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転移したのに遅刻⁉ 獲得したスキルは《迷子》 〜方向音痴、異世界でも迷います〜  作者: 有馬 茶


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13/25

第13話 イサの里は迷路みたい

はじめまして。

数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。


こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、

ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。

ブックマークや評価、 感想が、 何よりの励みになります。

 イサの里に着いたのは、 旅に出て三日目の昼だった。

 山あいの谷に、 丸い屋根の家々が、 ぎゅっと身を寄せ合うように建っている。

 石を積んだ低い塀。 藁を葺いた屋根。 煙突から立ちのぼる、 細い煙。

 小さな、 けれど、 どこか懐かしい村だった。


「……なんか、 ゲームの序盤の村っぽいっすね」

「ゲームって何よ」

「あ、 いや、 その、 素敵な村だなって!」


 村の入口で、 僕は足を止めた。

 道が、 おかしい。

 入口から延びる路地は、 三本に分かれ、 その先でまた二本に分かれ、 家と家の間をくねくねと曲がっていく。

 直線が、 ほとんどない。

 上から見たら、 渦巻きのような形をしているのかもしれない。

「……迷路みたいな村ですね」

「……入りたくないな」

 ドルガンが、 低く言った。

「ドルガンさんでも?」

「……俺は、 道を覚えるのが、 苦手だ」

 意外だった。

 ミーネが、 ふふんと胸を張る。

「あたしは、 道は完璧に覚えるし」

「さっき、 街道で、 二回、 逆に曲がろうとしてましたよね」

「あ、 あれは、 地図が悪いんだし!」

 そんなやり取りをしていると、 路地の奥から、 一人の老人が、 杖をつきながら歩いてきた。

 背は低く、 腰は曲がり、 日に焼けた顔には、 深い皺が刻まれている。

「おお、 おお。 勇者様の、 ご一行だべか」

 訛りの強い、 のんびりした声だった。

「おら、 この里の長をしとる、 ガロちゅうもんだ。 王都のギルドから、 話は聞いとるだ。 遠いとこ、 よう来てくれた」

「はじめまして。 ヒカルです。 よろしくお願いします!」

「おお、 元気な勇者様だ。 ささ、 まずは、 おらの家で、 茶でも飲んでくれろ」

 ガロ爺の家は、 里の中心にあった。

 入口から、 そこまで、 僕たちは、 老人の後ろを、 離れずについていった。

 右、 左、 左、 右、 ……。

 途中で、 数えるのを諦めた。

 路地の角ごとに、 小さな石の台座が置かれている。

 膝ほどの高さの、 四角い石の台。 上面が、 浅く窪んでいる。


 ……灯り台、 だろうか。

 どの台座にも、 灯りは入っていなかった。

 苔むして、 ひびが入り、 長いこと、 使われていない様子だった。

「ガロさん。 あの石の台は」

「ああ、 あれけ」

 ガロ爺は、 振り返らずに答えた。

「昔は、 夜になっと、 灯りを入れたそうだべ。 ご先祖さまの、 しきたりでな。

   ……だども、 由来も、 いつ頃やめたんかも、 おらたちは、 誰も覚えとらん」

「そうなんですか」

「灯りがねえもんで、 夜は、 里の者でも、 迷うだ。

   毎年、 何人か、 朝んなってから、 外れの畑で見つかるだ」


 ……迷う里。


 僕は、 手帳に、 石の台座の絵を描いた。

 茶と干し柿をごちそうになりながら、 ガロ爺は、 里の困りごとを、 ぽつぽつと話してくれた。

 北から流れてくる魔物の被害は、 今は、 そこまでひどくない。

 けれど、 もっと厄介なことがある、 と。

「里の裏の、 石守の丘に、 古い遺跡があるだ。 でっけえ石の巨人が、 立っとる」

「石の巨人」

「石守、 と呼んどるだ。 何百年も、 何千年も、 ただの石の像だったんだども。

   ここ三晩、 夜になっと、 その目が、 赤く光るだ」

 部屋が、 静まり返った。

「……動くのか」

 ドルガンが、 低く聞いた。

「分からんだ。 まだ、 光るだけだ。

   ……ただ、 ご先祖さまは、 『石守が動くときは、 里の終わりだ』と言い伝えとる」


 ガロ爺の手が、 茶碗の上で、 小さく震えていた。

「勇者様。 どうか、 里を、 守ってくんろ」

「任せてください!」

 ヒカルくんが、 力強く頷いた。

 ……というわけで。

 僕たちは、 里に宿を借りることになった。



◇



 夕暮れ前に、 僕たちは、 里の家に入った。

 定時。

 ヒカルくんは、 少しそわそわしていたけれど、 毛布にくるまって、 横になってくれた。

 ガロ爺の孫娘のナナちゃんが、 ヒカルくんの枕元に、 ちょこんと座っている。

「勇者様、 寝ないの?」

「寝れないんだ。 でも、 目を閉じてるだけでも、 いいんだって」

「ふーん。 じゃあ、 ナナが、 お話をしてあげる」

「ほんと? ありがとう!」

 十歳くらいの女の子だ。

 おさげ髪が、 ぴょこぴょこ揺れている。

 その様子を見ていたドルガンの口の端が、 ほんの少しだけ上がった。

 夕食は、 里の女性たちが作ってくれた。

 麦の粥と、 川魚の塩焼きと、 野草の和え物。

 素朴で、 でも、 とても優しい味だった。

「おいしいっす!」

「こっちの魚も、 食べてくれろ」

「ありがとうございます!」

 食事の間、 ガロ爺が、 里のしきたりを教えてくれた。

「夜は、 家から出んでくれ。 迷うだ。 厠は、 家の中にあるでな」

「あの、 もし、 どうしても外に出る用事が」

「そんときは、 誰か、 一緒に行ってくんろ。 一人は、 いけねえ」

 ……一人は、 いけない。

 その言葉が、 妙に、 耳に残った。

 僕は、 食後、 手帳を開いた。


 【今日の出来事】

 イサの里に到着。 渦巻き状の迷路の村。 角ごとに、 空の石の灯り台。


 【確認事項】

 灯り台の由来。 いつ、 なぜ、 灯りが消えたのか。


 【所感】

 迷う里。 灯りのない路地。 ……どこか、 懐かしい気がする。



 ……懐かしい?

