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発話代行サービス・イストリア  作者: 眠理葉ねむり
探す亡霊と模造骸骨
23/51

7:似た者同士

(どうしよう……)


 リトマ牧師の語りかけによって眠っていた頃ならともかく、こうして明確な自我を持ってしまった以上、声の再現だけで局面を打開することは難しいだろう。

 エルトゥスがどのように話しかけようとも、ましてやリトマ牧師の声を完全に再現しようとも、リトマ牧師なくして彼女の魂が神の御許へ辿り着くことはない。ラーダ本人がそれを望んでいないのだから。

 もっとも、ラーダ・ミランという人間が既に亡くなっていることを告げれば、自ら神の御許へ向かうかもしれないが……。彼女本人も自覚していない不思議な力を有していることを踏まえると、これといった確証もなく真実を伝えることは憚られた。


(こういうとき、ノアがいてくれたら……)


 ノア・アングレカは十四歳ながら頭の回転が速く、少々の変局でも動じない人物だ。その上、私情を排して物事に向き合える強さも兼ね備えている。

 だから、重要な判断を下すのはいつだってノアだった。エルトゥスの意見こそ聞いても、情に流されやすく愚直なまでに心優しいエルトゥスに判断を委ねることは一度もなかった。

 だが、ここにノアはいない。

 「決めるのはボクだから」と断言してくれる唯一無二のパートナーはいない。

 エルトゥス・アサラが判断して、すべての責任を負わなければいけない。


「――ねえ、がいこつさん!」


 重圧に耐え切れず俯きかけたエルトゥスの耳に、明るい声が届く。

 すぐ隣から発せられた声にゆっくり顔を向けると、顔を綻ばせたラーダが「今度はあなたの話を聞かせて!」と言葉を続けた。


「……僕の、話?」

「うん! リトマさま、人間とともだちになれるがいこつを見たことがないって言ってたの。だからね……」


 ――もしリトマさまに会えたら、わたしががいこつさんのことを教えてあげるんだ!


「……そっか」


 いつかリトマ牧師に会えると信じて疑わない、無邪気でまっすぐな言葉。

 その言葉を聞いたエルトゥスは泣き笑いを浮かべた。


 もしかしたら、自分の判断でノアやドラゴの生死が決まってしまうかもしれないのだ。本音を言えば、今すぐこの場を逃げ出したいくらい怖くて堪らなかった。

 だが、ラーダは――エルトゥスが声を届けるべき相手は、自分の身に何が起きているか分からない状況であっても、リトマ牧師に会うことを諦めていないのだ。

 だとすれば、エルトゥスも諦めてはいけない。逃げ出してはいけない。

 エルトゥス・アサラは、声と想いを届ける発話代行人なのだから。


「分かった。僕でよければ何でも訊いて」

「ありがとう! ――じゃあ、がいこつさんは、どうやって動いてるの?」


 礼を言ったラーダは「がいこつさん骨なのに」と首を傾げた。煌めく琥珀色の瞳は好奇に満ちている。


「えーと……実は僕、骨じゃないんだ」

「えっ?」


 と、ラーダは目を丸くした。


「がいこつさんなのに骨じゃないの?」

「うん。ややこしいよね」


 エルトゥスは声に苦笑いを滲ませて答える。自己紹介のときに軽く伝えたのだが、模造骸骨(レプリカ・スケレトス)の成り立ちを小さな子どもに伝えるのは難しい。


「どういうふうに言えばいいのかな……。骨みたいに見えるかもしれないけど、本当は魔力っていう特殊なエネルギーを集めて骨の形にしたものなんだ。だから、僕は魔力で動いてるんだよ」

「そうなんだ。……むずかしくてよくわからないけど、リトマさまならわかるかな?」

「うん、きっと分かると思う」

「そっかあ」


 ラーダは頷いた。理解はできないながらも納得したらしい。


「じゃあ、つぎの質問ね! がいこつさんは、いつ生まれたの?」

「そうだなあ。多分、四百年くらい前かな?」

「四百年!? すごい!」


 ラーダは一層目を輝かせる。

 まあ、自分の目の前にいるのが四百年も前に誕生した存在と知れば、誰だってこういう反応になるだろう。

 ただ――。


「……つい最近までずっと眠ってたから、昔のことは覚えてないんだけどね」


 昔の記憶を失ったまま眠り続けていたエルトゥスにとって、四百年という時間はただの数字でしかないのだが。


 四百年前の話を聞けないと知ったラーダは残念がるかもしれない。エルトゥスは申し訳ない気持ちでラーダを見た。

 だが、「うわあ!」と声を上げる彼女は、何故か嬉しそうな表情をしていて。その理由が分からなかったエルトゥスは「どうしたの?」と首を傾げながら尋ねた。


「――がいこつさん、わたしとおんなじだから!」


 自分と同じ。

 そう答えるラーダの声は喜びに弾んでいる。


「……そっか」


 ラーダが言う「同じ」は、「自分のように長い間眠っている存在がいた」という意味でしかないのだろう。

 けれど、とエルトゥスは思った。

 ――過去の記憶と存在意義を失った自分を必要としてくれた人物の力になりたいと願い続ける模造骸骨(エルトゥス)と、亡くなる前の記憶を一部失い、それでも大切な人を求め続けている亡霊(ラーダ)

