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番外編 元祖ニホンオオカミ 大神ゾーンの誕生

話が戻りますが、ニホンオオカミの前日談です

 ニホンオオカミこと大神敬助。高校時代は無名だった。私立難滉学園に進学。敬助2年次に冬の高校サッカー選手権予選でレギュラーを奪取。先輩にはこの大会後、横塚マリンズへの入団が内定しているMF栗山を擁する。準決勝は後の「ミスターベガタル」と呼ばれるボランチ、芳賀を擁する東北学園に1-0で勝利。決勝は後にチームメイトとなる仲村擁する仙北育英と対戦。2-0で勝利し、久しぶりの全国大会に出場を果たす。


 冬の高校サッカー。1回戦で岡山作南を1-0で何とか勝利するも、2回戦、対鹿児島産業と対戦。鹿取アングラーズへ入団が内定しているFW安里、アビスポ福岡内定の左サイドの細川、そして、後にA代表で敬助のチームメイトとなる1年生ボランチ近藤がいる。序盤から圧倒的に鹿児島産業の攻撃を、敬助が再三に渡ってビッグセーブを連発。難滉のエース栗山にボールが繋がらない。


 迎えた後半39分、敬助が安里をペナルティエリアで倒してしまいPKの判定。キッカーは1年生の近藤。敬助は止めたものの、こぼれ球を細川に押し込まれ難滉は2回戦で敗退する。敬助は泣き崩れ自分を責めるが、キャプテンでもある栗山に起こされて会場を後にする。ロッカールームで先輩達に涙ながらに謝罪する敬助。


着替えを済ませ、通路を歩いていると、1人の男性が敬助に声をかけた。駒場大学監督の松本である。松本が


「卒業したらうちでやらないか?」


と誘うが、敗退のショックが隠せない敬助は無言で立ち去る。全く視界に入っていなかったようだ。


 3年になり、敬助は冬以来、全国大会の出場を果たせないまま終わろうとしていた。難滉の監督、岡田にも


「卒業後はどうするんだ?」


と聞かれていた。敬助は父子家庭で、下に双子の弟妹がいるため就職しようと考えていたが、


「駒場大学がお前に練習に来いと言ってるぞ。」


と監督から聞かされる。去年の高校サッカーで敗退後に声をかけた松本が敬助のプレーをいたく気に入っており、熱心に誘っているようだ。就職活動していた敬助だったが、就職氷河期でろくな仕事も見つからず、ダメもとで駒場大学の練習へ向かう。松本監督が


「やっと来たな!ずっと待ってたんだぞ!」


と歓迎している様子。訳のわからないまま練習に入り、とにかくシュートを止めまくった。練習後に松本監督が


「合格だ。春からウチに来なさい。」


と言うが、敬助は


「うち、金がないんで。」


と断る。すると松本監督が


「推薦で学費免除ってのはどうだ?」


と話をされ、父に電話する。父はもうすぐ定年だったが、


「お前の人生なんだからやってみろ。」


と背中を押され、卒業後は駒場大学へ進学することになる。


 駒場大学では1年生からレギュラーを勝ち取った。どうやら卒業前の練習でシュートを撃った選手数名は既にJリーグに内定が決まっていた選手だったらしい。もうプロになる選手のシュートをことごとく防いだことが評価に繋がった。無名の敬助は、大学の激しい練習の後も残って練習していた。同級生のMF岩井と櫻川も一緒だった。広いピッチの中で3人で練習。京浜ベルデユース出身の岩井のドリブルに挑むことで、敬助はあることを思いつく。


「この広いゾーンを逆に利用すればいいんじゃねーか?」


岩井のドリブルやシュートを止めた後、遠くにいる櫻川に素早くロングスローを投げる。そんな練習を毎日していた。


 敬助3年時、対筑紫大戦。敬助のプレーが関係者の話題を呼ぶ。


キーパーに敬助(3年)、ディフェンダーに右から浦田(4年/鹿取内定)、小屋(2年/後にジェッツ入団)、木澤(2年/後に河崎入団)、三宅(2年/後に浦戸入団)

ボランチにキャプテン小川(4年/京浜V内定、後にジェッツ監督)岩井(3年/後にAS京浜内定)右に崔(2年/後にジェッツ入団)、左に櫻川(3年/フットサルに転向)、2トップに村井(1年/後に鹿取入団)、城(1年/後にジェッツ入団)という布陣で臨んだ。試合前に敬助はキャプテン小川や全員に提案した。


