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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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22/25

第22話 荷物持ちの手帳は二度見された

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 翌朝。


 朝食を終えると、 リエナさんが、 荷馬車から持ってきた大きな木箱を、 僕たちの前に置いた。

「あの、 皆さん。 少しだけ、 お時間を、 いただけますか」

「どうしたんすか、 リエナさん。 深刻な顔して」

「……昨夜から、 ずっと、 気になっていたことが、 あって」

 リエナさんは、 木箱の蓋を、 そっと開けた。

 中には、 羊皮紙の束が、 ぎっしりと詰まっている。

「図書院から、 持ってきた、 写本の控えです。 ……これは、 『賢者の覚書』という写本です」

「賢者の……覚書」

「はい。 迷いの塔の賢者様が、 先代国王様に献上された、 手書きの記録の、 写しです。 ……預言書、 と呼ばれることもあります」


 リエナさんは、 一枚の羊皮紙を、 取り出して、 広げた。

 びっしりと、 この世界の文字で、 書かれている。

 けれど、 その、 ところどころに。

 見覚えのある、 形の文字が、 混じっていた。

 四角い、 見出しのような、 記号。

「……あれ」

 僕は、 思わず、 声を漏らした。

「この、 四角い記号の連なり。 ……図書院では、 『賢者の記号』と呼ばれています。 誰にも読めない、 賢者様だけの、 秘密の印、 だと」

 リエナさんは、 その記号を、 指でなぞった。

「でも、 わたし、 ひらがなを覚えて、 アサノさんの手帳の字を、 少しずつ、 読めるようになって」

「……」

「昨夜、 気づいたんです。 ……読めるんです。 これ」

 リエナさんの指が、 一つの見出しの上で、 止まった。


「……【持ち物】」

 心臓が、 どくんと鳴った。


「こっちは、 【集合時間】。 これは、 【所感】」

「……え」


「全部、 アサノさんの手帳と、 同じ見出しです。 ……形も、 配置も、 同じ」

 リエナさんは、 僕の手帳を、 そっと取って、 羊皮紙の隣に並べた。

 二つを、 見比べる。

 ……同じだ。

 四角い、 黒い括弧。 その中の、 漢字の形。 見出しのあとに続く、 短い文章の、 書き出し方。


「……本当だ」

 僕の声が、 掠れた。

「賢者さんの、 覚書にも、 【持ち物】【集合時間】【所感】が」

「はい。 ……それから、 線の癖も」

 リエナさんは、 眼鏡を押し上げて、 指で一つ一つを、 示した。

「払いの角度、 止めの長さ、 『所』の字の、 右上の、 はね。 ……どれも、 驚くほど、 そっくりです」

 ヒカルくんが、 二つを、 のぞき込んだ。

「うわ、 マジだ。 ほぼ同じ字っすね」

「……」

 ドルガンも、 無言で、 二つを見比べている。

「……荷物持ち。 お前、 賢者に、 字を習ったのか」

「い、 いえ、 習ってないです」

「でも、 似すぎだし」

 ミーネが、 腕を組んだ。

「じゃあ、 何。 賢者って、 おじさんの、 親戚とか」

「そんな、 まさか」

 僕は、 慌てて首を振った。

 けれど、 頭の中は、 ぐるぐると回っていた。

 同じ見出し。 同じ字。 同じ癖。

 ……どうして。

 その時、 一つの答えが、 浮かんだ。

「……あ」

「どうしたんすか」

「賢者さんは、 『先達』だと、 言っていました。 僕より、 ずっと前に、 この世界に来た、 召喚された者、 だと」

「あ、 そうっすね」

「だったら」

 僕は、 手帳を、 握りしめた。

「賢者さんは、 僕と同じ、 日本人だったんじゃ、 ないでしょうか」

「にほん……じん」

「日本の会社の、 新人研修では、 みんな、 同じ書式を、 習うんです。 【持ち物】、 【集合時間】、 【所感】。 ……同じ研修を受けた先輩が、 同じ書き方を、 するのは、 そんなに、 おかしくない」

