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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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第9話 買い出しに付き合わされたら

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 翌朝。

 部屋の扉が、 乱暴に叩かれた。

「おじさん! 起きなさい! 買い出しに行くわよ!」

 ミーネだった。

 まだ夜明けの色が残る時間だ。

「ミーネさん、 おはようございます。 ……買い出し、 ですか」

「旅に出る前に、 魔導具と薬を揃えるのよ。 あんた、 荷物持ちでしょ。 付き合いなさい」

「ドルガンさんは」

「あのおっさんは、 ヒカルの特訓に付き合ってるし。

  ヒカルは、 疲れないからって、 夜通し剣を振ってたし」

「……夜通し」

 僕は、 眉をひそめた。

 不眠不休の加護。

 疲れを感じないから、 止める理由もなくなってしまう。

 ミーネは、 そんな僕の顔を見て、 ふん、 と鼻を鳴らした。

「だから、 あんたに頼んでるのよ。 荷物持ち。 ……ていうか、 リストはこれ」

 ミーネが、 くしゃくしゃの紙を差し出した。

 見ると、 殴り書きの文字が並んでいる。

 魔力回復薬 たくさん

 傷薬 いっぱい

 星のかけら 3つ

 お菓子

 ……お菓子。

「ミーネさん、 数量と予算を」

「天才に、 数字なんて要らないし」

「確認しますね」

 僕は、 手帳を開いた。

 総務の血が、 騒ぎ始めていた。

「まず、 パーティの現金は、 王国支給の旅費が銀貨三百枚。

  そのうち、 宿代、 食費、 馬車代を引くと、 装備と薬に使えるのは、 百二十枚ほどです」

「なんで、 そんなの知ってるのよ」

「昨日、 宰相の書記官に、 確認しました。 荷物持ちの仕事ですので」

「…………」

 ミーネが、 目を丸くした。

「次に、 回復薬の必要数。 旅は二ヶ月を想定。 戦闘が週に四回として、 一人あたり一回に一本。

  三人と予備で、 約四十本」

「ちょ、 ちょっと待って」

「傷薬は、 ゴブリン討伐の消費実績から割り出して、 二十個。

  ……お菓子は、 予算の五パーセントまでなら、 士気維持費として計上できます」

「お菓子、 認めるの!?」

「士気は、 大事ですので」

 ミーネは、 しばらく、 ぽかんとしていた。

 それから、 ぷいっと顔を背けて、 小さく言った。

「……なんか、 悔しいし」


◇



 王都の市場は、 朝から熱気に満ちていた。

 露店が、 通りの両側に、 ぎっしりと並んでいる。

 魔導具、 薬草、 武具、 保存食。

 見たことのない果物や、 光る石や、 羽の生えた小さな動物まで売っている。

「魔導具通りは、 こっちよ」

 ミーネが、 人混みをすいすいと抜けていく。

 僕は、 荷物持ち用の背負い袋を抱えて、 必死で追いかけた。

「いらっしゃい、 いらっしゃい! 特製の魔力回復薬だよ! 一本、 銀貨二枚!」

 最初の薬屋で、 ミーネが足を止めた。

 店主は、 恰幅のいい、 愛想のいい中年の男だった。

「魔力回復薬、 四十本ください」

「お、 四十本! お嬢ちゃん、 気前がいいね! 一本二枚で、 八十枚だ!」

「……え、 高い」

 ミーネが、 小声で言った。

 僕は、 一歩、 前に出た。

「すみません、 少し確認しても、 いいでしょうか」

「ん? なんだい、 兄ちゃん」

「この薬の、 封印日は、 いつですか」

「ふ、 封印日?」

 僕は、 薬瓶の首の、 小さな刻印を指さした。

