第080話:暴風怪鳥の絶品ローストチキンと、聖夜と二年参りの極楽パーティー
学園地下ダンジョン・第79階層【暴風と雷鳴の渓谷】でのピクニック(買い出し)を無傷で終え、定時退社をキメた佐藤通たち。
極上の『テンペストモモ肉』を無事に持ち帰った翌日の夜、ペントハウスの広大なリビングは、華やかなクリスマスパーティーの会場へと変貌を遂げていた。
「メリークリスマース!」
部屋の隅に飾られた大きなクリスマスツリーの横で、サンタクロースのポンチョを着た結衣ちゃんが元気にクラッカーを鳴らした。
「おおーっ! 結衣ちゃん可愛いッス!
俺の戦乙女とサキュバスも、今日はクリスマス仕様でお手伝いさせますんで!」
トナカイの被り物をした鯖江録郎が、サンタ帽を被った二体の神話級召喚獣と共にテーブルのセッティングを手伝っている。
「……ふむ」
トールは特製・魔道こたつの中から、集まった仲間たちを眺めていた。
「お待たせしました、佐藤さん! わたくしたちも着替えてきましたわ!」
寝室から現れた神宮寺氷華(氷の女王)と戌井盾花(タンク娘)の姿を見て、トールは真顔で頷いた。
盾花はモコモコとしたトナカイの着ぐるみ姿で、小柄な彼女によく似合っている。
一方の氷華は、肩と背中が大きく開いた、赤と白の鮮やかな『ミニスカ・サンタクロース』の衣装に身を包んでいた。白く長い手足と銀髪が映え、非常に美しい――のだが。
(……布地が余っているな)
衣装の胸元部分の設計が、氷華の『Aスタイル(絶壁)』を考慮していない標準サイズであったため、悲しいほどにスカスカで浮いてしまっていたのだ。
「ど、どうですの……?
トールくんのために、少し大胆なものを選んでみましたのよ……っ///」
「うむ。通気性が良くて動きやすそうな装甲だな。だが、風邪を引かないようにしろよ」
トールが全くラブコメの波動を受信せずに真顔で答えると、氷華は「そうじゃありませんわーッ!」と顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
だが、ひとしきり地団駄を踏んだ後、氷華はふと勢いを失い、トールの着流しの袖を、きゅっと小さく掴んだ。
「……そんなこと、言わないでくださいまし。わたくしだって、本当は白石さんみたいに……貴方に、女の子として、ちゃんと見てほしくて……がんばった、のですから……っ」
消え入るような声で、上目遣いにトールを見つめる氷華。その瞳の潤みに、トールは一瞬、からかいの言葉を失った。
「……子供などとは思っていない。その、非常によく似合っているぞ、氷華」
真顔で、しかし確かな本気の響きを込めてそう告げると、氷華は今度こそ言葉を失い、耳まで真っ赤に染め上げた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
悲鳴とも呻きともつかない声を上げて硬直する氷華に、トールは小さく首を傾げるばかりだった。
そこへ、キッチンから極上の香りが漂ってきた。
「お待たせいたしました! 今夜のメインディッシュです!」
現れた白石さんの姿に、トール(と鯖江)の目が完全に釘付けになった。
彼女は、シックな赤いワンピースの上から、白いフリルがあしらわれた『サンタ風のホルターネック・エプロン』を身に着けていたのだ。
胸元でキュッと結ばれた紐が、大人の女性特有の『圧倒的で暴力的なまでの双丘』をこれでもかと強調し、歩くたびにその豊満な質量がたわわに揺れる。
「ひゃっ……! 白石さん、そのエプロン、胸がこぼれそうですわよ!?」
氷華が自身のスカスカな胸元と見比べて、絶望の声を上げる。
「えっ? そ、そうですか?
結衣がどうしてもママもサンタさんになってって言うから、通販で買ったんですけど……やっぱり少し、サイズが小さかったみたいで……///」
恥ずかしそうに頬を染める白石さんの圧倒的なバブみ(母性)と大人の色気に、トールの極上の食欲が、さらに一段階ギアを上げた。
『……白石様のサンタエプロン、破壊力が尋常ではありませんわね。トール様が語彙を失うお気持ち、分からなくもありませんの』
トールの胸ポケットでイシュラーナ(スマホ)が、控えめに、しかし確かにシャッター音を一つだけ鳴らした。
「さあ、冷めないうちにどうぞ! 暴風怪鳥の特大ローストチキンです!」
テーブルの中央に置かれたのは、皮目がパリッと黄金色に焼け、ローズマリーやタイムといったハーブと、ニンニクの暴力的な匂いを放つ巨大な丸鳥のローストであった。
「いただきます」
トールが豪快に切り分けられたモモ肉にかぶりつく。
パリッ、ジュワァァァァァッ!!
「……美味い!!」
トールの脳髄に、美味の雷鳴が轟いた。
「暴風の渓谷を飛ぶことで限界まで引き締まった筋肉から、噛むほどに濃厚な肉汁がナイアガラの滝のように溢れ出す!
