第079話:暴風怪鳥のローストチキンと、二年参りの極楽ハプニング
十二月下旬。二学期の終業式を終え、渋谷代々木学園は完全な『冬休み』へと突入していた。
佐藤通の居城であるペントハウスの広大なリビングでは、特製・魔道こたつが極上の温もりを提供し、彼を完全に自堕落なスローライフの虜にしていた。
「パパ! もうすぐクリスマスだよ!」
サンタクロースの帽子を被った結衣ちゃんが、こたつに入っているトールの背中にダイブしてくる。
「……む。そういえば、世間はそんな時期だったな。そしてあっという間に年越しというわけか」
トールが欠伸交じりに呟くと、キッチンからエプロン姿の白石さんが顔を出した。
「はい、佐藤様。明日のクリスマスの夜はローストチキンとケーキでパーティーをして、大晦日には温かい年越し蕎麦を作りましょうね」
――チキンと、年越し蕎麦。
その単語を聞いた瞬間、トールの瞳に『極上の食欲』が発火した。
――温かい食卓を、腹一杯に。それは、遠い異世界の戦場で、幾人もの戦友たちが、ついに叶えられぬまま逝った、ささやかな願いでもあった。あの頃は、手に入らなかったもの。今この手にある平穏の中でなら、その分まで美味いものを食らい尽くしてやる。それもまた、生き残った者としての、トールなりの弔いの形だった。
「白石殿。俺の冬休みの晩餐を彩るには、スーパーで売っているようなパサパサの鶏肉では不満だ。最高のクリスマスと年越しを迎えるため、今から極上の食材を仕入れてくるぞ」
「えっ?
さ、佐藤様、年末のダンジョンは探索者たちで混み合いますから無理しなくても……」
「俺の胃袋のためだ。鯖江、ドローンの準備をしろ」
こたつの端でみかんを食べていた鯖江と、一緒にお茶を飲んでいた氷華、盾花が、有無を言わさず極寒のダンジョンへと連行されることとなった。
* * *
学園地下ダンジョン・第79階層【暴風と雷鳴の渓谷】。
「ぎゃあああっ! ぼ、暴風で前に進めないっス!」
特級探索者すら命を落とす、荒れ狂う竜巻と雷鳴の飛び交う断崖絶壁。
その上空から、バチバチと紫電を纏った巨大な怪鳥――レベル79の凶悪なエリアボス『暴風怪鳥』が、急降下してきた。
「キェェェェェェッ!!」
「出ましたわ! 渓谷のヌシですの!」
氷華が風に飛ばされそうになりながら叫ぶが、トールの顔には一切の焦りも殺気もなかった。
「……む。あそこの岩肌に生えているのは、幻の『深層・雷ネギ』ではないか。年越し蕎麦の薬味に丁度いいな」
トールは上空から迫り来る凶悪なボスから完全に視線を外し、強風の中で揺れる一本のネギに向かってズンズンと歩き出した。
「えっ!? 佐藤さん、上! 上からボスが来てますわよ!?」
「俺はネギを収穫する。その鳥はお前たちで適当にさばいておけ。ただし、肉が焦げたり傷んだりするような派手な魔法は禁止だぞ」
「む、無茶振りですわーッ!」
トールが完全に『よそ見(ネギの収穫モード)』に入る中、テンペスト・バードは無防備なトールの背中へ向かって、紫電を纏った鋭い爪を突き立てようと急降下してきた。
「佐藤さんには指一本触れさせません! <シールド・バッシュ>!」
ドゴォォォォンッ!!
盾花が前に飛び出し、魔改造された『絶対障壁』でボスの雷撃突進を真っ向から受け止める。
レベル79の規格外の衝撃と雷鳴。しかし、大盾に備わった『熱交換無効化システム』が紫電を完全に相殺し、盾花は一歩も退くことなくボスの巨体を空へと弾き返した。
「今ですわ!
