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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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18/25

第18話 子供たちは謎の唄を歌う

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 湖の都ミラージュが見えたのは、 五日目の夕暮れだった。

 丘の上から、 一望した瞬間。

 僕は、 息を呑んだ。


「……うわあ」

 ヒカルくんが、 目を丸くして、 声を漏らした。

 見渡す限りの、 湖だった。

 空の色を、 そのまま映した、 巨大な鏡のような水面。

 その上に、 街が浮かんでいた。

 いや、 浮かんでいるように見えた。

 無数の杭の上に建てられた、 白い壁の家々。

 それを繋ぐ、 いくつもの石の橋と、 運河。

 夕陽に染まった水面に、 街の灯りが、 一つ、 また一つと、 映り込んでいく。


「きれい……」

 リエナさんが、 眼鏡の奥で、 目を輝かせた。

「あれが、 『水鏡の都』ミラージュ。 ……資料で、 読んだことは、 ありましたが」

「……あれは」

 ドルガンが、 水面の下を、 指さした。

 目を凝らす。

 水面の、 ずっと下。

 透き通った湖水の、 底の方に。

 もう一つの、 街があった。

 ぼんやりと光る、 いくつものガラスの丸屋根。 沈んだ塔。 崩れた石橋。

「湖底の……街」

「……古代都市、 です」

 リエナさんが、 呟いた。

「千年前の夜に、 一夜で湖に沈んだと伝わる、 古代の街。 ……今のミラージュは、 その上に建てられた、 と」

 夕陽の光が、 湖底の街のガラスの屋根を、 淡く照らしている。

 幻のような、 景色だった。

「アサノさん、 手帳、 手帳!」

「描いてます」

 僕は、 夢中で、 ペンを走らせた。

 杭の上の街。 水の鏡。 湖底の光。

 絵だらけの地図が、 また一枚、 増えていく。

 街の入口の橋で、 僕たちを待っていたのは、 恰幅のいい、 五十がらみの女性だった。

 日に焼けた顔。 袖をまくった、 たくましい腕。 腰に、 巨大な鍵束。

「あんたたちが、 勇者様ご一行かい。 遠いところ、 よう来なすった」

 からりとした、 よく通る声だった。

「あたしは、 ティーナ。 この都の湖守を、 やっとる。 湖守ってのは、 まあ、 都の世話役みたいなもんさね」

「ヒカルです! よろしくお願いします!」

「元気だねえ。 ささ、 立ち話もなんだ。 まずは、 飯だよ。 あんたたち、 腹ペコの顔をしてる」

 ティーナさんは、 豪快に笑って、 僕たちを、 都の中へ案内してくれた。

 橋を渡り、 運河沿いを歩く。

 水面に映る、 街の灯り。 行き交う小舟。 ランプを提げた、 笑顔の人々。

 平和な景色だった。

 けれど、 その街のあちこちに、 小さな違和感があった。

 橋の欄干に、 水の跡が、 くっきりと刻まれている。

 それは、 ふだんの水位より、 明らかに高い。

「……ティーナさん。 この水の跡は」

「ああ、 気づいたかい」

 ティーナさんの表情が、 少し曇った。

「ここ半月、 湖の水位が、 おかしいのさ。 日に日に、 じわじわと上がってくる。 雨も降らないのにね」

「……原因は」

「分からない。 ただ、 夜になると、 湖底の古代都市の方から、 青い光が、 柱みたいに、 立ちのぼるんだよ」

 ……青い光。

 僕は、 ミーネを見た。

 ミーネは、 眉をひそめて、 小さく頷いた。

「……北から、 魔力が流れてきてるし。 たぶん、 同じのが」

「やっぱり、 魔王軍の仕業かい」

 ティーナさんの声が、 低くなった。

「あたしたちは、 この湖で、 千年、 生きてきた。 ……出ていくつもりは、 ないよ」

 その瞳には、 揺るぎない強さがあった。

 ……いい人だな、 と思った。




◇




 夕食は、 ティーナさんの家で、 いただいた。

 湖で獲れた魚の、 香草焼き。 貝のスープ。 焼きたてのパン。

「おいしいっす!」

「遠慮しないで、 どんどんお食べ」

 食事のあと、 僕は、 窓辺で涼んでいた。

 外の運河沿いの広場で、 子供たちが遊んでいる。

 輪になって、 手を繋いで、 歌っている。

 かわいらしい、 澄んだ歌声。

  かねが なったら きたのおか

  ちいさい こから さきにいく

  おとしよりも さきにいく

  さいごの ひとは さいごでいい

  みんなが わたるまで まっている

 僕は、 動けなくなった。

 胸の奥が、 どくん、 と鳴った。

 ……この唄。

 聞いたことが、 ある。

 どこで?

