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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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第19話 夜、 勇者は選べなかった

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 それは、 三日目の夜に来た。


 深夜。


 ごうん、 と、 腹の底に響くような音が、 街を揺らした。

 僕は、 手記帳を放り出して、 飛び起きた。


「……何だ」

「湖です!」

 窓の外を見たヒカルくんが、 叫んだ。

 湖面が、 異様に盛り上がっていた。

 湖の中心。 湖底の古代都市の真上。

 青い光の柱が、 天に向かって、 突き刺さっている。

 その周囲の水が、 渦を巻いて、 ゆっくりと持ち上がっていく。

「……水が、 立ち上がってる」

 リエナさんが、 呆然と呟いた。

「あれが、 こっちに来たら」

 カン、 カン、 カン、 と。

 街の中心の鐘楼から、 激しい鐘の音が響き渡った。

 一回。 二回。 三回。

 ティーナさんの声が、 都中に響く。

「全員、 起きな! 三つ鐘だ! 避難だよ! 小さい子と年寄りから、 先に! 北の丘へ!」

 街中の灯りが、 一斉にともった。

 家々の扉が開く。

 人々が、 通りに飛び出してくる。

 子供たちの手を引く母親。 杖をついた老人を背負う若者。

 けれど、 混乱はなかった。

 みんな、 驚くほど整然と動いていた。

 赤い手すりの橋を、 子供たちが手を繋いで渡っていく。

 青い手すりの道を、 お年寄りが、 ゆっくりと進んでいく。

 昨日、 リエナさんと描いた避難経路図が、 そのまま、 街の中に、 息づいていた。

 そして、 誰かが、 歌い始めた。

  かねが なったら きたのおか

 一人が二人になり、 十人になり、 百人になる。

  ちいさい こから さきにいく

  おとしよりも さきにいく

 湖の都全体が、 歌声に包まれた。

 ……聞いたことのある、 唄。

 涙が出そうになった。

「アサノさん! 行くっす!」

 ヒカルくんが、 剣を携えて、 駆け出した。

「分水堰に行くっす! 水が一番最初に来るのは、 あそこだって、 ティーナさんが!」

「はい!」

 僕たちは、 走った。



◇



 分水堰は、 街の北端にある、 巨大な石の構造物だった。

 湖から流れてくる水を、 二本の運河に分ける。

 東運河と、 西運河。

 東運河の先に、 学舎。 西運河の先に、 養老院。

 その分かれ目に、 堤防のような、 石の突端があった。

 僕たちが、 そこに着いたとき。

 湖の水が、 巨大な壁となって迫っていた。

 高さ、 十メートル。

 遥か先の湖面から、 黒く盛り上がった水の壁が、 轟音を立てて、 こちらに向かってくる。

「……来るぞ」

 ドルガンが、 突端に立って、 大剣を、 地面に突き立てた。

「……動かん」

 彼の足元から、 石畳の軋む音がした。

「ミーネ!」

「分かってるし!」

 ミーネが、 杖を掲げた。

 足元に、 青白い光の円。 星の形が、 一つ、 また一つと浮かんでいく。

「ヒカル、 いける?」

「やるっす!」

 ヒカルくんが、 《聖剣・暁》を、 高く掲げた。

 金色の光が、 剣先から迸る。

 光が、 壁のように広がっていく。

 光の壁。

 水の壁に、 真正面から立ち向かう。

 ズオオオオオ。

 轟音。

 光と水が、 ぶつかり合う。

 ……すごい。

 金色の光が、 黒い水を、 食い止めている。

「大丈夫、 行ける! 大丈夫!」

 ヒカルくんの叫びが、 夜に響いた。

 けれど、 そのとき。

「大変だ! 大変だ!」

 街の方から、 一人の兵士が、 血相を変えて走ってきた。

