第14話 石守の丘で巨像が目を覚ました
はじめまして。
数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。
こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、
ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。
ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。
翌朝。
僕たちは、 里の裏手にある「石守の丘」へ向かった。
ガロ爺が、 里の若者を一人、 案内につけてくれた。
「ここまででいいだ。 おらは、 これ以上、 近づけねえ」
若者は、 丘の中腹で、 足を止めた。
顔が、 青ざめている。
「……分かりました。 ありがとうございます」
そこから先は、 僕たち四人だけで登った。
丘の頂上に、 それは立っていた。
石の巨人。
高さは、 二十メートルはあるだろうか。
全身が、 苔と蔦に覆われた、 灰色の騎士の像。
顔には、 目も、 鼻も、 口もない。
ただ、 のっぺりとした石の面が、 空を見上げている。
両手は、 胸の前で、 大きな石の剣を、 地面に突き立てるように握っていた。
「……でけえ」
ヒカルくんが、 ぽかんと口を開けた。
「これが、 石守」
「……動きそうには、 見えんな」
ドルガンが、 低く言った。
像の足元には、 円形の石の台座があった。
台座の側面に、 びっしりと、 文字が刻まれている。
この世界の文字だ。
けれど、 普通のものとは、 形が違う。
古い、 古い字体のようだ。
「読めません」
「あたしも、 読めないし。 古代文字、 苦手だし」
「……リエナさんなら、 読めるかも」
僕は、 手帳に、 文字の形を、 一つ一つ写していった。
リエナさんへの手紙に、 添えるために。
線の流れ、 払いの形。
絵を描く要領で、 丁寧に。
台座の端の、 目立たないところに、 小さな印が刻まれていた。
六角形の中に、 一本の線が通っている。
工房の印だろうか。
これも、 写した。
「ミーネさん、 何か感じますか」
ミーネは、 杖の先を台座に当てて、 目を閉じていた。
「……魔力が、 溜まってる。 すごく。 ……北から、 流れてきてるし」
「北から」
「何かに、 引っ張られてるみたい。 この像、 ずっと眠ってたのに」
ミーネは、 目を開けた。
「……起きかけてる」
「…………」
誰も、 何も言えなかった。
丘の頂上から、 里が一望できた。
渦を巻く、 丸い屋根の集落。 その中を、 蛇のように、 細い路地が通っている。
里の外周には、 麦畑が広がる。
……その、 畑と里の境に。
僕は、 目を凝らした。
小さな点が、 ぽつぽつと、 一定の間隔で並んでいる。
円を描くように。
「あの点は、 何でしょう」
「どれっすか?」
「里の外側に、 輪になって。 ……石、 みたいな」
「畑の目印じゃないっすか?」
「そう、 かもしれません」
……何だか、 気になった。
僕は、 その配置も、 手帳に描き込んだ。
◇
その日は、 丘のまわりを、 丹念に調べた。
足元の地面。 周囲の岩。 古い石組みの跡。
ヒカルくんが、 台座に手を当てて、 《聖剣・暁》を、 軽く掲げてみた。
金色の光が、 像の表面を、 さっと照らす。
像は、 微動だにしない。
「……反応、 なしっすね」
「……今は、 な」
ドルガンが、 北の空を見上げた。
昼でも、 北の空は、 薄暗い。
日が傾き、 空が橙色に染まり始めたころ。
「定時です」
僕は、 砂時計暦を見て、 告げた。
「え、 もう? もうちょっと調べたいっす」
「ヒカルくん」
「……はい。 戻るっす」
ヒカルくんは、 名残惜しそうに、 像を見上げた。
「ここ、 夜になったら、 光るんすよね」
「……見張りは、 里の者に任せる。 ……近づくな」
ドルガンの指示で、 僕たちは、 丘を降りた。
里に着くと、 灯りの道が、 夕闇に浮かんでいた。
昨日よりも、 もっとたくさんの人が、 灯りを置きに、 出てきている。
小さな子供たちが、 提灯を持って、 路地を駆けていく。
その光景に、 ヒカルくんの顔が、 ほころんだ。
「……なんか、 いい里っすね」
「はい」
夕食を済ませて、 横になる。
ナナちゃんが、 今夜もヒカルくんの枕元で、 お話をしていた。
窓の外で、 灯りの道が、 ゆらゆらと揺れている。
その優しい光の中で、 僕は、 うとうとと、 眠りかけた。
そのときだった。
ゴゴゴゴ……。
地鳴り。
床が、 小さく震えた。
「……来た」
ドルガンが、 目を開けた。
大剣を握って、 一瞬で立ち上がる。
「……全員、 起きろ」
ヒカルくんも、 すでに、 飛び起きていた。
窓の外を見る。
丘の上に、 二つの赤い光が、 ぼうっと灯っていた。
その光が、 ゆっくりと動き出す。
……動いた。
石守が。
◇
里中に、 半鐘の音が響いた。
「石守が、 動いたぞおお!」
「逃げろ! 子供を連れて、 東の草原へ!」
里が、 一瞬で大混乱に陥った。
僕たちは、 家を飛び出した。
路地を走る。
「ガロさん!」
「勇者様! 石守が、 里に向かってくるだ!」
丘の方から、 地響きが近づいてくる。
木々が薙ぎ倒される音。 岩が砕ける音。
月明かりの中に、 巨大な影が、 ゆっくりと丘を降りてくるのが見えた。
高さ二十メートルの、 石の騎士。
一歩ごとに、 地面が揺れる。
「……行くぞ」
ドルガンが、 先頭に立った。
「ヒカル、 剣で足を狙え。 ミーネ、 詠唱の準備だ。 荷物持ち」
「はい」
「里の者を、 逃がせ。 お前が頼りだ」
「……はい!」
僕は、 頷いた。
地図係。 荷物持ち。 補給係。
そして、 避難誘導係。
総務の仕事は、 いつも、 そうだ。
前線に立つ人を、 後ろから支える。
僕は、 里の路地を、 全力で走った。
「皆さん! 灯りの道に沿って、 東へ! 灯りは、 全部、 東の出口に向かってます!」
昨日、 灯りを置いた、 その道が。
迷路の里の中で、 唯一の道しるべになっていた。
人々は、 灯りを頼りに、 次々と東へ向かっていく。
「ありがてえ!」
「灯りが、 道を教えてくれるだ!」
……よかった。
本当に、 よかった。
遠くで、 轟音。
石守が、 里の外れに到達していた。
ヒカルくんの《聖剣・暁》が、 金色の光を放って、 巨人の足に斬りかかる。
ガキン!
