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第11話 青年は荒野を目指す

本題に戻ります。第二章の続きです。

「くそ!何でこんな大事なときに!」


龍永は単位制の高校に通いながら、河崎U18のチームで研鑽を積んでいた。そして間もなく、龍永はU16日本代表に選出される。高さとパワー、一瞬で相手の裏を取る消えるような動き出し、前線での激しいプレッシング、ポストプレー等を買われたのだ。中学時代から散々練習してきた事がようやく花開いた。今が一番絶好調、その上同年代の才能豊かな選手と毎日ボールが蹴れる。強い相手と試合が出来る。龍永は浮き足立っていた。


 一次予選を楽々突破し、迎えた最終予選準決勝北朝鮮戦。龍永は1トップのフォワードとしてチームに君臨していた。北朝鮮ディフェンダーはファールでしか止められず、イエローカードが次々と出された。


 そして迎えた後半15分。龍永は削られた。右足前十字靱帯損傷、全治8~10ヶ月。チームは勝利し、本大会出場を決めたが、龍永は今季絶望。あれほど目指していた世界大会が龍永の手元からするりと落ちていった。


 日本に帰国し、手術を行う。その病院は、龍永の姉が勤務している病院で、アスリートを何人も治療している若い名医がいた。淀川という若い医師が龍永を執刀。凄腕で、彼の治療とリハビリにかかれば、最低3ヶ月早く復帰出来ると有名な医師だ。後に彼は、龍永の主治医となり、看護師となった姉・静香と結婚することになる。手術は無事終わり、後はじっくりリハビリをこなすだけだが、龍永はU17ワールドカップの事で頭がいっぱいである。クラブも代表も


「今回は諦めろ。まだU20や五輪、その先のワールドカップがあるじゃないか。」


と龍永を再三に渡り説得した。それでも龍永は収まらなかった。


「それだけじゃねーんだよ!また母ちゃん泣かしちゃったじゃねーか!」


そうか、そういうことか。姉の静香が龍永に大きな注射器を持って鎮静剤を打とうとする素振りを見せた。


「つーか、何やってんだよ姉ちゃん!や、止めろよお!」


龍永はおとなしくなった。すると河崎のスタッフやJFAの関係者から


「君、ある意味凄いな。この野獣を手懐けるなんてな。」


姉はさらっとと答えた。


「あたしもこの子も「ニホンオオカミ」の子ですから。こういうの慣れてるんで。」


姉は龍永にとって第二の母親だった。母が仕事でいないとき、面倒を見ていたのは3歳年上の姉だった。龍永は中学を出てからは河崎の寮で暮らしているが、この姉には頭が上がらない。ある意味親父より最強じゃねーかと龍永は思っていた。


 しばらくして母が見舞いに訪れた。深い溜め息をつき、うつむきながら龍永に寄り添っている。龍永は思わず


「ごめんなさい、お母さん。」


と言って謝った。母・京香は、戦場から傷だらけで戻ってきた息子を見て泣きそうになっていた。


「もう大丈夫だよ。姉ちゃんいるし、心配ねーよ。」


そう言って母を慰めた。本来慰められるのは龍永の筈なのに、子供の頃の癖が出てしまっていた。母を悲しませたくないという子供の頃の記憶が蘇った。母が帰ると龍永は思った。


「ちゃんとリハビリして絶対復帰してやる!次の目標はJリーグに出ることだ。」


しかし、残酷なことに、この大会は中止となってしまう。世界的感染ウィルスが蔓延し、大会どころではなくなっていた。


 この時代の日本代表は凄まじい活躍を見せていた。地元開催の五輪メンバーを中心に快進撃を続けた。予選こそ苦戦し、ようやく突破したという状態ではあったが、ドイツ、コスタリカ、スペインという史上稀に見ない「死の組」に組み込まれており、大会前から絶望視されていたが、なんと日本代表はジャイアントキリングを2回も魅せる。


