第068話:厄介な国家エリート(信者)との遭遇とアンジャッシュ
第40階層に無断で建築した超高級リゾート別荘にて、白石さんと氷華の二つの極上料理を致死量まで堪能した佐藤通。
彼は食後の極上の満腹感に包まれながら、特大ソファーで平和な昼寝の態勢に入っていた。
『お待ちになってトール様! 厄介な連中がこちらに接近しておりますわ!』
トールの胸ポケットから、イシュラーナ(スマホ)が警告のバイブレーションを鳴らした。
「……五月蠅いな。また新興メジャーの残党か?」
『いえ、今回は【国家直属の特級探索者部隊】ですわ! 彼らはネットに放流された数々のオーパーツ動画を見て、開発者である【謎の天才集団(トール様たち)】を神のように崇めている、超熱狂的な信者たちですのよ!』
「神……? なんだその面倒な連中は。……俺の昼寝の邪魔をさせないよう、別荘を隠せ」
『承知いたしましたわ! 超絶ハッキングで、周囲の魔力波長を歪めて認識阻害の結界(光学迷彩)を張りますのよ!』
イシュラーナのハッキングにより、超高級別荘は外から見れば「ただの巨大な岩山」にしか見えないように偽装された。
「よし。白石殿と結衣は結界の中で休んでいてくれ。俺たちが少し外の様子を見てこよう」
トールが氷華、盾花、鯖江を引き連れて結界の外に出た、その時だった。
「――むっ! 誰かいるぞ!」
岩肌を抜けてきた十数人のエリート部隊と、見事に鉢合わせをしてしまった。国家の最高戦力である彼らは、皆一様に鋭い眼光と鍛え上げられた肉体を持っている。
「な、なんですの……っ」
氷華たちが身構えるが、トールは一瞬で表情を「無」にし、完璧なモブ学生の顔を作った。
「俺たちは、ただ道に迷った一般のピクニック客だ。……出口はあっちか?」
「ピクニックだと!? こんな第40階層の深層でか!?」
部隊の隊長が目を剥いた。しかし、彼らの装備が500円のリュックサックやただの木刀であったため、「転送陣のバグで迷い込んだ不運な一般学生」だと完全に勘違いしてくれたようだ。
「ええい、下がっていろ学生ども! 我々は今、この階層にいらっしゃるはずの『伝説の神(天才集団)』の痕跡を調査している神聖な任務中だ! 巻き込まれたくなくば――」
ドゴォォォォォォォンッ!!
隊長が言いかけた瞬間、彼らの足元の岩盤が爆発するように吹き飛び、超巨大なモンスターが出現した。
全身が白銀に輝くレアメタルで構成された変異ボス『ミスリル・ゴーレム・ロード』である。
「なっ!? 第40階層に変異種だと!? 迎撃態勢をとれェッ!」
特級部隊が一斉に魔法やスキルを放つが、ミスリル・ゴーレム・ロードの超硬度の装甲には傷一つ付かず、魔法も完全に反射されてしまう。
「ぐああっ!」
「隊長! 攻撃が全く通りません! このままでは全滅します!」
圧倒的な質量と防御力を持つ変異ボスの前に、国家の誇る最高戦力が次々と吹き飛ばされていく。
「くそっ……! おい学生ども! ここは我々が命に代えても食い止める! 君たちは早く逃げろォォッ!」
隊長が血を吐きながら、悲壮な覚悟で叫ぶ。
彼らは確かに誇り高きエリートであった。しかし、その必死の戦闘音(轟音と絶叫)は、食後の昼寝を熱望するトールにとって、単なる『不快な騒音(BGM)』でしかなかった。
「……五月蠅いな」
トールの瞳から、スッと感情が消え去る。
「俺の食後の休憩のBGMにするな。……羽虫どもめ」
トールは腰の木刀を抜くことすら面倒だったのか、足元に転がっていたただの『小さな石ころ』を拾い上げた。
そして、死闘を繰り広げているエリートたちの完全な死角から、その石ころに異世界の『気』を極限まで圧縮して込め、親指で軽く弾いた。
――コンッ。
ヒュゴォォォォォォォンッ!!!
指先から放たれたただの石ころは、大気を切り裂く神速の質量兵器と化し、一切の音を置き去りにしたまま、暴れ狂うミスリル・ゴーレム・ロードの分厚い胸の装甲を貫き、その奥にある『コア』だけをピンポイントで粉砕した。
「ピガァァァァァ……ッ!?」
変異ボスは、何が起きたのかも理解できないまま動きを止め、次の瞬間、光の粒子となって大爆散した。
後に残されたのは、圧倒的な静寂と、最高級のミスリル鉱石の山だけであった。
「「「…………え?」」」
全滅を覚悟していた特級部隊の面々は、突如として変異ボスが消滅した光景を前に、完全にポカンとしていた。
魔法の光も、剣の軌道も見えなかった。ただ、一瞬の不可視の一撃がボスを貫いたことだけは理解できた。
「い、今のは……なんだ!? まさか……」
隊長が、震える手で周囲の虚空を見渡す。
「今の、我々ですら視認できない『見えない神の一撃』は……! 間違いない、やはりあの『伝説の神(天才集団)』は、この第40階層にいらっしゃったのだ! そして、不甲斐ない我々を見かねて、救いの手を差し伸べてくださったのだァァァッ!!」
「おおおおおっ! 神よ!! 伝説の集団よ!!」
エリートたちは、そこにいるはずのない神に向かって、次々とその場にひれ伏して祈りを捧げ始めた。
「…………」
氷華、盾花、鯖江の三人が、完全にドン引きした目で彼らを見つめている中。
「……すごいですねー。神様、いるんですねー」
すべての元凶であるトールは、完璧なモブ学生の顔を作ったまま、棒読みで適当な相槌を打っていた。
* * *
数日後。渋谷代々木学園。
「……もう嫌だ。俺はもう、何も知りたくない……」
魔道具研究会の部室で、新担任の凪教官が、胃薬の瓶を丸ごと口に流し込んでいた。
「どうしたんですの、教官」
「お前らのせいだろ! 先日、国家直属の特級部隊が『第40階層で、見えざる神(天才集団)の奇跡の一撃に命を救われた!』と大々的に報告書を上げてきやがったんだよ!」
凪教官は、血走った目でトールを睨みつけた。
「おかげで、国家の連中が本格的に『神は第40階層にいる』と狂信的な信仰を始めやがって、連日第40階層への調査隊の申請書類が俺のデスクの山になってるんだぞ! 俺の定時退社をこれ以上遠ざけるなぁぁっ!」
「俺のせいではないな。彼らが勝手に勘違いしているだけだ」
トールは特大ソファーで欠伸をしながら、白石さんが持たせてくれたスイーツを口に運んだ。
敵意を持った大企業は物理粉砕で対処できるが、「無自覚に崇拝してくる厄介な信者(国家機関)」という新たな勢力の誕生に、凪教官の胃痛はさらに加速していく。
すれ違い(アンジャッシュ)が極まり、伝説の集団の神格化がストップ高を迎える中、マイペースな武士は今日もただ己の昼寝のためだけに、規格外の日常を謳歌し続けるのであった。




