第11話 荷物持ちの雇用契約書に、 『労災』の項目が追加
はじめまして。
数ある作品の中から、 この物語を開いてくださって、 ありがとうございます。
こちらはゆっくり投稿していくので、読者の皆さまも肩の力を抜いて、
ゆっくりででもついてきていただけたら嬉しいです。
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ヒカルくんが目を覚ましたのは、 それから十四時間後だった。
王宮の医務室。
白い天井。 消毒薬の匂い。
窓からは、 西日が差し込んでいた。
「…………あれ」
「ヒカルくん!」
僕は、 ベッドの脇の椅子から、 身を乗り出した。
ドルガンも、 壁にもたれて、 腕を組んでいる。
ミーネは、 ベッドの足元で、 膝を抱えて座っていた。
三人とも、 一睡もしていない顔だった。
……いや、 僕は、 ちゃんと寝ろと言われて、 二時間だけ仮眠を取った。
「俺、 寝てたんすか」
「十四時間」
「じゅうよじかん!?」
ヒカルくんは、 がばっと身を起こして、 すぐに、 うめいた。
「いたた……なんか、 全身が、 ばきばき」
「当たり前よ、 バッカじゃないの!」
ミーネが、 涙目で叫んだ。
「二日半も寝ないで戦って、 そりゃ、 倒れるし! 倒れなかったら、 おかしいし!」
「二日半、 なんすか」
「……俺の、 言った通りだ」
ドルガンが、 低く言った。
「……ごめんなさい」
ヒカルくんは、 しょんぼりと肩を落とした。
「俺、 疲れてるって、 全然、 分からなくて。 だから、 平気だって、 思って」
「感じないのと、 疲れていないのは、 違う」
「……はい」
「…………」
ドルガンは、 しばらく、 ヒカルくんを見ていた。
それから、 ふっと息を吐いた。
「……誰も、 責めていない。 ……責められるべきは、 気づけなかった、 俺たちだ」
「俺たち」
「……ああ。 お前一人の、 せいじゃない」
その言葉に、 ヒカルくんの目が、 潤んだ。
「……っす」
小さな返事が、 医務室に響いた。
僕は、 手帳を握りしめた。
言うなら、 今だと思った。
「あの」
三人の視線が、 僕に集まる。
「一つ、 提案が、 あるんです」
「何」
「パーティに、 『定時』を、 作りませんか」
「ていじ?」
「はい。 日没になったら、 その日の仕事は、 おしまい。 戦いも、 移動も、 止めて、 休む。
食事をして、 身体を拭いて、 眠る。 それを、 絶対のルールにするんです」
ミーネが、 眉をひそめた。
「そんなの、 魔物が夜に来たら」
「夜の見張りは、 順番に。 ヒカルくんは、 見張りから外します」
「え、 俺だけ?」
「ヒカルくんは、 眠れなくても、 横になってください。 目を閉じて、 休む。
疲れを感じなくても、 身体は休ませないといけないので」
「…………」
ヒカルくんが、 じっと僕を見た。
「でも、 魔王が、 いるのに。 夜が終わらないって、 国王様も」
「それでも、 ヒカルくんが倒れたら、 世界は救えません」
「…………」
「……荷物持ちの、 言う通りだ」
ドルガンが、 腕を組んだまま、 頷いた。
「……理屈は、 いい。 だが、 正しい」
「ドルガンさん」
「……定時。 ……悪くない」
ミーネが、 ふいっと顔を背けて、 小声で呟いた。
「……別に、 反対してないし」
ヒカルくんは、 少しの間、 黙っていた。
それから、 ゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました。 『定時』、 やってみます」
「ありがとうございます」
「アサノさん」
ヒカルくんは、 ベッドの上で、 ぺこりと頭を下げた。
「助けてくれて、 ありがとうございました。 ……二回も」
「二回?」
「一回目は、 橋で。 二回目は、 今です。