 初戦のドイツ戦、前半33分、ボックス内で日本のキーパーが倒してしまい、PKで先制されてしまう。が、ここから日本の猛攻が始まった。後半20分、同じ河崎出身、あの早稲田監督が育て上げた天才ドリブラー、三浦がドリブルで仕掛け、ボックス内の水野へ縦パス。中央へ折り返したボールをキーパーが弾き、こぼれ球を現在売り出し中のアタッカー、越後が決めて同点。更に、後半28分、センターバックの阪倉からのロングフィードを、快足フォワード、ジャガー茶野が吸い付くようなトラップ。そのままゴール前まで切り込み逆転ゴールを決めた。そのまま日本の勝利。


 2戦目のコスタリカ戦では、凡ミスからの失点で痛い黒星を喫し、日本代表は崖っぷちに追い込まれる。


 3戦目のスペイン戦。この2試合でショートカウンターの起点となっていたボランチ武藤が怪我でベンチスタート。早速前半11分、スペインにヘディングシュートを決められてしまう。


 すると後半から日本の反撃開始。後半3分、快足ウィンガー、右サイドの稲妻、池田がボールを身体を当てて強引にカット。こぼれ球を越後が処理し、ボックス外からミドルシュートが決まり、同点とする。


 そして後半6分、奇跡が起こる。左サイドから三浦が仕掛ける。ペナルティエリア奥深くまで切り込みセンタリング、これをこれまた河崎出身の田嶋が決めて逆転、かに見えたが、VARの導入で審判が確認。ラインに1mm残っていたということでゴールが認められる。


 日本は攻勢を仕掛ける。コスタリカ戦でパスミスをした新キャプテン、鷲田が武藤がいない場所を勇気ある飛び出しでカバー。最終ラインから攻撃の起点となった。終盤には武藤も戦列復帰。終わってみれば2-1の逆転劇に日本は大いに湧いた、が、ここからが日本の肝である。決勝トーナメント1回戦でいずれも敗退しているからだ。


 今回の相手は前回準優勝のムドリッチ率いるクロアチア。日本は前半終了間際、運動量豊富な俊足フォワード、本田のゴールで先制し、後半を折り返す。


 後半10分、クロアチアに同点ゴールを決められ、ペースを握られる。武藤のドライブシュート等決定機になかなか決められず、試合は延長戦でも決着がつかずPK戦へ突入。


 ここで日本はクロアチアに流れ、間を持って行かれてしまった。直ぐさま開始され、1人目の水野、2人目の三浦が連続失敗。3人目の茶野が決めるが、最後はキャプテン鷲田までも決めきれず、日本はまたも敗退となった。


 龍永はこの試合をチームメイトと観ていた。そして思った。


「4年後、絶対にこのメンバーに入ってやる。その為なら何でもやってやる!」


リハビリも終わりを迎えていた。 


 長かったリハビリを終え、ようやく実戦に復帰。感覚に違和感はない。いつもの状態に戻った。高円宮杯で試合復帰し、見事に優勝。龍永ももうすぐ17歳になる。ここで、トップチームから


「話があるから、練習終わったらクラブハウスに来るように。」


と言われた。


「俺、何かしたかな?病院で暴れたからか?怒られるんだろうなあ。」


と腹をくくってクラブハウスの一室に入った。すると、


「来季から君はトップチームに合流してくれないか?契約を結びたい。」


え?何で?俺?怪我してほとんど試合に出てないよ?と。話によれば、


「近年河崎は、トップチームの選手が次々と海外へ移籍してしまう。仮に他所から選手を獲得しても長くは在籍しないだろう。特に君のポジション、フォワードはまさに火の車なんだ。外国人も検討しているがそれだけでは不十分だ。フォワードの層を厚くするために君と契約したい。どうだ?返事は来シーズンが始まるまででいい。君はまだ学生だからな。」


