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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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第6話 初討伐に遅れて到着した……あれ、帰り道は何故かわかります。

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 翌朝。

 僕は、 夜明け前に起きて、 荷物の最終確認をした。


 【持ち物チェック】

 水筒、 四つ。 干し肉、 三日分。 包帯、 薬草、 予備の縄、 火打ち石、 ランタン。

 それから、 手帳、 万年筆、 手記帳。

 そして、 リエナさんが描いてくれた、 トマトの地図。


 ……よし。

 パーティ全員分の荷物は、 背負い袋に分けて詰めた。

 総務の備品管理のやり方で、 用途別に、 小分けにして。

 ドルガンが、 無言で、 僕の袋の中身を覗き込んだ。

 それから、 一つ、 小さく頷いた。

「……悪くない」

「ありがとうございます」

「……ただ、 水が多い」

「荷物の重さは、 現地で調整します。 出発前に、 確認をしておきたくて」

「……理屈は、 いい」

 口癖のように、 そう言った。

 けれど、 袋を背負う僕の肩を、 ドルガンはほんの少しだけ持ち上げて、 位置を直してくれた。

 今日の依頼は、 王都の西にある村からのものだった。

 畑を荒らすゴブリンの群れの討伐。

 ギルドの掲示板では、 駆け出し冒険者向けの、 いちばん易しい依頼のひとつらしい。

「ゴブリン、 っすか。 ゲームだと、 最初の敵っすね」

 ヒカルくんが、 少し緊張した声で言った。

 ミーネが、 呆れた顔をする。

「ゲームって何よ。 現実の魔物は、 そんなに甘くないし」

「でも、 大丈夫、 行ける!」

 ヒカルくんは、 自分に言い聞かせるように、 拳を握った。

 口癖らしい。

 その拳が、 ほんの少しだけ震えているのに、 僕は気づいていた。

 馬車で半日。

 森の入口で、 僕たちは降りた。

 ガルドの森。

 背の高い木々が空を覆い、 昼間だというのに薄暗い。

「……荷物持ち」

 ドルガンが、 低く言った。

「お前は、 俺たちの後ろ、 五十歩を保て。 戦闘が始まったら、 近づくな」

「はい」

「……地図は、 描けるか」

「描きながら、 歩きます」

 僕は手帳を開いて、 リエナさんの教えを思い出した。

 読めない地図は、 悪い地図。

 目印を、 絵で描く。

 倒木。 苔むした岩。 曲がった木。

 三人の背中が、 森の奥に消えていく。

 僕は、 五十歩の距離を保って、 後に続いた。

 十分ほど歩いたときだった。

 道の脇の切り株に、 小さな人影が座り込んでいるのに気づいた。

 白髪の、 小柄なおばあさんだった。

 足元に、 薪の束が、 山のように積まれている。

「あの、 どうかされましたか」

 僕は、 足を止めた。

 ……止めてしまった。

 遅刻の原因は、 いつも、 ここにある。

「ああ、 旅のお方。 いえ、 ちょっと腰を、 やっちまってね。

  この薪を、 家まで運ばにゃならんのだが」

「お家は、 近いんですか」

「あの池を越えた、 すぐそこだよ」

 おばあさんは、 木々の向こうを指差した。

 僕は、 一瞬だけ、 迷った。

 三人は、 すでに森の奥へ進んでいる。

 五十歩どころか、 もう百歩は離れているだろう。

 けれど。

「……運びます」

「いいのかい?」

「すぐ、 戻ります」

 ……すぐ、 戻れるはずだった。

 薪の束を背負って、 おばあさんの案内で池を越えて、 小さな小屋に着いた。

 お礼に、 温かい麦茶までごちそうになってしまった。

 断るべきだった。

 けれど、 おばあさんの皺だらけの手が、 あまりにも嬉しそうで、 断れなかった。

 それから、 小屋を出て、 来た道を戻ろうとして。

 僕は、 立ち尽くした。

 ……来た道が、 分からない。

 池は、 右。

 いや、 左?