……俺、 たぶん、 アサノさんが言ってくれなかったら、 ずっと、 気づけなかったっす」
僕は、 言葉に詰まった。
助けた、 というほどのことでは、 ない。
僕は、 ただ、 水を渡して、 「休みましょう」と言っただけだ。
けれど。
「……どういたしまして」
それだけ、 答えた。
◇
その日の夕方、 僕は、 国王の謁見の間に呼ばれた。
一人で。
……何をやらかしたのだろう。
思い当たる節は、 山ほどある。
橋の上で前線に出たこと。 宰相を無視して勇者に水を飲ませたこと。
謁見の間で、 就業規則の確認をしたこと。
足が、 震えた。
謁見の間には、 国王アルベルトと、 宰相のグレイヴ、 そして数人の書記官が、 待っていた。
「よく来た、 アサノ殿」
国王が、 穏やかに言った。
目の下の隈は、 相変わらず濃い。
「面を上げよ。 ……そなたに、 渡すものがある」
「は、 はい」
国王が手招きをすると、 書記官が、 一枚の羊皮紙を、 恭しく差し出した。
受け取る。
文字は、 この世界のものだが、 魔法の紙らしく、 見ているうちに、 日本語に変わっていく。
一行目に、 こう書かれていた。
『荷物持ち兼地図係に関する、 雇用契約書』
……雇用、 契約書。
僕は、 息を止めて、 読み進めた。
『一、 雇用主は、 ローデリア王国、 及び、 勇者パーティとする』
『二、 給与は、 月に銀貨五十枚』
『三、 勤務時間は、 日の出から日没まで。 日没以降の勤務は、 倍額とする』
『四、 休日は、 七日に一日』
『五、 業務中に負傷、 または病にかかった場合は、 王国が治療費を負担する』
……五、 の次の行。
小さな文字で、 書き足されていた。
『※本条項を、 以下「労災」と称する』
僕は、 顔を上げた。
国王が、 いたずらっぽく、 口の端を上げていた。
「そなたが、 教えてくれた言葉だ」
「へ、 陛下」
「あの日、 謁見の間で、 そなたは、 異世界の言葉を使った。 『ろうさい』。
……調べさせた。 働く者を守るための、 制度、 と」
「…………」
「素晴らしい、 と思った。 この国には、 そのような制度が、 なかった。
荷物持ちも、 兵も、 使い潰して当たり前だった」
国王は、 玉座から、 静かに身を起こした。
「そなたのような、 総務という者の仕事は、 この国にも、 必要だ。 ……そう、 思ったのだ」
胸の奥が、 じんわりと、 熱くなった。
二十八年。
僕が、 当たり前だと思ってやってきたことが。
ようやく、 誰かに、 「必要だ」と言われた。
目の奥が、 痛い。
泣いては、 いけない。
泣いたら、 みっともない。
……でも。
「ありがとうございます」
声が、 震えていた。
「陛下。 ……ありがとう、 ございます」
「うむ」
国王は、 微笑んだ。
「それから、 もう一つ」
国王の声が、 少し低くなった。
「勇者殿のこと。 ……どうか、 頼む」
「はい」
「倒れる前に、 気づいてやってくれ。 ……そなたが、 一番、 近くで見ているだろう」
「……はい。 必ず」
国王は、 少しの間、 遠くを見るような目をした。
「先代の頃から、 受け継がれている言葉がある」
「言葉、 ですか」
「働く者に、 帰る場所を。 ……迷いの塔の賢者殿が、 先代に授けた言葉だ」
……働く者に、 帰る場所を。
「定時で、 帰れ」。
賢者の声が、 蘇った。
「私は、 その言葉を、 守りきれていない。 ……だから、 そなたに、 託したい」
国王の目は、 真剣だった。
「勇者殿に、 『帰る場所』を、 作ってやってくれ」
僕は、 深く、 頭を下げた。
「……はい。 やります」
その後ろで、 宰相のグレイヴが、 静かに微笑みを貼りつけていた。
けれど、 その目は、 笑っていなかった。
……僕は、 それに、 気づかないふりをした。
◇
出発の朝。
王都の北門は、 見送りの人々で、 ごった返していた。
「勇者様! 頑張って!」
