↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/25

第8話 賢者に初めての報告をした

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 試験に合格した翌朝は、 休日だった。

 ドルガンに言わせれば、 「荷物持ちが休めるのは、 試験明けの一日だけ」らしい。

 勇者のヒカルくんは教官の特訓、 ドルガンとミーネは武具の手入れと魔法の調整。

 僕だけが、 やることがなかった。


 ……いや、 一つだけ、 あった。


 報連相。

 賢者に、 初めての発動を報告に行かなければ。

 目を覚まして、 まず首元の砂時計を確認する。

 上のガラスに、 砂が全部戻っていた。

 さらさらと、 光の粒のような砂が満ちている。

 不思議と、 驚かなかった。

 昨夜、 空っぽになったのを見たとき、 「明日の朝には戻る」と分かっていたからだ。

 どうして分かったのかは、 やっぱり分からないのだけれど。

 僕は、 手帳に書いた。


 【確認事項】砂は、 一日一回、 発動で尽きる。 翌朝に戻る(たぶん)


 「たぶん」と添えるあたりが、 僕らしいかも。

 ハンスが、 朝食を運んできてくれた。

「本日は、 お休みでございますね。 どちらへ」

「塔に、 賢者さんへの報告に。 ……連絡をしてから行きたいんですが、 どうすれば」

「連絡、 でございますか」

 ハンスは、 少し考えてから、 穏やかに微笑んだ。

「あの塔には、 伝書鳩もおりませんので。 直接お伺いになるのが、 一番確実かと」

「それは連絡と言えるんでしょうか」

「アサノ様。 世の中には、 事前連絡の要らないお方もいらっしゃるのです」


 ……どういう意味だろう。

 リエナさんの地図のおかげで、 今回は一度も迷わなかった。


 ……いや、 二度、 迷った。


 けれど二度とも、 人に聞いた。

 城の庭師のおじいさんと、 通りがかりの衛兵。

 二人とも、 驚くほど親切だった。

 聞けば、 教えてくれる。

 その事実に、 僕はまだ慣れない。

 迷いの塔の扉の前に着いたのは、 昼前だった。

 二百段の螺旋階段を、 息も絶え絶えに登る。

 最上階の扉の前で、 僕はノックの手を上げて——


 扉が、 先に開いた。

「お待ちしておりました」

 老婆が、 小さく頭を下げた。

「え。 あの、 僕、 連絡は」

「旦那さまは、 昨夜から、 お茶の用意をなさっておりました」

「昨夜……から?」

「はい。 お若い方が、 今日いらっしゃると」

 僕は、 何も連絡していない。

 誰にも、 「今日行く」とは言っていない。

 ……賢者は、 預言者として名高い人だ。

 だから、 きっと、 そういうことなのだろう。

 そう思うことにした。

「お茶が冷めますよ」

 老婆は、 いつもの一言を、 いつもの調子で言った。

 部屋に入ると、 老人は窓辺の机で、 何かを書いていた。

 僕に気づくと、 ペンを置いて、 ゆっくりと振り返る。

「来たか」

「はい。 報告に来ました。 ……連絡は、 できていませんが」

「連絡は、 昨日、 届いておる」

「え?」

「冗談じゃ」

 老人は、 くつくつと笑った。

 冗談なのか本気なのか、 いまだに分からない。

 茶碗が、 僕の前に置かれた。

 ぬるめで、 少し渋い。

 ……やっぱり、 ちょうどいい。

「それで」

 老人は、 椅子に深く腰を下ろした。

「跳んだか」

「……はい」

 僕は、 昨日のことを、 順番に話した。