 広い目で見れば、どちらも「同じ」なのかもしれない、と。


「僕たち同じだね」

「うん!」


 ラーダは嬉しそうに答えた。だが、ふと表情を曇らせる。


「わたし、リトマさま以外のことがあんまり思い出せないの。……がいこつさんもそうなんだよね」

「うん、覚えてないんだ」

「おとうさんとおかあさんのことも?」

「そうだね。僕の場合はちょっと違うと思うけど……僕を生み出してくれた人のことは分からないかな」

「……さみしくない?」

「寂しくないよ」

「どうして?」

「うーん……」


 エルトゥスは少し考え、やがて穏やかな声で答えた。


「……昔のことが何も分からなくても、今、大切な人がいるからかな」

「たいせつな人……」

「そう。……ラーダさんはリトマ様のことがすごく好きで、大切で、眠くてもリトマ様に会いたいと思ったでしょう?」

「うん」

「それと同じで、僕にもリトマ様くらい大好きで大切な人がいるんだ。全部なくしちゃった僕に新しい生き甲斐をくれた、大切な人が」


 真剣な面持ちのラーダを見つめながら伝える。


 模造骸骨(レプリカ・スケレトス)のエルトゥスに肉親はいない。自分を創ってくれた魔人(まびと)が親に相当するのかもしれないが、今となってはその記憶さえ持ち合わせていない。

 エルトゥスと名付けられた模造骸骨(レプリカ・スケレトス)には昔を懐かしむ権利はおろか、大切だった誰かを想う権利すら与えられていないのだ。

 それでも、今、大切な人がいるから――すべてを失ったエルトゥスに道を示してくれた人がいるから、振り返る過去がなくても寂しくはない。


「……おんなじだね」


 暁闇に覆われた森の中、ラーダがぽつりと呟く。

 彼女はまだ八歳だが、エルトゥスが言わんとしていることが分かったのだろう。がいこつをまっすぐ見つめるその眼差しは、どこか大人びている。


「がいこつさんのたいせつな人はどんな人? おとな?」

「ううん、ノアっていう十四歳の男の子だよ。ショートカットがすごく似合ってて、ラーダさんみたいに金色の髪が綺麗なんだ」

「えへ……」


 髪を褒められたラーダが俯く。どうやら面映ゆいようで、太腿に置いた手はもじもじと動いていた。


「――わたしも会ってみたいな」


 自身の青いワンピースを見つめたまま、ラーダは「ノアさんに会いたい」と呟いた。幼子らしい高さの声には〝がいこつさんのたいせつな人〟への親しみが込められている。


「ねえ、会っちゃだめ?」

「……会ってほしいな」


 ノアはラーダのことを「依頼人のために排除すべき亡霊」だと考えているだろう。だが、現在のエルトゥスのように一個人として接すれば、きっと考えを改めてくれるはずだ。


「でも……できないんだ」


 世界で一番大切な人であるノアを、ラーダに紹介したい。

 けれど、それは叶わない。


「実はね、霧が出たときに僕の前に立ってた男の子がノアなんだ。だけど、さっきの霧ではぐれちゃったから……」

「えっ、そうなの? じゃあ探さなきゃ!」


 わたしは大丈夫だけど、ノアさんはきっと夜の森がこわいよね。

 そう言って、ラーダは立ち上がった。一緒に探してくれるつもりなのだろう。


 優しい子だ。感じるはずのない胸の痛みにエルトゥスは目を伏せた。

 本当は一秒でも早くリトマ牧師に会いたいはずなのに――そのために目を覚ましたのに、行方知れずになったエルトゥスの大切な人を心配して探そうとしてくれている。


「がいこつさん? ……探さないの?」


 腰を下ろしたまま立ち上がろうとしないエルトゥスを見て、ラーダは首を傾げた。

 暗い森を背にする彼女の体は、ぼんやりと光り輝いている。


 優しい子だ。――それでも。

 再び深呼吸の真似事をして、エルトゥスは口を開いた。


「ラーダさん。……君に話さなきゃいけないことがあるんだ」


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