第23話 解読官の字が光った
はじめまして。
数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。
こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、
ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。
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ノクスの宿場まで、 あと二日。
その夜の野営地は、 街道沿いの、 古い林の中だった。
定時は、 もう、 夕方の五時。
焚き火を囲んで、 夕食を終え、 ヒカルくんが、 毛布にくるまる。
リエナさんは、 僕の手記帳の写しを、 熱心に見ていた。
「ここの、 【所感】の、 書き方が、 いつも、 『……』で終わっていて」
「あ、 癖です」
「この癖、 賢者様の覚書にも、 ありました」
「……そう、 ですか」
先達だから、 だろうか。
そんな話をしていた、 そのときだった。
「……来る」
ドルガンが、 低く言った。
林の奥から、 赤い光が、 いくつも、 いくつも、 浮かび上がった。
目だ。
黒い、 狼のような影。 十、 二十、 三十。
影狼の群れが、 僕たちを、 ぐるりと取り囲んでいた。
「全員、 構えろ」
ヒカルくんが、 跳ね起きた。
《聖剣・暁》が、 金色の光を放つ。
影狼は、 光を嫌って、 一歩、 退いた。
けれど、 すぐに、 唸り声を上げて、 飛びかかってくる。
「うおおお!」
ヒカルくんの剣が、 閃く。 ドルガンの大剣が、 唸る。 ミーネの小さな光弾が、 次々と、 影を撃ち抜いていく。
三人の連携は、 もう、 見事なものだった。
僕は、 リエナさんの前に立って、 彼女を庇った。
「リエナさん、 下がって!」
「は、 はい!」
リエナさんは、 手記帳と、 羊皮紙の木箱を、 抱きしめて、 木の陰に、 しゃがみ込んだ。
けれど。
戦いの隙間を縫って、 一匹の影狼が、 すり抜けた。
赤い目が、 まっすぐ、 僕たちを捉えている。
「……っ!」
影狼が、 地面を蹴った。
牙が、 僕の喉元へ。
身体が、 動かない。
その瞬間。
「いやあああっ!」
リエナさんの悲鳴が、 響いた。
彼女は、 恐怖のあまり、 手に握っていた、 羽根ペンを、 無我夢中で、 振り回した。
地面の、 土の上に。
震える手で、 一つの言葉を、 書き殴った。
この世界の文字で。
『守って』
その瞬間。
土の上の文字が、 ぱっと、 光った。
淡い、 銀色の光。
光は、 文字から、 立ち上がった。
一枚の、 薄い、 透き通った壁になって。
僕と、 リエナさんの、 前に。
ガキン!
影狼が、 光の壁に、 激突した。
壁は、 ひび割れて、 三秒ほどで、 砕け散った。
けれど、 その三秒で、 十分だった。
「……ふんっ!」
ドルガンの大剣が、 影狼を、 一刀両断にした。
静寂。
残りの影狼たちも、 ヒカルくんたちに、 次々と、 倒されていた。
戦いが、 終わった。
僕は、 その場に、 へたり込んだ。
「……リ、 リエナさん」
「…………」
リエナさんは、 地面を、 じっと、 見つめていた。
さっきまで、 文字が光っていた場所を。
そこには、 消えかけた、 薄い銀色の粉が、 かすかに、 残っていた。
「……今の」
リエナさんが、 震える声で、 呟いた。
「わたしが、 やったん、 ですか」
「はい。 ……リエナさんの字が、 光って、 壁になりました」
「…………」
リエナさんは、 自分の右手を、 呆然と、 見つめた。
羽根ペンを握った、 インクで汚れた指。
「……うそ」
その目に、 みるみる、 涙がたまった。
けれど、 それは、 恐怖の涙ではなかった。
「わたし、 ずっと」
声が、 震えていた。
「ずっと、 何の、 役にも立たない、 力だと、 思ってました。 文字を読むだけの。 誰も、 必要としない」
「…………」
「でも」
リエナさんは、 ぎゅっと、 ペンを握りしめた。
「……守れた。 アサノさんを」
「リエナさん」
「守れたんです……!」
彼女は、 泣きながら、 笑った。
◇
翌朝。
僕たちは、 昨夜の野営地で、 リエナさんの力を、 検証することにした。
「じゃあ、 まず、 『壁』って、 書いてみます」
リエナさんは、 羊皮紙の上に、 ゆっくりと、 世界の文字で、 書いた。
『壁』
一画。 二画。 三画。
書き終えるまでに、 たっぷり三十秒かかった。
最後の一画を引いた瞬間。
文字が、 ぽっと、 銀色に光った。
羊皮紙の上に、 小さな、 手のひらほどの、 透明な壁が、 浮かび上がる。
けれど、 すぐに、 ふっと、 消えた。
