第010話:魔道冷蔵庫への執念と、規格外の積層錬成
イシュラーナの裏工作によって正式な拠点となった『魔道具研究会』の部室。
超高純度ミネラル生成機能が付与された「魔道ケトル」で淹れた極上の緑茶をすすりながら、佐藤通はアンティークソファーの上で深く息を吐いた。
「……うむ。茶は誠に美味い。だが、こうして温かい茶を飲んでいると、無性に『冷たい甘味』が欲しくなるな」
トールは、傍らに置いてあった白石特製のウサギ柄弁当箱の、小さなタッパーを見つめた。中には、白石が「おやつにどうぞ」と持たせてくれた手作りのカスタードプリンが入っている。
「白石殿のプリンは絶品だが、やはりこの手の洋菓子はキンキンに冷えていた方が美味いはずだ」
「あ、それなら佐藤さん! あそこの隅っこに、壊れた『魔道冷蔵庫』がありましたよ!」
大盾を手入れしていた盾花(タンク娘)が、部室の奥を指さした。そこには、ほこりを被った旧式の小型冷蔵庫が放置されている。
しかし、優雅に紅茶(紙コップ)を飲んでいた氷華(氷の女王)が、呆れたように首を振った。
「駄目ですわ、盾花。あのサイズの魔道家電を動かすには、第31階層以降の『結晶と鉱石の洞窟』でドロップするような『高純度魔石』が丸々一個必要になりますのよ。今の私たちのレベルでは到底たどり着けない深層ですわ」
「えーっ。じゃあ、冷たいプリンはお預けですか……」
「第31階層、だと?」
トールは鬱陶しそうに眉をひそめた。
「プリンを冷やすためだけに、そんな地下深くまで潜るなど誠に面倒だ。定時退社にも響くゆえ、却下する」
『お待ちになってトール様! 諦めるのは早いですわ!』
トールの胸ポケットで、スマホ(イシュラーナ)がブルルッと駆動音を鳴らした。
『深層の高純度魔石が手に入らないなら、浅い階層で拾える【極小魔石】を数十個合成し、限界まで圧縮して《積層魔石》を錬成すれば良いのですわ!』
「積層魔石?」
『はい! 大量に集めた低級エネルギーを一つに束ねる理論ですの。ただ、圧縮時に発生する『猛烈な熱暴走』と『不純物による爆発』を防ぐ術がなく、現在の大企業の研究室でも実用化されていないオーパーツ技術なのですが……トール様たちの力があれば可能ですわ!』
「……なるほど。材料さえあれば作れるのだな」
トールは無言で立ち上がり、制服のシワをサッと払った。そして、机に立てかけてあった木刀を無造作に手に取る。
「よし、拾いに行くぞ。冷たいプリンを食うためにな」
* * *
渋谷代々木学園の地下に広がる、生徒用の管理ダンジョン。
その第1〜10層にあたる『新緑の洞窟』エリアを、トールたち三人は歩いていた。氷華と盾花は実習の延長として、スライムや角ウサギ、大蝙蝠などを相手に真面目に戦闘訓練を行っている。
「<シールド・バッシュ>! えいっ!」
「大気中の水分よ――『フリーズ・ブリーズ』! ふふん、低層のモンスターならわたくしたちだけでも余裕ですわね!」
二人が連携してゴブリンを倒し、額の汗を拭っているその横で。
「……五月蠅いな。早く集めないと、タッパーの中のプリンがぬるくなってしまうだろう」
トールはブレザーのポケットに片手を突っ込んだまま、退屈そうに木刀を振るっていた。
襲いかかってくるゴブリンや大蝙蝠の群れに対し、一切の無駄がない『峰打ち(物理)』をピンポイントで叩き込んでいく。
コンッ、ドスッ、という軽い打撃音と共に、モンスターたちは白目を剥いて次々と光の粒子に変わり、後には大量の「極小魔石」だけがコロンコロンと転がった。
「「…………」」
懸命に戦っていた二人の少女は、その常軌を逸した乱獲スピードにポカーンと口を開けていた。
「うむ。これくらいあれば足りるだろう」
トールは何事もなかったかのように数十個の極小魔石を拾い集め、コンビニのビニール袋に放り込んだ。
* * *
数十分後。魔道具研究会の部室。
空き瓶の中に、山盛りの極小魔石が詰め込まれている。
「よし、圧縮するぞ」
トールが瓶を両手で挟み込み、圧倒的な『気』を放出して物理的・魔力的に極小魔石を限界まで押し潰し始めた。
ギギギギギィィィッ!!
凄まじい軋み音と共に、瓶の中の魔石が禍々しい赤光を放ち、メルトダウン寸前の超高熱を発し始める。大企業が匙を投げた「熱暴走」の瞬間だ。
「ひゃあああっ!? ば、爆発しますわ!!」
「氷華、冷やせ! 全力で構わん!」
「い、いきますわよ! 『フリーズ・ブリーズ』ぉぉぉぉっ!!」
トールの指示に合わせ、氷華が杖を突き出し、相変わらず出力調整のぶっ壊れた『猛吹雪』を瓶に向けて放射する。
極小魔石の熱暴走と、氷華の絶対零度が正面から激突し、部室内に猛烈な水蒸気が巻き起こった。
『今ですわ! わたくしがシステムの変換効率をハッキングして、バラバラな魔力の波長を強制的にリンクさせます!』
イシュラーナがスマホの演算能力をフル稼働させ、トールの『気』を媒介にして魔力回路を均一に結びつける。
トールの気、氷華の冷却、そしてイシュラーナのハッキング演算。三位一体の強引な魔改造(錬成)が完了した。
ピローン♪
間抜けな電子音と共に、水蒸気が晴れる。
空き瓶の中には、数十個の極小魔石が美しく融合し、透き通るような青い光を放つ『高出力・積層魔石バッテリー』が完成していた。
「……おおっ! できましたわ!」
それをジャンク品の魔道冷蔵庫にセットすると、ブゥゥンという重低音と共に、超高性能な『絶対零度・魔道チルド庫』として完全復活を遂げた。
「……美味い」
数分後。キンキンに冷やされた白石特製のカスタードプリンを一口食べ、トールは至福の表情で唸った。
「卵の濃厚な甘みと、冷たいカラメルのほろ苦さ。現代の技術は、誠に素晴らしい」
「ほ、本当に、ただプリンを冷やすためだけに、大企業でも不可能な技術を成功させてしまいましたのね……」
氷華が引きつった笑顔で呟きながらも、ちゃっかりとお裾分けのプリンを口に運んで頬を緩ませている。
学園の底辺クラスの片隅で、彼らの「快適空間の追求」という名の魔改造スローライフは今日も平和に進行していた。
――しかし、彼らは全く知る由もなかった。
イシュラーナがこっそりネットの裏掲示板に放流した『極小魔石の積層化に成功した検証データと映像(背景は学校の部室)』が、現代ダンジョンの研究者やマニアたちの間で、
「は!? 極小魔石を圧縮して高純度にしただと!?」
「どこの巨大企業の極秘実験だ!? 革命が起きるぞ!!」
と、物理的な戦闘とは違うベクトルの「億バズり(技術革命)」をジワジワと引き起こし始めていることに。




