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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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第5話 パーティ顔合わせなのに、 僕の職業欄に「荷物持ち」と書かれました

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 翌朝の訓練場には、 一番乗りで着いた。


 ……つもりだった。

 石畳の広場の中央に、 すでに人影が立っていた。

 大男だった。

 二メートル近くあるだろうか。

 分厚い胸板に、 使い込まれた革の鎧。

 無精髭の浮いた顎には、 古い傷痕が走っている。

 背中には、 人の身長ほどもある、 幅広の大剣。

 男は、 微動だにせず、 ただ朝日の中に立っていた。

「あ、 あの、 おはようございます」

「…………」

「お、 早いですね。 僕も、 三十分前に来たつもりだったんですが」

「…………」

 返事がない。

 石像かと思って、 近づいて覗き込もうとしたとき。

「……早いな」

 石像が、 喋った。

「あ、 はい。 今日は、 遅刻しないと決めていて」

「……荷物持ちか」

「はい。 浅野巡といいます。 よろしくお願いします」

「……ドルガンだ。 ドルガン・ハーク」

 それだけ言って、 男は、 僕を頭のてっぺんからつま先まで、 ゆっくりと眺めた。

 値踏みされている。

 営業の新人研修で、 取引先の部長に同じ目で見られたことがある。

「……細い」

「すみません」

「……持てるのか」

「頑張ります」

「……理屈はいい。 持てるか、 持てないか、 だ」

「……持てるように、 頑張ります」

 ドルガンは、 しばらく僕を見ていた。

 それから、 鼻から短く息を吐いた。

「……動かん奴は、 嫌いじゃない」

「え?」

「……何でもない」

 どういう意味だろう。

 僕は、 その場で動かずに待っていただけなのだが。


 それから、 三十分が過ぎた。

 勇者のヒカルくんも、 宰相も、 まだ来ない。

 もう三十分、 待った。

 ドルガンは、 一度も座らなかった。

 一度も、 動かなかった。

 ただ、 僕の方が、 そわそわと足踏みをしている。

「……落ち着け」

「はい、 すみません」

「……謝るな」

「すみま……あ」

 ドルガンの口の端が、 ほんの少しだけ動いた。

 ……笑った?

 そのとき。

「あーっ、 もう、 遅刻するーっ!」

 訓練場の入口から、 金茶色の髪を揺らした小柄な少女が、 全力疾走で駆け込んできた。

 とんがり帽子。

 身の丈ほどの杖。

 ローブの裾が、 泥で汚れている。

 少女は、 僕たちの前で急停止して、 荒い息をついた。

「はぁ、 はぁ……間に合った! ぎりぎり!」

「……三十分、 遅刻だ」

 ドルガンが、 低く言った。

「うそ! あたしの計算では、 あと五分あるはずだし!」

「……計算が間違っている」

「うるさいなあ、 もう!」

 少女はむくれて、 それから、 僕に気づいた。

「……あんた、 誰?」

「浅野巡と申します。 荷物持ちで……」

「ああ、 勇者と一緒に来た、 おまけの」

 おまけ。

 あっさり、 刺さった。

「あたし、 ミーネ・ルル。 魔導士。 天才」

「自分で言うんだ……」

「事実だし。 ……ていうか、 荷物持ち、 本気? 思ってたより、 ずっとおじさんじゃない」

「……はい、 おじさんで大丈夫です」

「開き直ったし」

 ミーネは腰に手を当てて、 僕を見上げた。

 年は、 十六歳くらいだろうか。

 大きな翠色の目が、 勝ち気に光っている。

「いい? あたしの足、 引っ張らないでよね。

 荷物持ちって、 荷物を持つだけが仕事なんだから。 余計なこと、 しないでよね」

「はい。 気をつけます」

「素直すぎて、 逆にムカつくし」

「すみません」

「だから、 謝らなくていいし!」

 なぜか、 怒られた。

 さらに十分後。

「すんませーん! 遅れましたー!」

 ヒカルくんが、 宰相のグレイヴと一緒に、 訓練場に現れた。

 勇者様は、 宰相の同伴で来るものらしい。

「皆様、 お揃いのようで」

 宰相が、 優雅な微笑みを浮かべた。

 ……僕は、 この人の笑顔を、 まだ信用していない。

 召喚された夜の「間」が、 頭の隅に引っかかったままだ。

「本日より、 勇者様のパーティを編成いたします。

  前衛、 ドルガン・ハーク。 元王国騎士にして、 重戦士」

 ドルガンが、 無言で頷く。

「後衛、 ミーネ・ルル。 王立魔導学院を、 史上最年少で卒業した、 天才魔導士」

「ふふん」

 ミーネが、 胸を張る。

「そして、 荷物持ち兼、 地図係。 アサノ・メグル様」

 ……地図係?

