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第10話 無銘の刀を打ち続けた者達

 俺は中学校に入学した。最近身体の節々が毎日痛い。サッカーの練習は激しく、厳しいが、それとはまた違う痛みだ。俺は中学入学と同時に、J1河崎のU15チームで毎日練習しては、トップチームの練習を横目で見ながら、ピッチ外で仲間とボールを蹴っている毎日が続いた。チームの1つ年上には、後に世界で一緒に戦うセンターバックの田中君と、ボランチの尾崎君がいた。課題のインサイドキックは、スペインの強豪FCバルセロスでの選手のプレーを見ながら毎日練習していた。トラップもコツを覚え始めていた。ポジションは相変わらずフォワード。ガンガン点を取りまくっていたが、天狗になる癖がある。U15の横山監督にはいつも叱られている。何故かって?


「お前は1人でサッカーをしている。サッカーは11人でやるもんだろ。フォワードだからってゴールだけ見るな!周りをよく見ろ!お前の周りにフリーになってる選手がどれだけいるか確認したことが1度だってあるか!?みんなお前のために、チームの勝利のために、ボールを持っていない時でさえ散々動き回っているんだ!もっと仲間を信用しろ!仲間を活かせ!」


この横山監督の叱責は、後の龍永の成長に大きく影響を及ぼすことになる。


 相変わらず毎日身体の節々が痛い。それは、中学を卒業するまで続いた。痛みに耐えながらも練習は続けた。俺は今、あるプレーにはまっている。それは、


「オフ・ザ・ボール」


ボールを持っていないときに自分がどう動くか、味方が動いたところから出来たスペースをいかに活用するか、中盤の選手はボールを持っていないときにどのような動きをしているのか、その選手と連携するにはどうしたらいいか、毎日考えながら練習していた。それによってプレーの速度が遅くなってしまった。監督から、


「ボケッとしてんじゃねー!」


と怒られる始末だ。それと同時に、筋トレも中学入学時から必死にやっていた。身体が痛いのはそのせいなのかな?


 中学3年生に進級した、春の身体測定で、クラスのみんなが龍永を見て一斉に驚く。


「身長190cm?!お前そんなにでかくなったのかよ?!」


自分でもびっくりした。バスケ部の友達と並んでも遜色ない。


(そういえば、シューズがきつくなったなあ。でも、お母さんに言いづらいなあ。)


龍永は、河崎のホペイロに頼んで、中古の誰かが使った余ってるシューズがないか探してもらっていた。もちろん自分の小遣いで買うつもりだ。だが、残念ながらない。龍永の足のサイズは28.5cmいや、29cmあるかもしれない。そんなでかいシューズはないと断られていた。確かにスポーツ用品店に行ってもない。自分で注文するしかないのだ。


「いいや、このままやろう。」


と探すのを諦めた、が、これに気付いていた人物がいた。小学校時代の恩師、石森コーチ。彼は、龍永がスポーツ用品店でシューズを探していた所を偶然発見していたのだ。石森コーチが練習後、龍永を訪ねた。横山監督とも親しかったらしく、一緒に練習を見学していた。そして、石森コーチが俺に訪ねた。まず、


「随分見ないうちにでかくなったなあ。」


と、そして、


「お前、サッカーシューズが欲しいんだろ?今履いてんのってお前がサッカー始めたときに買ったシューズだもんな。こんだけでかくなりゃそりゃ小さいよ。そのまま履いてると絶対怪我するぞ。」


龍永はどもってしまった。


「でも金が・・・」


すると石森コーチが


「俺が買ってやるよ。お前のでかさじゃ注文しなきゃ手に入らないだろ?」


そして横山監督も


「だったら俺もカンパしてやるよ。ただしみんなには言うなよ?特別扱いしてることになるからな。」


 練習後、3人でスポーツ用品店に行った。出来るだけ長く使えるよう店主と話しながら慎重に選んだ。2人は俺のプレースタイルとも合わせながらあれこれ選んでくれた。そして遂に決めた。数名のプロ選手が愛用しているシューズ。値段はオーダーメイドでしか手に入らない特注品で、注文費、送料込みで何と5万8千円。とても中学3年の俺が払える額ではなかったが、2人にプレゼントという形でもらい受けた。そして


「いつか返します。」


と言ったが、2人共、


「いらねーよ。その代わりお前はプロに上がって世界一のストライカーになれ!その時俺達がお前を自慢させてもらうよ。あのシューズを買い与えたのは俺達だってな。」


2人は笑いながらそう言ってくれた。この御恩は決して忘れないと少ししんみりしてしまった。その後、3人でご飯を食べた。サッカーの話をしながら。2人に聞かれた。


「どういう選手になりたいんだ?」


俺の今はまっている選手を全て答えた。サッカーの王様ぺぺ、イタリアのファンタジスタ、デル・ピルロ、オランダのストライカー、ファン・バストン、フランスのスピードスター、ヘンリー、ドイツの点取り屋クローズ、そしてバロンドールを獲ったクリスチャン・ロドリゴ。どれも名選手ばかり。すると石森コーチが、