大気中の水分よ、絶対零度の檻となりなさい――『フリーズ・ブリーズ』!」
弾かれた怪鳥へ向けて、氷華がハイブリッド指輪の出力を全開にして杖を振るう。
彼女の魔力は、すでに国家転覆級の領域に達している。放たれた極低温のブリザードは、テンペスト・バードが纏う暴風(乱気流)を根こそぎ凍てつかせ、巨大な翼に分厚い氷の枷を形成していった。
「ピギィィィッ!?」
機動力を著しく削がれ、空中でバランスを崩す怪鳥。
だが、絶体絶命に陥ったテンペスト・バードは、最後の悪あがきとばかりに、詠唱直後で無防備な氷華の背後へ向けて、もう一本の裂帛の紫電を放っていた。
「――っと。この土、少し石が多いな」
岩肌に屈み込んだままのトールが、ネギの根元を労わるように指先で探りながら、背後も見ずに木刀の鞘尻を、無造作に後方へと突き出す。
コンッ。
軽い音と共に、氷華の背後に迫っていた紫電が、鞘尻に触れた瞬間に霧散して消えた。
「――え?」
氷華は、自分の背後で何が起きたのかにさえ気づかないまま、次の瞬間には目の前の敵に向き直っていた。
「いけえええっ! 戦乙女さぁぁん!」
すかさず、後方から鯖江がスマホを掲げて神話級召喚獣を呼び出した。
「……マスター(の背中)に迫る害鳥め。万死に値します」
まばゆい光と共に現れた純白の戦乙女は、怒りに満ちた冷酷な瞳で空を睨み、神速の跳躍を見せる。
彼女の振るう神槍が、雷鳴を切り裂きながら怪鳥の翼や足に連続で叩き込まれた。肉を傷めないよう、的確に急所と関節だけを穿つ超絶技巧の猛攻である。
「ピギャァァァァァァッ!?」
体力【S】の絶対防御、レベル50オーバーの絶対凍結、そして神話級モンスターの怒りの猛攻。
かつてエリートたちを絶望させた人類未踏破クラス手前のエリアボスは、この理不尽すぎるパーティの連携の前に、完全に手も足も出ないサンドバッグへと成り下がっていた。
ズズゥゥゥゥンッ!!
ついに限界を迎えたテンペスト・バードが、ボロボロになって地上へと墜落する。
その、すぐ横で。
「……うむ。土の魔力が詰まった、見事なネギだ」
岩肌から丁寧に『幻の深層・雷ネギ』を引っこ抜いたトールが、満足げに振り返った。
墜落してきた怪鳥と、バチリと目が合う。
「……ほう。飛翔のために鍛え抜かれたあの太もも。俺のローストチキンに丁度いいな。肉が傷む前に、早めに締めておこう」
トールは左手にネギを持ったまま、右手で腰の木刀を抜き、手首のスナップだけで無音の峰打ちを一閃した。
――ヒュンッ。
空間を切り裂く不可視の斬撃波が、怪鳥の延髄を的確に貫いた。
「ピゲッ!?」
暴風怪鳥は光の粒子となり、後には『特大・極上テンペストモモ肉』と高純度の風魔石が美しくドロップした。
「シュポポポポッ!」
すかさず鯖江の自走ドローンにぶら下がった500円のリュック(自動収集マジックバッグ)が、それをダイソンのような吸引力で全自動回収していく。
「よし。最高のチキンとネギが手に入った。帰るぞ」
人類未踏破クラスの一歩手前にある深層の脅威を、完全に「クリスマス用の買い出し」感覚で蹂躙し、トールたちは定時退社をキメた。
「よし。あとは大晦日の年越し蕎麦の具材と……そういえば白石殿が、年明けは『二年参り』とやらに行きたいと言っていたな」
「ふふっ、ええ。除夜の鐘を聞きながら、年をまたいで神社にお参りするんですよ。結衣もきっと喜びます」
「……ほう。それも一興だ」
極上のチキンと共に、まだ見ぬ『二年参り』とやらへの期待を静かに膨らませながら、トールたちはダンジョンを後にした。




