第093話:ケーブルテレビの取材本番
五月の連休明け、戌井鍛冶工房に、ついに地元ケーブルテレビの取材クルーが訪れた。
「――それでは、こちらが代々受け継がれてきた鍛冶場になります」
盾花の母が、緊張気味にカメラの前で炉の説明をする。取材ディレクターは終始感心した様子で頷き、盾花もその日は学校を休んで実家に付き添っていた。
「盾花さん、緊張してます?」
同行していた鯖江が、モニター越しに映る盾花の様子を心配そうに眺める。
「はい……。でも、お母さんの晴れ舞台だから、しっかり見届けたいです」
取材はおおむね和やかに進んでいった。ディレクターは炉の火加減や、盾花の母が長年かけて編み出したという焼き入れの手順に何度も感嘆の声を上げ、カメラマンも真剣な表情で工房の隅々にレンズを向けていく。
「――これだけの技術を、地方の小さな工房が独自に守り続けてきたというのは、本当に素晴らしいことです。放送されれば、きっと大きな反響がありますよ」
ディレクターの言葉に、盾花の母は照れくさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。……娘が、学園でとても良い出会いに恵まれましてね。それが、こうして工房を続ける励みにもなっているんです」
母のその言葉に、モニター越しに見ていた盾花は、思わず目頭が熱くなった。
だが、その中に一人、名刺の肩書きだけが妙に曖昧な男が紛れていることに、鯖江のスマホ経由で監視していたイシュラーナが気づいたのは、取材も終盤に差し掛かった頃だった。
『――鯖江くん、あの機材担当の男、少しおかしいですわ。カメラではなく、工房の設備図面ばかりを執拗に撮影していますの』
『え、マジっスか』
鯖江が慌ててモニターを確認するが、その時にはすでに、男は機材車の中へと姿を消していた。
* * *
その夜。
「――すみません、完全には防ぎきれませんでした」
部室に集まった一同を前に、鯖江が申し訳なさそうに頭を下げた。
「工房の炉の構造データと、盾花さんのお母様が使っている素材選定の記録の一部が、外部に持ち出された可能性がありますッス」
「……そう、ですか」
盾花の表情が、僅かに強張った。
「案ずるな」
トールが木刀の手入れの手を止めずに、静かに口を開いた。
「盗まれた図面くらいで揺らぐような技術ではあるまい。お前の母君の腕は、図面には写らん部分にこそ本質があるはずだ」
「――トールさん」
「それに、何かあれば俺が出向く。それだけのことだ」
トールはそう言い切ると、木刀の切っ先を、静かに窓の外へと向けた。
「盾花、お前の母君が積み上げてきたものは、図面一枚に収まるような、そんな安っぽいものではあるまい。奪えるものなら、奪ってみせろ――そう言ってやるだけのことだ」
いつも通りの素っ気なさの中に滲む確かな頼もしさに、盾花は小さく頷いた。
「俺も、今度からはもっと徹底して警戒網を張るっス。二度と同じ手は食わないッスよ」
鯖江が拳を握りしめてそう宣言すると、氷華も静かに頷いた。
「わたくしも、何か力になれることがあれば言ってくださいまし。神宮寺の名を使えることもあるかもしれませんもの」
「氷華ちゃん……ありがとうございます」
盾花が小さく頭を下げると、蓮司も静かに口を開いた。
「――俺も、少し嫌な予感がする。取材にわざわざ紛れ込んで図面を盗むなんて、素人の手口じゃない。誰かに雇われた、それなりの手練れだろう」
「蓮くんまで、そんな……」
盾花が不安げな表情を浮かべると、蓮司は安心させるように小さく笑った。
「心配するな。何が来ようと、この部室の連中がそう簡単にやられるとは思えん」
だが、部屋の隅で、イシュラーナだけは静かに、消えない懸念を抱えていた。
『――今回の手口、これまでの新興メジャーとは、明らかに毛色が違いますわ』
『どういう意味だ』
トールが尋ねると、イシュラーナは珍しく、言葉を選ぶように一拍置いてから答えた。
『新興ダンジョンメジャーのような、いかにも欲得ずくの荒っぽい手口ではありませんの。もっと、組織立った、周到なやり口ですわ。まるで――どこか公的な機関が、背後で糸を引いているような』
「公的な機関、だと……?」
トールの眉が、僅かに動いた。
『あくまで、可能性の話ですけれど。念のため、鯖江くんと一緒に、もう少し深く調べさせていただきますわね』
「頼む」
その一文は、誰の目にも触れることなく、静かにスマホの奥へと消えていった。
「――何にせよ、次から取材とかそういう類の話は、事前に俺たちにも共有してほしいッス。今回みたいに、後手に回るのは避けたいんで」
鯖江の提案に、盾花は素直に頷いた。
「はい、そうします。すみません、勝手に話を進めてしまって」
「謝ることじゃない。お前の母君の晴れ舞台だ、水を差されずに済んで何よりだった」
トールの言葉に、盾花は小さく微笑んだ。
窓の外では、初夏の柔らかな夕陽が、いつも通りの部室を静かに照らしていた。だが、その穏やかな光の裏側で、これまでとは異なる、新しい影が、確かに動き始めていた。




