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発話代行サービス・イストリア  作者: 眠理葉ねむり
探す亡霊と模造骸骨
21/51

5:分断

「――本当に大丈夫なのかなあ」


 闇夜の中でもくっきりとシルエットが浮かび上がる、夜明け前のサ・リュダ教会前。

 暁闇に包まれた森を遠巻きに眺めた青年姿のエルトゥスは心配そうに呟いた。


 ノア、エルトゥス、ドラゴの三人がサ・リュダ教会を訪れたのは、これで二度目。前回の来訪から、ちょうど二週間が経過している。


 イストリア社を利用する依頼人にとって、二週間というのは比較的長い期間だ。彼らの大半は何らかの理由で「声の再現」がなされるのを急いでおり、待機期間が短くなることを望んでいる。

 エルトゥスとしても、再現した声やメッセージを一日でも早く届けたいと考えていた。元々エルトゥスは「誰かの役に立ちたい」という思いからこの仕事を始めたのだし、声の再現自体、エルトゥスにしかできないことなのだ。依頼人のために最善を尽くすべきだという想いに偽りはない。


 しかし、「エルトゥスの想い」と「再現に要する日数」は、必ずしも比例しない。


 特に、声のサンプルがないケースや再現する相手が存命でないケース、会話に専門知識を必要とするケースなどは、どうしても日数が増えてしまう。

 リトマ牧師の場合、日数を要する要素が多かった。声のサンプルこそあったものの彼は既に他界しており、牧師として振る舞うには宗教知識も必要で、当時のラーダに関する情報はドラゴの記憶の中にしか存在しない。こういう状況下では否応なく日数が増えてしまう。


 この二週間、エルトゥスは睡眠と入浴時以外フル稼働で仕事していた。リトマ牧師として会話できるよう聖典を読み、後任の牧師に協力を仰いで牧師としての話しぶりを確認してもらい、リトマ牧師が日記代わりにつけていた活動日誌を紐解きながらドラゴに当時の話を聞いて……。

 「リトマ牧師の声が再現できた」と確信したのは昨日の昼だった。


 ただ――エルトゥスには、一つ心配していることがあった。


「彼女、ある程度ヒトを識別できてるみたいだったけど……」


 エルトゥスの心配事。

 それは、亡霊のラーダが視覚を有していることだ。


 初めてラーダを目撃したあの日、ラーダは視覚でも人間を識別しているように思えた。

 もし彼女が生前と同じく視覚を有しているのであれば、青年の姿しかとれないエルトゥスがリトマ牧師だと悟られないよう対応するのは不可能だ。

 一応、フードを目深に被り、俯きながら話しかける予定だが……。


「やってみないと分からないけど、少なくとも声は大丈夫だよ」


 不安げなエルトゥスの隣に立つノアが答える。

 今日のノアは、ワンサイズ大きい無地のネイビーフーディーに細身の黒ズボンという服装だ。可愛らしさ控えめのシンプルなスタイルだが、フーディーのゆったりとしたシルエットがノアの細さを効果的に際立たせている。


「ね、イラスさんもそう思うでしょ?」

「はい。幼い頃に聴いていたリトマ牧師の声にそっくりです」


 ドラゴは満足げに頷いた。今日は比較的暖かいのか、彼は薄手のコートに長袖シャツを着用している。


「まあ、そんなに心配することないんじゃない?」


 エメラルドグリーンの瞳に黒々とした森を映しながら、ノアは言う。


「ボクたちも一緒だし、万が一トラブルが発生しても臨機応変に対応できるように、夜明けより一時間も早く来たんだからさ。自信持っていこうよ」

「うん……そうだね」


 エルトゥスは頷いた。

 確かに不安要素はある。だが、何が起ころうと最善を尽くすしかない。


「じゃ、そろそろ行こうか。ラーダのところまで案内してもらえる?」

「お任せください」


 ドラゴは答え、薄暗い森へと歩き出す。エルトゥスが再現した声に太鼓判を押した彼は、今日で亡霊騒ぎが解決すると信じているようで、その表情は随分と明るい。


 吹き抜ける風が黒い葉を微かに揺らす中、三人分の足音が妙に大きく響く。

 小さな森は、二週間前に訪れたときと同じく静かだった。夜の森というのは静かそうなイメージに反して案外物音がするものだが、この森にはそれがない。アトウの町と同じく寝静まっているかのようだ。


「――いました」


 目的の場所に到着したドラゴが足を止め、声を潜めて告げる。

 ぼんやりと光り輝くラーダは、エルトゥスたちが初めて見たときとまったく同じ位置に佇んでいた。服装も薄いブルーのワンピースで、一見した限り、変化らしい変化は見られない。


 互いに目配せをしたノアとエルトゥスはドラゴの前に出ると立ち止まった。ノアが一歩前に進んで、ラーダからエルトゥスを遮る位置に立つ。


「リトマさまは?」

『――ラーダ』


 二週間前と同じ台詞を言ったラーダに、フードを目深に被ったエルトゥスはリトマ牧師の声で名前を呼んだ。


「リトマさま!」


 その声に呼応して、実体がないとは思えないほど弾んだ声が上がる。可愛らしい顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 だが――。


「――ちがう」

「え?」


 満面の笑みを浮かべていたラーダは、不意にその笑みを萎ませると「リトマさまじゃない」と呟いた。

 琥珀色の瞳は、誰かを探すように動いている。


「リトマさまは、どこ?」


 先程の弾んだ声からは想像できないほど静かな声が辺りに響く。それと同時に、鋭い緊張感が三人を包んだ。


(――何か)


 何か、言わなければ。

 リトマ牧師の声を『再現』できるのは自分だけなのだから。


 骨の手を握りしめたエルトゥスは、青年の顔がラーダの視界に入らないよう俯きながら再びラーダを呼ぶ。


『ラーダ、私は――』

「ちがう!」


 柔らかな金髪を振り乱し、ラーダは叫ぶ。


「リトマさまじゃない!」


 幼子特有の高い声が森の中に響いた途端、ラーダを中心に霧のようなものが発生した。

 真っ白いそれは瞬く間にエルトゥスたちを包み、目の前に立っている相手すら見えない濃度で三人を覆っていく。


「ノア! イラスさん!」


 濃い霧の中、あっという間に見失ってしまった二人を呼ぶが、エルトゥスの視界には何も映らない。


 そんな状態がどれくらい続いたのだろう。尋常ではない発生の仕方をした霧がようやく晴れたとき、前に立っていたはずのノアはいなくなっていた。少し後ろに控えていたはずのドラゴの姿も見当たらない。


 夜明け前の森の中、エルトゥスだけが――。


「――おにいさん。そのかお、どうしたの?」


 いや、違う。

 ――夜明け前の森の中、エルトゥスとラーダの亡霊だけが取り残されていた。


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