 荷物持ちだけではなかったのか。

「あの、 地図係、 というのは」

「昨日、 図書院で、 解読官のリエナ殿から地図を贈られたそうですね。

  それを勇者様のお耳に入れたところ、 『ぜひアサノさんに地図を』と」

 ヒカルくんが、 ちょっと照れたように、 頭をかいた。

「アサノさん、 昨日、 トマトの地図、 見せてくれたじゃないっすか。

  あれ、 めっちゃ分かりやすかったんで。 旅って、 地図、 大事っしょ?」

 そうか。

 ヒカルくんが、 そう言ってくれたのか。

「……ありがとう、 ございます」

「ただし、 試験採用でございます」

 宰相が、 つけ加えた。

「三日間で、 荷物持ちとして、 そして地図係として、 役に立つかどうか。 判断させていただきます」

「三日、 ですか」

「ええ。 合理的な期間かと」

 三日。

 ……試用期間、 か。

 総務として、 他人の試用期間を判断する側に回ったことは、 何度もある。

 まさか、 自分が受ける側になるとは。

「さて」

 宰相は、 ヒカルくんに向き直った。

「勇者様には、 旅に出る前に、 一つ、 お伝えしておかねばならないことがございます」

「あ、 はい」

「勇者の加護には、 もう一つ、 授かった力がございます」

 宰相の声に、 少しだけ、 芝居がかった重みが加わった。

「『不眠不休の加護』。 勇者様は、 眠らずとも、 食べずとも、 疲れを知らずに、 戦い続けることができるのでございます」

「えっ」

 ヒカルくんが、 目を丸くした。

「俺、 疲れないんすか?」

「はい。 千年前の初代勇者様も、 この加護によって、 昼夜を問わず魔王軍と戦い、

  世界を救われました。 これぞ、 勇者のみが賜る、 栄誉ある力」

「すげえ……! それ、 最強じゃないっすか!」

「…………」

 ヒカルくんは、 目をきらきらさせている。

 けれど僕は、 背中を冷たいものが這い上がるのを感じていた。

 眠らなくていい。

 疲れを知らない。

 昼夜を問わず、 戦い続けられる。

 それは、 「できる」ということなのだろうか。

 それとも、 「させられる」ということなのだろうか。

 僕は、 総務を六年やってきた。

 「できる」と言われた仕事が、 いつの間にか「やるべき仕事」になり、

   やがて「やって当たり前の仕事」になる過程を、 何度も見てきた。

 夜中に呼び出されることが、 「頼られている証拠」にされる。

 休まないことが、 「責任感の強さ」にされる。

 その先にあるものも、 知っている。

 そのときだった。

「……疲れを感じないのと、 疲れていないのは、 違う」

 低い声が、 響いた。

 ドルガンだった。

 大剣の柄に手を置いたまま、 前を向いて、 独り言のように呟く。

「……俺は、 騎士だった。 眠らずに三日、 戦場に立ったことがある。

  疲れは、 感じなかった。 ……だが、 四日目の朝、 剣が持てなくなった」

 訓練場が、 静まり返った。

 宰相の笑みが、 ほんの一瞬だけ、 固まった。

「……感じないだけだ。 身体は、 疲れている。 ……それを忘れるな、 勇者」

「ドルガン殿は、 随分と心配性でいらっしゃる」

 宰相が、 すぐに笑顔を取り戻した。

「ご安心ください。 勇者様の加護は、 騎士の根性論とは、 次元が違いますので」

「…………」

 ドルガンは、 それ以上、 何も言わなかった。

 けれど僕は見ていた。

 大剣の柄を握るその手が、 わずかに白くなっているのを。

 僕は手帳を開いて、 そっと書き込んだ。


 【確認事項】勇者の加護:不眠不休。 感じないだけで、 身体は疲れている(ドルガンさん談)