 いつ?

「アサノさん?」

 リエナさんが、 隣に来て、 僕の顔を覗き込んだ。

「顔色が、 悪いです」

「……いえ。 あの、 あの唄」

「ああ、 『鐘の唄』ですね」

 後ろから、 ティーナさんが、 湯気の立つお茶を運んできた。

「この街の子供なら、 誰でも知ってる唄さ。 ……『小さい子と年寄りから先に逃げる。 最後の人は、 最後でいい』ってね」

「……いつからある唄なんですか」

「さあねえ。 あたしの、 ばあさんの、 ばあさんの代から、 歌われとる。 『湖底の街が沈んだ夜に、 誰かが教えてくれた唄』と、 言われとるんだけどね」

「誰か……」

「それが、 誰かは、 誰も知らないのさ。 ……ただ、 唄だけが、 残った」

 ティーナさんは、 窓の外の子供たちを、 優しく見つめた。

「この唄のおかげで、 千年前の夜、 たくさんの人が助かったそうだよ。 だから、 あたしたちは、 年に一度の祭りで、 この唄を歌う。 ……感謝を、 込めてね」

 僕は、 手帳に、 歌詞を書き写した。

 震える手で。


 【所感】

 鐘の唄。 ……聞いたことがある。


 どこで?

 思い出せない。

 けれど、 この唄を聞くと、 胸が熱くなる。

「アサノさん」

 リエナさんが、 そっと、 僕の肩に手を置いた。

「……もしかして」

「え」

「いえ。 ……何でも、 ありません」

 リエナさんは、 首を振って、 微笑んだ。

「でも、 この唄、 とても、 いい唄ですね。 ……『最後の人は、 最後でいい』」

「はい」

「誰かを、 先に行かせる。 自分は、 後でいい。 ……アサノさんが、 いつも言っていることと、 少し、 似ています」

「……そう、 でしょうか」

「はい。 ……似てます」

 ……偶然だ。

 偶然に、 違いない。

 僕は、 そう言い聞かせた。



◇



 その夜。

 定時を守って、 僕たちは、 ティーナさんの家の二階で休んでいた。

 ヒカルくんは、 毛布にくるまって、 目を閉じている。

 隣の部屋では、 ミーネとリエナさんが、 並んで寝ているはずだ。

 ドルガンは、 窓際で、 大剣を抱えて壁にもたれていた。

 眠っているのか、 起きているのか。

 僕は、 手記帳を開いて、 今日の記録を書いていた。



 【今日の出来事】

 湖の都ミラージュ到着。 水の上の街。 湖底に古代都市。


 【所感】

 鐘の唄。 ……なぜか、 胸が痛い。



 そのときだった。

「……来る」

 ドルガンが、 低く呟いた。

 窓の外で、 バサバサ、 と何かの羽音が響く。

 一羽。 二羽。 十羽。

 窓の外が、 黒く埋め尽くされた。

「……影鳥だ」

 ドルガンが、 大剣を握って立ち上がる。

「……魔王軍の斥候だ。 全員、 起きろ」

 窓ガラスが、 砕け散った。

 無数の黒い鳥が、 部屋の中に、 なだれ込んでくる。

 鴉のような、 けれど、 実体がない。 黒い影が、 鳥の形をしているだけだ。

「うわっ!」

 ヒカルくんが、 跳ね起きて、 《聖剣・暁》を抜いた。

 金色の光が、 部屋を満たす。

 影鳥の群れが、 光に触れた瞬間、 じゅっと音を立てて、 消えていく。

「いける! 光に弱いっす!」

「……油断するな」

 ドルガンが、 窓際で、 動かず、 影鳥を受け止めていた。

「リエナさん、 ミーネさん!」

 僕は、 隣の部屋に駆け込んだ。

 ミーネが、 杖を握って、 すでに立っていた。

 その後ろで、 リエナさんが、 羊皮紙を抱えて震えている。

「大丈夫ですか!」

「だ、 大丈夫です! ミーネさんが、 守ってくれて」