 来たことも、 ない村なのに。

 ペンを置いて、 僕は、 首を傾げた。




◇






 真夜中。

 目が覚めたのは、 喉が渇いたからだった。

 部屋の隅で、 ヒカルくんが、 毛布にくるまって、 目を閉じている。

 呼吸は、 浅い。

 それでも、 ちゃんと横になっている。

 ドルガンは、 壁にもたれて、 大剣を抱えたまま、 目を閉じていた。

 彼の見張り番だ。 ……いや、 寝ているのか、 起きているのか、 分からない。

 僕は、 そっと、 部屋を出た。

 水は、 台所の瓶から、 もらえばいい。

 台所は、 すぐ隣の部屋のはずだ。


 ……はずだった。

 扉を開けると、 そこは、 廊下だった。

 廊下の突き当たりに、 もう一つ、 扉。

 開けると、 また廊下。

 家の中まで、 迷路なのか。

 三つ目の扉を開けると、 夜風が、 吹き込んできた。

 ……外に、 出てしまった。

 月の明かりが、 薄く路地を照らしている。

 背後を振り返ると、 出てきたはずの扉は、 もう、 見当たらなかった。

「……ええと」

 手帳の地図を取り出す。

 けれど、 夜の暗さでは、 ほとんど読めない。

 一人は、 いけねえ。

 ガロ爺の声が、 よみがえる。

 僕は、 慌てて、 来た道を戻ろうとした。

 右。 左。 左。 右。

 どこを曲がったのか、 分からなくなる。

 路地は、 どれも同じに見える。

 石の塀。 空っぽの灯り台。 窓のない壁。



 ……迷った。

 完全に、 迷った。

 声を出すべきか。

 迷ったら、 動かないで、 大きな声で、 呼ぶ。

 ミーネさんの、 昔の記憶。

 僕が、 あの子に教えた言葉。

 ……呼べば、 いい。

 僕は、 大きく息を吸い込んだ。


「誰か——」


 その瞬間だった。

 首元で、 さらり、 と音がした。

 砂時計が、 光を放つ。

 足元に、 青白い円。

 歯車の回廊。 砂の滝。

 落ちる。

 落ちていく。

 足の裏が、 地面を踏んだ。

 目を開ける。

 ……明るい。

 夜のはずなのに、 目の前が、 ぼんやりと、 橙色に染まっていた。

 灯りだ。

 路地の角ごとに、 石の台座の上に、 小さな炎が揺れている。

 一つ、 二つ、 三つ。

 どの台座にも、 灯りが入っている。

 ずっと向こうの角まで、 点々と、 橙色の光が連なっていた。


 ……灯りの道。


 そこは、 イサの里だった。

 けれど、 さっきまでいた、 イサの里とは、 少し違っていた。

 家々の壁が、 新しい。

 屋根の藁の色が、 鮮やかだ。

 路地を行き交う人々は、 古めかしい、 布を巻いたような服を着ている。

 誰もが、 手に小さな提灯を持って、 灯りの道を、 ゆっくりと歩いていた。


 ……お祭りだろうか。

 首元の砂時計を見る。

 砂が、 さらさらと、 流れ落ちていた。

 三分。

 路地の角に、 一人の男が立っていた。

 四十代くらいの、 がっしりした体つきの男。

 手に、 空の提灯を提げている。

 その表情は、 暗かった。

 思いつめたように、 灯り台の台座を見つめている。

 僕は、 何となく、 その人から目が離せなかった。

 そのとき。

 男の背後から、 小さな子供の泣き声が聞こえた。

「おとうさあん! おとうさあん!」

 男の身体が、 びくりと震えた。

「……ああ、 また、 呼んでおる」

 男は、 空の提灯を、 ぎゅっと握りしめた。

「昨夜、 里の子が一人、 戻らなんだ。 あの子の親は、 一晩中探し回って。