 【確認事項】解除条件は? 休暇は? ……誰に聞けばいいか


 聞けば、 いいのだ。

 賢者の声が、 また蘇る。

 けれど、 今この場で宰相に聞いても、 「合理的に」はぐらかされるだけだろう。

 代わりに、 一つ決めた。

 ヒカルくんの様子を、 気をつけて見ておく。

 総務の仕事は、 もともと、 そういうものだ。

 誰かが倒れる前に、 気づくこと。


◇


 午後、 僕たちは王都の冒険者ギルドに向かった。

 パーティ登録のためだ。

 石造りの大きな建物。

 中は、 昼間から酒の匂いと、 武具のぶつかる音と、 荒っぽい笑い声で満ちていた。

「うわ、 すげえ、 ゲームみたいっす!」

 ヒカルくんが、 目を輝かせてきょろきょろしている。

 僕は鞄を抱えて、 ドルガンの影に隠れるように歩いた。

 場違い感が、 半端ではない。

「……ここだ」

 ドルガンが、 カウンターの前で足を止めた。

 受付に座っていたのは、 腕組みをした、 筋骨隆々の大男だった。

 顔に、 古い斧傷。

「勇者パーティの登録ですか。 お名前を、 こちらの板に」

 差し出されたのは、 薄い金属の板だった。

 表面に手をかざすと、 文字が浮かび上がる仕組みらしい。

 ヒカルくんが手を置くと、 板が、 金色にぱっと光った。

「おお、 勇者様! 登録完了です。 ランクは、 暫定でS」

「S! やった!」

「ドルガン殿は、 B。 ミーネ嬢は、 A」

「当然だし」

 ミーネが、 ふんと鼻を鳴らす。

「次の方」

 僕は、 おずおずと板に手を置いた。

 ひんやりとした金属の感触。

 一拍置いて、 文字が浮かび上がった。

 氏名:アサノ メグル

 職業:荷物持ち

 スキル:迷子(行き先不明の転移)

 ランク:F

 僕の名前は、 カタカナで表示されていた。

 この世界では、 固有名詞は音のまま残るのだと、 昨日、 リエナさんが言っていたっけ。

 受付の大男が、 板を覗き込んだ。

「……荷物持ち。 スキル、 迷子。 ランクF」


 沈黙。


 それから、 吹き出した。

「ぶはははは! 勇者様のパーティに、 ランクFの荷物持ちか! 珍しいこともあるもんだ!」

 ギルド内の、 あちこちから笑い声が上がる。

「迷子ってなんだ、 スキルかそれ!」

「かわいそうに、 道に迷うのが特技か!」

 僕は、 いつものように頭を下げようとした。

 すみません。 こんなスキルで。

 その瞬間。

「……やかましい」

 ドルガンの低い声が、 ギルド中に響いた。

 笑い声が、 ぴたりと止まる。

 ドルガンは動かなかった。

 ただ、 腕を組んで、 そこに立っていただけだ。

 それなのに、 酒場の空気が凍りついた。

「……こいつは、 俺たちの荷物持ちだ。 笑うなら、 俺に言え」

「ど、 ドルガンの旦那……」

 受付の大男が、 慌てて笑いを引っ込める。

 ドルガンは、 それ以上、 何も言わなかった。

 僕は、 目を瞬いた。

 ……庇って、 もらった?

 さっきまで、 「細い」「持てるのか」と値踏みしていた人が。

「……勘違いするな」

 ドルガンが、 僕の方を見ずに言った。

「……パーティの恥だ。 それだけだ」

「はい。 ……ありがとうございます」

「……礼は、 要らん」

 その横で、 ミーネが、 ぷいっと顔を背けた。

「あたしも、 別に庇ったわけじゃないし。 ただ、 うるさかったから」

「はい」

「だから、 別に、 心配してないし」

「ええと、 ありがとうございます」

「だーかーら!」

 真っ赤になっている。

 ヒカルくんが、 そんな僕たちを見て、 にこにこと笑っていた。

「いいパーティっすね」

「……そうですね」

 僕は、 登録票に刻まれた自分の名前を見つめた。

 アサノ メグル。

 荷物持ち。

 ……それでも、 パーティの一員と、 認めてもらえた気がした。


◇


 夜。

 宿舎の部屋で、 僕は手記帳を開いた。


 【今日の出来事】

 パーティの顔合わせ。 ドルガンさん、 ミーネさん、 ヒカルくん、 僕。

 荷物持ち兼地図係、 試験採用(三日)。

 勇者の加護:不眠不休。


 【所感】

 ドルガンさんは、 怖そうだけど、 優しい人。

 ミーネさんは、 口が悪いけど、 たぶん悪い子じゃない。

 ヒカルくんは、 すごく、 いい子。 だからこそ、 倒れないよう、 見ていないといけない。


 ……ペンが止まる。


 【所感】

 ランクFでも、 パーティの一員と言ってもらえた。

 ……たぶん、 嬉しかった。


 首元の砂時計に、 指で触れる。

 砂は、 一粒、 下に落ちたままだ。

 明日は、 初めての討伐だという。

 地図係として、 遅刻せずに、 役に立つ。

 それが、 三日の試験を通るための条件だ。

 ……そう、 意気込んでいたのに。

 僕は翌日、 盛大に遅刻することになる。

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