 口にしながら、 少し、 無理があるかな、 とも思った。

 字の癖まで、 そっくりだ。 それは、 研修の書式では、 説明がつかない。

 けれど、 他に、 説明が思いつかない。

「……なるほど。 賢者様は、 アサノさんの、 国の方」

 リエナさんが、 ゆっくり頷いた。

「だから、 『報連相』も、 『定時で帰れ』も、 ご存じだった」

「……はい」

「千年前の、 初代勇者様の、 手記のことも、 ご存じで」

「え、 それは」

「いえ。 ……何でも、 ありません」

 リエナさんは、 首を振った。

 けれど、 その目は、 まだ、 何かを、 考えている目だった。

 彼女は、 それ以上、 何も言わなかった。

 ただ、 賢者の覚書を、 大切そうに、 木箱に戻した。

「……そう、 ですよね」

 小さく、 呟いた。

 自分に、 言い聞かせるように。



◇





 その夜、 僕は、 一つの決心をした。

 賢者さんに、 手紙を書く。

 報連相だ。

 石守のこと。 湖の都のこと。 夜想楽団のこと。 そして、 《迷子》のこと。

 聞くのは、 恥ではない。

 僕は、 手記帳とは別の、 一枚の紙を取り出して、 万年筆を握った。

 『賢者さんへ』

 『ご無沙汰しています。 浅野巡です。 報連相の、 報告です』

 ペンが、 すらすらと進んだ。

 イサの里の灯りの道。 石守と、 工房の親方。 湖の都の、 鐘の唄。

 新しい仲間のリエナさんのこと。 ドルガンさんのこと。

 そして、 夜想楽団の、 四人のこと。

 『彼らは、 僕の《迷子》を知っていました。 「千年ぶり」と言っていました』

 ペンが、 そこで、 止まった。

 ……聞こう。

 僕は、 ゆっくりと、 書き足した。

 『質問です。 石守の台座にも、 湖の街の記録にも、 「迷子の旅人」という言葉がありました。 その人は、 賢者さんのことでしょうか』

 ……違う、 と言ってくれるだろうか。

 それとも。

 首を振って、 最後に、 一行だけ、 添えた。

 『追伸。 お茶は、 やっぱり、 ぬるめがおいしいです』

「何、 書いてるんすか?」

 ヒカルくんが、 覗き込んできた。

「賢者さんへの、 報連相です」

「へー! 賢者さん、 手紙、 読めるんすか? 日本語っすよね?」

「はい。 ……たぶん、 読めます」

「じゃあ、 俺も、 一言、 書いていいっすか!」

「どうぞ」

 ヒカルくんは、 ペンを受け取って、 大きな字で、 書き足した。

 『賢者さん、 ヒカルです! 最近、 迷っても大丈夫って分かりました!』

 ……元気だ。

 ミーネは、 横で、 むすっとしていた。

「あたしは、 書かないし」

「はい」

「……でも、 『元気です』って、 書いといて」

「分かりました」

 僕は、 小さな字で、 書き足した。

 『ミーネさんも、 元気です』

「バッカじゃないの、 勝手に書かないでよ!」

「書けって、 言いましたよね」

「言ってないし!」

 リエナさんが、 くすくす笑っている。

 その笑顔が、 ふっと、 翳った。

「……アサノさん」

「はい」

「もし、 ですが。 賢者様が、 もし」

 彼女は、 そこで、 言葉を切った。

 焚き火の炎が、 ぱちりと、 爆ぜた。

「……いえ。 お返事を、 待ちましょう」

 リエナさんは、 小さく、 微笑んだ。

 手紙は、 次の村の、 ギルドの早馬便に託した。

 迷いの塔まで、 届くだろうか。

 届いたら、 賢者さんは、 どんな顔をするだろう。

 ……お茶を、 淹れて、 待っていてくれるだろうか。

 僕は、 手記帳に、 一行だけ、 書き足した。


 【所感】

 賢者さんの字は、 僕の字に、 よく似ている。



 先達だから、 だろうか。

 ……そうだと、 思いたい。

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