 訓練迷宮で壁が動いたこと。 分断されたこと。 本気で迷ったこと。

 砂時計が動き、 光の円が開いたこと。

 歯車と砂の回廊を落ちたこと。 夕焼けの村に出たこと。

 老人は、 一度も口を挟まなかった。

 ただ、 じっと聞いていた。

「……小さな女の子が、 いました」

 話が、 そこに差しかかったとき。

 老人の指が、 ぴくりと動いた。

「迷子で、 泣いていて。 魔物が来ていて。 お母さんは、 見つからなくて」

「……」

「僕は、 その子に、 言ったんです。 迷ったら、 動かないで、 大きな声で呼ぶんだよ、 って」

 老人は、 何も言わなかった。

 窓の外を見ていた。

 昼前の、 白い光の中で。

 その横顔が、 ほんの少しだけ、 揺れて見えた。

 長い、 長い沈黙。

 老婆が、 そっと、 湯気の立つ急須を卓に置いた。

「……そうか」

 やがて、 老人は、 掠れた声で言った。

「そうか。 ……よく、 言えたのう」

「え」

「お前は、 それが、 一番苦手だったろう。 迷ったら、 呼ぶ。 助けを求める」

「……はい」

「それを、 人に言えた。 ……それで、 よい」

 老人は、 眼鏡を外して、 目頭を指で押さえた。

「言えぬことを、 他人に言えたなら。 それは、 いつか、 お前自身に返ってくる」

「僕自身に」

「そういうものじゃ」

 どうして、 そんな顔をするのだろう。

 どうして、 そんなに優しい声で言うのだろう。

 聞きたかった。

 けれど、 聞いてはいけない気がした。

 代わりに、 別のことを聞いた。

「あの子は、 無事だったでしょうか。 あの村は」

 老人は、 眼鏡をかけ直して、 静かに首を振った。

「それは、 わしの口からは言えん」

「どうして」

「言えんのじゃ。 ……ただ」

 老人は、 僕の胸元の、 手帳を指さした。

「お前が書いた記録を、 大事にしなさい。 答えは、 いつか、 そこに戻ってくる」

「記録に」

「そうじゃ。 手記は、 嘘をつかん」

 リエナさんの言葉が、 重なった。

 ——文字は、 嘘をつきません。

 老人は、 咳払いをして、 声の調子を変えた。

「さて、 本題じゃ。 お前の力について、 一つ教えておく」

「はい」

 僕は、 手帳を開いた。

「跳んだ先で、 お前が人に働きかけられるのは、 一度きりじゃ。

  言葉か、 手助けか、 物を置くか。 どれか一つ」

「……やっぱり、 そうなんですね」

「分かっておったか」

「向こうにいるとき、 なぜか分かったんです」

「それは、 お前の力が、 教えてくれたのじゃ」

 老人は、 頷いた。

「ただし、 人を傷つけるものは、 砂が崩れて、 叶わん。

  戦うための力では、 ないということじゃ」

「僕は、 最初から、 戦えませんから」

「うむ。 ……それと、 もう一つ」

 老人の声が、 わずかに低くなった。

「お前の力のことを、 宰相には、 全部は話すな」

「え」

「発動したことは、 言ってもよい。 だが、 何を見たか、 何をしたか。 手記の中身は、 見せるな」

「どうして、 ですか」

「あの男は、 お前の三分を、 数字で見る男じゃ」

 老人は、 静かに言った。

「便利か、 不便か。 使えるか、 使えんか。 ……お前の三分は、 そんなもので測れるものでは、 ない」

「でも、 報連相は」

「報連相は、 信頼できる相手にするものじゃ」

 老人は、 少しだけ笑った。

「相手を選ぶのも、 報連相のうちじゃよ」


 ……なるほど。

 僕は、 手帳に書き込んだ。


 【確認事項】宰相には、 力の詳細を話さない(賢者より)


