第099話:部室会議、いつも通りの顔で
東城から託された資料をもとに、部室の全員が集まった。
「――というわけだ」
トールが、事の経緯を淡々と語り終えると、部室に、これまでにない重い沈黙が落ちた。
「常盤とかいう奴、盾花さんの工房にも、氷華ちゃんの実家にも、手を伸ばしてたってことッスよね……」
鯖江が拳を握りしめる。
「ええ。……許せませんわ、そんなの」
氷華の声にも、いつもの朗らかさとは違う、確かな怒気が滲んでいた。
「私も……お母さんの工房を、そんな風に利用されるなんて、絶対に嫌です」
盾花もまた、真剣な表情で頷く。
「白石殿」
トールが静かに白石さんへ視線を向けた。
「お前と、結衣にも、危険が及ぶかもしれん」
「はい。承知の上です」
白石さんは、いつもの穏やかな微笑みのまま、しかし確かな芯を込めて答えた。
「わたしは、佐藤様が、そして皆さんが、大切なものを守ろうとするなら――どこまでもお供します」
その一言に、部室の空気が、静かに、しかし確かに定まった。
「――というわけで」
イシュラーナの声が、いつもの調子に戻る。
『鯖江くんとわたくしで、常盤の動向は引き続き監視いたしますわ。今のところ、まだ向こうがこちらの動きに気づいた様子はありませんの』
「頼む」
蓮司も、静かに頷いた。
「常盤の狙いが最深部のゲートだというなら、いずれ、あそこに向き合う日が来る。その時は、俺も戦う」
「無論だ」
トールは、木刀を静かに手に取った。
「今はまだ、いつも通りの日常を守る。……だが、いざという時は、俺も本気を出す。そういうことだ」
その一言に、部室の全員が、それぞれの覚悟を込めて頷いた。
* * *
会議の後、部室にはいつも通りの、穏やかな空気が戻っていった。
「――さて、こんな時こそ、いつも通りの飯を食うとしよう」
トールがそう言うと、白石さんが微笑みながら夕食の支度に取り掛かった。
「そうですわね。深刻な顔ばかりしていても、始まりませんもの」
氷華もいつもの調子を取り戻しながら、紅茶の準備を手伝い始める。
「俺も、今日はとびきり美味い夕飯にするッス。士気を上げていかないと」
鯖江がそう言って厨房に向かうと、盾花もくすくすと笑いながらそれに続いた。
その光景を眺めながら、蓮司はぽつりと呟いた。
「――こんな時でも、いつも通りでいられるのが、お前たちの強さなんだろうな」
「その通りだ」
トールが誇らしげに頷いた。
「どんな敵が来ようと、この部室の日常は揺るがん。それが、俺たちのやり方だ」
「――そういえば」
夕食を待つ間、盾花がふと思い出したように口を開いた。
「常盤って人、内閣府の特別顧問なんですよね。……そんな立場の人が、どうしてここまで強引な手を使うんでしょうか」
盾花の素朴な疑問に、蓮司が静かに答えた。
「そういう手合いは、大抵『大義名分』ってやつを掲げるものだ。国のため、未来のため――そう言えば、大抵のことは正当化できると思っている」
「――胸糞悪いッスね、それ」
鯖江が顔をしかめると、氷華も同意するように頷いた。
「本当に。大義名分があれば、他人の日常を踏みにじってもいいなんて、そんな理屈、わたくしは絶対に認めませんわ」
「その通りだ」
トールが、静かに、しかし確かな力を込めてそう言った。
「どんな大義があろうと、目の前の誰かの当たり前の暮らしを奪う権利など、誰にもない。俺たちは、それを、身をもって示してやるだけだ」
その一言に、部室の全員が、それぞれの決意を新たにしながら頷いた。
「――さて、飯にするか」
トールがそう言うと、白石さんが「はい、もうすぐ出来ますよ」と柔らかく微笑んだ。深刻な話の後にも、いつも通りの温かな夕食の香りが、部室いっぱいに広がっていった。
夕食の席では、いつも通りの賑やかな会話が飛び交った。
「――白石殿、この筑前煮、いつにも増して美味いな」
「ふふ、佐藤様のために、少し味付けを工夫してみたんです」
「相変わらず、佐藤さんは食べることが一番の幸せですのね」
氷華が呆れたように、しかし温かな笑みを浮かべてそう言うと、盾花も鯖江も、それぞれの箸を進めながら笑い合った。蓮司もまた、その輪の中で、ごく自然に箸を動かしている。
「――こういう時間が、何より大切なんだろうな」
蓮司がぽつりと呟くと、トールは静かに頷いた。
「その通りだ。だからこそ、俺たちは、これを守るために戦う」
その静かな決意の言葉に、部室の全員が、それぞれの胸のうちで、改めて確かな覚悟を固めていった。いつも通りの賑やかな食卓の裏側で、誰もが、大切な日常を守り抜くという、揺るぎない意志を静かに共有していたのだった。その夜の空には、雲一つない、澄み渡った満天の星々が、いつまでも変わらぬ約束のように、静かに、そして優しく瞬き続けていた。
窓の外では、初夏の陽射しが、いつも通りの渋谷の街並みを照らしていた。だが、その日常の裏側で、静かな戦いの火蓋が、確かに切られようとしていた。




