第012話:地道な努力の成果と、残酷なステータス画面
魔道具研究会の部室は、今や学園で最も快適な空間と化していた。
風属性の積層魔石による極上のマイナスイオンそよ風が吹き抜け、火属性の積層魔石(熱反転)でキンキンに冷えた麦茶を喉に流し込む。
佐藤通は特大アンティークソファーに深く腰掛け、「……極楽である」と、本日三度目の感嘆の息を漏らしていた。
『トール様、至福の時間の邪魔をして申し訳ありませんが、学園のシステムから【第一回・新入生ステータス定期測定】の通知が来ておりますわ!』
テーブルの上のスマホ(イシュラーナ)が、ピコンと通知音を鳴らす。
「ステータス測定? なんだそれは」
『現代のダンジョン探索者にとって、「レベル」と「ステータス」の数値化は超重要項目ですの! スマホの専用アプリから微弱な魔力をスキャンするだけで、現在のレベルや筋力、魔力量、さらには詳細な身体データまで一瞬で測定できる優れものですわ!』
「へぇー、便利ですね! あ、私もうスキャン終わりましたよ!」
大盾を磨いていた盾花が、自身のスマホ画面を見てパッと顔を輝かせた。
「……あっ! わ、私、レベルが【1】から【2】に上がってます!? 筋力と耐久力の数値も、ほんの少しですけど上がってますよ!」
「なっ……本当ですわ。入学してまだ数週間。普通なら、これから実習を重ねてやっと上がるかどうかという時期ですのに。……わたくしもスキャンしてみますわ」
氷華も慌てて自分のスマホでスキャンを実行し、その結果に目を丸くした。
「レ、レベルが【2】に……! 魔力総量も、わずかですが増えていますわ!」
二人の少女は顔を見合わせ、昨日と一昨日の「魔石集め」を思い出した。
――実は。
冷蔵庫やエアコンの積層魔石を作るため、トールと共に第1〜5層の初心者エリアを歩き回った際、氷華と盾花は実習のつもりで、スライムや大蝙蝠、ゴブリンなどをいつもより多めに、そして懸命に倒し続けていたのだ。
トールはトールで「早く集めないとプリンがぬるくなる」と適当に木刀を振るって魔石を回収していたが、二人は彼に頼りきりになることなく、自分たちの力で地道にモンスターと戦っていたのである。
そのコツコツとした努力が、着実に経験値となって蓄積されていたらしい。
「そ、そういえば……今日、この大盾がほんの少しだけ軽く感じていたんです……! レベルアップのおかげだったんですね!」
盾花は嬉しそうに、自分の背丈ほどある大盾を片手で構え直してみせた。
「ええ……! 魔法の威力はともかく、魔力回路の通りが少しだけ良くなっている気がしますわ。これなら、あの憎き新興メジャーのエリートたちにも、いつか見返してやれる日が来るかもしれません……!」
氷華は感極まったように、自身のスマホのステータス画面をスクロールしていく。
だが。
次の瞬間、氷華の顔からスッと血の気が引き、部室の温度が急激に下がり始めた。
「……な、なぜですの?」
氷華の視線は、ステータス画面の最下部――『詳細身体データ(スリーサイズ等)』の項目に釘付けになっていた。
「魔力も、敏捷性も、ほんの少しとはいえ確かに成長しているのに……。なぜ……なぜ、『胸囲』の数値だけ、入学式の時の測定から1ミリも、ただの1ミリも成長していませんのォォォォォッ!!?」
ギリリリリッ! と、氷華の手の中で最新型のスマホが凍りつき、悲鳴を上げる。
「うぅぅっ……! 昨日、あんなに地道に頑張って戦ったのに! プリンも甘いパンも我慢せずに食べたのに! なぜ全部お腹のガード(防御力)に吸収されて、肝心の武装(胸)には反映されないんですのぉぉっ!」
机に突っ伏して号泣し始めた氷華から、猛烈な冷気が漏れ出す。せっかくの極上のそよ風が、極寒のブリザードに変わりかけていた。
「ひゃあっ!? ひ、氷華ちゃん落ち着いて! レベルが少し上がったくらいじゃ、そういう身体的な発育はすぐには追いつかないっていうか、その、個人差が……っ」
盾花が慌ててフォローしようとするが、氷華の耳には届いていない。
「……」
その騒ぎを眺めながら、トールはソファーで胡座をかき、購買で買ってきたおやつの『特製チョココロネ』をパクリと頬張った。
「……うむ。美味い。しかし、レベルとやらが上がっても解決できない悩みもあるのだな。現代のシステムも万能ではないらしい」
『トール様、そこは武士の情けで触れないであげてくださいませ! 氷華様のライフはもうゼロですわ! 草www』
イシュラーナが画面にアスキーアートを明滅させながらツッコミを入れる。
世間の探索者たちが血眼になって追い求める「強さ」や「レベルアップ」。
しかし、学園で最もマイペースな彼女たちにとっての最大の課題は、ダンジョン攻略でも企業間戦争でもなく、ただ一人の少女の『切実すぎる発育問題』なのであった。
武士はチョココロネを咀嚼しながら、今日も定時退社と白石さんの夕飯のことだけを考えていた。




