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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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17/25

第17話 寡黙な重戦士

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 イサの里を発つ朝は、 見送りの人々で、 里の入口がいっぱいになった。

「勇者様、 旅の人、 本当にありがとうごぜえますだ」

 ガロ爺が、 腰を折って、 何度も頭を下げた。

「灯りは、 毎晩、 絶やさねえだ。 ご先祖さまの道を、 二度と消さねえだ」

「はい。 どうか、 お元気で」

「アサノのおじちゃん!」

 ナナちゃんが、 人混みから飛び出してきた。

 両手に、 小さな提灯を抱えている。

「これ、 あげる! ナナが作ったの!」

 紙と細い木で作られた、 手のひらほどの、 小さな提灯だった。

 歪んでいるけれど、 角ごとに、 小さな灯りの絵が描かれている。

「迷ったら、 これをつけてね。 そしたら、 ナナたちが、 見つけに行くから」


 ……迷ったら。

 ……見つけに行く。

 その言葉が、 胸に、 ふわりと沁みた。


「……ありがとう。 大事に、 します」

「うん! またね!」

 ナナちゃんは、 ぶんぶんと手を振った。

 僕は、 提灯を、 手記帳の間に、 そっと挟んだ。

 栞と、 手紙と、 提灯。

 手記帳は、 少しずつ、 厚くなっていく。

 イサの里を出て、 湖の都ミラージュへ。

 街道を、 五日。

 五人の旅は、 四人のときとは、 少し違っていた。

「ひゃっ、 す、 すみません、 足が、 もう……」

 二日目の昼、 リエナさんが、 道端にへたり込んだ。

「あれだけ荷物を持って、 よく歩きましたよ」

「ア、 アサノさんも、 同じくらい持ってるのに……」

「僕は、 荷物持ちなので」

「うう……」

 リエナさんは、 涙目で、 自分の足をさすっている。

 ミーネが、 腕を組んで見下ろした。

「だから言ったし。 解読官は、 本を読むだけの人なんだから、 無理しないでって」

「む、 無理じゃないです!」

「足、 ぱんぱんだし」

「……ぱんぱんです」

「……ほら、 これ」

 ミーネが、 ぷいっとそっぽを向いて、 小さな瓶を差し出した。

「あたしの、 魔導学院時代の、 疲労回復の軟膏。 べ、 別に、 親切じゃないし。 余ってただけだし」

「ミーネさん……!」

「だから、 そういう目で見ないでよ!」

 リエナさんの目が、 うるうるしている。

 二人のやり取りを、 ヒカルくんとドルガンが、 少し離れたところから眺めていた。

「……仲、 いいっすね」

「……そうか」

「ドルガンさん、 ちょっと笑ってます?」

「……笑ってない」

 嘘だ、 と思った。

 夕方になる前に、 僕は、 砂時計暦を確認した。

「定時です」

「はーい」

 今では、 誰も文句を言わなくなっていた。

 ヒカルくんは、 自分から毛布を広げて、 横になる。

 ミーネは、 焚き火の準備を手伝う。

 リエナさんは、 夕陽の中で、 手帳に何かを書き込んでいる。

「何を書いているんですか」

「あ、 あの、 ひらがなの、 練習です」

 リエナさんは、 恥ずかしそうに、 手帳を見せてくれた。

 丸い文字が、 びっしりと並んでいる。


 あ、 い、 う、 え、 お。 か、 き、 く、 け、 こ。


 半分ほどが、 すでに五十音になっていた。


「すごい。 もう、 そんなに」

「ア、 アサノさんの文字が、 全部読めるようになりたくて」

 リエナさんは、 頬を赤くして俯いた。

「……俺も、 やるっす!」

 ヒカルくんが、 毛布の中から、 顔を出した。

「日本語なら、 俺、 読めるんで! 教える側になるっす!」

「ヒカルくんは、 ひらがな、 書けるんですか」

「書けるっす! 小学校で習ったんで!」

「……それは、 日本人なら、 みんな」

「あ」

 全員が、 笑った。

 ミーネだけが、 ぷいっと顔を背けて、 こっそり、 リエナさんの手帳を覗き込んでいる。

