第076話:遠い鍛冶場からの便り
酉の市から数日後の、ある日の放課後。
「あの、皆さん、ちょっと聞いてください!」
部室に駆け込んできた盾花が、興奮気味に一冊の業界誌を掲げた。
「これ、母から送られてきたんですけど……うちの工房、載ったんです!」
「載った、とは?」
トールが木刀の手入れの手を止めて尋ねると、盾花は誇らしげにページを開いて見せた。
「『注目の小規模工房』っていう特集で、うちの防具が『素材の質に対して異様に高い強度を誇る』って紹介されてるんです! 大手メーカーの担当者さんまで『一体どんな技術を使っているのか』ってコメントしてて……!」
記事には、盾花の母親が長年使い込んだという鍛冶場の写真と、艶やかに仕上がった小盾のクローズアップが大きく掲載されていた。文面には「熟練の勘と、確かな素材選定が生む、規格外の耐久性」という見出しが躍っている。
「ほう」
トールは記事に目を落とすと、素っ気なく相槌を打った。だが、その口元には、僅かに満足げな気配が滲んでいた。
「素晴らしいですわ、盾花!」
氷華が我がことのように声を弾ませる。
「これも全部、いつぞや誰かが融通してくれた、質の良い素材のおかげかもしれませんわね」
「え、あ……そう、なんですかね……?」
盾花は、以前届いた出所不明の鉱石のことを思い出し、ちらりとトールを見た。トールは何も言わず、ただ木刀の手入れを再開している。何も語らないその態度そのものが、答えのようなものだった。
「写真、すごく格好いいですね。盾花さんのお母様、きっと嬉しかったでしょうね」
白石さんが記事を覗き込みながら、しみじみと呟く。
「はい……! 電話でも、声が弾んでました。『こんなに立派に取り上げてもらえるなんて』って、何度も言ってて」
盾花は嬉しそうに、記事の隅に載った小さな工房の全景写真を指でなぞった。
「ま、とにかくおめでとうございますッス! これは前祝いに、俺のプリンを一つ献上するッス!」
「あ、それは私が食べたかったやつです!」
鯖江と盾花のいつも通りのやり取りに、部室が和やかな笑いに包まれる。
「それにしても」と氷華が記事を眺めながら首を傾げた。「これだけの反響があると、そのうち大手メーカーから声がかかったりするんじゃありませんこと?」
「ま、まさか、そんな大それたこと……。うちはまだまだ小さな工房ですし」
盾花は謙遜するように手を振ったが、その表情には、隠しきれない期待の色が僅かに滲んでいた。
* * *
その夜、盾花は自室から実家に電話をかけた。
「――お母さん、記事見たよ! すごく格好良く載ってた!」
『ふふ、ありがとう。取材の人が来た時は緊張したけど、こうして形になると嬉しいものね』
電話の向こうから聞こえる母の声は、いつもよりずっと弾んでいた。
「工房、これから忙しくなりそう?」
『そうねぇ。問い合わせも少しずつ増えてきてるし……。盾花が仕送りしてくれる分のおかげで、新しい炉の修理もできたし、本当に助かってるのよ』
「そんな、仕送りなんて大したことしてないよ。お母さんが頑張ってきたからだよ」
盾花は照れ臭そうに答えながら、窓の外に広がる渋谷の夜景を見つめた。遠く離れた実家の小さな鍛冶場と、この賑やかな街の距離を思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
『今度、久しぶりに帰っておいでね。新しい熊手、一緒に選びましょう』
「うん、絶対に帰るね」
電話を切った後も、盾花はしばらくの間、スマホの画面に映る通話終了の表示を、じっと見つめていた。
* * *
だが、その喧騒から少し離れたところで。
トールの膝の上に置かれたスマホの画面に、誰にも見えない小さな通知が一つ、静かに点灯していた。
『――ちなみに、この業界誌の記事、実は既に何社かの大手防具メーカーの調達部門が目を付け始めているみたいですわ』
イシュラーナからの、ごく個人的な報告だった。誰かに聞こえるような音量ではなく、あくまでトールにだけ届く、静かな一文である。
『今のところは、単なる商談の打診程度ですけれど……。念のため、こちらでも動向だけは注視しておきますわね』
「……うむ。頼む」
トールは短く答えると、木刀を鞘に収めた。
実家の工房が繁盛していく盾花の笑顔と、その裏で静かに動き始める、まだ形にならない何か。
どちらも今はまだ、部室の平和な日常の片隅に、ごく小さな種として埋もれているに過ぎなかった。