「べ、 別に、 守ってないし! ただ、 近くにいただけだし!」

 ミーネの杖の先から、 小さな光の弾が、 次々と放たれる。

 三発しか撃てない大魔法とは、 別の、 小さな術だ。

 影鳥が、 一羽、 また一羽と、 消えていく。

 数分後。

 部屋には、 静寂が戻っていた。

 床に、 黒い羽が、 数枚、 散らばっている。

 その中に、 一枚だけ。

 白い紙が、 落ちていた。

「……何、 これ」

 ミーネが、 拾い上げた。

 羊皮紙の切れ端だった。

 そこには、 見慣れない記号が描かれていた。

 五本の横線。 その上に、 丸い点と棒が、 いくつか。

 そして、 その隣に、 小さな、 指揮棒と、 懐中時計の絵。

「……これ」

 リエナさんが、 目を丸くした。

「楽譜、 です」

「がくふ?」

「音楽を、 書き記すための記号です。 ……古代の、 図書院の資料で、 見たことが。 この世界では、 ほとんど使われていませんが」

「何が、 書いてあるんすか?」

「……すみません、 全部は、 読めません。 でも、 この小さな記号は」

 リエナさんが、 紙の端を指さした。

「休符、 と呼ばれる記号です。 ……『音を、 止める』という意味」

 部屋が、 しんと静まり返った。

「……音を、 止める」

「それと、 この時計の絵。 ……『遅くする』という意味の言葉も、 添えられていて」

 僕は、 紙を、 じっと見つめた。

 指揮棒と、 懐中時計。

 音を止める。 時を遅くする。

 ……何だろう。

 背筋が、 冷たくなった。

「……魔王軍の、 印かもしれない」

 ドルガンが、 低く言った。

「……この都に、 何かを仕掛ける気だ」

 窓の外では、 湖の水面が、 夜の闇に沈んでいた。

 そして、 その遥か下。

 湖底の古代都市の方角に。

 ぼうっと、 青い光が、 柱のように立ちのぼっていた。







◇







 翌朝、 僕は、 ティーナさんに、 一つ、 提案をした。

「避難経路の地図を、 作らせてもらえませんか」

「避難……経路?」

「はい。 もし、 水位が急に上がったとき、 どの道を、 どの順番で逃げるか。 ……鐘の唄にある、 『北の丘』への道を、 目に見える形にしておきたいんです」

 ティーナさんは、 目を細めて、 僕を見た。

「あんた、 変わった勇者様の、 お仲間だね」

「荷物持ちです」

「荷物持ちが、 避難の相談かい」

「総務、 ですので」

「ソウム」

 ティーナさんは、 くすりと笑った。

「いいよ。 やってごらん。 この街の子供たちの顔を、 一番よく知ってるのは、 あたしだ。 手伝おうじゃないか」

 その日、 僕とリエナさんは、 都中の橋と路地を、 歩き回った。

 運河、 橋、 階段、 高台。

 どの道が、 何人通れるか。 どこが、 狭いか。 どこが、 水に浸かりやすいか。

 リエナさんが、 見事な手際で、 地図を描いていく。

「あ、 ここ、 子供が走って渡る橋だから、 手すりに、 色を塗りましょう」

「いい考えです」

「は、 はい! 赤と、 青で! 年寄りの道は、 青。 小さい子の道は、 赤」

「分かりやすいです」

 夕方には、 都全体の避難経路図が、 完成した。

 ティーナさんは、 それを、 街の広場の掲示板に、 貼り出してくれた。

「これで、 いざってときに、 迷わないだろうさね」

 僕は、 地図を見上げて、 ふと思った。

 ……これを使う日が、 来なければいい。

 けれど、 湖面は、 昨日より、 また少し高くなっていた。

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