「勇者様! 東の学舎に、 まだ、 子供が残っている! 避難が、 間に合ってない!」

「えっ」

「それと、 西の養老院にも! 動けない年寄りが、 十数人!」

 ヒカルくんの動きが、 止まった。

「ど、 どっちも……」

「勇者様の光の壁は、 片方の運河しか、 守れない! どちらを守る!?」

 兵士が叫んだ。

「東か、 西か、 勇者様が決めてください! 時間がない!」

「…………」

 ヒカルくんの顔が、 蒼白になった。

 光の壁が、 ぐらりと揺れる。

「お、 俺が」

「……決めろ」

 ドルガンが、 低く言った。

「……時間が、 ない」

「俺が、 どっちかを選ぶ、 なんて」

「ヒカル!」

 ミーネが叫んだ。

「早くしてよ! 光が、 弱くなってるし!」

「だって、 どっちも、 人が」

 ヒカルくんの声が、 震えていた。

「どっちかを助けたら、 どっちかが死ぬんすよね。 ……俺が、 選んだせいで」

「……」

「俺、 俺、 そんなの」

 光の壁が、 ふっと弱まった。

 《聖剣・暁》の輝きが、 みるみる薄れていく。

 金色が、 銀色に。 銀色が、 灰色に。

「ヒカル!」

「……どっちだ」

 彼は、 呟いた。

「……どっちだ。 どっちだ。 どっちだ」

 光が、 消えた。

 ゼロになった。

 剣が、 ただの鉄の塊になって、 ヒカルくんの手の中で、 重く垂れ下がる。

「ヒカルくん!!」

「……迷ってる」

 ミーネが、 呆然と呟いた。

「迷うと弱くなる。 ……ほんとに、 ゼロに」

 水の壁が、 迫っていた。

 ドルガンが、 歯を食いしばって、 動かなかった。

 石畳が、 割れていく。

「……長くは、 持たん」

 ……どうする。

 僕は、 手帳を握りしめた。

 どうすればいい。

 こんなとき、 総務の僕に、 できることは。

「リエナさん!」

「は、 はい!」

「分水堰に、 古い刻印は、 ありませんか! 何か、 手がかりが」

「み、 見てみます!」

 リエナさんが、 突端の石の表面に駆け寄った。

 光る苔を、 手で払う。

「……古い、 古代文字。 ……読めます。 でも、 長い。 時間が」

「お願いします!」

 僕は、 周囲を見回した。

 北の丘へ続く、 避難の列。

 子供たちの歌声が、 遠くに聞こえる。

 ……そうだ。

 あの子たちを、 守らなければ。

 そのとき、 足元の石畳が、 突然、 崩れた。

「うわっ!」

 僕は、 バランスを崩して転がった。

 水が、 足元に流れ込んでくる。

 冷たい。

 ごうごうという音が、 すぐ近くに迫ってくる。

 立ち上がろうとして、 水の流れに足を取られた。

「アサノさん!!」

 ヒカルくんの声が、 遠くなる。

 濁流が、 僕を呑み込んだ。



◇




 冷たい。

 暗い。

 どこが上で、 どこが下か、 分からない。

 水の中で、 手足が、 もつれる。

 息が、 できない。

 ……苦しい。

 胸が、 ぎゅっと締めつけられる。

 首元で、 ドルガンの笛が、 かちりと鳴った。

 ……吹いたら、 聞こえるだろうか。

 水の中で、 笛が、 吹けるだろうか。

 僕は、 必死に、 水面を目指した。

 けれど、 流れが、 強すぎる。

 上に、 向かえない。

 視界が、 ぼやけていく。

 意識が、 遠のいていく。

 ……迷った。

 完全に、 迷った。

 どこへ行けばいい。

 誰か。

 誰か、 助けて。

 その瞬間。

 首元で、 さらり、 と音がした。

 砂時計が、 水の中で、 青白く光り出した。

 砂が、 水の中を、 さらさらと流れる。

 足元に、 光の円が開く。

 ……来た。

 身体が、 ふわりと浮き上がる。

 水の流れが、 遠ざかる。

 歯車の回廊。 砂の滝。

 落ちていく。

 ……間に合うだろうか。

 ヒカルくんは。

 みんなは。

 僕の意識は、 光の中に、 呑み込まれていった。

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