第011話:極上のそよ風と、極小魔石の乱獲劇
翌日の放課後。
魔道具研究会の部室には、イシュラーナのハッキングとトールの『気』によって強引に復活を遂げた「魔道チルド庫」と「魔道ケトル」が稼働し、快適なスローライフ空間が形成されていた。
「……うむ。美味い」
白石さんが今日持たせてくれた手作りゼリー(昨日から魔道チルド庫でキンキンに冷やしておいてくれたものだ)を平らげた佐藤通は、アンティークソファーに横たわり、満足げに腹をさすった。
だが、ふと壁掛けの魔道エアコンを見上げて、小さく呟いた。
「……そういえば、あのエアコンの魔石も『間に合わせ』だったから、そろそろ入れ替えておきたいしな」
現在エアコンの動力として組み込まれているのは、いつぞや初心者エリアでトールの靴の裏に張り付いていた最弱モンスター・スライムのドロップ品(ハズレ魔石)である。イシュラーナの超絶ハッキングによって限界まで最適化され、なんとか機能しているが、やはり出力には限界があった。
「ま、間に合わせって……まさか佐藤さん、またダンジョンに潜るおつもりですの!?」
ゼリーの空き容器を片付けていた氷華(氷の女王)が、信じられないものを見るような目を向けた。
「昨日に引き続き、今度はエアコンのためですか!?
もう完全にダンジョンを家電量販店か何かと勘違いしてませんか!?」
盾花(タンク娘)も大盾の後ろから顔を出してツッコミを入れる。
『トール様の仰る通りですわ!
今のスライム魔石では、風量も微弱でマイナスイオンも発生しません!
快適な昼寝空間を構築するためには、風属性の魔力が必要ですのよ!』
トールのブレザーの胸ポケットで、スマホ(イシュラーナ)が力強くバイブレーションを鳴らす。
『ダンジョンの第4階層あたりに生息する【大蝙蝠】が、風属性の極小魔石をドロップしますわ!
昨日と同じようにこれを数十個集めて圧縮・積層化すれば、最高級の空調システムになりますの!』
「うむ。そういうことなら、パパッと拾いに行くか」
トールは「ちょっとコンビニに行ってくる」くらいの気軽さでソファーから立ち上がり、立てかけてあった木刀を手に取った。
「やれやれ……。まあ第4階層なら、私たちの実習訓練にもちょうど良いですわね。行きますわよ、盾花!」
* * *
学園地下ダンジョン・第4層。
薄暗い洞窟エリアを、トールはブレザーのポケットに手を突っ込んだままのんびりと歩いていた。
『前方上空より接近! 【大蝙蝠】の群れですわ!』
「キィィィィィッ!!」
洞窟の天井から、バサバサと羽音を立てて数十匹の大蝙蝠が襲いかかってきた。
「盾花、前衛を!」
「はいっ! <シールド・バッシュ>!」
盾花が大盾を振り回して蝙蝠の群れを弾き飛ばし、その後方から氷華が『フリーズ・ブリーズ』を放ち、次々と蝙蝠の羽を凍らせて地面に叩き落としていく。
そして、撃ち漏らした個体や、背後から迫る蝙蝠に対しては。
「……五月蠅いな。早くしないと、部室で読もうと思っていた本を読む時間が減ってしまうだろうが」
トールが鬱陶しそうに木刀をスッと構え、すれ違いざまに蝙蝠の急所を的確に『コンッ』と峰打ちしていく。
軽い打撃音と共に、大蝙蝠たちは次々と白目を剥いて墜落し、光の粒子となって消滅。後には大量の「風属性の極小魔石」が雨あられとドロップした。
「よし、これくらいあれば良いだろう」
トールは何事もなかったかのように魔石をコンビニ袋に回収した。
* * *
魔道具研究会の部室。
「――大気中の水分よ、涼やかなる氷の息吹へと変われ、『フリーズ・ブリーズ』!」
『システム最適化、完了! 風属性の極小魔石を積層リンクさせますわ!』
空き瓶の中に詰め込まれた大量の風の極小魔石。昨日と同様に、トールの圧倒的な『気』による圧縮、氷華の冷却魔法、そしてイシュラーナのハッキング演算による「三位一体の錬成」が実行される。
凄まじい熱暴走をねじ伏せ、瓶の中には美しく輝く緑色の『高出力・風属性積層魔石』が完成した。
ピローン♪
それを壁掛けエアコンにセットした瞬間、間抜けな電子音と共にスゥッと風が吹き出す。
それは、ただの冷風ではなかった。大自然の深い森の中にいるような、心地よいマイナスイオンと完璧な湿度を保った『極上のそよ風』だった。
「……おお」
トールはソファーに身を預け、目を閉じて極上の風を全身に浴びた。
「誠に素晴らしい。まるで春の野原で昼寝をしているようだ」
「ほ、本当に……なんて心地よい風なんでしょう……」
「ダメです……これに当たっていると、身体の力が抜けて……ふにゃぁ……」
氷華と盾花もソファーの両端に腰を下ろし、あまりの快適さに完全に骨抜きにされ、だらしない表情でとろけていた。Aスタイルのコンプレックスもスパイ活動の野望も、極上のそよ風の前では全てがどうでもよくなっていた。
そしてその裏で――イシュラーナが放流した第2弾の検証データが、ネットの裏掲示板を再び揺るがせていた。
『おい、またあの学校の部室の背景だぞ!』
『今度は風属性の極小魔石の積層化まで成功させただと!?
大企業が何百億かけても失敗した技術だぞ!』
『これやってるの、どこの超天才研究チームだよ!?』
世界中の研究者やマニアたちの間で、彼らの部室を中心とした「技術的億バズり」がさらなる熱狂を引き起こし始めていることに、極上の昼寝を満喫するマイペースな武士は、まだ全く気付いていなかった。
だが、この密やかな『バズり』は、もはや無関係な野次馬たちだけの話では済まされなくなりつつあった。
旧エネルギーメジャーと新興ダンジョンメジャー――巨大企業同士の熾烈な覇権争いの水面下で、ある者たちが、この規格外の技術の出所にゆっくりと気づき始めていたのである。
もちろん、そんなことなど知る由もないトールたちの、平和な放課後は、まだ何事もなく続いていく。




