第069話:バレそうでバレないギリギリの日常(チキンレース)
「……間違いないわ。すべての異常事態の中心には、あいつらがいる!」
渋谷代々木学園の新聞部部室。学園一の情報通と名高い新聞部部長の美少女・東雲メグは、ホワイトボードに貼り付けた数枚の写真を指差して目を光らせていた。
「新興メジャーの失墜、第30階層でのモンスターの一斉気絶、体育祭での計測器爆発……そして極めつけは、第40階層での『見えざる神の一撃』!
これらすべてが起きたタイミングで、必ず現場近くにいたのが……Eクラスの『魔道具研究会』よ!」
東雲の推理は、完全に真実を射抜いていた。
「エリートたちは気付いていないけれど、私の記者のカンが告げているわ。大企業や国家を震え上がらせている【謎の天才集団(伝説の神)】の正体は、あの底辺Eクラスの佐藤たちに違いないとね!」
東雲は小型の隠しカメラと、最新鋭のステータススキャナーを制服のポケットに忍ばせ、意気揚々と部室を飛び出した。
「この特大スクープを掴めば、私はピューリッツァー賞ものよ!」
* * *
放課後の旧校舎。
東雲は息を殺し、魔道具研究会の部室の扉にそっと耳を当てた。
(伝説の天才集団の拠点……きっと中では、世界の常識を覆すような高度な魔力演算や、恐ろしい陰謀の会議が行われているはず……!)
ゴクリと生唾を飲み込み、東雲は少しだけスライド扉の隙間を開け、隠しカメラのレンズを差し込んだ。
――しかし。彼女の目に飛び込んできたのは、予想とは180度異なる、極限まで怠惰でアホらしい光景だった。
「……すぅ……すぅ……」
部屋の中央に鎮座する特大アンティークソファーでは、伝説の神が完全に無防備な顔で大股を開き、よだれを垂らしそうになりながら爆睡していた。
「うぅぅっ……どうして……どうしてですの……っ」
その隣の床では、神宮寺氷華(氷の女王)が、メジャーを手にして涙ながらに自身の胸元を測っていた。
「指輪の微量ホルモン効果を信じて、毎日毎日、白石さんの美味しいご飯と甘いケーキをたくさん食べていますのに……!
なぜ0.1ミリも発育しませんの!?
栄養は全部どこへ消えてしまったんですのォォッ!」
「ドンマイです氷華ちゃん! きっと明日は大きくなりますよ!
鯖江くん、購買で特濃牛乳と、私の唐揚げ棒買ってきてください!」
「イエッサー! ついでにボスの目覚めのプリンも買って走りますぅぅっ!」
大盾を磨いていた戌井盾花(タンク娘)の指示を受け、小太りの男子生徒(鯖江)が、完全にパシリの顔をして猛ダッシュで部室を飛び出していった。
「…………え?」
廊下から覗き見していた東雲は、隠しカメラを取り落としそうになった。
(な、なんなのこのぐうたらな底辺集団は……っ。男は爆睡、女は胸のサイズで泣いていて、もう一人はただのパシリ……?
陰謀どころか、知性の欠片も感じられないわ……!)
いや、騙されてはいけない。これは高度な偽装工作かもしれない。
東雲は気を取り直し、ポケットから最新鋭のステータススキャナーを取り出し、爆睡しているトールや氷華たちに向けてこっそりとスキャンを実行した。
(レベルや魔力を見れば、一発で正体がわかるはずよ!)
ピロン♪
スキャナーに表示された数値を見て、東雲の思考は完全に停止した。
【佐藤 通:総合レベル20。筋力D、魔力E。特筆すべきスキルなし(モブ)】
【神宮寺 氷華:総合レベル20。筋力E、魔力制御ポンコツ(欠陥)】
「……ふふ。してやったりですわ」
トールの胸ポケットに潜むイシュラーナが、外部からのスキャン電波を瞬時に検知し、したり顔で学園データベースの数値を完璧な「可もなく不可もない、ちょっとだけレベルが上がっただけの平凡なステータス(偽装)」に書き換えていたのである。
「……私の、バカ」
東雲はスキャナーをしまい、深々とため息をついた。
「あんな昼寝と胸のサイズのことしか頭にないぐうたらな底辺クラスが、大企業を潰して国家エリートを救う『神』なわけがないわ……。最近、オカルトニュースの見すぎで頭がおかしくなっていたみたいね……」
東雲は完全に呆れ果て、特大スクープの夢を捨てて、トボトボと新聞部へと帰っていった。
* * *
「……む」
廊下から気配が消えたのを確認し、トールが薄目を開けた。
「外の羽虫が帰ったようだな」
『はいっ!
完璧なステータス偽装と、皆様の【素のポンコツっぷり】のおかげで、正体バレの危機は完全に回避されましたわ!
これで明日からも平穏なスローライフが保証されますのよ!』
イシュラーナが歓喜のバイブレーションを鳴らす中、トールは大きく欠伸をして伸びをした。
「うむ。俺はただ、静かに昼寝がしたいだけだからな」
「だから! 誰が素でポンコツですの!!
わたくしは本気で悩んでいますのよーーッ!」
顔を真っ赤にして抗議する氷華の声をBGMにしながら、トールは「鯖江のプリンはまだか」と呟き、再び極上の二度寝へと突入していく。
巨大企業や国家が血眼になって探す『謎の天才集団』の正体は、こうしてギリギリのところで(アホらしすぎる日常の姿によって)隠蔽され、魔道具研究会の平和な日常は、今日も完璧に守り抜かれたのであった。