  ……暗くて、 迷って、 道が分からん」


 独り言のような、 呟き。

「灯りを、 灯したい。 だが、 油が足りん。

  里の家、 全部の灯りに油を回せば、 冬を越せん。 ……どうすれば」


 ……そうか。

 この人は、 里の長なのだ。

 迷う子供を、 救いたい。

 でも、 油が足りない。

 そんな板挟みの中で、 立ち尽くしている。

 僕は、 一歩、 前に出た。

 砂が、 もう、 半分以上、 落ちていた。

 一度だけ。

 僕にできるのは、 一度だけ、 言葉をかけること。

 どんな言葉なら、 この人の力に、 なれるだろう。

 僕は、 総務だ。

 限られた予算の中で、 何を優先するか。

 誰かを守るために、 何を削るか。

 それを、 毎日、 考えてきた。

「あの」

 男が、 振り向いた。

「すみません、 旅の者です。 ……一つだけ、 言わせてください」

「……何だ」

「全部の家の灯りを、 灯さなくても、 いいと思います」

「え?」

「角にだけ。 道の分かれ目にだけ、 小さな灯りを一つずつ。

   それを、 点々と繋げて、 一本の道にするんです」


 男の目が、 見開かれた。

「迷う人が、 迷わずに帰れる。 その道さえあれば、 一軒一軒の灯りは、 要りません」

「…………」

 男は、 しばらく、 動かなかった。

 それから、 空の提灯を、 じっと見つめた。

「……角に、 だけ」

「はい。 角ごとに」

 男の口元に、 小さな笑みが浮かんだ。

「……そうか。 道に、 灯りを。 ……考えたこともなかった」

 男は、 提灯に、 火を灯した。

 そして、 目の前の灯り台の台座に、 そっと置いた。

 ぽっ、 と。

 小さな炎が、 夜に灯った。

 それは、 ほんの小さな灯りだった。

 けれど、 その光は、 確かに、 路地の先まで届いていた。

「皆に、 伝えよう」

 男は、 顔を上げた。

「角ごとに、 灯りを。 ……ありがとう、 旅の人。 名は」

「名乗るほどの者では、 ありません。 ……ただの、 迷子です」

「迷子」

 男は、 目を細めて笑った。

「迷子に、 道を教えられるとはな」

 その笑顔が、 光の中で、 ゆっくりと遠ざかっていく。

 足元から、 光の砂が、 渦を巻いて立ちのぼった。

 最後に見えたのは。

 男の灯した一つの灯りから、 隣の灯り台へと、 次々と、 炎が受け渡されていく光景だった。

 一つ。

 また一つ。

 橙色の光が、 路地を、 川のように流れていく。

 ……きれいだ。

 そう思った、 次の瞬間。

 僕は、 光の中に呑まれた。




◇






 気がつくと、 僕は、 暗い路地に立っていた。

 月明かり。 空っぽの灯り台。 静まり返った石の塀。

 ……戻ってきた。

 首元の砂時計は、 空っぽだった。

 何か、 とても、 きれいなものを見ていた気がする。

 橙色の、 光。

 流れるような、 光の川。

 けれど、 その輪郭は、 すでに、 夢の中身のように、 溶けかけていた。

 手帳を開く。

 月明かりで、 目を凝らして、 書き込んだ。


 【どこへ行ったか】

 どこかの里。 夜。 灯りが、 角ごとにあった。


 【誰がいたか】

 里の長のような男の人。 子供が迷子になったと。


 【何をしたか】

 角にだけ、 灯りを置いたらどうか、 と言った。


 【所感】

 きれいだった。



 ……そこで、 ペンが止まった。

 角にだけ、 灯りを。

 どうして、 僕は、 そんなことを。

 そのときだった。

「アサノさん!!」

