↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰りの最強武士、現代ダンジョン学園で底辺Fランクに偽装してスローライフを送る~昼寝と専属家政婦の極上ご飯を邪魔する大企業は、木刀の峰打ちで物理粉砕(ざまぁ)します~  作者: トール
第四章:夏休みの臨海合宿と、極楽ハプニング

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/111

第087話:氷の女王への、不器用な返礼

 


 白石さんと結衣ちゃんが夕餉の約束を胸に、鯖江と盾花もそれぞれの土産を抱えて部室を後にした後。


 薄暗くなり始めた部室には、トールと氷華、二人だけが残されていた。


「――それで、佐藤さん」


 氷華は努めて平静を装いながらも、その声は僅かに上ずっていた。


「わたくしへの返礼というのは、どちらに?」


「ここにある」


 トールは、最後まで手元に残していた小さな紙袋を、静かに差し出した。装飾は控えめで、他の三人に渡した品よりも、明らかに小さな包みだった。


「……開けても?」


「好きにしろ」


 氷華は震える指先でリボンをほどき、蓋を開けた。中に収められていたのは、控えめな輝きを放つ、小さな髪飾りだった。宝石は使われていない。だが、その細やかな細工には、確かな丁寧さが宿っていた。


「これは……」


「街の職人に、頼んで作らせた。お前の髪の色に合う物を、という注文だけはつけたが」


 トールは、いつも通りの淡々とした口調で、しかし僅かに視線を逸らしながら続けた。


「バレンタインの夜、お前が渡してくれた、あの不格好な粒チョコを思い出してな。飾り気のない物にこそ、意味があるということを、お前は俺に教えてくれた」


「――」


 氷華は言葉を失ったまま、髪飾りを両手で包み込むように持った。


「派手な物を贈るのは、俺には向かん。お前も、それは望んでいないだろうと思った」


「……はい。その通りですわ」


 氷華の声が、微かに震える。


「他の皆には、それぞれの日頃の礼を返した。だが、これは違う」


 トールは、真っ直ぐに氷華を見据えた。


「お前が、皆に隠れて、一人でこれを俺に渡した。その気持ちに対する返礼だ。同じように、俺も、これは他の誰にも見せる物ではないと思っている」


「――佐藤さん」


 氷華の瞳に、みるみる涙が浮かんでいく。


「わたくし、てっきり、あの夜のことは、佐藤さんの中で流されてしまったのだと……」


「そんなはずがあるか」


 トールは、珍しくきっぱりと言い切った。


「お前が懐にしまっておいてほしいと願った物を、俺が忘れるはずがない。あれから毎日、俺の懐には、あの粒チョコの包み紙が入っている」


「――え?」


「捨てるにも捨てがたくてな。だから、そのまま持ち歩いている」


 その、あまりにも不器用で、そして誠実すぎる告白に、氷華はついに堪えきれず、小さく嗚咽を漏らした。


「……本当に、佐藤さんは、いつもそうですわ。回りくどくて、鈍感で。それでいて、いざという時には、こうして真っ直ぐに……」


「悪いか」


「いいえ」


 氷華は涙を拭いながら、それでも精一杯の笑顔を見せた。


「悪くありませんわ。むしろ――そういうところに、わたくしは……」


 その先を、氷華は言葉にしなかった。だが、その頬に浮かぶ赤みと、瞳に宿る光だけで、言葉にならない想いは、十分すぎるほど伝わっていた。


 * * *


「つけてみるか」


「――は、はい」


 トールに促され、氷華は鏡台の前に立つと、震える手で丁寧に髪飾りをつけた。淡い色の髪に、控えめな輝きがそっと添えられる。


「……よく似合っている」


「……ありがとう、ございますわ」


 鏡越しに視線が絡み合い、部室に、しばしの静かな時間が流れた。


 鏡に映る自分の姿を、氷華はしばらくの間、じっと見つめていた。神宮寺家の令嬢として、常に隙のない振る舞いを求められて育った自分。誰よりも気高く、誰よりも凛としていなければならないと、そう思い込んで生きてきた自分。


(――でも、今のわたくしは。着飾った完璧な自分ではなく、不格好な粒チョコを差し出した、あの不器用なわたくしを、佐藤さんは選んでくださいましたのね)


 その事実が、これまでのどんな高価な装飾品よりも、氷華の胸を温かく満たしていった。


「どうした。難しい顔をして」


「いいえ。……何でもありませんわ。ただ、少しだけ、自分が誇らしく思えただけです」


 氷華はそう言うと、鏡の中の自分に向かって、そして隣に立つトールに向かって、これまでで一番自然な笑みを浮かべた。窓の外では、三月の夜風が、まだ僅かに冬の名残を含みながら、それでも確かに春の気配を運んでいた。


 * * *


 その夜、トールのスマホの画面に、誰にも見えない小さな一文が、静かに浮かんでは消えた。


『――バレンタインに続いて、また一つ、ハーレムの天秤に重みが加わりましたわね』


『でも、ご安心くださいまし。わたくし、決して不公平だとは思っておりませんの。氷華様の想いも、白石様の想いも、盾花様の想いも――皆様それぞれの形で、トール様にちゃんと届いていますもの』


「……そうか」


 トールは短く答えると、懐にしまった小さな包み紙に、そっと手を添えた。


 * * *


 三月も下旬に差し掛かったある日。


「――佐藤様。少しよろしいでしょうか」


 部室を訪れた凪教官が、珍しく改まった調子で切り出した。


「新学期の話だ。来月から、Eクラスに転入生が加わる」


「転入生、か」


「ああ。それと――」


 凪教官は、手元の書類に視線を落としながら、僅かに声を落とした。


「新技術対策室から、正式な連絡が入った。東城主任が、次年度も継続して、定期的な視察を行いたいとのことだ」


「……そうか」


 トールは短くそう返しただけだったが、その目には、静かな緊張の色が宿っていた。


「詳しいことは、始業式の日に改めて話す。今日のところは、心構えだけしておけ」


 凪教官はそれだけ言い残すと、部室を後にした。


 窓の外では、桜の蕾が、まだ固く閉じたまま、春の訪れを静かに待っていた。新学期の足音は、確かに近づいている。転入生、そして底の見えない国家機関の継続的な影――それらが部室の平穏に何をもたらすのか、今はまだ、誰も知る由もなかった。


 だが少なくとも、この日々を彩る温かな絆だけは、季節が移ろっても変わらず、確かにそこにあり続けるのだった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。