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発話代行サービス・イストリア  作者: 眠理葉ねむり
探す亡霊と模造骸骨
22/51

6:ラーダ・ミラン

「あれ? おにいさん……がいこつなの?」

「え、と……」


 自らの正面に立ち、低い身長を生かしてフードの中をばっちり確認したラーダに、エルトゥスは言葉を濁す。


 エルトゥスが危惧していた通り、ラーダは視覚によって人間を識別していた。しかも、今のエルトゥスは青年の姿をとっているのに「がいこつである」と見抜いた。

 要するに、エルトゥスが今後どのような姿をとっても彼女を欺くのは不可能、ということだ。


 迷った末、エルトゥスは目深に被っていたフードを下ろした。

 がいこつだと分かっていても驚いたのか、ラーダの口からは「わぁ!」という声が上がる。


「こんにちは。僕はエルトゥス。大昔に創られた、魔力で動くがいこつだよ」


 膝を折り、目線の高さをラーダに合わせたエルトゥスは簡単な自己紹介した。


「他のヒトとは違うから怖いかな? 顔が見えないほうがいい?」

「ううん、大丈夫。リトマさまから『むかしは人間とともだちになれるがいこつがいたんだよ』って教えてもらったことがあるの」

「そっか。リトマ様は物知りだね」

「うん!」


 リトマ牧師の話を振ると、ラーダは嬉しそうに微笑んだ。――きっと、四十年前もこんなふうに笑っていたのだろう。

 そう思うとやるせない気持ちになったが、すぐに気持ちを切り替えた。エルトゥスにはしなければならないことがある。


「えっと、ラーダ・ミランさんだよね。ラーダさんって呼んでもいいかな?」

「うん、いいよ」


 快諾したラーダは「おとなみたい」と、はにかんだ。生前八歳だった彼女は『ラーダ』か『ラーダちゃん』と呼ばれることが多かったのだろう。

 特に意図があったわけではないのだが、喜んでもらえたなら何よりだ。微笑み返したエルトゥスは本題を口にした。


「あのね、ラーダさん。さっき、僕の他に男の子と男の人がいたと思うんだけど……どこに行っちゃったか知らない?」

「……どこかな?」

「えっ」


 可愛らしい仕草で首を傾げたラーダに、思わず素の声が出る。てっきり〝亡霊の特殊能力〟のような不思議な力で二人をどこかに隠したのだと思っていたのだ。


「……ラーダさんにも分からないの?」

「うん。リトマさまじゃないって思ったら、急にきりが出たから……」

(そんな……)


 霧を発生させたのはラーダで間違いないだろう。だが、本人に自覚がない以上、ラーダが消えてしまう夜明け前までに二人の居場所を把握するのは恐らく不可能だ。

 しかも、悪い情報がもう一つある。

 二人にかかっている「保護魔法」は、発動していない可能性が高いということだ。


 エルトゥスを含む三人には件の保護魔法がかけられているが、効果を発揮するのは暴力や連れ去りなど、物理的な事柄だけ。「この世ならざる存在の能力」は対象外だ。

 事実、エルトゥスには魔法が発動していないのだから、消えてしまった二人に対しても発動していないと考えるべきだろう。


(どう、しよう)


 ラーダに頼んで解除してもらうことはできず、魔力での解決も期待できない。

 その上、二人の安否も分からないとなると、はっきり言ってお手上げだ。エルトゥスには何もできない。

 このまま夜が明けたとき、もしも二人が消えたままだったら――。

 そう思うと、恐怖と絶望に吞まれそうになる。

 けれど。


「ねえ、ラーダさん。……もし嫌じゃなかったら、少しだけ僕と話してくれないかな?」


 自分には何もできないかもしれない。

 だが、このまま何もせず夜が明けるのを待つだけでは、助かるものも助からない。

 だから、エルトゥスは自分にできることをする。

 ――発話代行人として、リトマ牧師を探しているラーダに寄り添うこと。

 それがエルトゥス・アサラにできることであり、すべきことだ。


「実は僕、リトマ様とイラスさん――ドラゴくんの知り合いなんだ。ラーダさんのことはドラゴくんから教えてもらったんだよ」

「そうなの? じゃあ、いいよ」


 まだ大丈夫(、、、)だから。

 空を見上げたラーダはそう答え、エルトゥスに視線を戻す。

 夜明け前にしか出現していなかったのは、日が昇ると霊体を維持できないからなのだろう。ラーダに亡霊としての自覚があるのかどうか定かではないが、自分が活動できない時間帯は把握しているようだ。


 礼を言ったエルトゥスは、周りの木々の中で一番がっしりとした木の根元を指差すと「そこに座ろうか」と提案した。それから自身のローブを脱ぎ、シート代わりに敷く。いくら実体を持たない亡霊でも、地面に直接座らせるのは気が引けたのだ。


