第009話:トンデモ魔道ケトルと、至高のティータイム
イシュラーナの裏工作によって正式な学園の部活動として復活を遂げ、さらに空調トラブルも解決した「魔道具研究会」の部室。
先ほど氷華が引き起こした猛吹雪の氷もすっかり溶け、室内には春の夕暮れ時の穏やかな空気が満ちていた。
部屋の中央に鎮座する特大のアンティークソファーに深く身を沈め、佐藤通は「ほう……」と満足げな息を吐いた。
傍らには、学園内を持ち歩いている木刀が立てかけられている。
『トール様。この学園は探索者育成に特化しているため、有事や実習に備えて校内での武器携行は許可されていますけれど……ブレザーの制服姿に木刀を腰に差して歩くスタイルは、絶妙に浮いてますわよ!』
「そうか? 使い勝手が良くて誠に便利なのだがな」
トールはAIのツッコミを軽く受け流し、持参した水筒から湯呑みに緑茶を注ぎ、最後の一口を飲み干す。
「む、茶が切れてしまったな。白石殿の弁当に付いていた卵焼きの余韻を楽しむには、もう少し潤いが欲しいところだが」
「あっ、佐藤さん! 給湯室からこんなものが出てきましたよ!」
部室の隅にある小さな流し台を物色していた盾花が、ホコリを被った古びた機械を抱えて戻ってきた。それは、黒い金属製のポットのようなものだった。
「ほう。それはなんだ?」
「ええと、銘板に『魔道湯沸かし器』って書いてあります! これでお湯を沸かせば、ティーバッグでお茶が飲めますよ!」
大盾を下ろした盾花が嬉しそうに言うと、ブレザーのホコリを払いながら氷華がため息をついた。
「駄目ですわ、盾花。それは旧エネルギーメジャーが製造していた、かなり古い規格の魔道具ですのよ。現在の新興メジャーが流通させている『汎用魔石電池』では波長が合わず、ピクリとも動きませんわ」
旧エネルギーメジャーの令嬢である氷華の言葉に、盾花は「えーっ、せっかくお茶会ができると思ったのに……」と肩を落とす。
「波長が合わないのなら、合う魔石を入れればいいだろう」
トールはソファーに座ったまま、ブレザーのポケットをごそごそと探り、無造作にコロンと一つの極小魔石を取り出した。
それは先日、初心者エリアの裏道でお弁当を食べる邪魔をされた際、鬱陶しいからと一刀両断にしたゴブリンからドロップした極小魔石だった。
『ちょっ、トール様!?』
胸ポケットのスマホ(イシュラーナ)が、けたたましくバイブレーションを鳴らす。
『それは初心者エリア5階層以降で出る魔石ですわ! そんな旧式のポンコツケトルに入れても、稼働しませんわよ!!』
「案ずるな。俺の『気』で適当に駆動させてみる」
AIの必死の警告をサラリと無視し、トールは魔道湯沸かし器の裏蓋を開け、極小魔石をカチッと強引にセットした。そしてスイッチらしきボタンを押す。
キュイィィィィィィィン……ッ!!
途端に、古びたケトルが禍々しい赤光を放ち始め、部室内の魔素数値が上昇した。本体が超高熱を持ち、カタカタと激しく振動し始める。
「ひゃああああっ!? 佐藤さん、ケトルが真っ赤になってますわ! 絶対に爆発しますわよ!?」
「わわわっ、私の大盾の後ろに隠れてください!」
盾花が慌てて特大の盾を構え、氷華がその背後に隠れて悲鳴を上げる。
「騒がしいな。氷華、少し冷やせ。先ほどのように全力ではなく、手加減してだぞ」
「む、無理ですわ! わたくしの魔法は出力調整に欠陥が――」
「いいからやれ。俺が合わせる」
トールの力強い声に、氷華はビクッと肩を震わせながらも、恐る恐るケトルに向かって両手を向けた。
「い、いきますわよ……『フリーズ・ブリーズ』……ッ!」
放たれた冷気が、超高熱でメルトダウン寸前だったケトルを包み込む。熱暴走と絶対零度が衝突し、ケトルの魔力回路が悲鳴を上げた。
『回路が焼き切れますわ! わたくしがシステムの変換効率をハッキングして、強制的に最適化します!!』
イシュラーナがスマホの演算能力をフル稼働させ、画面に凄まじい速度で文字列を走らせる。
「よし、今だ」
トールは腰に差していた木刀(布で包んだ名刀カタストロフではない、ただの木刀)を抜き放ち、その峰でケトルの側面を「コンッ」と静かに叩いた。
打撃と共に、トールの練り上げられた『気』がケトル内部に浸透する。荒れ狂っていた魔石の不純物と、氷華の荒削りな魔力、そしてイシュラーナの演算データが、トールの気によって完全に調和・浄化された。
ピローン♪
数秒後。間の抜けた軽快な電子音と共に、ケトルのランプが緑色に点灯した。
シューッと静かな湯気が立ち上る。
「……お、お湯が……沸きましたわ……?」
大盾から顔を出した氷華が、信じられないものを見たように目を丸くする。
トールは無言で、盾花が用意した紙コップにティーバッグを入れ、ケトルからお湯を注いだ。
立ち上る香りを嗅ぎ、ズズッと一口すする。
「…………!!」
トールの目が、驚きに見開かれた。
「どうですか、佐藤さん?」
「……誠に美味である。いや、ただの安物の茶葉のはずだが、高級茶のような深い味わいになっているぞ」
『当然ですわ! トール様の『気』と氷華様の絶対冷却魔法の衝突を、わたくしが再構築した結果、魔石のエネルギーを使って水中の不純物を0.0001%の単位で完全浄化する『超高純度ミネラル生成機能』が付与されましたの!』
イシュラーナが『( ¯﹀¯ )ドヤッ』というアスキーアートを点滅させる。
大企業が数千億円をかけて開発競争をしている「魔石エネルギーの安全な高効率抽出技術」を、彼らは『美味しいお茶を飲むため』という極めて個人的な理由で、あっさりとクリアしてしまったのだ。しかも、ジャンク品のケトルで。
「わぁ……本当に美味しいですわ。心がホッとします……」
「お茶の味が丸いですね! 佐藤さん、すごいです!」
氷華と盾花も紙コップを手に取り、ソファーに座って幸せそうに頬を緩ませる。Aスタイルのコンプレックスも、学園のカーストも、今この瞬間だけは完全に忘れ去られていた。
窓の外が、茜色の夕焼けに染まっていく。
トールは二杯目のお茶を飲み干すと、ふと立ち上がり、木刀を腰に差した。
「さて、日も暮れてきた。俺はそろそろ帰るとしよう」
「あら、もうお帰りになりますの? 部活動は一応、18時まで許可されていますけれど……」
氷華が名残惜しそうに見上げると、トールは真顔で頷いた。
「ああ。我が城には、白石殿が丹精込めて作った『特製デミグラスハンバーグ』が待っているゆえ。定時退社は絶対の掟だ」
「は、ハンバーグ……! じゅるり……」
「ちょっ、氷華ちゃん! お嬢様なんだからヨダレ拭いて!」
『動機が常にメシ! でもブレないトール様が最高ですわーーッ!』
ポンコツなお嬢様と不器用な親友、そして限界オタクAIの騒がしい声を背に受けながら、トールは「明日もまた、ここで昼寝をさせてもらう」と片手を上げて、部室を後にした。
エリート探索者たちが血眼になってダンジョン攻略に挑むこの学園において、最も規格外で、最も平和な「魔道具研究会」の活動は、こうして静かに、そして無自覚に幕を開けたのであった。




