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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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第21話 魔王軍の四将襲来……襲来?

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 湖の都ミラージュを発つ朝、 子供たちが、 橋の上に整列していた。

 小さな手に、 紙で作った旗を握りしめて。

  かねが なったら きたのおか

 みんなで、 元気よく歌ってくれる。

 ティーナさんが、 腕を組んで、 満足そうに頷いていた。

「勇者様。 ……あたしたちは、 もう大丈夫だよ。 この街は、 みんなで守る。 あんたたちは、 先へ行きな」

「はいっす! ありがとうございました!」

 ヒカルくんが、 深く頭を下げた。

 その顔は、 ミラージュに着く前とは、 少し違って見えた。

 背筋が、 すっと伸びている。 けれど、 肩の力は抜けている。

「アサノさん」

 街道を歩きながら、 ヒカルくんが、 小声で言った。

「俺、 あのとき、 マジで怖かったっす」

「……はい」

「選べなくて、 剣が光らなくなって。 ……でも、 今は、 ちょっと分かるんす。 迷っても、 大丈夫なんだって」

「……はい」

「だから、 次に迷ったら、 ちゃんと呼ぶっす。 『助けて』って」

 ヒカルくんは、 にかっと笑った。

 僕は、 胸の奥が、 じんわりと温かくなった。

 一行は、 北へ向かった。

 目指すのは、 王国の北の国境にある、 ガルナ砦。 魔王領「永夜の地」に、 最も近い人間の砦だ。

 街道を、 四日。

 その道中で、 僕たちは、 一つの異変に気づいた。

「アサノさん」

 三日目の夕方、 リエナさんが、 遠慮がちに手を挙げた。

「あの、 定時の時刻、 ですが」

「はい」

「……毎日、 少しずつ、 早くなってませんか」

 ……そう言われて、 気づいた。

 確かに、 そうだった。

 砂時計暦で計る日没までの時間が、 日に日に、 短くなっている。

「一日あたり、 十分くらい、 早まってます」

「十分……」

「アサノさんの手帳を見て、 数えたんです。 初日は、 夕方の六時でした。 今日は、 五時半。 ……三十分、 早い」

「……北に近づいているから、 では」

「それもあると思います。 でも」

 リエナさんが、 北の空を見上げた。

 ずっと遠くの空に、 黒い帯のような闇が、 横たわっている。

「……朝が、 遠ざかっているんだと、 思います。 国王様の、 お言葉通りに」

「……定時が、 早くなる」

 ドルガンが、 低く呟いた。

「……得だな」

「ドルガンさん、 今、 冗談を」

「……言ってない」

 全員が、 吹き出した。

 けれど、 笑いのあとで、 空気が、 少しだけ重くなった。

 朝が、 遠ざかる。

 夜が、 長くなる。

 それは、 僕たちの「定時」が、 少しずつ削られていくということでもあった。



◇



 その夜は、 小高い丘の上で、 野営をした。

 焚き火を囲んで、 夕食を終え、 ヒカルくんが、 毛布にくるまる。

 ミーネとリエナさんは、 並んで座って、 ひらがなの練習をしている。

 ドルガンは、 いつものように、 大剣を抱えて、 動かない。

 僕は、 手記帳に、 今日の記録を書いていた。

 そのときだった。

 ざわり、 と。

 風が、 止まった。

 焚き火の炎が、 ふっと、 揺れるのをやめた。

「……何」

 ミーネが、 杖を握る。

 夜空の星が、 一つ、 また一つ、 消えていく。

 代わりに、 北の空から、 黒い鳥の群れが、 音もなく降りてきた。