硬い音。 火花。
石の足に、 浅い傷がつく。
けれど、 すぐに、 傷がふさがっていく。
「再生してる……!」
「……硬いな」
ドルガンが、 大剣を地面に突き立てた。
「……動かん」
石守の巨大な拳が、 ドルガンに叩きつけられる。
ズウウウン。
地面が割れた。
土煙が、 空高く舞い上がる。
……ドルガンさん!
煙が晴れると。
ドルガンは、 そこに立っていた。
足が、 地面に、 数センチ、 めり込んでいる。
けれど、 倒れていなかった。
「……効かん」
ドルガンの顔に、 脂汗が浮かんでいた。
「……が、 長くは、 持たん」
「ミーネ!」
「分かってるし!」
ミーネが、 杖を掲げた。
「星よ、 降れ——!」
夜空に、 いくつもの光の筋が、 流星のように降り注いだ。
石守の肩に、 命中する。
轟音。
石の肩が、 大きく砕けた。
けれど、 それでも。
像は、 止まらなかった。
むしろ、 怒りに駆られたように、 赤い目が、 ぎらりと輝いた。
「……二発目は、 撃てないし」
ミーネが、 杖にもたれかかった。
顔が、 青ざめている。
あと一発。 それが、 限度。
石守が、 一歩、 踏み出した。
里の外周の、 畑の端に、 足がかかる。
その先に、 里の家々がある。
「……まずい」
僕は、 避難の列の最後尾に、 目をやった。
ナナちゃんが、 ガロ爺と一緒に走っている。
けれど、 ガロ爺の足がもつれて、 遅れていた。
「ガロさん! ナナちゃん!」
僕は、 駆け寄って、 ガロ爺の腕を肩にかけた。
「ありがとうだ、 旅の人」
「急いでください!」
石守の足音が、 すぐ後ろに迫っていた。
ナナちゃんが、 立ち止まって、 振り返った。
「あ!」
「ナナちゃん、 走って!」
「ナナの、 お人形が!」
見ると、 路地の隅に、 小さな布人形が落ちていた。
ナナちゃんが、 駆け戻ろうとする。
「だめです!」
僕は、 ガロ爺を近くの若者に預けて、 ナナちゃんを追った。
路地の角を曲がる。
人形を拾い上げた、 その瞬間。
背後で、 轟音が炸裂した。
石守の拳が、 家の壁を粉砕していた。
土煙。 瓦礫。
灯りが、 消える。
……灯りが。
僕は、 ナナちゃんを抱え込んで、 地面に伏せた。
瓦礫が、 降り注ぐ。
やがて、 音がやんだ。
「ナナちゃん、 大丈夫ですか」
「うん……」
ナナちゃんは、 泣きそうな顔で頷いた。
「アサノのおじちゃん、 ありがとう」
「いえ。 ……東に走って。 灯りの道を辿って」
「でも」
「大丈夫です。 すぐ、 追いつきます」
ナナちゃんを、 灯りの方へ押し出した。
彼女が、 灯りの道を走っていくのを見送って。
僕は、 周りを見回した。
……暗い。
土煙で、 何も見えない。
灯りは、 ほとんど消えていた。
壊れた壁。 崩れた屋根。
さっきまであった路地が、 瓦礫の山で塞がれている。
右も、 左も、 道がない。
……迷った。
背後で、 地鳴り。
石守の足音が、 すぐ近くまで迫っている。
その瞬間。
首元で、 さらり、 と砂の音がした。
……来る。
足元に、 青白い円が開いた。
視界が、 光に呑まれていく。
石守の巨大な影が、 僕の頭上を覆った。