「――ドラゴくんから聞いたよ。この辺りには可愛い花がたくさん咲いてるんだって」


 ラーダの右隣に腰かけ、森の一帯を指し示しながら、エルトゥスは話しかける。


「ラーダさんはよくここに来るの?」

「うん。つんだお花をね、リトマさまにプレゼントするの。リトマさま、ほとんど毎日わたしとお話ししてくれるから……」

「そっかあ……」


 ドラゴから聞いた話によると、リトマ牧師は身寄りのないラーダが寂しい思いをしないよう執務の合間を縫って彼女の話し相手になっていたらしい。

 彼は「子どもたちと過ごす時間はかけがえのないものだから」と、地域の子どもたちの来訪を歓迎していたようだが、ラーダとしては嬉しい反面「申し訳ない」と思う気持ちがあったのだろう。周囲の大人たちに遠慮なく甘えられる環境で育っていないから、なおさら。


「……ラーダさんは優しいね」


 リトマ様もきっと、すごく嬉しかったと思うよ。

 そう話しかけると、彼女ははにかんだ。リトマ牧師のことが本当に大好きなようだ。


「それじゃ、ラーダさんは花を摘むためにここにいたのかな?」


 もしかしたら、リトマ牧師にまつわる思い出の場所だからここに出現しているのかもしれない。

 そう考えたエルトゥスだったが、ラーダは少し困ったような顔をして「わかんない」と答えた。理由は分からないけれど、気が付いたら毎日この場所にいるのだと。


 薄々感じていたことながら、ラーダには「自分は既に亡くなっている」という自覚がないらしい。


「じゃあ……その、何か、ええと……」


 何も知らないラーダを前に、エルトゥスは言い淀む。――いくら相手が亡霊でも、何も知らない幼子に「殺害されたときの記憶はないの?」などと訊けるはずがない。


「……最近、何か変わったことはなかった?」


 考えあぐねた末、エルトゥスは相当遠回しに〝身の回りの異変〟を尋ねた。

 しかし、ラーダはやはり状況を把握していないようで、「おぼえてない」「わかんないの」と答えるだけだった。


「そっか……。変なこと聞いてごめんね」


 表情を曇らせたラーダに、エルトゥスは極力穏やかな声を出して謝罪した。

 がいこつの姿では下顎骨の動きと身振り手振りでしか感情を伝えられないから、声に感情を乗せなければ誤解されてしまう恐れがある。特に、エルトゥスをよく知らない相手には。


「じゃあ、今度はラーダさんとリトマ様の話を聞かせてくれないかな?」

「リトマさまとの?」


 声のトーンを僅かに高くして問うと、ラーダの目がエルトゥスを捉えた。ラーダ自身がぼんやりと光り輝く中、何もない眼窩を見つめる琥珀色の瞳はリトマ牧師について話せる喜びに煌めいている。


「ラーダさんはリトマ様を探してたんだよね? それはどうして?」

「えっと、リトマさまはね、うとうとしてるわたしに毎日話しかけてくれてたの。『ラーダ、もう大丈夫だよ。神さまが近くにいるのだからゆっくり眠りなさい』って」

「眠りなさいって、リトマ様はそう言ったんだね?」

「うん。いつもすごく眠くて、リトマさまがどこにいるのかよくわからなかったけど……リトマさまのお声を聞いてると、このまま眠ってていいんだってわかったの。だから毎日眠ってたんだよ」


 まるでリトマさまに頭をなでてもらってるみたいだったと、花笑みを浮かべたラーダは言う。


(なるほど……)


 亡霊として出現する以前のラーダの魂は、現世に留まりながらもリトマ牧師の手によって安らかな眠りについていたらしい。


「……だけど……」


 ラーダは急に声量を落とした。

 細められていた目は、黒く塗り潰された地面を見つめている。


「リトマさま、ある日とつぜん話しかけてくれなくなって……。『もしかしたらわたしのこと忘れちゃったのかも』って思ったの。『わたしが返事をしなかったから忘れちゃったのかも』って」

「…………」

「だから……眠かったけど、起きてリトマさまを探そうって思ったの。おひさまがのぼると絶対に眠っちゃうから、それまでの時間で探そうって」


 ――でね、起きたらいつもここにいるんだよ。

 ――本当は教会に行きたいんだけど、道が思い出せないの。どうしてかな。

 ――でも、いつかきっとリトマさまに会えると思う。だからそれまでがんばって探すんだ。


 明るい笑みを浮かべ、ラーダは言う。自身が永遠の眠りについていることも、会いたいと願う人物が既に亡くなっていることも知らずに。


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