「世界を、 お願いします!」
歓声と、 色とりどりの花びら。
ヒカルくんは、 少し照れながら、 手を振っていた。
顔色は、 すっかり良くなっている。
「アサノさん、 俺、 こういうの、 慣れないっす」
「ヒカルくんは、 慣れなくても大丈夫です」
「えー」
僕は、 荷物持ちの背負い袋を、 背負い直した。
今日は、 ドルガンが、 袋の位置を手伝ってくれた。
「……肩の紐が、 食い込んでいる。 ……もっと下で結べ」
「ありがとうございます」
「……礼は要らん」
ミーネは、 ヒカルくんの隣で、 とんがり帽子を、 深くかぶり直していた。
「べ、 別に、 緊張してないし」
誰も、 聞いていないのだが。
「アサノ様」
ハンスが、 人混みをかき分けて、 近づいてきた。
小さな包みを、 差し出す。
「道中の、 お茶と焼き菓子でございます」
「ハンスさん」
「重しにされた暦書は、 無事、 元の場所に戻っております」
ハンスは、 そう言って、 穏やかに微笑んだ。
「どうぞ、 お気をつけて。 ……そして、 必ず、 お戻りください」
「はい」
「アサノさーん!」
そのときだった。
人混みの向こうから、 誰かが、 全力で走ってくる。
栗色の髪を乱して、 眼鏡を押さえ、 インクで汚れた袖を振って。
「リ、 リエナさん!?」
リエナさんは、 息を切らして、 僕の目の前で立ち止まった。
「はぁ、 はぁ……間に、 合いました、 よね?」
「間に合ってます。 ぎりぎり」
「よ、 よかった……っ」
リエナさんは、 両手を、 胸の前で、 ぎゅっと握りしめた。
「あ、 あの、 これを」
差し出されたのは、 小さな、 手作りの栞だった。
薄い和紙のような紙に、 野の花が、 押し花にされている。
端には、 この世界の文字で、 何か書かれていた。
「これは」
「栞、 です。 手記帳に、 挟んでください。 ……読んだところに、 目印を、 つけられるように」
リエナさんは、 頬を赤くして、 俯いた。
「それから、 ここ。 世界の文字で、 『迷っても、 戻れますように』って、 書いておきました」
……迷っても、 戻れますように。
僕は、 栞を、 そっと両手で受け取った。
軽い。
けれど、 とても、 重かった。
「ありがとうございます。 ……大事に、 します」
「は、 はい!」
「あの、 手紙は」
「書きます! 毎日でも! ……あ、 毎日は、 迷惑ですよね。 三日に一度、 に、 します!」
「待ってます。 僕も、 書きます」
「報連相、 ですね」
「はい。 報連相、 です」
リエナさんは、 満面の笑みで頷いた。
それから、 小さく、 声を落とした。
「……アサノさん」
「はい」
「わたし、 あなたの手記を、 いつか、 ちゃんと読みたいです。 ……最初の読者に、 なりたい」
その言葉に、 胸が、 どきりと鳴った。
賢者の声が、 蘇る。
——お前の手記の、 最初の読者になる。
……どうして、 この人は。
「はい。 ……いつか、 読んでください」
「約束、 ですよ」
「約束です」
リエナさんは、 嬉しそうに、 手を振った。
門の向こうに、 街道が、 まっすぐ延びている。
空は、 青く、 晴れ渡っていた。
けれど、 その北の端だけは、 黒い。
「アサノさん、 行きましょう!」
ヒカルくんが、 振り向いて、 手招きした。
「……荷物持ち。 行くぞ」
「おじさん、 遅いし!」
僕は、 栞を、 手記帳の最初のページに、 そっと挟んだ。
それから、 皆の後を追って、 歩き出した。
門を出る直前、 ふと、 振り返った。
城の裏手の、 崖の上。
細い塔の、 一番上の窓に、 小さな灯りが、 ともっていた。
昼間なのに。
その灯りが、 ゆらり、 と、 一度だけ揺れた。
……見送って、 くれている。
僕は、 深く、 頭を下げた。
報連相は、 必ず、 します。
心の中で、 そう、 誓った。