「この蝋の封の下に、 数字が。 去年の秋、 ですね」

「……」

「魔力回復薬は、 封印から一年で、 効果が三割ほど落ちると、 図書院の資料で読みました。

  去年の秋のものなら、 まもなく切れ目の時期かと」

 店主の笑顔が、 ぴしっと固まった。

「そ、 そりゃ、 まあ」

「ですので、 在庫の一番新しい封印のものを、 見せていただけますか」

「ええと」

「それから、 四十本のまとめ買いですので、 単価を二割ほど、 下げていただけないでしょうか。

  現金払いで、 本日中に受け取ります。 もし難しければ、 隣の薬屋さんにも、 見積もりを」

「ま、 待て待て待て」

 店主が、 慌てて両手を振った。

「分かった、 分かった! 新しい封印のを出す! 単価も、 一枚と半分でどうだ!」

「一枚と三分の一なら、 即決します」

「……兄ちゃん、 あんた、 商人か?」

「総務です」

「ソウム……?」

 店主の顔に、 疑問符が浮かんだ。

 結局、 魔力回復薬四十本を、 銀貨五十四枚で買った。

 当初の見積もりより、 二十六枚安い。

 背後で、 ミーネが、 口をぽかんと開けていた。

「……おじさん」

「はい」

「それ、 魔法?」

「いえ、 ただの事務です」

「事務って、 すごいんだし……」

「ありがとうございます」

 それから、 傷薬、 保存食、 縄、 ランタンの油。

 僕は、 各店で、 同じように交渉を続けた。

 封印日の確認。 数量割引。 現金払い。 納品日の指定。

 どの店主も、 最初は面倒くさそうな顔をしていた。

 けれど、 最後には、 なぜか、 みんな笑顔だった。

「兄ちゃんに値切られたら、 気持ちがいいや」

「また来てくれよ!」

 値切って、 感謝される。

 不思議な体験だった。

 総務時代は、 値切れば嫌な顔をされるのが当たり前だったのに。

 ……たぶん、 こちらが、 相手を見て話しているからだろう。

 帰る頃には、 予算の三割が浮いていた。

「……お菓子」

 ミーネが、 ぽつりと呟いた。

「はい。 士気維持費として、 浮いた分から買いましょう」

「え、 いいの?」

「約束しましたので」

 ミーネの顔が、 ぱあっと明るくなった。

 ……この子は、 本当に、 分かりやすい。



◇



 お昼は、 広場の隅の小さな甘味屋で食べた。

 ミーネは、 蜂蜜のかかった焼き菓子を、 幸せそうに頬張っている。

「おいしい……」

「よかったです」

「おじさんは、 食べないの?」

「僕は、 紅茶で十分です。 ……ぬるめの、 渋いのが好きなので」

「変わってるし」

 僕は荷物の整理をしながら、 手帳を開いて、 テーブルの端に置いた。

 買い出しの収支を、 記録しておくためだ。

 ふと、 ミーネの視線が、 手帳に落ちた。

「……あ、 これ」

「あ、 すみません、 開いたままで」

「見えただけだし。 ……『小さな女の子。 迷子。 母親が来た』って」

 ミーネの声が、 少しだけ低くなった。

「昨日の、 訓練迷宮のときの、 でしょ」

「はい。 転移した先で、 会った子です。 ……もう、 あまり覚えていないんですけど」

「どんな子だったの」

「それが、 髪を二つに結んでいて、 頭巾をかぶっていて。 ……それくらいしか」

「…………」

 ミーネは、 焼き菓子を持った手を、 ぴたりと止めた。

「……名前は?」

「ル、 から始まる名前だったような気がするんですが」

「…………ふーん」

 ミーネは、 焼き菓子を、 そっと皿に置いた。

 それから、 窓の外を、 ずっと見ていた。

「ミーネさん?」

「別に。 ……ちょっと、 気になっただけだし」

 声が、 いつもより、 ずっと小さかった。

 僕は、 それ以上、 聞かなかった。


◇


 帰り道は、 夕暮れだった。