「お前ならそれよりもっと凄い選手になれると思う。お前がサッカー始めたときからずーっと感じていたんだ。ストライカーのオーラがな。だから龍永、絶対諦めるなよ。これから横山監督の言うことをきちんと聞いて、絶対日本代表に上り詰めるんだ。」


横山監督からも


「実はお前、もうすぐU18のチームに上げようと思っている。年齢なんて関係ねー。次回のU17ワールドカップにお前を推薦しようと思っている。もし選ばれたら世界相手に暴れてこい。このシューズはそのための必殺武器だ。大事に使えよ。」


いつもおっかない横山監督が明るく笑っていた。俺の決意は固まった。


「俺は来年高校に進学する。通信制か単位制。そして高校生の内にプロの舞台に立ってやる。」


この2人の気持ちは一生忘れないだろう。


 中学3年も夏休み前に入っていた。龍永は練習が終わったり、空いてる時間さえあれば、トップチームの練習を見学しながら、横の駐車場で仲間とボールを蹴って遊んでいた。


(やっぱりトップの人達は凄いや。)


感心しながら駐車場で、チームのみんなと「鳥かご」というボール回しをしていた。すると、突然練習場から1人の怖い人が龍永を睨みつけ、近づいてきた。河崎のトップチーム監督、早稲田監督。彼がチームの練習そっちのけで俺に近づき、怒鳴りだした。


「お前トラップ舐めてんのか?パス出しのタイミングも遅い!それに全然プレッシャーかかってないじゃないか!そんなんじゃトップに上がっても通用しないぞ!」


早稲田監督は、たまにアンダー世代の練習を観に来ていたらしく、龍永のことも名前は知らないが、顔は覚えられていた。


 早稲田監督は現役時代、日本代表が初めてのワールドユース、現在のU20ワールドカップのメンバーだった。日本代表にも入りワールドカップを目指し、単身ドイツへ渡り、現地でプロ契約した先駆者だ。晩年はサンフレージェ広沢に所属し、Jリーグにも出場している。まだ俺が生まれる前の話だが、間違いなく日本サッカー界のレジェンドだ。そんなレジェンドに中学生の名もない龍永に怒ってくれた。


 トップチームの練習後、恐る恐る早稲田監督に聞いてみた。具体的にどういうことかどうしても知りたかった。早稲田監督は、龍永をベンチに座らせ、居残り練習をしている新加入選手を見ながらゆっくり解説してくれた。


「ほら、あの選手を見てみなよ。自分が次に蹴りやすい所にトラップしてるだろう?あっちの選手も、ゴール前からのロングフィードを前を向きながらピタッと止めているだろう?あの選手なんか特に上手いよ。トラップしたときたった1cmしか足下から離れてないんだ。それにトラップが正確に出来ていれば、フィールド全体を見渡せる。ボール持っているときと持っていないときとでは、視野が違って見えないか?持ってるときは狭く感じるだろう?でも、正確なトラップをすればそれも無くなるんだ。いいか?サッカーは派手なシュートや綺麗なパスを通すだけが全てじゃない。ああいう基本がしっかり出来る選手が世界で通用するんだ。今、君が取り組んでいるオフ・ザ・ボールの動きも忘れるなよ。」


早稲田監督は僕のプレーまで覚えていてくれていた。そしてその日から、まるでオーバーワークのような練習を自ら課した。もう1度、トップの練習を観る。試合も観る。そしてそれをチームで実行する。夜遅くまで。今、俺のチームで一番トラップが上手い選手は尾崎君だ。俺は尾崎君に聞きながらとことん真似をした。オフ・ザ・ボールの動きといえば、ポジションは違うが田中君が上手い。彼は読みが鋭く、時には接触プレーなしでボールを奪っていく。そういう日々を送りながら、中学生活に幕を下ろした。卒業式ではみんなが泣いている中で悲しさはなかった。次にやることがはっきりと決まっていたから。


「絶対プロになって、U17ワールドカップに出るんだ!」


卒業式にお母さんは呼ばなかった。少しでも休ませてあげたかった。が来てくれた。


「龍永、卒業おめでとう。今晩はご馳走作るからね。」


そう言って仕事に戻っていった。


 練習が終わった。龍永は去年の秋頃からU18に昇格していた。家に帰ると、お母さんとお姉ちゃんが待っていた。お姉ちゃんも高校を卒業し、看護学校に進むことが決まっていた。お母さんが


「2人の門出を祝いたい。」


と仕事を早抜けしていた。久々に見るお母さんの手作りケーキ、俺の大好物のハンバーグやオムライス、大きな海老フライやローストチキン、山盛りのサラダ。思わず「クリスマスかよ!」と突っ込みたくなるが、お母さんの顔から久しぶりに笑顔が見れた。どの家庭にもある他愛のない時間だが、この家族にとっては特別な時間。揚げ物は食べないようにとクラブからは言われているが、今日だけは残さず全部食べよう。明日の練習で落とせばいいんだから。


 その夜、龍永は寝る前、死んだお父さんの事を考えていた。龍永はあることを思いだしていた。それは、死んだお父さんから言われたこと。


「絶対にお母さんを傷つけたり泣かせたりすんじゃねーぞ。もしやったらはったおすからな。」


(こんな小さな身体で俺を産んだのか・・・そりゃ親父もそう言うよな。)