実際問題は「やった!」と喜ぶところだが、自分は高校生。「C契約」だろう。未成年だから親の承認が必要だ。どうやって母を説き伏せるか、真剣に考えていた。検査の為に姉のいる病院へ向かった。怪我は完治してるらしい。会計の順番を待っていると、勤務中の姉と遭遇した。


「どうしたの?あんた。浮かない顔して。」


姉に契約の事を相談した。すると姉は、


「今晩うちにおいで。久々に何か作ってやるよ。一緒に食べよう。」


と食事に誘ってくれた。姉の家で龍永は全部ぶちまけた。母のこと、契約の保証人の事、また怪我したらどうしようという不安、そして、一番龍永がこだわりたいこと、それは、「大神」という名前で登録したくない。これまでも母の姓「出浦」で選手登録していた。「大神」の名前で登録すると、絶対に母は試合を観に来てくれない。必ず父のことを周りから蒸し返されるだろう。それだけで母は悲しむ。何より、「出浦」を使うことで、母は少しでも楽になれるんじゃないかと。そして死んだ祖父との約束も果たせるんだろうと。姉は


「何だ、そういうことか。」


と自分の部屋にある大量の物を取り出した。一つはアルバム。まだ自分が産まれていないときに、父が金メダルを取った写真だった。幼い姉は父に抱きかかえられ、頬にキスをしていた。それと、


「これ、覚えてる?」


イタリアで父の復帰戦を観戦したときに巻いていた紫色のマフラー、そして最後に取り出したのは、背番号「21」の黒いユニフォーム。父、敬助が最後に着ていたユニフォームだ。母は棺桶に入れようとしていたユニフォームを、実は姉が盗んで隠していた。


「これ、今からあんたが持ってなさい。」


と龍永に手渡した。そして、


「契約の事なら一緒に話してあげるよ。あんたの人生でしょ?これ以上お母さんをダシに使うな。あんた男でしょ!あんたがやりたいことを精一杯やりなよ。いつまでも遠慮してたらそれこそお母さん悲しむよ。自分のせいでって事になっちゃうと思うわよ。」


そして、


「覚悟決めろ!龍永!お母さんの事はあたしがなんとかする。あんたはお父さんを越える選手になりなさい!」


やっぱりうちの姉ちゃんは最強だ。親父みてーじゃねーか。


 次の姉の非番の日、2人で母と会う約束をして、2年ぶりに実家に帰った。母は淡々と話を聞いて、契約書にサインした。そして、これから「出浦 龍永」として戦うことも話した。気に入らなかったのか、もういいやと思っていたのか、


「いいよ。」


とだけ返答した。どこか自分の事を諦めてるようにも見えた。


 迎えた開幕戦。しかし、龍永の姿はピッチのどこにもいない。その日の龍永はスタンド観戦だった。それも立派なプロの仕事だ。龍永はトップチームに合流して日が浅い。外から選手を観て動きを観察し、尚且つ、相手チームも分析しろ。との事だった。確かに怪我が明けて直ぐにトップチームと合流し、龍永は付いていくのがやっとだった。龍永は文句も言わず、甘んじて受け入れた。そして感じた。


「うちのサッカーってなんて美しいんだろう・・・・」


 そして出番は唐突に訪れる。カップ戦でのベンチ起用が発表された。1戦目射水エスパーズ戦、後半残り10分のところで龍永が呼ばれた。もうすぐ高校2年最後、17歳でのJ1デビュー。結果は敗戦。その後も龍永はカップ戦要員として試合に出続けたが、1点も上げられない。河崎は全く勝てず、龍永は悶々としていた。