白石殿の特製ハーブソルトと、腹に詰められたガーリックライスの旨味が、野性味あふれる鶏肉を完璧な宇宙へと昇華させているぞ!」
「んんんんまァァァァイッ!!
ご飯が、チキンの脂を吸ったご飯が無限にいけますぅぅっ!」
「お肉が……こんなに大きいのに、口の中で解れますの……っ!」
盾花と氷華も、エリートの矜持を完全に捨ててチキンに齧り付いている。
骨の髄までチキンをしゃぶり尽くしたトールは、深く息を吐き出した。
「白石殿。このローストチキンは、間違いなく俺の人生における最高のクリスマスプレゼントだ」
「ふふっ、ありがとうございます、佐藤様。でも、プレゼント(デザート)はまだありますよ」
「ええ! 食後のデザート(別腹)は、わたくしにお任せくださいませ!」
氷華が意気揚々とキッチンへ向かい、冷蔵庫から特製のケーキを取り出してきた。
「わたくしの愛の結晶……『究極の深層ブッシュ・ド・ノエル』ですわ!」
氷華がドヤ顔でテーブルに置いたのは、丸太を模したチョコレートケーキ――なのだが。自身の「Aスタイル」への強烈なコンプレックスが暴走した結果、不自然なまでに巨大で、まん丸なドーム型にデコレーションされた『双丘のケーキ(特大サイズ)』であった。
『欲望が完全に造形へ出力されておりますわね……。氷華様の設計思想、末恐ろしいですわ』
イシュラーナがツッコミを入れるが、トールは真顔でフォークを入れた。
「……うむ。美味い。濃厚なチョコクリームが、お前の氷魔法で極限まで冷やされていて、口溶けがアイスのようだ。……それに、この巨大な丸み(ケーキ)。非常に食べ応えがあって、素晴らしいボリュームだ。俺はこういう、大きくて柔らかいものは嫌いではないぞ」
「~~~~~~ッ!!///」
トールの無自覚な「大きい方が好き」宣言に、氷華は茹でダコのように顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。
宴もたけなわ。
結衣ちゃんや仲間たちとグラス(子供用シャンメリー)を傾け合っていた白石さんが、空いたお皿を片付けようと立ち上がった時だった。
「あっ!」
サンタエプロンの裾を自分で踏んでしまい、白石さんがバランスを崩してトールの方へ倒れ込んだ。
「危ない、白石殿」
トールが瞬時に腕を伸ばし、白石さんを真正面から抱き留める。
ドサッ!
結果として――トールの顔面は、胸元の大きく開いたサンタエプロンからこぼれんばかりの『極上の双丘の谷間』へと、完璧な軌道でダイブ(埋没)してしまった。
「むぎゅぅぅっ!」
甘い石鹸の香りと、信じられないほどの弾力。
「さ、佐藤様ぁぁぁっ!?///」
悲鳴を上げながら身を離した白石さんと、顔を上げたトールの視線が、ほんの一瞬だけ、正面からぶつかった。
途端に、二人の脳裏を同じ記憶がよぎる。雨の降る静かな夜、重ねた手のひらから伝わった体温。言葉もなく抱き寄せた、あの夜の確かな温もり。
周りの騒がしさが、一瞬だけ遠くなる。
「……」
「……」
白石さんの頬が、いつもの照れ隠しの怒りとは違う、じんわりとした熱を帯びていく。その瞳に浮かんだ、言い知れない潤みに、トールもまた耳の先まで赤く染めて、気まずそうに視線を逸らした。
だが、それも刹那のことだった。
「も、もうっ! 佐藤様のおばかぁぁっ!!///」
白石さんはいつも通りの調子を取り戻すと、頬を膨らませてトールの肩を軽く叩いた。
「ああっ、ずるいですわ! わたくしもクッションになりますの!」
「佐藤さん、チキンのおかわりありますよーっ!」
真っ赤になって怒る(照れる)白石さんと、背中から抱きついてくる氷華、そして肉を差し出す盾花。
外の世界では、エリートたちが寒い冬空の下でダンジョン攻略に血反吐を吐いている。しかし、マイペースな武士の居城では、極上の食材と最高に騒がしい『家族のクリスマス』が、暖かく、そして幸せに更けていくのであった。
――そして、慌ただしくも幸せな年末があっという間に過ぎ去り、大晦日の夜。
「佐藤様、お約束していた年越し蕎麦です! 暴風怪鳥のダシで、贅沢に仕上げてみました」
白石さんが運んできたのは、こんがりとした鶏の香ばしい風味が湯気と共に立ち上る、特製の年越し蕎麦であった。テンペストモモ肉を余さず使った鶏天が、これでもかと山盛りに乗っている。
「うむ。テンペスト・バードの旨味が、蕎麦の一本一本にまで染み渡っているな。……このダシだけで永遠に飲んでいられる」