 ペンを動かしながら、 気づいた。

 考え事をするとき、 僕は、 左手で右手の小指を握る癖がある。

 今も、 無意識にそうしていた。

 新人の頃から、 直らない癖だ。

 ふと顔を上げると、 老人が、 じっと僕のその手を見つめていた。

「……どうか、 されましたか」

「いや」

 老人は、 目を逸らして、 髭を撫でた。

「古い癖は、 直らんものじゃな」

「え?」

「何でもない。 ……茶が、 冷めるぞ」



◇



 塔を降りたあと、 僕はギルドに寄った。

 受付の大男に、 森の地図を提出するためだ。

 あの日、 帰り道で使った、 絵だらけの手描き地図。

 ドルガンが、 「ギルドに報告しておけ」と言ったのだ。


 ……地図係としての、 初めての仕事。

 カウンターに地図を広げると、 受付の大男が、 怪訝そうな顔をした。

「なんだ、 この落書きは」

「ガルドの森の地図です。 目印を、 絵で描いて」

「……ほう」

 大男は、 地図を手に取った。

 二、 三秒、 眺めて。

 それから、 眉間に深い皺を寄せた。

「……おい、 ゴブリンの巣の位置が、 載ってるぞ」

「あ、 はい。 帰りに、 痕跡があったので」

「川の浅瀬も、 薬草の群生地も。 ……これ、 全部、 お前が歩いて見つけたのか」

「迷っていたら、 見つけました」

「迷って……」

 大男は、 地図と僕の顔を、 三回ずつ見比べた。

 それから、 奥に向かって叫んだ。


「おい! 誰か、 ギルド長を呼べ! ガルドの森の、 完全な地図だ!」

 ギルドが、 ざわめいた。

 数人の冒険者が、 カウンターに集まってくる。

「うおっ、 トマトの絵が描いてある」

「ここ、 俺が毎回、 迷うところだ!」

「この岩、 人の顔みてえだな!」

 ……トマトの絵は、 森の中ではなく、 村の入口の目印として描いたものなのだが。

「アサノ、 と言ったな」

 受付の大男が、 改まった顔で僕を見た。

「先日は、 笑って悪かった。 ……ランクFの荷物持ちが、 こんな地図を描くとは、 思わなかった」

「いえ、 あの」

「お前のランクは、 そのまま、 Fだ。 規則だからな。 だが」

 大男は、 登録票に、 新しい刻印を押した。

「『地図』の項目だけ、 Aにしておいた。 これは、 俺の独断だ」

 登録票の端に、 小さく、 文字が増えていた。


 【特記:地図作成 A】


 ……A。

 僕の人生で、 何かの評価で「A」をもらったのは、 初めてだった。

 五年連続で「C」だった僕が。

「ありがとうございます」

 声が、 少しだけ、 震えた。

「礼は要らねえ。 代わりに、 この地図、 写させてもらうぞ。

  新人どもが、 毎年、 あの森で何人も迷うんでな」

「どうぞ。 ……あ、 でも、 一つだけ」

「何だ」

「おばあさんの小屋のところに、 『腰を悪くした老婆あり。 薪を運ぶ手伝いを歓迎』と、 書き足してもいいですか」

 大男は、 ぽかんと口を開けて、 それから、 豪快に笑い出した。

「ぶはははは! お前、 本当に変なやつだな!」

 けれど、 その笑いは、 先日の笑いとは、 違っていた。


◇


 夕方、 王立図書院の写本室を訪ねた。

 扉を開けると、 リエナさんが、 椅子から跳ね上がった。

「ひゃっ! あ、 アサノさん! あの、 連絡、 は」

「あ、 すみません、 連絡できていなくて。 ……でも、 来ました」

「い、 いえ! 来てくださって、 嬉しいです!」

 リエナさんは、 眼鏡を直しながら、 慌てて椅子を勧めてくれた。

 机の上には、 羊皮紙が、 山のように積まれている。

 一枚、 目に入った。

 この世界の文字ではない、 丸い、 流れるような曲線の連なり。

 ……僕の手帳の写しだ。

「こ、 これは、 その、 練習で」

「僕の字を、 写したんですか」

「は、 はい。 【持ち物】と、 【集合時間】と、 【所感】。

  この三つだけ、 書けるように、 なりました」

 リエナさんは、 真っ赤になりながら、 一枚の羊皮紙を差し出した。

 そこには、 少し歪んだ、 けれど丁寧な字で、 こう書かれていた。


 【もちもの】

 【しゅうごうじかん】

 【しょかん】


 ……ひらがなだ。

 漢字の【持ち物】を、 読みの音から、 ひらがなで書き起こしたらしい。

「どうしても、 角張った記号は、 難しくて。 音を拾って、 丸い文字で、 書いてみたんです」

「すごい。 ほとんど、 合ってます」

「ほ、 本当ですか!?」

 リエナさんの目が、 ぱっと輝いた。

 ……この人は、 本当に、 文字が好きなんだな。

「じゃあ、 今日は、 ひらがなを、 順番に教えます」

「いいんですか!?」

 僕は、 羊皮紙の端に、 ペンで、 五十音の最初の五つを書いた。

 あ、 い、 う、 え、 お。

「これが、 日本語の、 最初の五つの音です。 それぞれ、 口の形が違います」

「あ、 い、 う、 え、 お……」

 リエナさんは、 一つずつ声に出しながら、 ペンを動かした。

 字は、 少しぎこちなかった。

 けれど、 一画ごとに、 迷いがなかった。

「あ、 が、 むずかしいです。 くるっと、 回って、 戻ってくる」

「そうですね。 三画あります。 横線、 縦線、 そして、 くるっと」

「三画……」

 リエナさんは、 眉間に皺を寄せて、 何度も何度も、 「あ」を書いた。

 三十回ほど書いたころ。

「できました!」

 羊皮紙に、 丸い「あ」が、 ふんわりと浮かんでいた。

 僕は、 思わず拍手をしてしまった。

「完璧です」

「えへへ……」

 リエナさんは、 照れて、 顔を覆った。

 その指の隙間から、 小さな声が漏れた。

「……教えてもらえるのって、 嬉しいですね」

「え」

「わたし、 今まで、 教えてくれる人が、 いなくて。 解読は、 いつも一人だったから」

 ……そうか。

 この人も、 ずっと、 迷子だったのかもしれない。

「僕も、 誰かに教えるのは、 初めてです。 ……楽しいです」

「ほ、 本当に?」

「はい」

 リエナさんは、 しばらく黙って、 それから、 ふにゃりと笑った。

「アサノさん。 旅に、 出られるんですよね」

「たぶん、 近いうちに」

「……あの、 手紙を、 書いてもいいですか」

「もちろん。 僕も、 書きます」

「報連相、 ですか」

「報連相、 です」

 二人で、 小さく笑った。

 窓の外では、 夕陽が、 写本室の天窓を、 橙色に染めていた。

 帰り道、 僕は手記帳を開いて、 一行だけ書いた。


 【所感】

 誰かに何かを教えるのは、 思っていたより、 楽しい。


 それから、 もう一行。


 【所感】

 賢者は、 僕に「宰相には全部話すな」と言った。


 理由は、 まだ聞けていない。

 ……聞けば、 いいのだけれど。

 まだ、 その勇気が出ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。