お母さんもお姉ちゃんも俺が後ろに立つと一回り身体が小さかった。爺ちゃんが死ぬ前に残した約束はこういうことなんだな。この2人を絶対に守ってみせる!龍永は心に誓った。そして、


「その言葉を真っ先に破ったのは親父じゃねーか!10年前、ワールドカップの舞台でお母さんやお姉ちゃん、それに世界中みんな泣かせやがって!お母さんは今でも苦しんでるんだぞ!俺はあんたみてーな選手にはぜってーならねーからな!」


龍永は怒りと共に今更涙を流した。


 龍永の父は10年前、サッカーワールドカップで命を落とした日本の守護神「ニホンオオカミ」こと大神 敬助である。だが、そのことは一部の限られた人物しか知らない。父が死んだあの日、アフリカの病院で父の死を顧みず、無言でひたすら壁に向かってボールを蹴っていた少年が、プロ入りまであと一歩のところまで成長していた。龍永がサッカーを始めたのが遅かったのはそのためだ。母は泣き崩れ、姉は号泣した。だからサッカーやりたいなんて言えなかった。あの場面を鮮明に覚えていたから。だが龍永はサッカーを始めた。もちろん大好きだったから。そんなサッカー大好き少年を周りは見逃さなかった。

 

「男を磨く」「女を磨く」とはよくいった表現だが、男は心に刃物を、女は心に鏡を持っている。龍永の場合は刃物である。サッカーが大好きな龍永というまだ無銘の刀をみんなが打ち続けた。亡くなった祖父が、サッカーに誘ってくれたたけしやみきおが、石森コーチ率いる少年団の仲間達が、河崎のアンダー世代を束ねる横山監督が、今、共に戦っている田中や尾崎、トップチームの早稲田監督、そして、龍永の母や姉が、彼に愛や友情、努力、勝利、絆、そしてサッカーという熱い火を持つつ鎚で、龍永を鋭い日本刀へと変貌させていく。そして龍永はこれから更に多くの人物に鎚を打たれ、強固な刀になっていくことになる。


 一方この時代の日本代表は、極東の地でワールドカップを戦っていた。父が死んだあの日、エースだった本街、現在もキャプテンを続けている羽生、イングランドの弱小チームを優勝へ導いたストライカー奥山、イタリアで長年プレーを続けているサイドバックの秋葉、敬助の後継者川上、他にもドルトミュンスターのカルテット細川、ドイツに渡った半端ない新エース水本、日本待望の最終ラインの壁、鷲田、左右両サイドバックをこなす長身の坂本、キラーパスの申し子新明、ファイター栗原、ムードメーカー、センターバックの京谷、先の五輪代表キャプテン武藤とタレント揃いだが、世代交代が上手くいかず、本街以下ほとんどがベテランの域に達していた。


 こうして挑んだ前回の雪辱戦。代表は大荒れだった。大会前に監督が解任。後任に強化部長を務めており、龍永が産まれる10年前に五輪でブラジルを破った智将、楽山新監督の下、チームは1つにまとまっていた。結果は前回惨敗したコロンビアに勝利、セネガルに引き分け、そして3戦目のポーランド戦、残り15分に1点決められた。だが日本代表は、それ以上攻めない。同時に開催された別の試合で勝ち点が並ぶ。フェアプレーポイントを使い、この一戦の勝利を捨てた。力のないパスワーク、取りに行きもしない相手チーム。退屈な10数分間を終え試合終了。日本はグループステージを勝ち抜けた。


 すっきりしない形で迎えた決勝トーナメント1回戦。相手は近年急速にFIFAランクを上げていたベルギー。日本は果敢に戦った。前の試合の消極的なパス回しが嘘かのように。後半に入り日本が得点。代表戦に強い右サイドの蓑口が、相手ゴール右隅に豪快なシュート。そして更に、左サイドのドリブラー、井出が痛快なシュート。日本の強さを見せつけたかに見えたが、その後、センタリング気味のボールがそのまま日本ゴールに吸い込まれる。


 更に敬助の意志を継ぐ炎の守護神川上がパンチングを敵に渡し2失点。勝負は振り出しに戻された。そして延長後半ロスタイム。日本のコーナーキック。このプレーが終われば延長になるだろうと誰もが思っていたその時、相手キーパーがハイボールをキャッチし、すぐさまボールを投げる。コーナーキックで上がってしまった日本イレブン、投げられたボールをスピードに乗ったパスワークで翻弄するベルギーの攻撃陣。この14秒のカウンターで日本は逆転され、敗退してしまう。まるで、五輪で敬助がプレーしていた事とほとんど変わらないプレーを相手チームにされ、日本は撃沈した。「あと3点」がここでも届かなかった。この試合を観ていた龍永は、改めてサッカーの恐ろしさを知った。大会後、敬助の代からキャプテンを務めていた羽生が代表を引退する。また1つの時代が幕を下ろした。


この話の終盤から、ワールドカップ日本代表の動向を並行してお送りしています。


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