 背負い袋は、 ずっしりと重い。

 ミーネは、 僕の半歩前を、 ゆっくりと歩いていた。

 街の屋根が、 橙色に染まっている。

「ねえ、 おじさん」

「はい」

「あんた、 なんで、 荷物持ちなんて引き受けたの」

「……断れなかったので」

「断ればいいし」

「そうですね。 ……でも」

 僕は、 少し考えてから、 答えた。

「断らなかったから、 今日は、 ミーネさんと買い出しに来られました」

 ミーネの足が、 ぴたりと止まった。

「…………バッカじゃないの」

「すみません」

「だから、 謝らなくていいし!」

 振り向いたミーネの顔は、 夕陽のせいか、 真っ赤だった。

「……あたしね」

 ミーネは、 また前を向いて、 歩き出した。

「孤児院育ちなの。 ……十歳のときから」

「…………」

「大きな魔力があったから、 魔導学院に拾われて。 そこで、 天才って呼ばれて。

  でも、 友達は、 一人もできなかった」

「……」

「みんな、 あたしの魔法が怖いって。 一日に三発しか撃てないくせに。 詠唱中は、 何もできないのに」

 ミーネは、 杖を、 ぎゅっと握りしめた。

「あたしが撃つときは、 誰かに守ってもらわないと、 いけないし。 だから、 一人じゃ、 だめなの。 ……ずっと、 パーティが欲しかった」

「……そうだったんですね」

「べ、 別に、 言いたかったわけじゃないし! ただ、 なんとなく!」

「はい」

 しばらく、 二人とも、 黙って歩いた。

 夕焼けの空が、 少しずつ、 群青色に変わっていく。

「……ねえ」

 ミーネが、 小さく呟いた。

「迷ったら、 動かないで、 呼ぶ。 ……あんたが、 その子に言ったんでしょ」

「はい。 手帳に、 書いてあったので」

「…………」

 ミーネは、 立ち止まった。

 背中を向けたまま、 震える声で言った。

「あたしにもね。 昔、 迷子になったとき、 そう言ってくれた人が、 いたの」

 僕は、 息を呑んだ。

「顔は、 覚えてない。 声も、 よく覚えてない。 ただ、 『君は、 呼んで』って。 それだけ、 ずっと覚えてる」

「…………」

「それで、 あたし、 呼んだの。 力いっぱい。 そしたら、 お母さんが、 来てくれて」

 ミーネの肩が、 小さく震えていた。

「……それだけの話だし」

「ミーネさん」

「何」

「……それは、 とても、 いい人ですね」

 どうしてだろう。

 胸が、 きゅっと締めつけられた。

 何かが、 引っかかっていた。

 けれど、 その「何か」は、 霧の向こうにあって、 どうしても手が届かなかった。

「…………うん」

 ミーネは、 小さく頷いた。

「いい人、 だったと、 思う」

 それから、 くるりと振り向いて、 いつもの勝ち気な顔に戻った。

「ほら、 いつまでも、 ぼーっとしてないで。 荷物、 重いんでしょ。 持ってあげるし」

「え、 いえ、 それは僕の仕事で」

「いいから! 半分! 持つし!」

 ミーネは、 僕の背負い袋から、 乱暴に、 小さな包みを一つ、 ひったくった。

 お菓子の包みだった。

「……これだけ、 だけど」

「ありがとうございます」

「べ、 別に、 お礼なんて、 いらないし!」

 顔を真っ赤にして、 ミーネは、 ずんずんと歩いていった。

 その背中を、 僕は、 少しの間、 見つめていた。

 ……ミーネさんも、 昔、 誰かに助けられたのだ。

 それが、 どんな人だったのかは、 分からない。

 けれど、 その人の言葉が、 今も彼女の中に残っている。

 それは、 とても、 いいことだと思った。

 歩きながら、 僕の左手は、 無意識に、 右手の小指を握っていた。

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