 僕は、 気づかないふりをした。



◇




 その夜。

 見張りの当番は、 ドルガンだった。

 焚き火の向こうで、 彼は、 大剣を抱えて、 動かずに座っている。

 石像のようだ。

 けれど、 その夜は、 なぜか、 彼の背中が、 いつもより少し小さく見えた。

 眠れなくて、 僕は、 毛布から這い出した。

「……荷物持ち」

「すみません、 起こしましたか」

「……起きていた。 見張りだ」

「ですよね。 ……隣、 いいですか」

「……好きにしろ」

 僕は、 ドルガンの隣に腰を下ろした。

 しばらく、 二人とも、 黙っていた。

 焚き火が、 ぱちぱちと音を立てる。

 夜空には、 満天の星。 けれど、 北の空だけは、 星が見えない。

「……お前は」

 やがて、 ドルガンが、 口を開いた。

「……遅れる男だ」

「……はい」

「……初めて会ったとき、 俺は、 お前が嫌いだった」

「え」

「……遅れる者は、 嫌いだ。 昔から」

 ドルガンは、 焚き火を、 じっと見つめていた。

「……聞くか。 つまらん話だが」

「聞きます」

 迷わなかった。

 聞くのは、 恥ではない。

 聞いてあげるのも、 きっと、 そうだ。

 ドルガンは、 ゆっくりと語り出した。

「……十五年前。 北の国境に、 ハルト橋という橋があった」

 低く、 抑えた声だった。

「……俺は、 二十六の小隊長だった。 部下は、 十九人。 魔物の大群が、 国境を越えようとしていた。 橋を落とすまで、 持ちこたえろという命令だった」

「……」

「援軍が、 三十分で来る手筈だった。 だから、 俺は言った。 『持ちこたえろ。 援軍が来る』と」

 ドルガンの手が、 大剣の柄を、 強く握りしめた。

「……三十分、 経った。 一時間、 経った。 援軍は、 来なかった。 部下が、 一人ずつ、 倒れていった。 それでも、 俺は、 言い続けた。 『持ちこたえろ。 もう少しだ』と」

「…………」

「……二時間後。 援軍が着いた。 隊長は、 道に迷ったと言った。 ……橋は、 守られていた。 魔物も、 退けた。 だが」

 ドルガンの声が、 わずかに震えた。

「……部下は、 十九人、 全員、 死んでいた」

 焚き火の音だけが、 聞こえた。

「……俺は、 動かなかった。 隊長だったから、 橋の中央に立って、 動かずに、 守り続けた。 ……それが、 俺の力になった。 《不動》だ。 ……皮肉な話だ」

「ドルガンさん」

「……俺は、 二つのものを、 憎んだ。 遅れて来た、 援軍の隊長。 ……そして、 『持ちこたえろ』と言った、 自分を」

 僕は、 言葉が出なかった。

「……だから、 お前の遅刻を、 最初、 許せなかった。 森で、 戦闘が終わってから来たとき。 ……あの援軍と、 同じだと思った」

「……はい」

「……だが」

 ドルガンは、 初めて、 僕の方を向いた。

「……お前が、 橋で、 勇者の前に現れたとき。 ……あれは、 遅れた者の姿では、 なかった」

「……」

「……間に合った。 ……遅れて、 間に合った」

 ドルガンの目が、 焚き火の光を映していた。

「……教えてくれ、 荷物持ち」

「はい」

「……お前の遅れは、 俺たちの救いなのか」

 その問いは、 静かで、 重かった。

 僕は、 すぐには答えられなかった。

 手帳を握りしめる。

 言うべき言葉を、 探した。

「……僕は、 救ったつもりは、 ないんです」

 正直に答えた。

「僕が遅れるのは、 いつも、 誰かを助けていたからで。 ……結果的に間に合ったのは、 たまたまです」

「……」

「でも。 ……もし、 遅れても間に合うことが、 あるなら」

 僕は、 顔を上げた。

「ドルガンさんの、 十九人のことは。 ……遅れて来た隊長のせいじゃないと、 思います」

「……」

「それに、 『持ちこたえろ』と言った、 ドルガンさんのせいでも、 ないと思います」

「……何を」

「止める場所を、 決めておかなかったのが、 いけなかったんです」

 僕は、 総務としての言葉を選んだ。

「『援軍が三十分で来なかったら、 退く』。 その基準を、 誰も、 決めていなかった。 ……始める前に、 終わり方を決めておけば。 ……十九人は、 死ななくて済んだかもしれません」