 倒木が、 見えない。

 さっきまで、 確かにあったはずなのに。

「……また、 やった」

 今度は、 森の中で。

 しかも、 パーティの任務の最中に。

 僕は、 慌てて歩き出した。

 歩く。 迷う。 戻る。 また迷う。

 同じ曲がった木を、 三回通った。

 四回目で、 ようやく別の方向に出た。

 そこに、 巨大な苔むした岩があった。

 人の顔のように見える、 変な形をしている。

 ……さっきも見た気がするが、 少し違う。

 いや、 同じ岩を反対側から見たのかもしれない。

 とにかく、 全部、 手帳に描き込んだ。

 倒木。 曲がった木。 人面岩。 池。 おばあさんの小屋。 切り株。

 迷うたびに、 地図が増えていく。


 ……これは、 地図係としては、 悪くない仕事なのでは。

 いや、 遅刻の言い訳か。

 そのとき、 遠くから、 爆発音と叫び声が聞こえた。

「……始まってる」

 僕は、 音のする方向に走った。

 走って、 走って、 また少し迷って。

 ようやく辿り着いたとき。

 すべては、 終わっていた。


◇


 開けた場所だった。

 地面に、 ゴブリンが六体、 倒れている。

 焦げた匂い。

 草の焼け跡。

 折れた木の枝。

 その真ん中で、 ドルガンが大剣を背に戻し、 ミーネが杖を肩に担ぎ、 そして、 ヒカルくんが立ち尽くしていた。

 ヒカルくんの右手には、 淡く光る剣が握られていた。

 《聖剣・暁》。

 金色の刃が、 夕暮れの森の中で、 ゆっくりと光を失っていく。

「……遅い」

 ドルガンが、 僕を見て、 一言だけ言った。

「すみません! あの、 おばあさんの薪を運んでいたら、 迷って」

「おばあさん?」

「腰を悪くされていて」

「バッカじゃないの!」

 ミーネが、 杖を振り回して叫んだ。

「あたしたち、 死ぬかもしれなかったんだし!

  荷物持ちが、 荷物と一緒にいなくなってどうするのよ!」

「す、 すみません」

「だから、 謝らないでって! ……じゃなくて、 謝りなさいよ! ……どっちなのよ、 もう!」

 ミーネは、 自分で言って、 自分で混乱している。

「……ミーネ」

 ドルガンが、 低く言った。

「……無事だった。 それでいい」

「……べ、 別に心配してたわけじゃないし」

 ミーネは、 ふいっと顔を背けた。

 そのとき、 気づいた。

 ヒカルくんが、 まだ剣を握ったまま、 動かない。

「ヒカルくん」

「……あ、 アサノさん」

 声が、 掠れていた。

「俺、 倒せました。 ゴブリン。 三体。

  ……最初、 手が震えて、 でも、 『大丈夫、 行ける』って言ったら、 剣が光って」

「すごいです」

「……でも」

 ヒカルくんは、 自分の手を見つめた。

「斬った感触が、 まだ、 残ってて」

 僕は、 何も言えなかった。

 代わりに、 鞄から水筒を取り出して、 差し出した。

「水、 飲んでください」

「あ、 はい。 ……あれ」

 ヒカルくんは、 水筒を受け取って、 きょとんとした。

「俺、 喉、 渇いてたんすね。 今、 言われるまで、 全然、 気づかなかった」

 ごくごくと、 一気に飲み干した。

 それから、 手の震えが少しだけ収まっているのに、 気づいたようだった。

 僕は、 ドルガンを見た。

 ドルガンも、 僕を見ていた。

 その目が、 静かに語っていた。

 ……感じないだけだ。

 ドルガンが、 一度だけ、 小さく頷いた。


◇


 帰りが、 問題だった。

 ゴブリンの群れを追い詰めるうちに、 僕たちは、 森の奥へ、 かなり進んでしまっていたらしい。

 日が、 傾き始めている。

「……どっちだ」

 ドルガンが、 低く呟いた。

 来た道を、 誰も覚えていない。

 ヒカルくんは、 戦闘の興奮で、 道なんて見ていなかった。

 ミーネは、 魔法の撃ち方に集中していた。

 ドルガンは、 敵を追っていた。

「……どっちだ?」

 ヒカルくんが、 同じことを呟いた。

 そのとき、 気づいた。

 ヒカルくんの握る剣の光が、 ふっと弱くなった。

 さっきまで金色に輝いていた《聖剣・暁》が、 迷いの色を映して、 かすかに揺らいでいる?

「……ヒカルくん?」

「あ、 いや、 大丈夫、 大丈夫っす。 道、 俺、 たぶん、 こっち……」

 言いながら、 剣の光は、 さらに薄れていく。

 ヒカルくんの額に、 汗がにじむ。

「迷うと、 弱くなるんだ……」

 僕は、 思わず声に出していた。

「……迷うと?」

 ミーネが、 怪訝そうな顔をする。

「あ、 いえ。 ええと」

 そのとき、 僕は、 手帳を握りしめていることに気づいた。

 ……そうだ。

 僕は今日、 森の中で、 ずっと迷っていた。

 同じ場所を、 何度も、 何度も、 回っていた。

「あの」

 僕は、 手を挙げた。

「道、 分かるかもしれません」

「……何」

 ドルガンが、 振り返った。

「僕、 今日、 この森で、 かなり迷ったので。 ……その分、 ほとんどの道を、 歩きました」

「はぁ?」

 ミーネが、 呆れた声を出した。

「迷った人間が、 道を知ってるわけないでしょ」

「いえ、 逆なんです。 迷ったから、 全部の道を、 見ているんです」

 僕は、 手帳を広げた。

 そこには、 リエナさんに教わった方法で描いた、 森の地図があった。

 倒木。 苔むした岩。 曲がった木。 人面岩。 池。 小さな小屋。

 絵だらけの、 子供の落書きみたいな地図。

「この曲がった木が、 三回通った場所で。 この人面岩が、 池の東側にあります。 池を越えれば、 おばあさんの小屋。 そこから、 倒木のところを右に曲がれば、 村への道です」

