↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰りの最強武士、現代ダンジョン学園で底辺Fランクに偽装してスローライフを送る~昼寝と専属家政婦の極上ご飯を邪魔する大企業は、木刀の峰打ちで物理粉砕(ざまぁ)します~  作者: トール
第四章:夏休みの臨海合宿と、極楽ハプニング

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/111

第088話:二学年、新たな顔ぶれ

 


 四月。


 渋谷代々木学園の校庭には、今年もまた真新しい制服に身を包んだ新入生たちの姿があった。緊張と期待の入り混じった彼らの顔つきを横目に、二年生になったEクラスの面々は、正門をくぐる足取りからしてすっかり余裕綽々である。

「――新学期っつっても、正直あんまり実感湧かないっスね」

 登校しながら鯖江が呑気にそう呟くと、隣を歩く盾花も苦笑した。

「わかります。制服も教室も、去年とほとんど変わりませんし」

「唯一変わったのは、わたくしたちの学年が一つ上がったことくらいですわね」

 氷華が澄まし顔でそう付け加える。彼女の隣を、トールがいつも通りの緩慢な歩調でついていく。眠そうな目つきも、木刀の入った布袋を担いだ後ろ姿も、去年の入学式の頃とまるで変わっていなかった。

「――佐藤様、今年度も、お弁当の量は変わらずでよろしいですか?」

 少し後ろから歩いてきた白石さんが、いつもの穏やかな声で尋ねる。

「うむ。いや、少し増やしてくれても構わん。二学年になったのだ、腹の減り方も相応に増すだろう」

「ふふ、佐藤様らしい理由ですね。畏まりました」

 そんな他愛のないやり取りを交わしながら、一同は賑やかに校門をくぐっていった。


 * * *


「――クラス替えはなし。お前たちは引き続き二年Eクラスだ」

 放課後、部室の扉を開けるなり、凪教官が抑揚のない声でそう告げた。

「おお、まあそんな気はしていたッスけど」

 鯖江が特に驚く様子もなく相槌を打つ。実技の成績が異常すぎるせいで、事務手続き上「動かしようがない」というのが本当のところらしいと、部室の誰もがうっすら察していた。

「それと、今日は伝えることが二つある」

 凪教官は、手にした書類を一枚ずつめくりながら続けた。

「一つは、新技術対策室の定期視察は、今年度も継続される。担当は引き続き東城主任だ」

「――東城さん、また来るんですのね」

 氷華が僅かに表情を引き締める。あの丁寧すぎる物腰の奥にある底知れなさを、この部室で忘れている者はいなかった。

「案ずるな。あくまで正規の手続きだ。粗相のないようにな……とは、お前たちに言うだけ無駄か」

 凪教官は小さく息を吐くと、もう一枚の書類を取り出した。

「もう一つ。来週、この学園に転入生が加わる。名前は――鴉羽蓮司。編入試験の成績は、悪目立ちしない程度に平凡だそうだ」

「かわばね……?」

 盾花が首を傾げながら復唱する。

「鴉に、羽根の鴉羽だ。詳細は追って伝える。以上だ」

 凪教官はそれだけ言うと、いつも通り踵を返して部室を後にした。

「――そういえば教官、去年より心なしか肩の荷が軽そうでしたわね」

 氷華がその後ろ姿を見送りながら呟くと、鯖江が訳知り顔で頷いた。

「そりゃそうッスよ。去年一年、俺らのせいでどれだけもみ消し業務に追われたと思ってるんスか。今年は探索者ギルドへの転職も視野に入れてるらしいっスよ」

「――お前、なぜそんなことを知っている」

 トールが怪訝そうに尋ねると、鯖江はにやりと笑った。

「イシュラーナさん情報っス」


 * * *


「転入生、っスか。この時期に珍しいッスね」

 鯖江が呑気にそう呟く横で、ソファーに寝転がっていたトールは、木刀の手入れの手を止めることなく、小さく「ほう」とだけ返した。

「佐藤さん、興味なさそうですわね」

「興味がないわけではない。ただ、名前を聞いただけでは、飯が美味そうかどうかまでは分からんからな」

「そういう基準で人を測るの、佐藤さんくらいですわよ……」

 氷華が呆れたように呟くと、部室に小さな笑いが広がった。

「まあ、誰が来ても、うちの部室のまったりしたペースを崩すような人じゃなければいいんですけどね」

 盾花が紅茶を淹れながらそう言うと、白石さんも柔らかく微笑んだ。

「きっと、大丈夫ですよ。この部室の空気は、そう簡単には崩れませんから」

 その言葉に、皆が頷き合う。だが、トールの膝の上に置かれたスマホの画面には、誰にも見えないところで、ほんの一瞬だけ、文字が浮かんでは消えていた。

『――鴉羽、蓮司。……ふふ、懐かしい響きの苗字ですこと』

 その一文に気づいた者は、この部室に一人としていなかった。トール自身、視線を落とすことすらせず、いつも通りの気だるげな顔で木刀の手入れを続けている。だが、その指先が、ほんの僅かに強張っていたことにも、やはり誰も気づいてはいなかった。

「――佐藤様? どうかなさいましたか」

 白石さんの声に、トールは一拍置いてから、いつも通りの調子で答えた。

「いや、何でもない。……そういえば、今夜の夕飯は何だ」

「ふふ、今夜は筑前煮ですよ。佐藤様の好物ですから、たっぷりご用意しますね」

「――それは楽しみだ」

 いつも通りの、何気ないやり取り。だが、その裏側で、何かが静かに動き始めていることを、この部室で唯一気づいていたのは、やはりトールだけだった。

 窓の外では、桜の花びらが数枚、遅れて舞い落ちていく。新しい一年の、静かな幕開けであった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。