「私、鶏天だけで三人前はいけます……!」
盾花が早速、蕎麦そっちのけで鶏天にがっついている横で、氷華は自身の分の蕎麦を静かに、しかし優雅にすすっていた。
「ねぇねぇ、パパ! 紅白見た後は、みんなで初詣行くんだよね!?」
結衣ちゃんが、こたつの上でぴょんぴょんと跳ねながらトールの袖を引っ張る。
「ああ。約束通り、年が明けたら『二年参り』とやらに連れて行ってやろう」
「にねんまいり……?」
「うむ。大晦日の夜から、日付を跨いで元日にかけて神社に参る、この時代特有の風習らしい。イシュラーナ曰く『年をまたいで願を掛けると、御利益が二倍になる(諸説あり)』とのことだ」
『トール様、その説明ですが……実は五秒前に、わたくしが適当に検索して申し上げた豆知識ですの』
スマホの中でイシュラーナが、悪びれた様子もなく、こっそり舌を出す。
紅白歌合戦をBGMに、こたつでみかんを剥きながらまったりと過ごすうちに、日付はゆっくりと年を跨いでいった。
「――さて。行くか」
零時を回ったのを見計らい、トールたちは厚着をして、近所の氏神様である渋谷の神社へと繰り出した。
結衣ちゃんは白石さんとお揃いの兎柄の可愛らしい着物、氷華と盾花は温かい和装コート姿である。渋谷の街中だというのに、参道は初詣の人波でごった返していた。
「わあぁ……! 人がいっぱいだね、ママ!」
「はい。結衣、はぐれないように手を繋いでいましょうね」
白石さんの和装姿(防寒用の道行コートの下は、上品な訪問着だ)は、参道の照明に照らされて一段と艶やかであり、すれ違う男たちが次々と二度見していく。
『白石殿の和装、破壊力が新年早々カンストしてますわーーッ!! 今年も俺得な一年になる予感がしますの!』
イシュラーナが胸ポケットの中で盛大にはしゃぐ。
長い行列に並び、無事に賽銭を投げ、鈴を鳴らして手を合わせる一同。
(……平穏。あとは、うまい飯が食えれば言うことなしだ)
トールの願いは、いつも通り実にシンプルであった。
「わたくしは……もちろん、『来年こそは、少しでも成長できますように』ですわ……!」
両手を合わせながら、切実な表情でぶつぶつと呟く氷華。何を成長させたいのかは、聞くまでもなかった。
「私は、氷華ちゃんのこと、これからもちゃんと守れますようにって……」
盾花が真剣な顔で祈る姿を見て、氷華は隣で少しだけ目を潤ませた。
「パパとママと、氷華お姉ちゃんと盾花お姉ちゃんと、みんなでずっと、一緒にいられますように!」
結衣ちゃんが大きな声で、何の恥じらいもなく願い事を叫ぶ。
その無邪気な言葉に、白石さんは優しく目を細め、氷華と盾花は顔を見合わせて頬を緩めた。トールもまた、口には出さぬまま、小さく頷いていた。
参拝を終えた帰り道、屋台の熱気とソースの焼ける香ばしい匂いに、トールの足がぴたりと止まる。
「白石殿。今宵はまだ宴の途中のようだ」
「ふふっ、そうですね。それでは、屋台で少し温まっていきましょうか」
結局、甘酒と焼きたての大判焼き、熱々のたこ焼きを買い込んで、境内の隅の縁台に腰掛ける一同。
「はぁー……あったまるぅ……」
盾花が甘酒の湯気に顔を近づけて、幸せそうに目を細める。
「今年も、部室と別荘が最高の一年になるといいですわね」
「うむ。定時退社と、うまい飯さえあれば、俺にはそれで十分だ」
トールがそう言って甘酒を一口すすった、その時だった。
「――あっ!」
冷え込みで足元が悪かったのか、白石さんが石畳の段差に躓き、トールの方へと倒れ込んでくる。
「危ない、白石殿」
トールが反射的に受け止めると、その顔面は、道行コートの隙間からこぼれた着物の胸元に、またしても完璧な軌道でダイブしてしまった。
「むぎゅっ……!」
その一瞬、白石さんの瞳に、あのクリスマスの夜と同じ、言い知れない潤みが過ぎった。
「さ、佐藤様ぁぁっ!? ま、また、こんな年明け早々……っ///」
「うむ。……初詣の御利益とは、実に素晴らしいものだな」
「もうっ! 佐藤様のおばかぁっ!!」
「ずるいですわ、白石さん! 今年こそはわたくしにも御利益がありますようにーーッ!」
真っ赤になって怒る白石さんと、羨ましそうに便乗しようとする氷華、それを微笑ましく眺める盾花と結衣ちゃん。
渋谷の夜空に、除夜の鐘の残響と、家族たちの賑やかな笑い声が溶けていく。
こうして、規格外の武士と、彼を取り巻く愉快な仲間たちの新しい一年は、今年も変わらぬスローライフと共に、暖かく幕を開けるのであった。




