永に頭の高さのセンタリング。ディフェンダーが3人競り合う。だが、ジャンプはフェイント、龍永が胸に大きく当ててのパス、逆サイドの代わって入ったトレンスコールがシュート。7-0。
そして試合終了のホイッスルが吹かれた。下位に低迷しているフェレンフェンが、強豪ファイアノールトに大差で完勝。味方キーパーのロベルト、そして相手の日本代表ストライカー、内田はこの試合、1回もボールに触れなかった。
試合終了後、内田が龍永に詰め寄ってきた。龍永は
「内田さん、お疲れ様でした。」
とただのガキに戻っていた。内田は龍永に一言だけ言って立ち去った。
「早く代表に来いよ。お前の力が絶対必要になる。」と。
今シーズンはクラブに専念させるというJFAの方針と、クラブからの許可が下りなかったため、U20ワールドカップは欠場となった。だが、龍永はその後も、アジャックス、PFVという残りの3強すら撃破し、オランダ中、いや、欧州中にその名を轟かせる事になった。
出浦 龍永 現在20歳。彼の戦いはまだ始まったばかり。これから時間をかけてじっくり無敵のアキレスになる男だ。
202×年、世界最速でワールドカップ出場を決めた日本代表。空いた期間は強豪国とのマッチアップが控えていた。ホームでのブラジル戦、あの時対戦した内田がブラジル相手に決勝ゴール。龍永は興奮し、椅子から落ちて尻餅を付いていた。だが、ここから日本代表に暗雲が立ちこめる。年明けから怪我人が続々と出始めていた。最後のテストマッチ、英国遠征の2連戦、遂に龍永が日本A代表に初選出される。
龍永が移籍したチームのモデルはエールディビジのヘーレンフェーンがモデルです。監督の時代背景は何年かズレが生じましたが、話の都合上、前監督を残しました