「サイドからセンタリングが上がった際、センターバックは敢えてボックス内を開けててほしい、中は全部自分でやるから、外から飛び込んでくる選手をケアしてほしい。」


「練習でやってるロングスローからのカウンターを試したい。」


と言ってきた。普段から練習を見ていた小川は、


「あれか。わかった。やってみろ。」


と話し、松本監督も了承していた。一緒に練習していた岩井と櫻川がいるからだ。こうして試合が始まった。


 相手は強豪筑紫大。序盤から猛攻を仕掛けてくる。相手には後にチームメイトとなるMF原がいた。前半25分、筑紫大のコーナーキック。蹴るのは原。敬助は小屋と木澤をボックス前方に出し、後はカウンターに備えて構えるよう指示した。原が蹴った外側に曲がるボールを敬助がキャッチ。すかさず前方の櫻川へロングスロー。相手ディフェンダーが戻るが、岩井を経由して右サイドバックの浦田へサイドチェンジ。浦田がそのまま中へ切り込みセンタリング。長身フォワード1年の城が落とし村井がシュート。先制点を決めた。


 その後後半8分。今度は左サイド、三宅が突破を許し、センタリングを上げられる。サイドにいたセンターバックの小屋、中央で構える木澤に


「止まれ!」


と大声で怒鳴る。その迫力で動きを止めた2人はその場で止まり、敬助に任せる。敬助が相手フォワード3人と競り合いでなぎ倒しキャッチ。すかさずロングスローを敢行。今度は右の崔に渡り、オーバーラップしたキャプテン小川がミドルシュート。ゴールが決まった瞬間、敬助は


「これだ!」


と叫ぶ。「大神ゾーン」誕生である。


 後半28分、今度は中央でのドリブル突破を敬助が1対1でストップ。またもやすかさず最前線に張っていた城へ大きくロングスロー。ペナルティエリア内まで届いたそのボールを城がトラップし、シュートするも、相手キーパーが弾く。しかし、途中出場したフォワード久保庭が詰めて3-0とする。


 そのまま試合は終了。3点とも機転は敬助のロングスロー。3点目は相手ゴール前まで届いた敬助の強肩に、筑紫大目当てのスカウトマン達から動揺が起こる。駒場大はこの後もこの必勝パターンで次々と勝ち星を重ねていった。


 この年の10月に敬助はユニバーシアード日本代表に選ばれる。だが、ベンチ要因で出番が来たのが決勝トーナメント、チリ戦であった。スコアレスドローのまま延長後半間際、味方キーパーが相手と接触し、肋骨を折ってしまう。ここで敬助の出番となるが、間もなく終了。敬助の本当のデビューはPK戦であった。敬助はチリのPKを全て止め、チームを何とか勝たせた。次戦のポーランド戦が実戦デビューとなるが、代表では「大神ゾーン」が浸透出来ず、1-0の敗北。敬助の代表デビューはこうして幕を下ろした。敬助はこの時の決定力の無さに危機感を覚えており、


「自分もどうにか攻撃に加われないか?」


と模索し始めた時期であった。


 翌年小川や浦田が卒業して抜けたが、1年生に左サイドバックの川元、後に五輪で共闘するセンターバック廣山が加わった。これにより、3バックにシステムが代わり、敬助のやりやすいディフェンスラインに代わった。3バックには常々


「ボックス内のボールは全部任せろ。それより周りをケアしてくれ。」


と話しており、ゴール前は完全に敬助のエリアになった。この「大神ゾーン」に入る者を次々と蹴散らしていったのである。


 この年、駒場大学は大学選手権で優勝。敬助はベストイレブンに選ばれる。そんな中、Jリーグの複数チームからオファーがあった。その中の1つがジェッツ市葉であった。当時ジェッツ市葉は残留争いの常連だった。その中で1人奮起していた選手が気になっていた。日本代表が初めてワールドカップに出場した時にアルゼンチンと死闘を繰り広げていたディフェンダー、中山である。更にビッグニュースが迷い込む。そのジェッツに韓国代表のエースストライカー、申が加入するという。敬助は


「この2人とやりたい。」


と思い、卒業後ジェッツ市葉に新卒加入するのであった。


新たなニホンオオカミが現れる前にどうしても書いておきたかったエピソードです。

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