「このままじゃいけない!」


龍永の怒りが頂点に達した頃、U18日本代表選出、合宿参加の報が入る。


 2年後に控えたU20ワールドカップに向けた強化合宿。一足先に海外移籍を果たしたフォワード達に代わり、国内組の龍永が繰り上げで選出された形となった。松ヶ枝監督は現役時代、自国開催のU17ワールドカップのエースで、龍永と同じ長身フォワードだったが、龍永よりでかい。龍永は、自分よりでかい監督と出会うのは初めてだった。合宿で龍永は猛アピールし、予選のメンバーに選ばれた。


 龍永を擁したアジア予選。日本はタイ、シリア、韓国と対戦。龍永は早速結果を残す。


 前半14分、前線での激しいプレッシングから自ら奪い、真横を走っていた川渕へパス。そのまま川渕がゴールを決める。


 そして前半33分、コーナーキックから龍永が自ら合わせて代表初ゴールを決める。


 更に後半24分、龍永が相手との競り合いに勝ちボールをキープ。右サイドを駆け上がってきた10番阿部に落とし、ダイレクトシュートを叩き出した。代表デビュー戦を3-0と飾った。


 続く2戦目はシリア。前半の内に失点すると、龍永は相手ディフェンダーから強引にボールを奪う。シュートを撃ったが、ゴールポストに直撃。大きく跳ね返ったボールを河崎での先輩、尾崎が決めて同点とする。しかし、直後に再び失点。後半に入ってもなかなか点が入らない状態が続いた


 後半30分、キャプテン、ディフェンダー下川からのロングフィード。龍永の左脇にそれるが、龍永が足を伸ばし強引にトラップ。中学時代、早稲田監督の教えが今効いた。そのまま1人で持ち込んでシュート。これで同点とする。試合はそのまま終了。次戦は因縁の相手、韓国である。


 そして韓国戦は、激しいバトルが繰り広げられた。フィジカル勝負。どちらも当たり負けしない。


 すると前半28分、後方からのビルドアップ。北爪から左の小林へ、小林からボランチの仲村へ、因みに仲村の父は、かつて龍永の父、敬助とジェッツ時代に共闘した仲村の息子である。その仲村から右サイドへサイドチェンジ、10番阿部が疾走し、センタリング。これを龍永が頭で合わせ先制点を奪う。


 しかしそこからはなかなかスコアが動かない。業を煮やした龍永も守備に回ったが、韓国の固いディフェンスに阻まれる。後半ロスタイムに同点弾を決められ、日本は辛くもグループステージをなんとか突破する。


 準々決勝。相手はアジア最大のライバルイラン。勝てばU20ワールドカップの出場権を獲得する。前半立ち上がりに先制点を献上してしまう。


 だが日本も前半30分、左サイドを突破した益山がセンタリング。マーカー2人に囲まれた龍永は何とか上がってきたボランチの米倉にボールを落とし、シュート。これが決まり同点となる。


 その後は延長でも決着がつかずPK戦へ突入。1、2本目のイランのシュートを、カナダの血を継いだキーパー堀川が連続セーブ。日本は1本目の仲村、2本目の下川がきっちり決めるが、ここからイランは3本とも決めてきた。日本の3人目はスペイン帰りの鈴木仁弧が外してしまう。4人目は阿部が冷静に決め、最後に出てきた龍永。緊張している場合ではない。俺はもっと先を見てるんだと言わんばかりの豪快なシュート。キーパーがセーブするが、その手を弾き飛ばしゴール。エース、龍永のゴールでU20ワールドカップ出場権獲得。次戦のオーストラリア戦は無得点で敗退し、大会は終わった。


 龍永達は帰国の途に着く。成田空港に着くと、河崎のスタッフから迎えの車が待っていた。直接クラブハウスに来るよう言われ、車に乗る。


河崎に到着し、休む間もなく話を受けた。


「オランダリーグから君に獲得の打診が来た。行くか?」


気づけばもう高校も卒業式を待つばかり。今回は即答。


「行きます!」


とはっきり伝えた。世界を経験し、力強い青年となった龍永は、欧州リーグという果てしない荒野へと旅立っていった。


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