第097話:蓮が掴んだ、もう一つの真実
盾花の一件を受け、蓮司は独自に動いていた。
「――常盤修造、か」
自室のノートパソコンに向かい、蓮司は静かにその名を呟いた。
(この五年で流れ着いた身の上だ。表の世界に疎いわけじゃない。むしろ、こういう手合いの気配には敏感になっている)
数日間の調査の末、蓮司はある一つの記録に行き着いた。五年前、身元不明のまま保護された自分に対し、ある機関の人間が非公式に接触してきた記録――そこに記された担当者の名が、常盤修造だった。
* * *
その夜、部室で二人きりになったところで、蓮司はトールにその事実を打ち明けた。
「――俺、実は五年前、常盤本人に一度、声をかけられたことがある」
「――なんだと」
トールの手が、木刀の柄を強く握った。
「身元不明の俺を保護してやる代わりに、"ある研究"に協力しろ、とな。詳細は聞かなかったが、今思えば――あれは、異世界絡みの技術を求めていたんだろう」
「お前は、断ったのか」
「当たり前だ。得体の知れない話に乗るほど、俺も間抜けじゃない。それで姿をくらまして、その日暮らしを続けていたのさ」
蓮司は自嘲するように笑うと、続けた。
「だが、あの男が今、この学園にまで手を伸ばしてきているとなると――話は別だ」
トールは静かに目を伏せた。
「常盤という男、俺たちの想像以上に、根が深いのかもしれんな」
「ああ。だが」
蓮司は、不敵に笑ってみせた。
「今度は、俺もお前の隣にいる。五年前とは、勝手が違うぞ」
その一言に、トールも僅かに口の端を緩めた。
* * *
「――それにしても、五年前の接触の時点で、すでに異世界の技術に目をつけていたということか」
トールが腕を組みながら呟くと、蓮司は静かに頷いた。
「ああ。しかも、俺一人を狙ったにしては、随分と手回しが良すぎた。……おそらく、俺がこっちに流れ着く前から、何か情報を掴んでいたんだろう」
「情報網か。厄介な相手だな」
「厄介だが、幸い、こっちにもイシュラーナやら鯖江やらの電脳戦力がいる。真正面から情報戦を仕掛けられても、そう簡単にはやられんだろう」
蓮司の言葉に、トールは僅かに口の端を緩めた。
「――頼もしいことを言う」
「お互い様だろう」
二人は、静かに視線を交わし合った。かつて異世界の戦場で背中を預け合った戦友としての信頼が、この現代日本という新しい戦場でも、確かに息づいていた。
* * *
翌日、蓮司はさらに踏み込んだ調査を進めるべく、鯖江に協力を仰いだ。
「――鯖江、頼みがある。五年前、俺が保護された時の記録、もう少し詳しく追えるか」
「蓮さんが……? もちろん、任せてください。イシュラーナさんと一緒に、ちゃんと調べるッス」
鯖江が快く引き受けると、蓮司は珍しく丁寧に頭を下げた。
「恩に着る」
「いいっスよ、そんな畏まらなくても。俺たちは、もう仲間じゃないですか」
その素直な一言に、蓮司は僅かに目を細めた。
『――鯖江くんの言う通りですわ』
イシュラーナの声が、静かにそこに割り込んだ。
『鴉羽様は、もう十分に、この部室の一員ですもの。遠慮なさる必要は、どこにもございませんわ』
「……そうか」
蓮司はそれだけ答えると、少し照れくさそうに視線を逸らした。トールはその様子を横目に見ながら、静かに、しかし確かな満足感を胸に抱いていた。
(――こいつも、ようやく、ここに居場所を見つけつつあるようだな)
その思いは、誰にも語られることなく、トールの胸の内だけに、静かに留められていた。
* * *
数日後、鯖江とイシュラーナの調査によって、五年前の接触記録には、常盤の名だけでなく、当時まだ若手だった一人の官僚――現在の新技術対策室に所属する人物の名も、副担当として記されていたことが判明した。
「――この名前、確か」
鯖江が画面を見つめながら呟くと、イシュラーナが静かに答えた。
『ええ。……東城様の、当時の上司の名ですわ』
「――東城殿の、当時の上司……」
トールが呟くと、蓮司も難しい顔で腕を組んだ。
「ああ。つまり、対策室という組織そのものが、五年前から、この件に何らかの形で関わっていた可能性がある、ということだ」
「東城殿は、そのことを知っているのか」
「分からん。……だが、いずれにせよ、東城殿にも伝えておいた方がいいだろうな」
蓮司の提案に、トールは静かに頷いた。組織の中で孤立無援のまま戦っているであろう東城のことを思うと、一刻も早くこの情報を届けてやりたいという思いが、トールの胸のうちに湧き上がっていた。
「――俺たちにできることは、まだまだありそうだな」
蓮司がそう呟くと、トールは静かに頷いた。二人の間には、これから始まる戦いへの、確かな覚悟が静かに宿っていた。組織の奥に潜む、これまで見えていなかった繋がりの気配に、部室の面々は、改めて事の根深さを実感していた。
その事実は、後にこの一連の事件が、対策室という組織全体を巻き込む、より大きな構図の一端であることを示す、重要な手掛かりとなっていくのだった。
窓の外では、初夏の夜風が、静かに渋谷の街を吹き抜けていった。