「……小さい」
「……遅いな」
ドルガンが、 腕を組んだ。
「三十秒かけて、 この大きさか。 ……戦場では、 使えん」
「う……」
リエナさんの肩が、 しゅんと落ちる。
「でも、 昨夜は、 一瞬で、 光ったっすよね?」
「昨夜は、 『守って』って、 書いたんです。 ……短い言葉を、 殴り書きで」
「殴り書きでも、 光ったんすか」
「はい。 ……でも、 今日は、 同じように書いても、 光りません」
リエナさんは、 もう一度、 試した。
『守って』
けれど、 今度は、 何も起きなかった。
「……何が、 違うんだろう」
僕は、 手帳を開いた。
「昨夜と、 今日の違い。 ……昨夜は、 リエナさんは、 怖かった」
「……はい」
「誰かを、 守りたかった。 強く。 心から」
「……」
「今日は、 検証だから、 少し、 冷静に書いている」
「……あっ」
リエナさんが、 顔を上げた。
「意味を、 込めたかどうか、 かもしれません」
「意味を」
「ただ、 形を写すのではなくて。 その言葉の意味を、 心の底から、 理解して。 ……『守りたい』と、 本気で思って、 書く」
彼女は、 もう一度、 ペンを握った。
目を閉じて、 深呼吸。
昨夜の、 恐怖と、 願いを、 思い出すように。
それから、 一息に、 書いた。
『守って』
ぱっ、 と。
文字が、 銀色に光った。
今度は、 羊皮紙から、 立ち上がって、 リエナさんの、 目の前に、 一枚の壁を作った。
昨夜より、 少し大きい。
人が、 一人、 隠れられるほどの。
けれど、 十秒ほどで、 消えた。
「できた……!」
「すごいっす、 リエナさん!」
「意味を込めて、 書く。 ……それが、 条件ね」
ミーネが、 目を丸くして、 呟いた。
「あたしの魔法と、 同じだし。 詠唱の意味を、 理解してないと、 発動しないの」
リエナさんは、 その後も、 いくつか試した。
『光』と書くと、 ぽわっと、 小さな灯りが浮かんだ。
『お菓子』と書くと、 淡い光の、 クッキーのような形が、 現れた。
「食べられるし!?」
ミーネが、 目を輝かせて、 飛びついた。
けれど、 ミーネの口に入る前に、 クッキーは、 光の粉になって、 消えた。
「味、 しないし!」
「……すみません」
「べ、 別に、 期待してなかったし!」
ミーネは、 ぷいっと顔を背けた。
何度か試して、 分かったことを、 僕は手帳に、 まとめた。
【リエナさんの書字の条件】
一、 意味を、 本気で理解して書く。 写しただけでは、 光らない。
二、 画数が多いと、 書くのに時間がかかり、 戦闘では間に合わない。
三、 一日に、 書ける量に限りがある(三十文字ほどで、 手が痺れる)。
四、 効果は、 短い。 長くても十秒ほど。
「……使い勝手は、 悪いな」
ドルガンが、 率直に言った。
「だが」
「え」
「昨夜は、 お前の一言で、 荷物持ちが、 死なずに済んだ」
「…………」
「……十分だ」
ドルガンは、 ふいっと、 顔を背けた。
リエナさんの目が、 また、 潤んだ。
「ありがとうございます、 ドルガンさん」
「……礼は、 要らん」
僕は、 リエナさんの手帳の、 世界の文字を、 じっと見つめていた。
「リエナさん」
「はい」
「この世界の文字は、 一つの言葉を書くのに、 画数が、 たくさん必要ですよね」
「はい。 一語で、 十画以上」
「僕の国の、 漢字、 というものは」
僕は、 手帳の端に、 一文字を、 書いた。
『盾』
「これで、 『たて』と読みます。 一文字で、 一つの意味を、 持っています」
「…………」
リエナさんの目が、 大きく見開かれた。
「一文字で、 一つの意味」
「はい。 画数は、 少し多いけれど、 一文字で済みます。 ……もしかしたら」
「……もしかしたら」
「リエナさんの書字と、 相性が、 いいかもしれません」
リエナさんは、 手帳の『盾』の字を、 食い入るように、 見つめていた。
「……教えて、 ください」
声が、 震えていた。
「漢字を。 ……わたし、 覚えたいです」
「はい。 ……近いうちに、 ゆっくり、 教えます」
「約束、 ですよ」
「約束です」
リエナさんは、 満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、 僕は、 胸の奥が、 じんわりと、 温かくなった。
誰にも評価されなかった力が、 ようやく、 日の目を見ようとしている。
それを、 隣で見られること。
それが、 僕には、 何より嬉しかった。
手記帳に、 一行、 書き足した。
【所感】
リエナさんの字が、 光った。
本人が、 一番、 驚いていた。
……でも、 僕は、 驚かなかった。
この人の字は、 最初から、 光っていたから。