 ドルガンは、 目を見開いた。

「それは、 隊長一人の責任じゃなくて。 ……その作戦を立てた人たちの、 責任です」

「…………」

「ドルガンさんは、 命じられた通りに、 全力で守っただけです」

 長い沈黙。

 やがて、 ドルガンの肩が、 小さく震え始めた。

 ぽたり、 と。

 大きな手の甲に、 何かが落ちた。

「……理屈は、 いい」

 掠れた声だった。

「……だが」

「はい」

「……初めてだ。 誰かに、 そう言われたのは」

 ドルガンは、 空を見上げた。

 星のない、 北の空を。

「……十五年。 誰も、 言わなかった。 ……俺も、 自分では、 言えなかった」

「…………」

「……ありがとう、 荷物持ち」

 その短い一言が、 胸に、 深く沁みた。

「……いえ。 僕も」

「……?」

「僕も、 昔、 『持ちこたえろ』と言われて、 持ちこたえて、 持ちこたえて。 ……誰にも、 『もういい』と言ってもらえなかったので」

 口にして、 気づいた。

 僕は、 ずっと、 それを待っていたのだ。

 もういい。

 もう、 十分だ。

 誰かに、 そう言ってほしかった。

「……ドルガンさんも、 もういいと思います。 十五年、 持ちこたえました」

「…………」

「……長かったですよね」

 ドルガンは、 僕を見て、 それから、 ゆっくりと目を閉じた。

「……ああ」

 短く答えた。

「……長かった」

 その言葉が、 夜に溶けていった。



◇





 翌朝。

 僕は、 いつもより少し遅く、 目を覚ました。

 ……いや、 遅くはない。

 日は、 昇っている。

 ヒカルくんは、 すでに起きて、 素振りをしていた。 ミーネとリエナさんは、 焚き火のそばで、 並んで、 ひらがなの練習をしている。

「あ、 アサノさん、 おはようございますっす」

「おはようございます。 ……あれ、 ドルガンさんは」

「それが」

 ヒカルくんが、 声を潜めて、 指さした。

 焚き火の向こう。

 毛布にくるまって、 ドルガンが、 眠っていた。

 大剣を抱えたまま、 横向きに。

 いびきまで、 かいている。

「……ドルガンさんが、 寝てる」

「初めてっす。 俺、 ドルガンさんが寝てるとこ、 初めて見たっす」

「起こしますか」

「……もうちょっと、 寝かせてあげたいっす」

「僕も、 そう思います」

 僕たちは、 そっと離れた。

 朝食の準備をして、 三十分。 一時間。

 ようやく、 ドルガンが、 むくりと起き上がった。

「…………」

 ぼんやりと、 周囲を見回す。

 それから、 太陽の位置を見て、 ぴたりと固まった。

「…………遅れた」

「え」

「……見張りが、 交代の時間を過ぎた。 ……寝過ごした」

 ドルガンの顔が、 赤くなっていく。

「……すまん」

「いえ、 あの」

 僕は、 慌てて首を振った。

「見張りの交代は、 ミーネさんが、 気づいて、 代わってくれたので」

「え、 あたし、 そんなことしてないし」

「え?」

「ヒカルが、 夜明けまで、 起きてたし。 見張りも、 ヒカルがやったし」

「あ、 俺っす! 目、 閉じてるだけで、 暇だったんで、 つい」

「ヒカルくん、 定時は」

「あ」

 全員が、 固まった。

 ドルガンが、 ゆっくりと、 ヒカルくんを見た。

「……勇者」

「は、 はい」

「……見張りは、 お前の仕事では、 ない」

「す、 すみません」

「……だが」

 ドルガンは、 頭をかいた。

「……助かった」

「え」

「……礼を言う。 ……今朝は、 遅れた」

 ドルガンは、 僕の方を向いた。

「……荷物持ち」

「はい」

「……こういうとき、 何と言うんだ」

「え」

「……お前が、 いつも、 言うだろう」

 僕は、 一瞬、 目を丸くした。

 それから、 思わず笑ってしまった。

「……すみません、 遅れました、 ですね」

「……すみません、 遅れました」

 ドルガンが、 真顔で復唱した。

 ヒカルくんが、 吹き出した。

 ミーネが、 腹を抱えて笑い転げた。

 リエナさんが、 口元を押さえて、 肩を震わせている。

 ドルガンの顔は、 真っ赤なままだった。

「……笑うな」

「笑ってないっす!」

「笑ってるし!」

「……」

 けれど、 ドルガンの口の端も、 少しだけ上がっていた。

 出発の準備をしながら、 ドルガンが、 僕の前に立った。

「……荷物持ち」

「はい」

「……これを」

 差し出されたのは、 小さな、 鉄の笛だった。

 掌に収まるほどの大きさで、 使い込まれた鈍い光を放っている。

「軍の、 信号笛だ。 ……俺が、 十五年、 持っていた」

「そんな、 大事な物を」

「……迷ったら、 吹け」

 ドルガンは、 低く言った。

「……この笛は、 遠くまで響く。 ……迷ったら、 吹け。 ……必ず、 聞こえる所まで、 行く」

 胸が、 熱くなった。

 迷ったら、 呼べ。

 賢者の言葉。 ミーネさんの記憶。 そして、 ドルガンの約束。

「……ありがとうございます」

「……礼は、 要らん」

「いえ。 ……大事に、 します」

 僕は、 笛を首にかけた。

 砂時計の隣で、 小さな鉄が、 かちりと鳴った。

「……行くぞ」

「はい」

 僕たちは、 歩き出した。

 湖の都まで、 あと三日。

 足取りは、 以前より、 ずっと軽かった。

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