「…………」

 三人が、 地図を覗き込んだ。

 しばらく、 誰も、 何も言わなかった。

「……ここ、 どこだ」

 ドルガンが、 指さした。

「今いる場所は、 たぶん、 ここです。 さっき、 人面岩を反対側から見たので」

「……反対側から」

「はい」

「……」

 ドルガンが、 僕の顔を見た。

「……行くぞ。 荷物持ちの案内だ」

「え」

「聞こえなかったのか。 お前が先頭だ」

 ……僕が、 先頭。

 心臓が、 どくんと鳴った。

 三人の視線が、 背中に集まる。

 僕は、 地図を握りしめて、 歩き出した。

 人面岩。 曲がった木。 池。 倒木。

 絵の通りに、 景色が現れる。

 最後に、 倒木の先で道を右に曲がったとき。

 森の木々が切れて、 夕暮れの空と、 村の屋根が見えた。

「うわ、 マジだ!」

 ヒカルくんが、 歓声を上げた。

 その手の中の剣が、 再び、 金色に強く光った。

 道が見えたから、 だろうか。

「おじさん、 なんで、 道、 知ってるのよ」

 ミーネが、 悔しそうに聞いてくる。

「迷ったからです」

「だから、 それがおかしいって言ってるし!」

「同じ場所を、 三回通りました。 そのおかげで、 目印を全部、 覚えました」

「……バッカじゃないの」

 ミーネは、 ふいっと顔を背けた。

 けれど、 その口の端が少しだけ上がっていたのを、 僕は見た。

「……迷った分だけ、 か」

 ドルガンが、 ぽつりと呟いた。

 僕を見て、 ほんの少しだけ、 目を細めた。

「……悪くない」

 それは、 今朝、 荷物の袋を見たときに聞いた言葉と、 同じだった。

 けれど、 重みが、 全然違った。


◇


 夜。

 村の宿で、 僕は手記帳を開いた。


 【今日の出来事】

 初討伐。 僕は遅刻して、 戦闘には間に合わなかった。

 帰り道、 地図係として、 案内した。


 【所感】

 迷ったおかげで、 道を覚えた。

 迷子は、 欠陥じゃないのかもしれない。


 ……そう書いて、 少し苦笑する。

 それは、 ちょっと都合のいい解釈かもしれない。

 けれど、 賢者が言っていた。

 迷った者が、 辿り着けるように、 と。


 【所感】

 ヒカルくんは、 喉が渇いていることに気づいていなかった。

 勇者の加護の、 もう一つの顔。

 ……やっぱり、 気をつけて見ておこう。


「……荷物持ち」

 ノックもなしに、 扉が開いた。

 ドルガンだった。

 手に、 小さな包みを持っている。

「これを」

「え」

「干し肉だ。 ……今日、 歩きすぎただろう」

「あ、 ありがとうございます」

「……礼は要らん」

 包みを置いて、 ドルガンは背を向けた。

「明日は、 王都に戻って、 訓練迷宮だ。 ……遅れるな」

「はい」

「……ミーネが」

「え?」

「……あいつが、 お前の地図を、 写している」

 見ると、 廊下の向こうで、 ミーネが、 こっそり僕の手帳を覗き込んでいた。

 目が合うと、 ミーネは、 ぎくりと固まった。

「べ、 別に、 見てないし!」

「あ、 はい」

「たまたま、 目に入っただけだし!」

「どうぞ、 好きなだけ」

「だ、 だから、 別に、 いらないし!」

 顔を真っ赤にして、 ミーネは廊下を走っていった。

 ドルガンが、 ふっと息を吐く。

 それが笑いだと気づくまで、 少しかかった。

 扉が閉まる。

 一人になった部屋で、 僕は、 干し肉の包みを見つめた。

 試験期間は、 あと一日。

 けれど、 なんとなく。

 この三人と、 もう少し、 旅を続けたいと思った。

 首元の砂時計が、 かすかに光った気がした。

 明日、 僕は初めてその砂を動かすことになる。

 この時はまだ気づいていなかった。

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