 影鳥だ。

 何百羽、 何千羽。

 それが、 僕たちの頭上で、 大きな円を描いて、 広がっていく。

 やがて、 影鳥の群れは、 一枚の巨大な黒い幕になった。

 舞台の幕のような。

 その幕が、 ゆっくりと、 左右に開いた。

 ……そこに、 四つの影が立っていた。


 一つ目の影は、 長身の、 燕尾服の老人。 手に、 細い指揮棒。 首に、 古いガラスのメトロノーム。


 二つ目は、 白いドレスの、 小さな少女。 頭の上に、 淡い光の輪が浮かんでいる。


 三つ目は、 派手なまだら模様の衣装を着た、 仮面の道化師。


 四つ目は、 白い頭巾をかぶった、 優しげな、 修道女のような女性。


「……何、 あれ」

 ヒカルくんが、 毛布を跳ね飛ばして、 剣を握った。

 そのとき、 影の幕の向こうから、 老人の声が、 夜空に響いた。

「皆様、 ご機嫌よう。 夜分に失礼いたします」

 穏やかで、 品のある、 老紳士の声だった。

「わたくし、 夜想楽団の指揮者を務めております、 ラレンタと申します。 以後、 お見知りおきを」

 老人は、 指揮棒を胸の前に掲げて、 優雅に一礼した。


「夜想……楽団?」

「魔王陛下の千年の夜を、 お守りする者たちでございます」

 ラレンタは、 にこやかに言った。


「本日は、 勇者様の旅路の、 お見送りに参りました。 ご挨拶が遅れましたことを、 お詫び申し上げます」

「……何のつもりだ」

 ドルガンが、 大剣を構えて、 低く言った。

「急がば回れ、 回らば止まれ。 ……ゆるりと参りましょう」

 ラレンタは、 のんびりと答えた。

「ご心配なく。 今宵は、 戦いに参ったのではございません。 ……ほら、 皆さん、 ご挨拶を」

「……」

 隣の、 白いドレスの少女が、 ちらりと、 こちらを見た。

 大きな灰色の目。 感情の読み取れない、 静かな目。

「…………止まって」

 かすかな、 囁くような声が、 夜空に響いた。

「……きれいだから」

「フェルマータ嬢は、 無口でございましてな」

 ラレンタが、 苦笑した。

「はいはいはーい! ボクの番だヨ!」

 派手な道化師が、 一歩、 前に飛び出した。

「ボク、 ダカーポ! 夜想楽団の、 楽しい係! みんな、 よろしくネ!」

 仮面の下から、 弾けるような声。

「勇者サマ、 荷物持ちサン、 魔導士サン、 騎士サン、 解読官サン! はい、 拍手! ……あれ、 誰もしてくれないネ」

「ダカーポ殿」

「はいはい。 では、 ご挨拶の続きは、 フィーネ嬢に」


 最後に、 修道女が、 ゆっくりと前に出た。

「……こんばんは、 皆さん」

 柔らかな、 母のような声だった。


「フィーネと申します。 ……遠いところ、 ようこそ。 この先の旅は、 とても長くて、 疲れます。 ……途中で立ち止まっても、 いいんですよ」

 優しい微笑み。

「変わらなくていいの。 ここが、 一番あったかいでしょう?」

 ……何だ、 この気配は。

 彼らは、 敵のはずだ。

 けれど、 その声には、 殺気がない。

 あるのは、 どこか、 深い、 深い、 疲れ。

「……これで、 全員ですな」

 ラレンタが、 指揮棒を下ろした。

「我ら四人、 夜想楽団。 ……魔王陛下の千年の『夜』を守ることが、 わたくしどもの務めでございます」

「……夜を、 守る」

 ヒカルくんが、 眉をひそめた。

「夜が明けたら、 困るってことっすか」

「ええ。 ……朝が来れば、 また、 仕事が始まりますゆえ」

 ラレンタは、 穏やかに、 そう言った。

 その言葉に、 僕の背筋が、 ぞくりと震えた。

 朝が来れば、 また仕事。

 ……誰かの言葉だ。

 どこかで聞いた、 響き。

 そのとき、 ラレンタの目が、 ふっと、 僕に止まった。

「……おや」

 老紳士は、 目を細めた。

「そちらの、 荷物持ちのお方」