 路地の向こうから、 提灯の灯りが、 揺れながら近づいてきた。

 ヒカルくんと、 ドルガンと、 ガロ爺だった。

「いたっす! 良かった、 アサノさん!」

「……荷物持ち。 勝手に出るな」

「す、 すみません。 水を、 飲みに」

「一人は、 いけねえと、 言ったべ」

 ガロ爺が、 呆れた顔で、 でもほっとしたように、 笑った。

「しかし、 よう無事だったなあ。 迷っとったんか」

「はい。 ……それで、 その、 発動しました」

「発動?」

 僕は、 事情を説明した。

 転移したこと。 どこかの里で、 灯りを見たこと。

 三分で戻されたこと。

 ガロ爺は、 熱心に聞いてくれた。

「灯り、 を、 見ただか」

「はい。 角ごとに、 小さな灯りが並んでいて。 ……その、 里の長の方に、 言ったんです。

  角にだけ灯りを置けば、 迷わずに帰れるんじゃないか、 と」


 ガロ爺の動きが、 ぴたりと止まった。

「…………」

「ガロさん?」

「……それは、 ご先祖さまの、 しきたりに、 似とるだな」

 老人は、 ゆっくりと、 空っぽの灯り台を見つめた。

「ご先祖さまは、 角ごとに、 灯りを置いたそうだ。 ……全部の家の灯りじゃなく、 道の灯りだけを。 それで、 里の者は、 迷わなんだと」

「……そうなんですね」

「どこの里のことだべな。 ……同じ里の話が、 遠くにもあるだか」

 老人は、 そう首を傾げた。

 僕も、 首を傾げた。

 不思議な偶然だ。

 遠くのどこかの里にも、 同じしきたりが、 あるのだろうか。

「……ガロさん。 あの、 一つ、 お願いが」

「何だべ」

「明日の夕方、 角の灯り台に、 灯りを入れてみませんか」

「灯りを?」

「夜に迷う人が、 いなくなるように。

   ……それと、 もしかしたら、 ご先祖さまの道が、 戻るかもしれません」


 老人は、 しばらく黙っていた。

 それから、 ゆっくりと頷いた。

「……やってみるべ。 里の者に、 声をかけてみるだ」



◇



 翌日の夕暮れ。

 里の角という角に、 小さな炎が灯った。

 最初は、 おずおずと。

 一軒、 また一軒、 里の人たちが、 台座に、 提灯を置いていく。

 子供たちが、 嬉しそうに、 走り回る。

 路地の灯りが、 一つ、 また一つと、 つながっていく。

 やがて、 里中に、 橙色の道が、 浮かび上がった。

「うわあ……」

 ヒカルくんが、 目を輝かせた。

「きれいっす! めっちゃ、 きれいっす!」

「……悪くない」

 ドルガンが、 腕を組んだまま、 呟いた。

「べ、 別に、 感動してないし」

 ミーネが、 目元を、 袖で拭っている。

 ガロ爺は、 路地の真ん中に立って、 灯りの道を、 じっと見つめていた。

 その背中が、 小さく震えていた。

「……ご先祖さまの、 道だ」

 老人は、 呟いた。

「何十年ぶりか。 ……ああ、 そうだべ。 こんな景色だっただ」

 僕は、 その景色を、 見つめていた。

 橙色の光が、 川のように流れていく。

 どこかで見た。

 確かに、 どこかで、 見た景色だった。

 胸の奥が、 ぎゅっと締めつけられる。

 けれど、 どこで見たのかは、 やっぱり、 思い出せなかった。

 手帳に、 一行だけ、 書き足した。



 【所感】

 迷った者が、 迷わず帰れる道。



 ……いい言葉だ。

 どこかで聞いた気がする。

 それは、 迷いの塔の、 名前の由来と、 同じ響きだった。

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