「……はい」

「首に、 砂時計を、 下げておいでで」

 全員の視線が、 僕に集まった。

「……ええ。 スキルの、 顕現物です」

「《迷子》、 でございますな」

 僕は、 息を呑んだ。

「どうして、 それを」

「ほう。 ……千年ぶりに、 見ましたな。 その砂の色は」

 ラレンタの声が、 ほんの少しだけ、 遠くなった。

「……懐かしい」

 その呟きに、 他の三人の影が、 ぴくりと動いた。

「あっ! あの人!」

 ダカーポが、 仮面の下で、 声を上げた。

「あの時の、 迷子の旅——」

「ダカーポ殿」

 ラレンタの声が、 ぴしゃりと、 鋭く響いた。

「……口が、 過ぎますよ」

「……あ、 ごめんネ」

 ダカーポは、 慌てて、 口に手を当てた。

 ……千年ぶり?

 ……迷子の、 旅?

 僕は、 手帳を握りしめた。

 これは、 どういう意味だ。

 リエナさんが、 僕の袖を、 そっと引いた。

 その目が、 何かを、 必死に考えている。

「……皆様」

 ラレンタが、 指揮棒を、 再び掲げた。

「それでは、 本日は、 これにて。 ……招待状を、 お贈りいたします。 どうぞ、 お受け取りを」

 影鳥の群れから、 一羽が、 舞い降りてきた。

 僕の足元に、 一枚の羊皮紙が落ちる。

 五本線の、 楽譜。

 その上に、 優美な筆跡で、 こう書かれていた。


 『第一楽章 遅延(ラレンタンド)——ノクスの宿場にて、 お待ちしております』


「演奏会、 でございます。 ……どうか、 ごゆっくり。 急がずに、 お越しくださいませ」

 黒い幕が、 ゆっくりと閉じていく。

 四つの影が、 夜の闇に、 溶けていった。

 風が、 戻ってきた。

 焚き火の炎が、 再び、 揺れ始めた。

 ……静寂。

「……何、 だったんすか」

 ヒカルくんが、 呆然と呟いた。



◇



 招待状を、 焚き火の光で囲んで読んだ。

 リエナさんが、 楽譜の下の小さな文字を、 指でなぞる。

「ラレンタンド、 とは、 『だんだん遅く』という、 音楽の言葉です。 ……さっきの、 休符の紙と、 同じ系統の」

「……罠だな」

 ドルガンが、 低く言った。

「……だが、 行かねば、 ノクスの宿場の者が、 危ない」

「行くっす!」

 ヒカルくんが、 即答した。

「みんなで行くっす!」

「……ああ」

 僕は、 頷いた。

 それから、 ふと気づいた。

「ミーネさん。 さっきの、 あの人たち、 どう見えました?」

「……何がし」

「敵、 に見えましたか」

「……分からないし」

 ミーネは、 膝を抱えた。

「みんな、 すっごく、 疲れてるみたいだったし。 ……なんか、 眠れない人たちの顔」

 ……眠れない。

 僕も、 そう思った。

 魔物の赤い目。 魔王の永夜。

 そして、 あの優しい声の奥の、 疲れ。

 僕は、 手記帳を開いた。


 【今日の出来事】

 夜想楽団(ラレンタ、 フェルマータ、 ダカーポ、 フィーネ)が現れた。 招待状。 第一楽章、 ノクスの宿場。


 【所感】

 敵のはずなのに、 憎めない。 ……どうしてだろう。


 【確認事項】

 ラレンタは、 僕の《迷子》を知っていた。 「千年ぶり」と言った。

 ダカーポは、 「あの時の、 迷子の旅——」と言いかけた。

 ……僕の前に、 《迷子》の持ち主が、 彼らに会っている?



 ペンを置く。

 首元の砂時計が、 月のない夜に、 微かに光った気がした。

 ふと、 隣に、 リエナさんが座っていた。

「……アサノさん」

「はい」

「明日、 お話ししたいことが、 あります」

「……はい」

 リエナさんの声は、 いつもより、 少し硬かった。

「大事なことかもしれません」

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